В темряву(深く果てない暗闇の中で)
「しまった!どうしよう……」
落してしまったものは仕方がない、他に便利機能は無いものかと必死にマニュアルを捲る。
「ショックアブソーバー……衛星リンク……違う、武装パージでも無くて」
焦れば焦るほど文字は読めなくなるもので、どうにか解読しようと目を凝らすと、何故か重要でない単語を注視してしまっているのだ。どうにも我慢が出来なくなったエリアは、堪忍袋の緒が切れてしまい、マニュアルを投げ捨てようと振りかぶった、ページが風で勢いよく変わっていき、あるページで偶然止まる。それを横目で見て目を逸らしたエリアは、タイトルを二度見した。そこに書いてあったのは、
〈反転機能〉
どういうことか、振り上げた左腕を下ろしそのページを食い入るように見つめた。曰く、車体の向きを逆転して後方攻撃が可能になるらしい。それなら最初から後ろにも攻撃できる武器を点けていて欲しいものだと不満を垂れながら、再びマニュアルに従って手順を進めていった。
「これで、ベルトをしっかり締め体を固定して、レバーをこう!」
三点式のベルトをしっかり締めたことを確認すると、最後に赤いレバーを引いた。と、同時に天地がひっくり返った。
「わあああーーー!?」
何が起こったのか彼女が状況を理解するまでに数秒を要した。そして理解する。何と反転機能は縦軸を中心に左右反転するのではなく、横軸を中心にタイヤの内側がひっくり返るものだった。すぐ真上、いや真下だろうか、とにかくすぐそこで高速で通り過ぎていく地面に肝を冷やしながら、敵を真っ直ぐ見据えた。モニタに敵の姿が表示される。敵の顔は目の前で起きた出来事に度肝を抜かれたようであった。この隙を利用しない手は無いとばかりに、トリガーを押した。高速で撃ち出された徹甲弾がジープのエンジンを破壊する。操縦不能に陥ったジープは、爆発こそしなかったものの道を外れていずこかへと姿を消してしまった。どうやら車というものは撃っても爆発しないらしい。古い映画で見た物とは違う現実に少々戸惑いつつ、もう一台に狙いを定めた。機体を揺らす振動はサスペンションと制御装置によって照準を狂わせることは無い。真っ直ぐ撃つべき敵を見定め、押した。徹甲弾がジープの前輪を食い破り、車体を激しく横転させ後続を巻き込み停止した。もう追手は無いようだ。エリアは緊張を解くと車体の反転を戻して元の状態に戻った。今度はちゃんと正面を向いている。
彼女の脳裏は、考えるべきことが多すぎて整理しきれないほどに混雑していた。エマーヘルとかいう大男、その話、竜について詳しい初老の軍人に、自分が傷つけてきた兵士たち。心配事がありすぎて、何から片づければいいのやら。地図を見ると、恐らく黒海まで残り二百キロということだった。まだまだ到着までには余裕がありそうだ、ひと眠りすることも考えたが、彼と再会するまでに出来るだけ状況というか、頭をすっきりさせておきたかった。彼女は特別とはいえ、つい数日前まではただの町娘だったのだ、これだけの変化にここまで追いついている方が凄いと言えよう。
まず一つ目に私が竜の一族とかいう胡散臭い話だ。エマーヘルも軍人もそういったことを抜かしていたが、そんなファンタジー小説が現実にあっていいはずがない。第一、もし私がそれならどうして人間である両親に育てられたのだ。ふと彼の言葉の断片を思い出す、確か彼は「忌むべき」と言っていた。忌むべきとは何のことなのか、それに私が仲間に育てられなかった理由だとでも言うのだろうか。
二つ目に竜に変身とは、どうやるのか。試しに竜になりたいと願ってみた。恐る恐る目を開いてみたが思った通り何も変化はない。しかし隠れている時に化け物だとかいう叫び声が聞こえた。それはつまり彼が竜に変身したのであろうか。彼の出で立ちは自分と似通った雰囲気を備えていた。ここら辺は後ほど彼に問うしかないようだ。
三つ目に何故彼は私を捜していたのか。何の目的で彼がやって来たのか、何故私なのか、彼と話す暇が微塵も無かったことが悔やまれる。
最後に、私と彼は何を話したのか。話の内容ではない、口にした言語だ。私の話す言語はイタリア語にフランス語を中心とした多言語が組み合わさり時を経て独自の形態となった一地方の言語だ。それなのに彼が喋った言葉は、ムゥロ語でもなく、英語どころかスペイン語でもなかった。その上初めて耳にしたそれを、何の障害も無く自分も話せた。これは絶対に何かあるに違いない、それも竜人とかいう民族に。
いつしか半時間近く考え込んでいたエリアは、自動操縦を苦心の末解除すると、ダンゴムシを道端のボロ小屋に停め、周囲に誰もいないことを確認すると小屋の隅にその細い体を丸めて眠った。賊が出ないことを祈って。
嵐のように騒動が過ぎ去った基地では、捜索隊の出動と破壊された基地の復旧作業に追われていた。幸い損傷は司令部の中と倉庫、それとフェンスくらいであったためすぐに作業は完了する見込みであった。
基地司令であるハワードは本部への報告などはまったく頭になく、ただこれから起こるであろうことに思いを馳せていた。惜しくも重要な生き証人を逃してしまう結果となったが、それでも出会えたことが重要であった。
「司令、ご無事でしたか」
駆け寄った士官のかけた声も耳に入らぬほど、彼は自身の世界に入り込んでいた。そして彼はある作戦を実行することとなる。




