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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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二日目 午後~深夜



 真白ちゃんをひなたさんと桜ちゃんに引き渡した後、一応ひなたさんと桜ちゃんと同じ元公安の人間にもかかわらず相談してくれなかったことを深谷さんにネチネチ言われたものの、それでも午後の早い時間に開放された俺と柚那はなんとなく湯めぐりを再開させる気分でもなくなってしまい、温泉街をプラプラ散歩していた。

 え?愛純?仕事が終わったら柿崎君と二人で消えたよ。

「悪いのは真白ちゃんとわかってても、やっぱりなんとなく嫌な気分ですね、こういうの」

 今、真白ちゃんは地元警察署の一室にM-フィールドを展開した特別取り調べ室でひなたさんの尋問を受けているはずだ。

「まあ、確かにな。でも彩夏ちゃんと桃花ちゃんに怪我がなかったし、それだけでも良かったと思おう」

「そうですね……」

 俺がふと顔を上げるとそこは昨日の夜真白ちゃんがユウに饅頭を買ったお店の前だった。

 たかだか十数時間前のことだというのに、昨日の夜のことがはるか昔のことのように感じられる。

 昨日の夜は多少強引ではあったものの力づくというほどの手段は使わなかった真白ちゃんがあんな風になってしまうなんて、あの時は全く予想していなかった。

「あれ、深雪ちゃんだ」

 そう言って柚那が指さした先には昨日の夜、真白ちゃんが持っていたのと同じ袋を持ち、湯畑の柵に寄りかかって足をぶらぶらさせている深雪たんがいた。

 ああそうか。真白ちゃんの件は関わった一部の魔法少女しか知らないから……。

 柚那の方を見ると、柚那は俺の浴衣の袖をギュッと握りながら頷いた。

 そうだよな。これは俺達が言わなきゃいけないことだよな。

「深雪ちゃん」

「ましっ……なんじゃ朱莉と柚那か…わらわは真白を待つので忙しいのじゃ。用がないのであれば放っておいてくれぬか」

 一瞬だけパッと明るくなった深雪たんの表情はすぐにズンと暗く沈んでしまった。

「あ、あのね、深雪ちゃん。真白ちゃんことなんだけど…」

「うん!?真白がどうしたのじゃ?」

 真白ちゃんの名前を聞いて再び深雪たんの表情が明るくなる。

「その……」

「実はちょっと急用ができちゃってね。真白ちゃんから深雪たんと遊んであげてくれって頼まれたんだ」

 言いづらそうにしている柚那を手で制して俺は嘘をついた。

 彼女が真実を今、この時知る必要はない。せめてそのときが少しでも後になったらいい。そう思ってのことだ。

「なんじゃ真白の奴…別にわらわは一人でも暇つぶしできるというのに。まったくいつもいつも子供扱いしおって」

 深雪たんはそう言うと不満気に頬を膨らませて地面を蹴った。

「それで、二人は何をして遊んでくれるのじゃ?」

「うーん…温泉でもめぐる?」

「ふふん、そんなことを言って、わらわの裸を見るのが目的じゃろうこのロリコンペド野郎…痛っ!なぜぶつのじゃ!?真白にもぶたれたことないのに!」

「君はそんな酷い言葉一体どこで覚えてきたの!」

「ひなたが一緒にお風呂に入りたがる元男の魔法少女にはこれを言ってやると喜ぶと言われたのじゃ!」

 あの人は一体何がしたいのか。

「とにかく、それは悪い言葉だから言っちゃダメ。わかった?」

「……むぅ。わかった」

 なんとなく温泉行きづらくなっちゃったな。

 どうしたものかとあたりを見回すと、射的場があるのが目に入った。

 温泉に射的場。これは古き良き日本の伝統だ。この伝統芸能とも伝統芸術とも言える施設の楽しさを子供に教えるのは大人の役目だろう。

「深雪たん、射的やったことある?」

「射的?射撃ではなくてか?」

「うん。コルクの弾を空気圧で飛ばして景品に当てて下に落とすんだ。これが簡単そうに見えて意外に難しいんだよ」

「ふむ。面白そうじゃな。魔法によるブーストはありなのか?」

「いや、そういうのはなしで」

 景品類も買い上げのはずなので使っても構わないといえば構わないんだけど、子供の頃からチート使ってるとゲームの楽しさがわからなくなっちゃうしね。

「面白い、では実力で勝負ということじゃな?勝負だ朱莉!」

「おう!望むところだ!」


「はっはっはー!口ほどにもないのう朱莉!」

「くっ……」

 10発勝負で深雪たんは7発命中。景品は4つ獲得。

 対して俺は現在すでに持ち弾の半分、5発を外してしまっている。命中数ではなく、獲得景品数で勝負なのでまだ逆転の目はあるが、正直オレは深雪たんのセンスをなめていた。

 それと、店員さんがやや深雪たんびいきというか、深雪たんのターンの時には景品を棚の後ろギリギリに設置して、俺の時は元の位置に戻したというのも大きい。くそっ、あのロリペド野郎め。

「こうなったら奥の手だ……柚那、深雪たん。ちょっと離れててくれ」

「お、奥の手じゃと!?」

「ああ…その名も伝家の宝刀、必殺モイヒレリッシュ!」

「モイヒレリッシュ!?な、なんじゃそのちょっとかっこいいのは!」

 ちなみにドイツ語でだまし討ちだ。

「この技で俺の弾は威力が3倍になる!」

 魔法でね。

「さ、三倍じゃと!?一体どうやって?」

「まあ、見てろ。それじゃあ行くぞ!」

 俺は身体を捻って銃を少し大げさに振り回しながら少しだけ弾に魔力を込めて引き金を引く。

 するとあら不思議、銃を振ったことによって弾の威力が増したように見えるという寸法だ。

 え?チート?ああ、子供のうちは使っちゃダメだよね。

 結果は初弾命中。景品は見事に下に落ちた。

「う、うおおぉぉぉっ!さ、さっきまでヘロヘロだった弾があのような威力に!?すごい技じゃのう!」

 純真な目で感動している深雪たんを見てちょっとだけ胸が痛んだが、胸の痛みより大人の面子だ。

「モイヒレリッシュ!」

 スコーンといい音を立てて二発目も命中。

「すごいのう!すごいのう!」

「朱莉さん……」

「何も言うな柚那。これも大人の意地というやつだ」

 柚那がなにか言いたげなようにも、もう何か言うのも馬鹿らしいという風にも見えるなんとも言えない表情で俺を見るが、今は勝負が最優先だ。

 二発連続で見事に技が決まり、ちょっとだけ気分が良くなった俺は、銃を両手に一丁ずつ持って振り下ろしながらモイヒレリッシュを景品にお見舞いし、スコアをイーブンにする。

「おおおおっ!追いつかれてしまった!?だが目が離せないっ!」

「これで最後だ!」

 俺は銃を一丁に戻すとバレリーナのようにつま先立ちでくるくると数回転してみせる。

 はっきり言おう。この時俺は調子に乗っていた。

「あ……」

 調子に乗りすぎた俺は、足がもつれてしまい、銃口を景品ではなく入り口のほうに向けて引き金を引いてしまった。

 やばい、ガラスを割ってしまったらさすがに自腹だ。

 そう思った刹那、和希がドアを開けてみつきちゃんとあかりを連れて入ってくる。

「へっへー、こう見えて俺、結構射的得意なんだ。二人共見たら絶対惚れなおす…ぜっ!?」

 俺のミスショットがこめかみに嫌な音を立ててめいちゅうした和希は白目を剥いてそのままあかりの胸に向かって倒れこむ。ラッキースケベ発生かとおもいきや、あかりは半歩下がってそれを見事にスルー。和希はそのまま地に伏した。

 あかりの胸があと十数センチ大きければこんな惨事にはならなかっただろう。我が妹ながら罪な女だ。

「うわぁぁっ、和希大丈夫!?」

「………」

 気絶した和希を心配して身体を揺するみつきちゃんと、鑑識官よろしく和希のこめかみのコルクの弾を調べるあかり。

 あかりはしばらく親指と人差し指でコルクを弄んでいたが、その弾と店内で唯一銃を持っている俺を見比べて状況を察したのか、一つ舌打ちをした後で立ち上がるとそのへんのシニアリーグのピッチャーよりも本格的なフォームで振りかぶった。

「チートすんなっ!」

「ごめんなさいっ!」

 あかりの投げたコルクは俺が撃ったどの弾よりも早くまっすぐ飛び、俺の眉間に命中した。




「真白の奴、結局帰ってこなかったのう」

 夜の10時、事情が事情だしということで柚那のほうから『深雪ちゃんは私達の部屋で寝てもらいましょう』と言い出してくれて、俺たちは布団で川の字になって常夜灯を見上げていた。

 深雪たんの言葉からもわかるように、俺も柚那も結局真白ちゃんのことは切り出せずにいた。

 というか、真白ちゃんのことは曖昧にしたまま担当地区に戻ってもらって、俺なり柚那なりが真白ちゃんの偽物を演じて少しずつ疎遠になっていく。そんなのがいいような気すらしてきている。

 何かにつけ『真白、真白』と言っている深雪たんがそれで納得してくれるには結構な時間がかかってしまうかもしれないが、それでも真実を告げて彼女が傷つくよりは……いや、違うか。こんなのは俺がこの子に嫌われたくないだけだな。

「……のう朱莉よ」

「なんだい?」

「真白は、何か問題を起こしたのではないか?」

「………」

 気づかれたか。

 まあ、そりゃあそうだ。仲の良い友達が電話もつながらない、メールも返ってこないではこの間の狂華さんほどではなくても心配になるだろう。

「やはりそうか……昨日の夜…いや朱莉達と一緒に温泉に入った後あたりから少しおかしかったからな。それにあの真面目バカが、わらわになんの断りもなく代理の人間をよこすとも思えんしな」

「深雪ちゃん」

「ふっ…何を深刻そうな声を出しておる。大体、わらわのことは愛をこめて深雪たんと呼ぶのではなかったのか?」

 深雪ちゃんの口調は軽口を言うときのそれだが、声は震えている。

「真白ちゃんは、スパイの疑いをかけられている…いや、はっきり言おう。スパイだった」

「スパイ…?どういうことじゃ?」

「宇宙人と通じていて、桃花ちゃんと彩夏ちゃんを扇動して、内乱を起こそうとしたんだよ」

「あのバカめ…本当に…バカめ…あのバカはのう、宇宙人も誰も彼も話合えば仲良く出来る。そう言っておった。子供のわらわから見たってそんなのはお伽話にもならない話だというのに、それでもあのバカは大まじめにどうしたらそれが実現できるかを考えておったのだ。あの時わらわが本気で止めてればこんなことにはならなかったかもしれぬな…迷惑をかけてすまぬ」

「なんで俺に謝るの?」

「いろいろ事情を知っていて、さらにわらわに気をつかって一日遊んでくれたのじゃ、捕まえたのは朱莉と柚那なのじゃろう?」

「…ああ、そうだよ。俺が捕まえた」

「そうか、真白は逃げ足が早いから大変だったじゃろう?」

「いや、逃げなかったんだ。その前に俺が押さえ込んだからね」

「押さえ込んだ?真白をか?……まさか朱莉、真白の足を吹き飛ばしたのか?」

 薄暗くて表情はよく見えないが、声だけでも深雪たんがドン引きしているのが手に取るようにわかる。

「いや、だから俺はそんな酷いことしないよ。するぞ!って脅かすことはあるけどさ」

 まあ、橙子ちゃんの件は例外として。

「……だったらどうやって抑えこんだのだ?」

「普通に真白ちゃんがテーブルの向こう側に座ってたから、ぐるっと回りこんで腕を捻り上げて、後頭部に手を添えて逃げたら魔法で撃つって言って―」

「おかしい」

 俺が言い終わる前に深雪たんがすかさず口を挟んだ。

「え?」

「テーブルはどのくらいの大きさのものだ?街のコーヒーショップにあるような小さい丸いものか?押さえ込む前に腕でも掴んでいたか?」

「いや、腕とかは掴んでなくて、テーブルも普通にコース料理とかも載せられるくらいの四角い四人がけのテーブルだったけど」

「立ち上がって、回りこんで…まあ早く見積もって0.5秒としよう。だがそれだけあれば真白は変身前でどんな態勢だったとしても10mは移動できるぞ。そこからどんどん速くなるからあっという間に捕まえられなくなってしまうのじゃ」

 そういえばチアキさんも真白ちゃんの最高速度は音速を超えるって言ってたっけ。

「柚那から見てどうだった?」

「そうですね…なんていうか、三人共リアクションがワンテンポ遅いっていう感じはしましたね。愛純がテレポートで現れて、真上で死角だった真白ちゃんはともかく、彩夏ちゃんと桃花ちゃんからはしっかり見えているのに、逃げる態勢に入るまでにちょっとラグがあったような気がします」

「でもそれは真白ちゃんの『説得』の魔法のせいじゃないか?真白ちゃんが気付くのが遅れたから操られてた二人も反応が遅れたっていう…」

「待て待て待て。『説得』?なんじゃそれは」

「真白ちゃんが心を折った相手を自分の思いのままに操る魔法…だと思うけど」

 くわしい説明は受けてないが、真白ちゃんの言ったことをまとめるとこんな感じだと思う。

「ふむ……朱莉も柚那も魔法には得手不得手があるのは知っておるじゃろ?真白はそれが特に顕著でな。あんな学級委員のようなナリをして肉体強化系の魔法しか使えないのじゃ」

「でも、隠しているっていう可能性もあるんじゃないか?」

「ない。昨日の温泉の一件でもわかるように、あのバカは直情型じゃ。魔法を誰にもバレないように隠しておけるとは思えん」

「だとしたら、真犯人は他にいる……」

「うむ。かもしれぬな。とは言っても、証拠がある話でもないからあくまでわらわ主観の想像、妄想の域は出ぬのだが」

 薄暗い中でも柚那の言葉に深雪ちゃんが頷くのが見えた。

「いや、言われてみれば真白ちゃんの様子がおかしかった気がしないでもないんだよな」

 『説得』は淡々と行うのに、ふと正気に戻るというか歳相応の反応をする時があったというか。

 例えば深雪たんの話を振った時などはそれが顕著だったように思う。

「うーん…やっぱりなんか引っかかるからひなたさんに言って、一旦真白ちゃんの取り調べは止めてもらおうか」

「そうですね。それがいいかもしれません。桜ちゃんに連絡しましょうか」

「いや、俺達から言うより都さん経由で話をしてもらったほうが通りやすいだろうからちょっと都さんの部屋に行ってくるわ」

 時間は22:30。明日は火急の用事があるわけでもないし、出発もお昼近くの予定だからまだまだ宵の口と言えなくもない。というかあの二人はまだ間違いなく起きているだろう。

「ちゃんとノックするんですよ」

「わかってるって」

 

 

 狂華さんと都さんの部屋にやってきた俺は、柚那に念を押された通りきちんとノックをした。

 すると少しして浴衣の前がかなりはだけた状態の狂華さんが中から扉を開けてくれた。

「ああ、朱莉…どうしたのこんな時間に…あ、ごめん」

 狂華さんは俺の視線に気がついたのか、慌てて浴衣の乱れを直し始める。

 よく見ると彼女の顔にはうっすらと汗が浮かんでいて、心なしか顔も紅潮している気がする。

「ごめんね、みっともない所見せちゃって。それで、何か用?」

「えっとその、ちょっと都さんにお話が―」

「おおっ!いいところに来たね朱莉。あんた狂華の代わりに相手しなさいよ。狂華じゃ物足りないのよー」

 俺の言葉を遮って襖の向こうから都さんの声が聴こえる。

「…俺、入っていいんですか」

 こんな状態の狂華さんの代わりってことはもしかするとそういうことじゃないのか?

「ん……そうだね、朱莉ってアレ強そうだし、できればみやちゃんの相手をしてあげてもらえると嬉しいかも。ボクじゃうまくできなくて」

 アレ?アレってアレかあのアレか?大人のプロレスとかそういうアレか!?

「きょ、狂華さんはそれでいいんですか?」

 恋人、しかも一途に想ってきた相手が俺とプロレスするんだぞ!?

「ん…ボクは朱莉のを見て勉強させてもらうから」

 そう言ってきょうかさんは恥ずかしそうに顔を赤らめて俺を上目づかいで見る。

 こんな状態の狂華さんの前で都さんと大人のプロレス!?なにそれ超興奮する!

「んんっ…ほらぁ…朱莉はやくぅ…」

 襖の向こうからはなにかを我慢しているような都さんの悩ましげな声が俺を呼ぶ。

「……いいんですか?狂華さん」

「うん……こんなことに巻き込んでごめんね」

「いいえ、大歓迎です!」

 もちろん真白ちゃんのことを忘れたわけじゃない。忘れたわけじゃないがそれでも俺も元男だ。据え膳食わねばなんとやら。

 今行きます!都さん!

 そして俺は入り口と部屋の間にある襖の取っ手に手をかけると一気に横に引いた。

 そこにはめくるめく大人の世界が……大人の…世界が

 ………広がっていた。というか拡がっていた。

 部屋の中には雀卓を囲み片手にビールを持った都さんとチアキさん。それに佐須ちゃんがいてこっちを指さして腹を抱えて笑っている。

 さらに床の上にはポテチの袋やらおつまみやら空き缶やらが散乱していて、それだけではなく『こんな状態の狂華さんの目の前で都さんと大人のプロレス!?なにそれ興奮する!』と走り書きされているスケッチブックが落ちている。

 そうか、そういうことか。さてはこいつら全員で俺をからかってやがったな。

 狂華さんと都さんがそれっぽいこと言って俺を挑発して俺が何を考えてるかをチアキさんが読んで実況とかそんなところか。

「狂華さん……」

「だからごめんってば」

 笑いをこらえながら謝られても誠意を感じられない。

「くくくっ、今どきあんた、大人のプロレスって!あはははははっ、ばっかでー」

「それよりやばいのは最後の『今行きます!都さん!(キリっ)』てやつよ。あはははは」

「ぎゃははははっ!お前ほんとバカな!あたしは別にそういうの嫌いじゃないけどさ、にしてもお前、大人のプロレスって!」

 くそう、超笑われてる。

「……まあ、確かに俺はものの見事に引っかかりましたよ。それはいいです。それはいいんですけど、俺は都さんに真面目な話があって来たんです」

「くく…真面目な話?」

「ええ、実は」

「っ…く…だめだちょっと待って。二分頂戴」

 人の顔みて吹き出すとか失礼にも程がある。

「いや、失礼さで言ったらあんたも普段から相当失礼だからね」

 チアキさんはチアキさんで勝手に心読むし。

「まあこういうのに引っ掛けられるのも普段の行いのせいだからな」

 おう、ヤンキーのくせに正論やめいや。

「……で、話ってなに?」

 まだちょっと笑っているもののなんとか持ち直した都さんに、俺は真白ちゃん関係のことを洗いざらい話した。

「なるほどね。あの狸め…おかしいと思ったのよ。真白が四国の子たちと仲良くなったから関西チームの宿に泊まるなんて」

 さっきまで赤ら顔でも、笑いをこらえている顔でもなくキリッとしたシラフの顔で都さんが言った。

「ま、いいわ。とりあえず真白の件は保留にさせるからちょっと待ってて」

 そう言って都さんは自分のスマートフォンを持って窓際にある板の間に置いてある一人用のソファに腰をおろした。

「……正直、蹴りの一発や二発は覚悟してたんですけどね」

「反省してるならいいんじゃねえの?あの人そういうの目ざといから」

 佐須ちゃんがそう言ってケラケラ笑いながら俺の背中をバンバン叩く。普段そんなに陽気でも馴れ馴れしいわけでもないのに、お酒入ると人が変わるなあ。

「そうだよ。それに朱莉は別にふざけ半分で真白を捕まえたわけじゃないでしょ?」

「それはもちろん」

 本当はあんな強引に捕まえるつもりなんてなかった。あれは彩夏ちゃんと桃花ちゃんが人質に取られたような状況になったから仕方なくだし、ましてやふざけ半分でなんてやっている余裕はなかった。

「まあ、それに都に言わなかったってことなら私も同罪だしね。でもそっか……真白はクロか」

「正確には限りなくクロに近い灰色だと思いますけどね」

 信じてあげてほしいと言うにはあまりにもクロに近いけど。

「話はついたわ。真白については明日こっちで身柄を引き受けることになったから。それと彩夏と桃花については念のため本部で精密検査するわ」

 戻ってきた都さんはそう言ってどかっとあぐらをかいて座った。

「で?」

「でって、なんです?」

「あんた自分の立場はどういうものだと思ってる?」

「関東チームのリーダーってことですか?」

「そうね、あんたは関東チームのリーダー。じゃあ関東チームは誰の配下?ひなた?」

「……都さんです」

「正解。にもかかわらず、あんたは今回ひなたの指揮下で動いた。これはかなりマズい行為だってことはわかるわよね?」

「………でもひなたさんは」

「私は、この組織において小金沢以下元公安の警察権を認めたことはないわ」

「………」

「もし私がひなたに疑われたらあんたは私のことを売るの?」

「売るってそんな……今回の真白ちゃんの件は」

「そうね、真白がクロだったとしたらそれはそれでしかたのないことなのかもしれない。でもね、しかたなくないこともあるの、今の一番の問題はあんたが私を信用していないってことよ」

 今の都さんは多分今までの中で一番怒っている。この場にいる三人の誰も口を挟まないことがそれを如実に物語っていると言えるだろう。

「私はね、この先もクリーンなイメージでやっていくつもりなんてないのよ。今までどおり泥臭く、利用できるものはなんでも利用する。それが人類のため、国のためになると思っているから。でもそういうのが嫌いなら、今ここでそう言いなさい」

 都さんはそう言って射抜かんばかりの強さの視線を俺に向ける。

 俺は―


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