Упасть(墜落)
「嫌ああーーーー!!」
少女の絶叫が響く、と同時に彼女は硬い物の上に着地した。地面ではない、それはライマの後ろ足の爪先であった。轟々と吹き荒れる風、指の隙間から覗くはるか遠くの地表と、点のようなエマーヘル。その恐怖に眩暈を憶えながらもライマの脚を掴む手だけは力強かった。すぐに激しい上下運動が彼女を襲う。お次は何だと、鎧で傷つかないように気を配りつつ頭上を見上げた。すると巨大な竜が大きな皮膜を広げて羽ばたいているではないか。今は高度を取ろうとしているというわけか。だがどうにも大変そうだ。その理由は後々知ることとなる。
ライマが羽ばたき続けて五分ほど経っただろうか。既に高度一万フィートを超え息苦しくなっていた。初めて味わう息苦しさに具合が悪くなりながらもなんとかライマにしがみ付いていたエリア。そこにライマが語り掛ける。
(それではエリア、行きますよ)
「……え、何?」
頭痛に気を取られており聞こえなかったため、聞き返す。が、顔を上げた時には既に巨大な竜の姿はなく、代わりに見たことも無いような青々とした、鮮やかできめ細かい景色が一面に広がっていた。そして彼女は今重力に引かれ、地表へと向けて落下しているということを理解するのにそう時間はかからなかった。
「‼―――――」
声にならない叫びが口から飛び出すが、それは自身が出す風切り音によってかき消されてしまっていた。無意識のうちに姿勢をうつぶせに変え、広がる荒野と黒海を、その瞳に映す。かつては栄えていたであろうその面影は無いに等しく、ただ悲しく崩れかけた廃墟が佇むだけであった。というような詩的思考を思う余裕のないエリアは、失禁しそうになりながらも降下を続けていた。パラシュートなど無く、またあっても使えなかったであろうエリアは、このままいけば地表に激突し、ムースよりも酷い状態となるだろう。しかしそうは問屋が卸さない。肩を叩かれた気がして、エリアが左を振り向くとそこには険しい顔つきでこちらを見つめるライマの姿があった。補足しておくが、人間の状態である。彼女は何やら怒鳴りながら身振り手振りを交えて伝えようとしているようだが、轟音と恐怖のせいで全く持って耳に入らない。エリアも必死で怒鳴り返すが、同じくあちらには聞こえずじまいである。業を煮やしたライマは、突如エリアの視界から姿を消した。パニックに陥るエリアだったが、実はライマは彼女の真後ろ。つまり直上の百メートル程にいたのだ。そうとは知らないエリアは、今にも泣き出さんばかりの表情で必死に竜になろうと力んでいた。
(お願い、お願い、お願いだから!何でもいいからああーーー‼)
「……………」
「……………ふうん……」
鼻から息を吐き出すエマーヘル。彼の目は上空五百フィートあたりを見上げていた。そこにいるは美しき竜、広々とした皮膜を広げ、ゆったりと低空を滑空していた。その銀の鎧を時折雲間から覗く斜陽に煌めかせ、花散らしながら。
そう、それはエリアではなくライマの竜状態であった。当のエリアはというと、往きと同様ライマの後ろ足にしがみ付いた状態で、地上へと戻ってきていた。間に合わないと判断したライマは、竜になると慎重に、されど迅速にエリアを回収、滑空して戻って来たのであった。エマーヘルは着地するであろう場所に走って向かい、二人と合流、エリアの具合を診た。
「……うう」
「そのぶんだと相当堪えたようだな」
あたりまえでしょ、そう突っ込む気力も無いエリアは、ライマの助けを借りつつ、建物へと歩き始めた。見るからにげっそりとし、幾分か年老いたようにも見える。まあ無理も無いだろう、なにせ竜人でさえ竜状態で降下する空からダイヴしたのだから。このような体験をした人間が今の時代に何人いただろうか、いや、殆どいないはずだ。
「おっえ……」
「吐くなよ」
「う、うっさい……」
ボロ毛布の上に寝かされたエリアは、こみ上げる吐き気と、若干濡れた服の居心地の悪さと戦っていた。ライマがあったかいお茶を持ってきて進めたが、彼女はそれも断ると、顔を腕で覆い眠りに就く努力をした。今はもう眠りたい、それが彼女が最も望むことであった。




