冬の女王は憂鬱
冬の女王は困っていた。
出口が塞がれている。
「そろそろ出なければ」と思い、出ようとした時にはもう出られなかった。
誰の仕業?何故こんなことを?なんのために?
いくら考えを巡らせようと、外には出られなかった。
大好きな王子にも連絡は取れない…冬の女王は、不安に捕らわれ塔の中を歩き回った。
しかしヒントはない。
昨日塔の中にある固定電話ならと試してみたが、電話線が切られていた。
眠っていた時に侵入されたんだろうか。
アンティークな電話を撫でてみても答えは出ない。
冬の女王はおもむろに電話をなぎはらった。
大きな音をたてて床を跳ねる。
吊り目は不安に覆われ、きゅっと結んだ口からは今にも嗚咽が聞こえてきそうだ。
窓は高い位置にしかなく、降りるためには死ぬしかない。
食料の心配は無いが、不安は不安だ。
王や他の女王たちはさぞ不安がっていることだろう。
ヒトも寒さに震えているだろう。
氷の結晶の模様をした壁に手を触れた。
静かに。
静かに涙が落ちた。
嗚咽や悲鳴もなく。
ただ。
静かに。
春。夏。秋。
彼女らは、どうしているだろうか。
冬の女王は行き場の無い不安に床に崩れ落ちた。
***
「冬ちゃん…」
春の女王は呟いた。
悲しんでいるのか、外は猛吹雪だ。
秋の女王はこんなのってないよ、なんで、こんなのって、と俯いている。
夏の女王は平気そうな顔をしているが彼女の焦っているときの癖である、親指の爪噛みをしていた。
さらにぴょんぴょんと跳ねた朱色のショートヘアを揺らしてきょろきょろと挙動不審である。
これも彼女の癖だ。
「王…」
王も仕事に手がついていない。
春の女王はもう一度窓のそとを見た。
そしてまた、冬の女王の名を呼んだ。
呟くその表情はカーテンに隠れて見えなかった。
が、目元にはきらりと光る水が浮かんでいた。
***
犯人は塔を見上げていた。
春の女王が
「もう少しで仕事ね、めんどくさいな」
とぼやいていた。
それを思い出しながら作業をした。
接着剤を扉の隙間につめるだけ。
簡単だ。
「これで、いい」
仕上げにスノードロップを挿す。
花言葉は
「貴女の死を望みます」。
犯人は他の女王たちが居る部屋へ戻った。
「あ、どこにいっていたの?」
ある女王は問う。
犯人は
「花を摘みに。」
とバスケットに用意しておいた花の数々を見せた。
女王たちは喜んだ。
犯人は微笑んだ。
それは悪の顔であり善の顔であった。
***
その日、冬の女王はそろそろ交代ね、とドアへ向かった。
春に雪を融かしてもらうのは意外に時間がかかる。
早目の交代がいい。
それが冬の女王と春の女王との共通思考だった。
「え?」
開かない。
「ちょっと?」
かたかたと揺らしてみる。
一寸も動かなかった。
「春!?」
そこにいるであろう友人の名を呼んだ。
「冬ちゃん?どうしたの?出てきてよ?」
そんな呑気な声に緊急事態だと告げる。
しかし春の女王は笑い飛ばした。
「でもここに花が挿してあるわよ?騙そうったってそうはいかないんだから」
冬の女王は眉をひそめた。
「何の、花?」
春の女王はえ?、と一呼吸おいた。
「スノードロップ、だけど?」
スノードロップ。スノードロップの花言葉は…
「奇跡」「慰め」「逆境の中の希望」「恋の最初のまなざし」、
そして…
「貴女の死を望みます」
恐らくこの意味で犯人は挿した、と思考を巡らせる。
でも、一体誰が?
冬ちゃーん?、と声を上げる春の女王は恐らく違うだろう。
春の女王とは比較的仲が良い。
仲の問題ならば…夏の女王?
彼女とはどうしても馬が合わず、喧嘩もしばしばという感じだ。
しかし夏の女王はこんな陰湿なことをする奴では無い。
仲こそ悪いが性格は熟知しており、そこには理解を置いているつもりだ。好敵手、というところだろうか。
ならば秋の女王かと言われるとそれは違う、と言いたくなる。
秋の女王はのほほんとしているが芯は強く、私が少し強く言ってもあまり怒らない。
ならば王かと問われてもうーん、という感じだ。
王には動機が無いし、最近は激務に追われていてこんなことする暇は無い。
ならば誰?
「…冬ちゃん?」
春の女王から不安そうな声が上がった。
「本当、なのね?」
春の女王が手を置いたのだろう、古い扉がぎぎ、と軋んだ。
「大丈夫?」
不安そうな問いかけ。
本人よりも不安そうな問いかけ。
優しい春の女王はこんな風に他人の寂しさや不安を背負うことがある。
彼女の長所であり、短所だ。
外からくしゃみが聞こえてくる。
「春?お前こそ大丈夫か?」
「くしゅん、大丈夫、くしゅん、くしゅん」
春の女王は寒さに弱い。
「春、今日のところは帰れ」
「でも、くしゅん、くしゅん」
「春…」
風邪でも引いたら困る。
彼女は私の良き理解者であり、数少ない友だ。
「分かった、くしゅん!」
くしゃみ一つ残して彼女は帰っていった。
どうする、冬の女王。
外の猛吹雪はそう嘲笑っているようだった。