うましか
「お兄ちゃんのばか!」
帰ってきた妹の蒼空から怒られる。
「蒼空も欲しかったのにー、もうー!」
我が家のプリン戦争は絶えることは無い。
順を追って説明しよう。うちの家族は両親、姉、俺、妹の五人家族である。いつもプリンは六個一セットのものを買っている。プリンが家に入るのは、母が仕事帰りに買ってくる夕方。そして、その日に父以外が一つずつ食べ、残る二つは次の日に持ち越す。この二つを姉、俺、妹の三人で取り合うのだ。大体は、朝に食べられるプリン。朝の段階では早いもの順に文句をつけるやつはいない。また、別に食べなくても、これは私のだと先に宣言してしまうことも可能だ。しかし、たまに起きてしまうのだ。余ったプリンに気づかないという事態が。誰か一人が気づき、食べていれば気づくことはある。母が、プリンが余っていることを伝えることもある。しかし、誰にも触れられずにプリンが持ち越されるとき、状況はややこしくなる。
不平等が発生する。帰り時間だ。今回は俺の方が早かったものの、中学校と高校では帰宅時間が異なる。これを競い合うのは平等ではない。朝はいい。早く起きることは本人の努力のみであり、平等だという認識だからだ。
もうあらかじめルールを作っておけばいい。そう考えたこともある。しかし、プリンごときにルールを作ることは面倒なのだ。食べたいときに食べる。そう、これこそがプリンに対する敬意だと言えよう。
「次は蒼空がもらうからね!」
この場合、一つ優先権をもつことが多い。優先権の行使はいつでも発動できる。まあ、忘れないうちに、大体は次に何か一つお菓子が余った時に行使される。そうそう、権利を持ったときは母に伝えておくことを忘れてはならない。買い物は母がしている。母に伝えると、すぐに予約ができるからだ。
神山家では、このようにお菓子に対しては自然にルールができている。
「なんで俺だけ怒られんの?」
いつものことだが、こういうのは現行犯に怒りの矛先が向かれる。
かすみ姉は他人事のようにテレビを見ていた。
最後の一口を口に入れる。今日のプリンも甘くておいしかった。
夜。俺は宿題に向かう。プリントの問題を解く。
解く。解く。
プリントが終わった。後は英語の予習と数学の問題集だな。
次は数学を解くか。数学の問題集と教科書、ノートを取り出す。
さて・・・・・・。
こいつはこの公式を代入して・・・・・・。
いや、こっちの公式かな。
バッ。
椅子を引き、回転させ、体を斜め後ろを向き、棚の上の置き時計に右手を伸ばす。
ぐらっと時計が揺らいだ気がしたかと思うと、そのまま時計は手前に倒れる。
バタンバタン。
電子機器が壊れたような嫌な音が部屋に響く。
すぐに横のアニメのフィギュアに手を伸ばす。
こちらもぐらっと揺れて手前に倒れる。
どたどたと足音が聞こえてきた。
ガチャと扉が空く。蒼空が入ってくる。
「どしたの?」
心配そうに兄を見る蒼空。
「あぁ、何でもない。」
しばし蒼空が右手を突き出した兄を見つめる。手の突き出した方向を見る。倒れた時計とフィギュアを数秒間見つめる。その後、ゆっくり部屋を出ていった。
心臓がバクバクしていることに気づいた。
でも、頭は冷静なのではないかと思う。
「こんなもんか」
呆れたような声が口からでる。でも、声は少し震えている気がする。
「煌―!お風呂行くー?」
かすみ姉の声が下から聞こえる。
「おー」
下に聞こえるように大声で答えたその声は、嬉しさをかみしめた声だった。
高揚感。
気持ちが一気に昂る。叫びたい衝動を抑えながら、にやける笑みを抑えながら、震える足を踏みしめ、階段を駆け下りる。
ドタドタドタ。
階段を駆け降りる自分の足音は、心臓の鼓動と重なっていた。