夏の女王は憂鬱
「♪はーるなーつ、あーきふーゆ」
夏の女王は呟くように歌う。
昔の昔に友だちと歌った曲を。
「♪みーんな、だいすーき」
つ、と涙が伝う。
「♪きーせつーの、じょーうおーうー」
過去の自分たちと歌声が重なった気がした。
「♪はーるなーつっ♪」
自分ではない歌声に驚き振り返る。
「春、か…」
春の女王は悲しげに笑った。
「懐かしい、ね」
春の女王によると冬の女王は出てこないらしい。
扉が開かないとか。
夏の女王は首を縦に降った。
「もう、皆では歌えないのかな…」
自分でも気付かないうちに涙声になってゆく。
春の女王は傷ついたような、それでいて新しい玩具を手にいれたような、複雑な顔をした。
「大丈夫、よ」
春の女王はそう言って頭を撫でる。
夏の女王の深紅の髪がさらりと光を浴びながら靡いた。
その深い深い赤の眼からは赤い涙が溢れていた。
***
「なんだか、最近寒くありませんこと?」
小肥りで髪を頭上に上げた女性…アンドロイス公爵婦人は隣の女性…イーヒベラス伯爵婦人にはなしかけた。
「あら、アンドロイス様ではありませんか。
そうですわね。私、冷え性でして、なかなか寒さには応えますよ。」
そうなの、とアンドロイス公爵婦人は答えた。
どれだけ寒いと言えど暖かな城の中には関係のないこと。そう思いながら大きな窓を覗く。しんしんと静かに降り積もってゆく雪を見続ける。
しんしんと。
しんしんと…
***
夏の女王は暖炉に指を向けた。
ぽっ、と不意に炎がつく。
夏の女王がふー、と息を吹き掛けるとどんどんめらめらと炎が大きく大きくなっていった。
秋の女王がぱたん、と本を閉じ、本棚へ押し込む。そしてそっとベレー帽を頭に乗せた。
「本を取りに行ってくる。なにか欲しいものは?」
みんなふるふると首を横に振る。
「そう」
秋の女王は呟くといそいそと扉の外へ出ていった。
数分後戻ってきた。
するともう一度扉が開いた。
「我が女王たちよ」
入ってきたのは王だった。
王は扉を調べる、と言った。
「春の女王、夏の女王、そして秋の女王。来てくれるな?」
三人はそれぞれ首を縦に降った。
***
パカラッパカラッ
夏の女王はくっ、と縄を引いた。
「ヒヒーン!」
前足を大きく上げて馬が止まる。
「冬…」
夏の女王は白い息を吐きながら呟いた。
「駄目。やっぱり開かない。」
春の女王は声をあげる。
学者たちは扉の隙間を調べ始めた。
だがそれはどこからどうみても接着剤。
学者たちは接着剤です、と声を上げた。
接着剤。
春の女王は眉をひそめた。
夏の女王は驚きを見せた。
秋の女王は戸惑っていた。
「どいて」
夏の女王だった。
隙間に指を捩じ込み、炎を押し込もうとする。
「待って!」
声を上げたのは春の女王だった。
「扉は木製よ?燃えちゃう」
夏の女王は気まずそうな不満そうな顔をし、扉をちょんと蹴った。
「冬!」
「出てこい、冬!」
冬の女王がこつこつと降りてくる音がする。
「なに」
目元が赤い。
「ここ、接着剤なんだって!凍らせて割れば…」
冬の女王は驚き、にっと笑った。
「なるほど」
冬の女王は隙間に指を捩じ込み、集中を始めた。
パキ、パキパキ…
指先から徐々に凍っていく。
そして端から割れていく。
カシャン。
全て、割れた。
「春、夏、秋!」
冬の女王は涙を溢した。
みんな微笑を浮かべ、冬の女王を抱きしめた。