Folgore(招雷竜)
ライマは長い髪をかき上げ、エマーヘルの肩に両手を添えた。木竜特有の言葉に出来ない暖かさが、触れている肩からじんわりと広がっていくのを、彼は感じていた。彼女は口を開き思い出すように呟き始めた。
「貴方が見た予知は確か、我々竜の民がもう一度この世界に力を取り戻すとき、鋼鉄の翼が我らを阻む。それを打倒せんとする、その先陣には追放されし黒の少女あり、でしたね」
祈祷師たちは時に未来を映す夢を見る。その予知は絶対であり、外れたことは数千年間で一度も無かった。予知を見てから行動に移すのではなく、既に何かが始動している時にその予知は現れる。だからそれに合わせて計画は変更されるのだ。いかにそれに抗おうと、最終的にはいつの間にか予知通りになっているから、予知は竜人の間では恐怖の対象となることもあった。
今回の予知、竜人が再興の最中にそれを阻む者が現れるが、黒い竜人の少女の導きによってその難を乗り越えるということだ。そのため、彼らは死に物狂いで黒い竜の少女を捜しに、世界各地を東奔西走していたのだ。それが遂に占いによって黒海の近くで出会うと出たために、彼は敢えて捕まっていたのである。結果は前述のとおりである。
「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか」
彼女の頭からは、未だに疑問が払拭できないでいた。本来タブーであるはずの種族と行動を共にすることは、非常に危険であるようにしか思えなかった。生まれてこのかた、闇竜族はかつて我々を裏切った邪悪の存在であると教わって来たのだ、今更急に彼らと行動を共にしろなどと言われても、すぐには対応できないというものだ。
「かつて我々の先祖が存在を消し去ったはずの闇竜族。それが竜の再興の核となるとはな」
皮肉なものだと、彼は鼻で笑った。少し冷めた茶を今度は全部飲み干すと、ライマに空のカップを渡した。余韻に浸りながら、彼は立ち上がった。
「来ましたか」
彼女の問いに頷くと、彼は颯爽とマントを羽織り、外へと向かった。彼女のために目印をおいておく必要がある。彼は外に出ると、少し太陽を見上げ、建物から離れた。察したライマは、彼から離れ中からその様子を見守る。
「ふう……」
首を回して体をほぐすと、意識を脳の一点に集中させた。全身の力が一か所に集まり、彼の体が雷と共に煌めいたかと思うと、次の瞬間には彼の姿は消え、代わりに淡く光を放つ黄色い竜がその場所に鎮座していた。竜の体からは絶えず放電が行われており、足もとの草花を黒く焼いている。電気は一番近くの物に落ちる。それは竜の世界でも同じことだ、だから雷竜族の近くには誰も近寄ることは無い。それはまたハリネズミのジレンマで、彼ら同士も竜状態で額をくっつけることさえ出来ないのだ。彼は周囲に誰もいないことを確認すると、大きな翼をおもむろにはばたかせ、上昇した。広い翼膜が、大量の空気を孕みその巨体を宙に浮かばせるのだ。
竜は喋れない、竜の顎の形では発音できない音が多いのだ。したがって代わりに仲間との意思疎通には竜状態でのみ使用可能な特殊な交信方法を使用する。ある一定の周波数の脳波を飛ばしたい方向に飛ばすことで付近の仲間と擬似的な会話をすることが可能となっている。この脳波は竜人なら人の状態でも受信することは出来る、が、返せないため言葉で返事をしなければならないのだ。
彼はある程度の高度まで上昇すると、数キロ離れたところにいるエリアへと脳波を送信した。強く、細く脳波を送ることで遠距離にいる同胞へと連絡を取ることも可能なのだ、しかしそれにはそれなりの訓練が必要だが。それにかなり的を絞っているため、うまくぶつかったかは分からない。竜人なら受け取れなくとも、この距離なら微かだが自分の姿が見えるはずである。心配は無用だろう。実際、彼女のものと思われる存在が、激しく土埃を立てながら一直線にこちらへ向かってきた。少女はタイヤの側面からこちらを茫然と見上げていた。
「あり得ない、嘘……」
彼女の二つの瞳には、空中ではばたく伝説上の生物が燦然と映っていた。信じられない、そう、信じられない。自分でも竜の存在を少しは理解しようと努力はしたのだが、実際に見てみるとそんなものは無意味であったことに気付いた。
エリアは竜の下にある半壊したコンクリの建物の傍にダンゴムシを停めると、エンジンを切って降りた。




