愚かな試み
「うっし」
優希がガッツポーズをとる。ちらっと見ると九十六という赤文字が見えた。
中間テストが終わり、続々とテストが返却されていた。今回返却されているのは物理のテストだ。
「ねー、煌は何点だったのー?ねー。」
「知ってどうするんだよ。」
毎度のことであるが、優希は自信があるときはこうやって点数を聞いてくる。優希はこの馬鹿そうな感じではあるが、成績は悪くない。
「平均点ぐらい。」
「おー、じゃあ六十四?」
「ああ、そんぐらいだよ。」
九十点だった。こういう時に低く言ってしまうのが中学からの癖になっている。こいつに負けるのは癪だ。また、中学の時に佐野鷹之にいつも低く言っていたら、怒られたことがある。
「鷹ちゃんは何点―?」
優希がその鷹に点数を聞いていく。
「平均点ぐらいだよ」
「ふーん、じゃあ煌と同じか。」
お前、人の点数をばらしていくんじゃねぇよ。
「煌はどうせもっといいでしょ。」
冷たく言われる。まだ中学の時のことを怒っているのかもしれない。これはもう嘘がばれないようにしなければ。
「いや、俺も今回は悪かった。」
ぎこちなく言葉をかける。だが、鷹はこっちを向いてはくれなかった。
「……。」
放課後、昇降口で冨上に出会った。目が合った。しかし、冨上は気づいていないかのように友達二人と外に向かおうとする。
「よう、冨上。」
空気の読まない先輩だ。
「・・・・・・。」
冨上は動きを止めない。
「「閑ちゃん…・・・?」」
友達二人がたずねる。二人の出したその声は、ぴったり重なっていた。
「あれ、もしかして双子?」
見てみると、顔がそっくりだった。
「「はい、鈴木」」「愛」「瑠衣」「「です。」」
双子の阿吽の呼吸に感動する。
「俺の名前は―――――」
「先輩、何か用ですか?」
冷たい声、冷たい目で割って入られた。
「いや、特に用はないけ――――」
「そうですか、ではさようなら。」
冷たい。後輩が冷たい。こっちを見ずに帰ろうとしている。
「挨拶ぐらいいいじゃ―――――」
「煌ちゃん!」
今度は後ろからきた優希に言葉をさえぎられる。
「どうした?」
「えっと・・・・・・、真緒ちゃんが」
息を切らしながら優希が話す。どこか視線が泳いでいるようにも見える。
「小野が?」
「なんか、落ち込んでいる。」
ちらっと、冨上の方を向くと、冨上と友達の双子はもう外に出ていた。冨上も横目でこちらを見ていた。
「なぁ、どうしたんだ?」
「どうもしないわ。何でもないわ。」
高校を出てすぐにあるパンショップでパンとアイスを買い、外のテーブルで食べてながら、落ち込んでいるという理由を尋ねる。
「男子にフラれたとか?」
「違うわ。」
「陰口叩かれているのに気づいたとか?」
「違う・・・・・・、え?」
優希は時々恐ろしいことを言う。
「あ、太ったとか?」
「ちょっと待って、私陰口叩かれているの?」
「え、知らないけど。」
きょとんとしている。どうやら、本当に知らないらしい。
「紛らわしい言い方しないで。・・・・・・まあ、そんなの気にしないけど。」
小野は取り乱した表情を元の仏頂面に戻す。
「あ、もしかしてテストのこと?」
「・・・・・・。」
小野は黙ってしまった。どうやら図星らしい。
「一年の時も別クラスだったから気づかなかったけど、真緒ちゃん高校のテストでは落ち込むんだねー。」
中学の時はテストで落ち込んだことなどなかった。高校になって、成績がよろしくないのだろうか。
「落ち込んだ・・・・・・、いえ、ちょっと気になったのは今回が初めてよ。」
ふーっと小野が深呼吸をする。
「私はおそらくいつも通りの出来よ。ただ、最高得点をいくつか逃したわ。」
冷静な表情のようで、口調から悔しさが伝わってきた。
「今回、私は学年一位ではないと思うの。」
小野は続ける。
「確信は無いわ。でも、私の推測では学年一位は――――」
「藤原朧。」
俺と優希は目を合わせる。
日常を過ごしていて、自分の知識が足りていないせいで特別に感じるもの、それが非日常だ。
複雑な日常から、人々が特殊な状況、非日常を考え、世界を知ろうとするもの、それが物理学だ。