同じ川には二度入れない。
「藤原朧?成績が悪いって言ってなかった?」
優希がそう真緒に問いかける。確かに、テスト週間に真緒はそう言っていた。というか、藤原朧については名前と学年とそれのことしか言っていない。
「ええ、この中間以前はトップテンに入ったことは無いでしょう。」
「どうしてそんなこと知ってるんだ?」
昔は成績を掲示板に張り付けていたものの、今の山北高校では順位は本人しか分からない。
「ちょっと煌―、そんなの聞いちゃダメでしょ」
優希に注意される。え、何でダメなの?
「ただ周りが言ってるのが聞こえてくるだけよ。こんど神山君も女子トイレに来てみなさい。」
「・・・・・・。」
女子トイレって、成績の話をするのか。悪口とか陰口とかだけだと思ってたわ。
「神山君、そんな悩まないで、冗談よ?」
「知っとるわ!別に行こうかどうか迷ってたわけじゃねーよ。」
「というか、そっちのクラスってもう順位発表されたの?」
優希がアイスを袋から出しながら問いかける。
「いえ、順位はまだよ。ただ、返ってきた点数を聞けば、誰が下かくらいはわかるわ。」
確かに成績が良ければ、計算はたやすいのかもしれない。しかし、小野がこんなに成績に執着していることは少し意外だった。
「悪魔・・・・・・、と言っていたわね。」
小野が顎に手を添えて呟く。
「それって、他人を操ることはできるのかしら?」
「他人を操る?それが成績アップとどう関係あるんだ?」
小野がじっと見つめてくる。
「まあ、まだ確証がないのに、憶測で言うことではないわね。」
そう言って小野が話を打ち切る。
次の日の放課後、またしても昇降口で冨上と出会った。
「先輩、待ち伏せしてません?」
冨上が心底嫌そうに口を開く。
「これは運命だよ、閑子ちゃん。」
気持ちを込めて言ってみる。しかし、冨上はうげ、と言いたげな表情をする。
「つか、俺は後から来たじゃん。」
「では」
冨上はそそくさと帰ろうとする。冨上との距離は二メートルほどだった。
「ちょっと、ま」
さんざん注意された。関わるなと言われた。だが、その悪魔のことについて俺はまたしても関わろうとしていた。ちょっと聞くだけ、そんな安易な気持ちだった。ただの好奇心。
俺は冨上の腕を掴もうと手を伸ばす。
「もう、先輩引っ張ら・・・・・・」
本気で怒っている口調ではない。うっとうしい先輩に呆れたような口調。
引っ張る。その言葉を聞かなければ、気づかなかっただろう。意識を向けなければ、なんの違和感もなかっただろう。
「・・・・・・」
冨上の動きが止まる。自分の腕をじっと見つめる。
もしかしたら、見間違いだったのかもしれない。後輩が唐突にテンションをあげて手を振りかぶって歩こうとしていただけかもしれない。だが、冨上の様子からも、そうではないと思う。
「やはり先輩、あなたが・・・・・・。」
言葉を理解するより先に、冨上の表情から感じる緊迫感に、俺は背筋が寒くなる。
冨上が走り去る。
帰宅していた。リビングを見ると、かすみ姉がプリンを食べている。
「ん・・・・・・、おかえり」
「かすみ姉。」
「ん?」
スプーンを加えながら、見つめてくる。
「俺って、どこかおかしくなってない?」
「むーーー。」
かすみ姉が頭をひねる。しばし思考を巡らせる。
「あ、プリンあと一個しかないけど、蒼空ちゃんに譲る?」
「や、食うわ」
「おかしくなった・・・・・・ねぇ。」
プリンを食べ終えたかすみ姉はそう呟きながらテレビをつけ、ソファーに座る。
「高校になって、話すことが少なくなったけど、同じ家で過ごしているんだし、気づきにくいかもね。」
日常の中にふっと訪れる異常に人はいつも気づくものなのだろうか。もしかしたら、世の中は不思議に満ち溢れていて、気づくことが出来ているのは、ほんの一部だけなのかもしれない。その不思議を見つけ、興味を持ち、喜ぶことが正しいことなのかどうか、神は教えてくれない。