唐突
始まりは唐突ではない。
自分が生きていると自覚したのはいつだろうか。ふとそんな疑問が浮かんだ。ああ、あの日だ。その日のことを思い出す。その瞬間、世界が変わったような感覚がある。自我が芽生えたというやつなのだろうか。この俺、神山煌はその年を『革命の年』とした。でも、革命ではなく覚醒ではないのかと今になって思ってきた。いやしかし、自分の中で今まで生きてきた誰かを押しのけて芽生えたものが自我だとするのならば、革命でいいのかもしれない。あ、いや思い出した思い出した。当時、俺は超真面目で優等生な小学五年生であった。しかし、それは周りの圧力から逃げられなかったことによって、周りの期待に応えるように「つくっていた」自分だった。だとするのならば、俺は周りの作り上げた偶像を、それのように振る舞っていた自分という偽物を殺したのだ。そういう今までの自分を捨て、本当の自分というものを持つようになった。
じゃあ私に起こった革命は唐突なのだろうか。奇跡なのだろうか。いや、そうではないだろう。気づかないうちに溜めていた、少しづつだが溜まっていた、その溜まりに溜まったストレスが爆発しただけだ。
全ては連続だ。偶然はなく、必然だ。全ては始まりから決まっている。いや、それだと始まりは唐突だ。そうだ、きっと始まりなんてものは無い。
なんてことを、テストの解答を終え、余った時間に考えたりしたことはないだろうか。
高校二年生の初っ端の中間テスト。見直しをしようと問題を再度読んでいる途中で、俺はそんなことを考えてしまう。そのせいでちっとも見直しが出来ていない。人間は一人になると、寂しくなるとこんなことを考えてしまうのかもしれない。テストは一人で受けているわけではないが、人間なんて集中すれば孤独になれるものだ。きっと明日には忘れるであろう戯言を、俺は考えていた。
チャイムが鳴る。待ち遠しいチャイムだ。やっとこの緊迫から解放される。
だが、チャイムが鳴ると途端にちょっと不安になってしまう。一応解答欄は埋めたが、分からない問題を最後まであきらめずに解くことをしなかった後悔なのだろうか。
テストが終わるとHRをして、今日は終わりだ。ここ、山北高校ではテストは三日間で行われ、うち最終日以外は午前中のテストだけで終わり、午後は休みである。
先生はいつも以上に目を光らせ、真顔の表情を崩さずにHRを行った。
放課後になった瞬間、すぐにクラスに浮ついた空気は流れない。クラスメイト達の今日のテストが終わったことへの安堵とこの後が休みだという解放感、明日のテストの不安が感じられる。
「あー終わった、終わったー。」
隣の席の幼馴染である豊崎優希が机に突っ伏し、上半身を伸ばしていた。いつもぴょこんと垂れているアホ毛も心なしかだらっとしている。
「さてと、帰ったら何しようかなー。」
うきうきした目をこちらに向けながらそう言う。独り言ではなく、話かけているということなのだろう。
「いや、勉強しろよ。」
建前として、こう返す。いつもより軽いスポーツバックに筆記用具をしまう。
「煌もしないくせに。」
ムッとなって反論してくる。まぁ、しないけど。
「あーもう、テストのための休みってなると、友達って誘いにくいー。」
優希は机に突っ伏して足をバタバタさせる。しかしまあ、ブレザーを着ているとはいえ、机に押し付けられた豊かな胸を見るのは目の毒だ。幼なじみとはいえ、そういうのは意識してしまう。
「ま、こういう時は一人でおとなしく家にいるしかないな。」
引き寄せられた目を離し、スポーツバックをばっと持ち上げ立ち上がる。いつもより軽いバックのせいで、持ち上げたバックは軽く暴れる。
「ん、帰んの?」
再度こちらを向く。
「図書室。」
「なに、ラノベ借りに行くの?」
ちょっとニヤニヤしているように感じるのは自意識過剰だろうか。あぁと返事をすると、優希もついてきた。
図書室は南校舎の三階にあり、俺らの24HRの教室の一つ上の階である。
階段を上ると、屋上への扉が見える。
「ん、屋上の扉が」
開いていた。初めて開いているのを見た。普段は閉まっていて、ここには暗さがあった。
「ねぇ、ちょっと見ていこうよ。」
言うや否や、光の入り口へとウキウキしながら優希は入っていく。
「わぁ、鳥のフンいっぱいじゃん。」
始めにでる言葉がそれかよ。足元をみると、白くて飛び散った模様がある。よくよくみると模様の中央に暗い緑色や茶色が上に重なっている。
屋上。地上の建物がないからだろうか、距離が近いからだろうか、上に一様に広がる青い海に感動していた。
「こんにちはです。」
突如聞こえてきた声の方を反射的に見ると、黒髪ロングの女の子が屋上の壁にもたれかかっていた。
「お、先客さんだ。」
普段の調子で優希がはしゃぐ。
「初めまして、冨上閑子です。」
「初めまして、私は豊崎優希。こっちは神山煌。一年生?」
「はい。」
そう答えると、彼女は青空を見る。彼女は白い肌なので、紫外線がちょっと気になる。
「ここにはよく来るのか?というか、ここって入っていいのか?」
「いえ、たまにです。まぁそんなにばれないですよ。」
入ってはダメっぽいな。先生にばれないうちに早くここから立ち去ろうかと考えていると、
「・・・・・・ちょっと嫌な感じがするんで、ここで休んでいるんです。」
冨上がそんなことを口にした。
「嫌な感じ?」
優希と目を合わせる。
「先輩、幽霊って信じます?」
「いや、信じてない。・・・・・・怖い話か?」
「煌はそういう話苦手だよねー。小学生のころは、そういうのテレビで観た時はお姉さんと一緒に寝てたんだよねー」
優希がからかう。
ふふ、と冨上が目を細め、不敵に笑った。
「怖い話ですけど、おそらく先輩が思っているのとは違う怖さです。」
冨上がこちらを見る。
「あ、オカルトを信じるかって聞いた方がよかったですね。」
さっきよりも冨上の声が明るくなった。
「どうだろうな、半信半疑だ。」
俺は肩をすくめる。すると、冨上は再び笑みを浮かべ呟く。
「悪魔です。」
白い肌、黒い髪。暗いところで会えば、俺は彼女を幽霊と間違えたかもしれない。そんな彼女が青空の下で呟いた言葉。そいつはまったくムードのなっていない妄想と蹴ることができただろう。だが、青空というムードのない状況であっても、その言葉に、俺は惹きつけられた。
「悪魔、ねぇ」
優希が頭をひねる。俺も単語はよく聞くには聞くが、具体的には分からない。とりあえず悪い奴という認識ぐらいだ。
「あれ?囁かれたことありませんか?先輩。」
冨上が意外そうな顔をする。
「いや、ないけど。」
「んー・・・・・・、そうですか。では、先輩の悪魔を呼び出してみましょうか。」
彼女はそんなことを言い出した。
「そんなことができるのか?というかやって大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫です。私はこう見えてやりますし、豊崎先輩もいることですし。」
「え、私?」
優希が驚いている。
何をするのか。儀式でもするのか。と興味津々に冨上を見ていると、
唐突に。
彼女はシャツのボタンを上から外していく。二つ目を外したところ、ブラが見えそう、というかちょっと見えた。そのまま彼女がぐっと近づく。甘い香りが鼻をくすぐる。俺の胸の中で、上目使いで囁いた。
「ほら、今先輩に悪魔がついています。」
甘いとろけそうな声。彼女の頬が赤い。
「君は小悪魔ってやつだな。」
とっさにそんな言葉が出てくる。
「え、ちょ、えぇええええ!」
たとえ不可抗力だとしても。だったとしても。
突然のことで戸惑った優希が、俺に平手打ちを浴びせるのは仕方がないことだろう。
唐突とは、他者によって引き起こされる。ならばきっと、神ならばこの世界に唐突なものはないだろう。