恋の魔法 3
翌日。
咬我が知っていることをすべて洗いざらい話してくれたおかげで取り調べにもならなかった、俺の部屋でのただのヒアリングの後、柚那と合流した俺たちが本部の廊下を歩いていると、後ろに気配を感じた。
確かに気配はそこにあるのに、振り返っても姿がみえない。タイミングをずらしたり、立ち止まらずに振り返ってみたりもしたが、どうしても追跡者の正体がわからない。
まさかこっちの本部の中で咬我のマスターがいるということもないだろうから別に放っておいてもいいんだろうけど、誰がつけているのかわからない現状はなんというか、後れ毛に息を吹きかけられているような。なんとも言えないもどかしさがあって、はっきり言ってしまえばイライラする。
「さっきからなにをキョロキョロしてるんだ?」
「いや、誰かが後ろをつけてきてるからさ。咬我は気づかなかったか?」
「特には…敵か?」
「さすがにここまで敵に入ってこられちゃうほどウチの警備体制は間抜けじゃないとは思うから、魔法少女の誰かなんだろうけどな」
ただ今日はJC組の集まりがあるわ、教導隊は帰ってきているわ、彩夏ちゃんと治療明けの桃花ちゃんを迎えに来た東北組がいるわで容疑者の数が多すぎて絞り切れない状況だ。
逆に関西がいれば楓さが『それ(咬我)と勝負させろ』とか言ってきそうなのでわかりやすいんだが
せめて誰だかわかれば特に気にしないでスルーすることもできるんだけど。
「俺がいるせいで仲間から疑われているのかもしれないな。すまない」
「気にすんな。誘ったのは俺だし、そもそもうちは敵対していた人間を受け入れるのには慣れっこだからな」
「朱莉…お前俺を人間だと言ってくれるのか?」
「人間以外のなにもんでもないだろ」
「朱莉ぃ…」
昨日から一緒にいてわかったが咬我は異常に涙もろい。
男に対して使うのはちょっと嫌だし、咬我のこれまでの境遇や、人間らしい感情を持ち合わせているということを考えるとこういう言葉で表現するのは間違っているのかもしれないけど。一言で言ってしまえばチョロい。
もちろん咬我がチョロかろうとチョロくなかろうと、俺は本音でぶつかるつもりだし、利用しやすそうだからと変にゴキゲンとりをしてやるつもりもないんだが。
「うーん…誰がつけてきているのか気にはなるなあ」
「捕まえてみます?」
「頼める?」
「もちろん」
そう言って柚那は何食わぬ顔で歩き続けながら指で種を一個弾いて廊下に落とす。
柚那の拘束魔法って結構えげつないんだよな。ストーカーの子、スカートじゃないといいけど。
俺達が手近な倉庫に入って数秒後「きゃあぁぁっ」という絹裂くような悲鳴があたりに響いた。
声の主に心当たりがあった俺と柚那は思わず顔を見合わせた。
どう考えてその声の主が咬我に興味を示すとは思わなかったからだ。
……まさか咬我を蒲焼きにして食べたいとかそういうことじゃないだろうな。
そんな一抹の不安を抱きながら廊下に出ると、廊下には案の定朝陽が柚那の魔法で逆さ吊りにされてスカートを抑えていた。
「な、なんなんですの柚那さん!私なにかしました?」
「何かって、あんたねえ。私達の後つけてきてたでしょうが」
「それは………その」
「なに?この子を蒲焼きにでもして食べるつもりだったの?」
あ、柚那も同じこと考えてたんだ。
「そんなことするわけないじゃないですか!そう言われるとちょっと美味しそうにも見えますけど、そういうことではありません!」
「食べるつもりはないってさ。よかったな咬我」
「いや、むしろその気になれば食べられるのかが気になるんだが」
「まあ、朝陽なら」
「朝陽だからな」
「お二人は私のことをなんだと思っていますの!?」
「なんでも食べたがる子」
「胃袋キャラ」
「美少女お嬢様キャラですわよ!」
自分で言っちゃったよ。
「まあ、それはいいよ。朝陽が美少女なのもお嬢様なのも確かだからな」
「美しょ……朱莉さん、不意打ちは卑怯ですわ…」
自分で言ったくせに何で顔を赤くしてるんだこいつは。
「朝陽、この蛇は長嶺咬我。いろいろあって、使い魔にされちゃったちょっとかわいそうなナイスガイだ。仲良くしてやってくれ」
「あら、まるで人間のような名前の蛇ちゃんですのね」
「だから元人間だよ」
「え?」
「人間だった咬我は宇宙人の襲撃を受けた時に使い魔にされちゃったんだとさ」
「えっと……」
本当に?という表情で咬我を見る朝陽。
「そういうことだ、よろしくな」
「しゃべった!」
「いや、さっきから喋ってただろ」
「朱莉さんの腹話術かと思ってました」
「何が悲しくて俺がレッドスネークカモンやらなきゃならんのだ」
「レッドスネーク?」
「またアニメか何かですか?」
「……いや、なんでもない」
ジェネレーションギャップを感じるなあ。
「なあ、気になってたんだが、その子おろしてあげたほうがいいんじゃないのか?いつまでも逆さ吊りっていうのはさすがに可愛そうだと思うぞ。その…パンツも見えてるし」
一応朝陽は黒いタイツを履いているのだが、確かにタイツ越しにうっすらショーツが透けて見えている。
「そうですわよ、はやくおろしてくださいまし」
「柚那」
「はーい」
柚那がパチンと指を鳴らすと、足に絡みついていた蔦が消え、朝陽はクルッと器用に回転して着地を決めてみせた。
「ふふん。美少女で運動神経抜群。我ながらなんと隙のない人間なのでしょう」
「バカだけどね」
「バカだけどな」
「バカって言わないでください!」
それはそれとして。
「咬我をこれから都さんのところに連れて行って今後について話をするんだけど、朝陽もくるか?」
「い、行きますけど…バカっていうの撤回してください」
「はいはい。バカじゃないバカじゃない。ほらいくぞ」
「柚那さんもです」
「朝陽は人よりちょっと回転がおそいだけだからバカじゃない。これでいい?」
「オッケーです」
柚那の物言いに朝陽が食って掛かって一悶着あるかと思ったが、頭の回転が遅いというのは朝陽的にはどうやらオッケーだったらしい。
「……大丈夫なのかあの子」
「何も言うな。俺も最近ちょっと心配になってきるところなんだから」
「捨ててらっしゃい」
ひと通りの事情を聴き終わった都さんはそう言ってしっしと俺たちを追い払うように手を動かした。
「今回、その蛇一匹に三人も操られているんだし、さすがに立場上看過できないわよ。そいつをここに置いておいてまた何かされでもしたら取り返しがつかないんだから」
正直、都さんのこの反応は意外だった。今までも朝陽、愛純、和希、橙子ちゃんに鈴奈ちゃん。それにユウとことごとく受け入れる立場を取ってくれていたので咬我も大丈夫だろうと踏んでいたのだが、まさか拒否されるとは。
「でもさっき言ったようにこいつはもともと人間で、魔力の供給がないと死んじゃうんですよ」
「確かに境遇に同情はするわよ。するけど、それはそれ。これはこれ、ここに置けないと言ったら置けないの。殺せとは言わないからどこかに捨ててきなさい」
「私が責任を持ちます!」
朝陽はそう言って俺から咬我を引っぺがす用にして自分の胸に抱く。
「私は自分から望んで魔法少女になりました。でも、この子は違うんです。ただ巻き込まれて、敵の手先になっていただけなんです!私だって最初に朱莉さんと柚那さんが止めてくれなければこの子と同じようにもっと酷いことをしていたかもしれません。でもたまたまそうはならなかった……この子は、私のもしもの姿なんだと思います、だから死なせたくありません」
「朝陽ちゃん……いいんだよ。俺が悪いんだから」
「咬我さん…」
「かばってくれてありがとう。朱莉もありがとう」
「ああ、そういう小芝居いらないから、さっさと捨ててきなさいよ」
うんざりといった表情でそう言った後、都さんは俺の方をチラっと見た。
「……都さん、つまり咬我がいると、ここのセキュリティ侵害になるとそういうことですよね」
「そういうことね」
「だとしたら俺はもうひとつ見過ごせないセキュリティ侵害があることを知っています」
「見過ごせないセキュリティ侵害って?」
「怠惰の魔法少女の存在です。七罪で唯一残っている彼女は未だ俺達の味方にはなっていない。というか、正体も不明だし、どこにいるのかもわからない……ということになっていますが、実はこの本部の中にいるんですよ」
「ふうん。で?」
「ずーっと、ここにいて、俺達が七罪と戦っている間も後ろで見ていた。いわばこの半年ほどの黒幕とも言える人物。それが野放しになっていることは非常に問題だと思います」
「そうね」
「俺としては、咬我同様その人物も追放するべきじゃないかなと思うわけですよ」
「なるほど。それで、あんたはそれが一体誰だと考えるわけ?その根拠は?」
「俺がその人物を怠惰の魔法少女だと確信するに至った根拠は、朝陽を別荘の敷地内に入れることができて、愛純を番組に参加することができる人物だということ。ユウが制御できていなかった和希と鈴奈ちゃん、それに勝手に暴走した橙子ちゃんの件は全く関与できていなかったと思われるのでカウントにはいれませんが、少なくとも朝陽と愛純の件で手引が出来る人物でなければいけない」
「……」
「まあ、引っ張るだけ無駄ですね。怠惰の魔法少女ミヤコ。咬我を見殺しにしろっていうなら、俺はあなたの追放を提言します」
「……提言って、どこに?」
「え?」
あれ?おかしい。都さんがなんか怒ってるぞ。ここは都さんがしぶしぶ咬我の保護と引き換えに秘密の保持をお願いしてくるところじゃないのか?
「認めましょうか?はいそうですよ、私が怠惰の魔法少女です……それで?ユウと早いうちからつながってたけどそれが何?」
「ええっ!?」
「私が立てたのはあなた達の強化計画と時間稼ぎ。それの何が問題なのかしら?ついでに全部ぶち撒けましょうか?ユウがその咬我と同じように観光中に巻き込まれて魔法少女になったのは本当。ただ他の五人が引き合わされたのは、こっちの陣営の関西の研究所の所長よ。それで関西ラボをつかって五人を魔法少女にした。知ってたのは狂華とチアキさん。それに霧香とシノだけ。それで?それがなに?」
ぎゃ、逆ギレ!?
「いや、なにって。だからそんな人がいるのは―」
「私無しで上との交渉やら全員の指揮やら諸々できるって言うなら追放すればいいんじゃないの?ただどうなろうとあんたが責任取りなさいよ!?」
ぐうの音もでなかった。
「ええと、どういうことですの?私はそもそも七罪…というか、宇宙人側の陣営の人間ではなかったということですの?」
「そうよ。愛純はそのあたりも言い含めて仲間にいれたんだけど、朝陽はそうじゃないほうが良いと思ったから言ってなかったの。七罪同士をあまりあわせなかったのも私が参加してなくても不自然に思わせないため。ちなみに愛純の他にそのことを知っていたのは橙子とユウだけよ。さあ、それでどうするの?私を追い出すの?」
朝陽の質問に答えてから、都さんは俺を再び睨みつける。
「お…う…いや、あのですね都さん。別に本気で都さんを追い出そうって言うんじゃなくて…っていうか、さっき俺をチラッと見たのは脅迫まがいの事で咬我をここにおくための許可を取らせようとしたんじゃないんですか?」
「朝陽と咬我の心の交流エピソードくらいでここに置くってわけにはいかないから、咬我をここに置くメリットなりなんなりをきっちり説明しろってことよ。なのになんでわざわざこの子たちの前で今関係ない事実を暴露してんのよ!見なさいよ、柚那なんか急展開すぎてちょっと放心しちゃってるじゃない!」
「す、すみません」
都さんの勢いに押されて反射的に謝罪の言葉が口をつく。
「咬我」
「は、はい!」
「あんたなにができる?」
「何ってその・・・何でしょう」
「戦いは?」
「短時間なら」
「戦闘スタイルは?」
「もらえる魔力次第ですけど、大きくなって接近戦するくらいですかね」
「朝陽」
「はい!」
「あんた大技のタメをするときの護衛がほしいって言ってたわよね。咬我で大丈夫?」
「はい!」
「オッケー。じゃあそれで決定!・・・とまあ、こういうことをやってほしかったんだけど、朱莉には難しかったかしら」
ぐぬぬ・・・
「よかったですわね、咬我さん」
「ああ。ありがとう朝陽ちゃん。ありがとうございます。司令官」
咬我はそう言って身体を起こすと、ペコリとお辞儀してみせた。
「いいってことよ。さて、バレちゃったし早めにみんなに公表しとくか。この後の事、本当の敵のこと、諸々ね」
「あ、あの。ちょっと待って下さい。いろいろごちゃごちゃしてて頭が混乱しているんですけど」
「ああ、大丈夫。柚那の反応が普通だから……ああ、むしろみんなに公表する前に柚那でちょっとまとめの練習をさせてもらおうかしらね」
「そうっすね」
「じゃあちょこっとニアと原稿の相談してくるから待ってて」
そういって都さんは執務室を出て行ってしまった。
「それはそうと、なんで朱莉さんはそんなに色々と訳知り顔なんですか?」
「ああそれは、温泉二日目の夜にな―」
「私はね、この先もクリーンなイメージでやっていくつもりなんてないのよ。今までどおり泥臭く、利用できるものはなんでも利用する。それが人類のため、国のためになると思っているから。でもそういうのが嫌いなら、今ここでそう言いなさい」
都さんはそう言って射抜かんばかりの強さの視線を俺に向ける。
「泥臭いのは嫌いじゃないですし、ひなたさんにこき使われるんだったら都さんのほうがよっぽどマシです。ただ、俺は都さんについて幾つか疑っていることがあります」
「ああ、もしかして怠惰の魔法少女の件?それなら私よ」
「……お、おう」
正直、こんなにあっさり認められると思わなかった。
「でも、学園襲撃の件は……」
チラっと狂華さんを見るとフルフルと首を横に振っている。
「ボクの魔法とは違うよ。アレはスレンダーマンだけどスレンダーマンじゃない、みやちゃんの魔法」
「まあ、狂華のスレンダーマンほど強力じゃないけね。あれはちょっとアレンジしてコピーした粗悪品」
「コピーって。そんなことできるんですか?」
できなくはないだろうがみんなそれなりに自分の魔法を編み出すときには苦労しているし、自分しか知らないコツなんかがあったりするものだ。いくら長い付き合いで阿吽の呼吸だからってそんな簡単に真似できるものなんだろうか。
「このくらいで驚いた顔してたら、都さんの魔法聞いたらあまりの反則っぷりにお前多分腰抜かすぞ」
霧に姿を変えて吸い込んだ相手を内側から切り刻むという対処しようのない反則魔法を使う佐須ちゃんが反則っていうからには相当な反則技なんだろう。
「なんて名前のどんな魔法なんですか?」
「名前をつけるとしたら『ワールド・イズ・マイン』って感じかな。見たことある魔法をコピーできるっていう魔法」
「チートすんなよ!」
なんだよその無敵魔法。
「さすがに強度とか威力は真似できないから、スレンダーマン・オルタみたいに粗悪なものしかできないけどね」
「でも都の場合、それがメインじゃないでしょうが」
「そうだよ。ラッキーマテリアルのがよっぽどチートだよ」
チアキさんの言葉に狂華さんも同意する。
「……えーっと。それは一体どのような?」
「半径五キロまでならどこにでも命中させることができるマテリアルライフル。障害物も避けるわよ」
「それもうマテリアルライフルじゃなくて誘導弾だよね!?」
なんだこの人。めちゃめちゃ強いじゃんか。
いやいや、でも確か才能とか練度によって多少補正できるけど、基本的に魔力の強さはナノマシン量に比較するはず。
「都さんのナノマシン量でそんなこと…ラッキーマテリアルはともかく、ワールド・イズ・マインのほうはできないんじゃないですか?」
「うーん…朱莉には説明するより見せたほうが早そうか。ついでにユウも呼ぼっと」
都さんはそう言ってスマホを持って再び板の間へ行ってしまった。
「くふふ、朱莉絶対ビビるぜ」
「いや、佐須ちゃんはなんでそんな色々知ってるの?その様子だと寿ちゃんあたりよりもよっぽど情報持ってるでしょ」
「あれ?言わなかったっけ?あたしも元自衛官だから宇都野さんから色々頼まれたりしててね。例えば夏樹と仲がいいのは友情半分、公安監視の仕事半分だったりするし」
この組織の半分は公安と自衛官とアイドルで出来ています!
「…っていうか、それ知ったら深谷さん普通に泣くと思うぞ」
「ああ、夏樹の泣き顔かわいいよね。なんかこう、ひどく打ちひしがれたような顔してくれるから打ち据え甲斐があるっていうか」
「鬼かお前」
少なくともそんな物憂げな表情でいうことじゃないと思う。
「ま、なんにしてもこうして色々知った以上、これであんたも晴れて幹部ってことよ。後戻りはできないからね」
「幹部って……なんか悪の組織みたいですね」
チアキさんには悪いけど、この面子ってどう考えても幹部社員じゃなくて幹部構成員だし。
「うわ、酷え。あたしらは正義の味方だぞ。なあ狂華さん」
「正義っていうか、まあ日本人の味方だとは思うよ。いい悪い、綺麗汚いにこだわらないけどね」
「そういう意味じゃ公安組も似たようなもんだと思うんですけどね」
「ああ、あいつらとは基本的にやり方が違うから仲良くってのは無理だろ。たまにクロスしたところでは協力するけど基本は別行動がお互いのためなんだよ。やり方も活動内容もCIAとINSCOMくらい違うし」
「CIAはわかるけどINSCOMって?」
「アメリカ陸軍情報保全コマンド」
ああ、なるほど。三人共元陸自だからか。
「4人共すぐ来るってさ」
都さんがそんなことを言いながらストラップに指を入れてくるくるとスマホを回しつつ戻ってきた。
「4人?ユウとあと誰が来るんです?」
「来てからのお楽しみってことで」
そう言ってニヤニヤとした視線を送ってくる四人からの焦らしプレイをうけること5分。まずユウが姿を現した。
「なによ都、いまさらあんたと腹を割って話すことなんて……ゲッ、朱莉!?」
「あ、大丈夫。もうバレてるから」
「なんだ、それなら先にそう言いなさいよ」
そう言ってユウがどかっと腰をおろした直後にまた部屋のドアが開く気配ががして、残りの三人がどやどやと入ってくる。入ってくるのはいいんだが。
「………俺の目の錯覚?」
「三人以上に見えているならそうね」
「いや、ニアさんが三人いるように見えるんですけど」
「なら正常。見分けるポイントはヘアゴムの色。通称青ニア、赤ニア、黄ニアよ。それぞれ秘書業務、護衛業務、戦闘補助業務を担当しているわ」
「改めてよろしくお願いしますね、朱莉さん」
そう言って青ニアさんがニッコリと微笑む。
「よろしくお願いします…秘書担当ってことは正月の時にいたのは青ニアさんですか?」
「はい。一般事務業務と電子関係は私に相談してくださいね」
「じゃあ、次は私ね。というか、朱莉にはこっちのほうがわかりやすいだろうけど」
そう言って赤ニアさんがパチンと指を鳴らすと次の瞬間には彼女の姿はアーニャへのそれへと変わっていた。
「都は外にも内にも敵も多いからね。そのために私が護衛を担当してるってわけ、改めてよろしく」
なるほど、秘書として一緒にいてもおかしくない人に扮することでアーニャという異分子を隠しつつ戦力として運用してしまうということか。
「………」
「黄ニラ…黄ニアさんは無口なんですか?」
「その子は、無口っていうか喋らないわよ。ナノマシンの集合体だから」
「ええっ!?」
「つまり、私の外部ユニットね。あかりちゃんで言うところの使い魔の猫みたいなもの。まるまる一人分の外部ユニットがあるからワールド・イズ・マインなんかもできちゃうってわけ」
「なんつー力技…」
「力技だからこそわかりやすく理屈が通るでしょ?」
いや理屈は通るけど!……通るけど釈然としない。
「……てなことがあってな」
「あってなじゃないですよ!あの夜はそんな話をしてきたって言ってなかったじゃないですか!ただ『都さんから秘密任務を頼まれたからしばらく帰れない』って言ってただけで!」
フッ、大人は汚いものなんだよ。
「私や愛純に至ってはその話すら聞いてませんでしたわよ!ただ朱莉さんがヘマして今日から柚那さんが隊長だって言われただけだったんですから」
「敵を騙すにはまず味方からって言うだろ?三人には悪かったと思ってるけど、それもこれも咬我を捕まえるためだったんだよ」
「確かに桃花…というか俺は見事に引っかかったからな。そのお陰でやりたくもない恋人ごっこまでさせられて」
「ん?」
あ、ヤバい。柚那がなんかに気がついたっぽい。
「咬我さん。恋人ごっこってどういうことですか?」
「『柚那に手ひどくフラれた俺を慰めてくれ桃花ちゃん』って言って泣きついてきたから、俺は朱莉に寄生するためのいい機会だと思って恋人役をしたんだよ。身の回りの世話から…いや、身の回りの世話だけか」
やめろ!そうやって言い直すと余計に誤解を生むだろ!
「朱莉さん?」
「えーっと…違うんですよ柚那さん。これは誤解だ。そ、そうだ!誰かが俺をハメようとしているんだ!」
「ハメようとしたのは朱莉さんじゃないんですか?…桃花ちゃんに」
ああ、柚那さんが恐ろしい顔でシモネタを!
「えーっと………ちょっとまて。今うまく説明するから」
今だ!
俺は柚那の横を走りぬけドアを目指す。こういう時はしばらく時間を置くに限る。
朱莉は逃げ出した!……しかし回りこまれてしまった!
「こっちは朱莉さんが逃げるときのクセくらいもう知り尽くしてるんですよ」
やだ柚那さんったらマジで顔怖い。
「咬我さん。朱莉さんと何かあったんですの?」
「いや。特に別に何もなかったんだが…ああ、でも最後に」
「やめて!それ言わないで!」
「……キスしたな。濃厚なやつ」
あー………もう怖くて柚那の顔が見られない!
というか、多分俺の目の錯覚だと思うけど、柚那の顔が真っ黒なクレヨンでグルグルに塗りつぶしたみたいになってて表情が見えない!
「朱莉さん……」
「は…い……」
「あなたってひとはどうしてそういつもいつもとっかえひっかえおんなのこにてをだすんですか?」
区切りも抑揚もなく平坦に喋る柚那の口調が怖さを助長する。
「違うぞ!とっかえひっかえなんてしてない!その時々で女の子に対して真面目に向き合ってるだけなんだ!」
「余計に悪いわ!」
柚那はそう言いながら変身すると、先ほど朝陽に使った拘束魔法を俺に向かって使用する。
しかし俺も曲がりなりにも魔法少女、しかもナンバーシックスだ。そう簡単には捕まらない。
「確かに桃花ちゃんとキスはしたけど、それは咬我を引っ張りだすためにしかたのないことだったんだよ!」
「もっと他のやり方もあったでしょ!桃花ちゃんのお腹をパンチするとか!」
「嫁入り前の女の子に腹パンできるか!」
「だいたい愛純といい、桃花ちゃんといい、なんでいつも私より若いアイドルといちゃつくんですか!あてつけですか!?」
「愛純とは一方的に絡まれてただけで別にいちゃついてないだろ!」
「いちゃついてました-、車でデレデレしてましたー」
「子供か!あれはお前との仲直りをさせようとしただけだし、そもそも愛純だって別に本気じゃなかったのは知ってるだろ」
「私の本命が小娘に弄ばれたと思うとそれが腹立つんです!」
柚那はなおも俺めがけて魔法を使ってくる。しかも拘束魔法だけではなくいつの間にか攻撃魔法まで織り込まれているという気合の入れようだ。
「ちょ、待てこら。下手すりゃ大怪我すんだろうが」
「…恋人って大変なんですのね」
「そうだなあ……俺も一度くらい彼女はほしいと思うけど、ああいうのは勘弁してほしいな」
少し離れたところで咬我を胸元に抱えた朝陽がしみじみと言い、咬我も同意して頷いた。
「そこ、和んでんじゃねえよ!柚那を止めてくれ!」
「いえいえ、私のようなものが出る幕ではないかと。ねえ、咬我さん」
「そうだな。俺達はゆっくり観戦させてもらって……あぶない!」
ミスなのか無意識なのか、柚那の攻撃魔法の一つが朝陽の方へと飛んでいった刹那。咬我がその魔法に体当たりをして朝陽を守った。
柚那の魔法が本気ではないとは言っても、咬我も万全の状態ではない。消滅こそしなかったものの、魔法の衝撃で壁に打ち付けられた咬我は床に落ちてぐったりとしたまま動かない。
「咬我さん!」
朝陽の叫び声で柚那も正気に戻り、攻撃の手が止まった。
「咬我さん!咬我さん!」
「朝陽、どいてろ。俺が魔力を送って回復させる」
急いで咬我に駆け寄り、昨日と同じ要領で咬我に魔力を送るが、まるで穴の開いた風船に空気を送り込んでいるように手応えが感じられない。
「柚那!」
「やってます!…やってますけど…私達と何か違うんです……」
宇宙人側の、しかも使い魔。身体の構造が違っているとすれば、回復魔法が通じないのかもしれない。
柚那でもどうしようもないとなると……恋。だけど、咬我の状況は今から恋を呼んでいて間に合うような状態とも思えない。
「私がやってみます。やり方を教えて下さい」
「でも……」
柚那が俺のほうを見る。
言いたいことはなんとなくわかる。俺が橙子ちゃんの時にイチかバチか、最悪更に攻撃をしてしまうことになるかもしれないと考えたように、初めての朝陽の回復魔法が本当に回復のベクトルに向けばいいが、万が一攻撃魔法として発動してしまったら……
そう考えてのことだろう。
「やらせてください!咬我さんは、私のお友達です!」
「……柚那」
「はい。いい?回復魔法は――」




