見捨てられた街
月明かりが照らす街……だった場所。
ビルは、原型をとどめていないほどヒビ割れて瓦礫の山と化し、道路は黒いアスファルトが見えないほど中から盛り上がっている。街の中心にあった日時計は、地中に半分以上も埋まっていて、時計の針はあのときから一度も動いていない。繁華街も、人々は逃げてどこかに身を潜めているのか、それとも死んでしまったのか、誰一人いない。
そんな静かな場所に、セナは独りで立っていた。周りの建物がほとんど崩れたせいで、いつもより大きく見える月を、光を失った目で見ながら。
セナにはもう、家族も友人もいない。みんな、この街と一緒に死んでしまった。親は、セナと妹を庇って。妹は飢えで。友人は……死んだところを確認したわけではないが、地獄に変わってしまったこの世界では、自分以外に生き残ることが出来た人がそう何人もいるとは思えない。
実際、セナも限界が近かった。ここ数日、ろくに食べていない。食糧なんてものは、もうほとんど存在していないからだ。
今日も何もすることがなかったセナは、取り敢えず寝心地が良さそうな場所を探していた。フラフラとおぼつかない足取りで、周りを見渡す。
突然、人の気配を感じた。一瞬、まだ生きてる人がいたのかと思って驚いたが、それはすぐに警戒心に変わった。
セナがここまで生きていられるのは、奇跡といってもいいくらいだ。しかし、いつ限界を迎えて朽ち果てるのかは、時間の問題。そんな人が二人もいたら、相手は何か貴重なものでも持っているのではないかと考え、それが欲しいという欲に変わる。そんなものなど持っていないが、セナが襲われる可能性は、とても大きかった。
今、セナが武器を持っていたなら、平然を装い、襲ってきた敵を叩くことは出来ただろう。しかし、セナは今、丸腰だった。到底そんなこと出来るはずもなく、セナは相手の気配を探るべく、全神経を尖らせることに集中した。
すると、
「そこに、誰かいるのか?」
若い男の声。セナは左を向いた。黒い上着の袖に腕を通さず、肩に羽織った少年が、セナに背を向けて座っていた。そこは、瓦礫の山が崖のようになっているところだった。
セナは、少年の顔見たさに足をそちらに踏み出した。しかし、少年の隣に小型の銃が置いてあるのを見て、動きを止めた。
「そう警戒しなくてもいい。武器は、人間には使わない。」
その言葉を信用出来るわけではないが、手から離れているところを見る辺り、ひとまずは何もしてこないようだ。それでも、いつ攻撃されても逃げられるように、セナは少年に近づこうとしなかった。
しばらく沈黙が続いた。それを破ったのは、少年だった。
「君も……この死地を生き残ったのか?」
「そう……なんだと思う。」
「俺もだ……。」
恐る恐る返事をすれば、少年は吐息混じりに呟いた。
「学校が終わって家に帰って来たら、既に家族全員が家の下敷きになっていた。友人も先に帰っていたから、同じ目に……君は?」
「……私も、そう。家の下敷きになったの。お父さんとお母さんが、私と妹を庇って……。その妹も、昨日飢えでね……。もう、何も残ってない。」
「そっか……。」
もう、セナの警戒心はほとんど消えていた。彼も同じだったことに、少なからず安心したからだろう。しかし、次の瞬間__。
「え……?」
少年は、素早い動きで銃を拾うと、セナに銃口を向けた。
はめられた……。
セナは一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐにさっきの虚ろな表情に戻った。
「……殺して。」
もう、この世界には大切な人も街も何もない。そんな世界で生きていくくらいなら、いっそ死んだ方がマシだと思ったのだ。
セナが小さく呟き、心の準備が整ったその瞬間、右腕を強く引っ張られ、次に目を開くと、目の前には少年の黒い上着が見えた。そして、そこから自分のいた場所を見ると、そこには人間というよりは獣といった方が近い二足歩行の生物が、剣をそこに突き立てていた。少年が引っ張ってくれなければ、セナは、あのヒビ割れた地面のようになっていただろう。
「……逃げろ。」
少年がセナに囁いた。しかし、セナはその場から動けなかった。怖いからではない。自分を助けてくれた彼を見捨てて、逃げることが出来なかったからだ。銃は、遠距離攻撃は出来るが、距離を詰められてしまえば、すぐに負けてしまう。それは、銃に触れたことすらないセナでも充分わかることだった。やられることが分かっているのに見捨てて逃げる、なんてことをすれば、恩を仇で返すことになってしまう。
セナは、近くの地面に転がっていた短剣を拾うと、少年の隣に立った。
「何やって……!」
「私は逃げないよ。私の大切なものは、こいつらにすべて奪われてしまった。もう、生きる意味も目的もない。それなら、どうせ死ぬのなら、最期は誰かを守って死にたい。」
セナは、目を見開く少年に微笑んだ。
それを見た少年は、セナの本気を感じてゆっくり目を閉じ、開いた。そして、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「それなら、俺もそうしよう。俺が死なない限り、君も死ぬことはない。」
「そうね。なら、私が死なない限り、君も死なないよ。」
「分かってんじゃん。」
二人は、目を合わせてニヤリと笑うと、敵に銃口と短剣を向けた。
「イッツ・ショータイム‼」
初めまして。いろはと申します。今回が初投稿だったのですが、いかがだったでしょうか?良かったと思ってもらえると嬉しいです。更新は、あまり頻繁にすることがないかもしれないのですが、よろしくお願いします。