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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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二日目 午前

 イズモちゃんから別れを告げられて呆然となっている楓さんを残して帰ってくるのは多少心苦しかったが、とはいえ楓さんの自業自得だし、そもそも俺が関わったところでどうにかなるもんでもなし。

 そのあたりは喜乃ちゃんがなんとかすると言ってくれたのでお任せして俺と柚那は退散した。

 そして二日目。朝から一日のんびり羽を伸ばせる今日この日。隣の布団でぐっすり寝ている柚那を残して朝風呂に入るべくロビーに降りた俺は、ユキリンとそれを見送るチアキさんを見つけた。

 現在時刻は5:30。

 いくら熟女のチアキさんとは言っても朝の散歩をしに行ったらたまたまユキリンと出会ったのでお茶に誘い、飲み終わったので見送りに来たという時間ではない。

「……昨日はお楽しみでしたね」

「うひょあぁぁっ!?……な、なんだ朱莉か。おはよう」

「おはようございます」

「な、何よその顔。あ!あんたなんか勘違いしてるでしょ。違うからね?尾形三佐は散歩に出かけたらたまたま見かけて、それでお茶に誘っただけだから」

 おー、通じないって思ってた言い訳をそのまま言ったぞこの人。

「じゃあチアキさんはいったい何時に散歩に行ったんですか?」

「う……」

「まあ、チアキさんも俺も、それにユキリンも立派な大人ですから、あかりやみつきちゃんと和希にバレないようにしてもらえれば特に何も言いませんよ」

 まあ朝陽と相部屋で我慢してる愛純の手前自重してほしいというのはあるが、チアキさんの気持ちと、俺はしっかり柚那と同室という事を考えるとそこまで強くも言えない。

「……ありがと。恩に着るわ」

 なんか最近チアキさんが普通に可愛く見えて、恋をするって大事だとつくづく実感する。

「今日はユキリンとデートですか?」

「ま、そんなところよ。あんたたちもでしょ?」

「そうなんですよ!それはもう柚那とイチャラブする予定で…って言いたいところなんですけどそうもいかない事情がありまして。柚那と一緒は一緒なんですけど、福島の桃花ちゃんと、あと彩夏ちゃんも一緒なんですよね」

 桃花ちゃんだけだと三人一緒にいるのがなんだかいびつということで寿ちゃんが彩夏ちゃんを貸してくれたのだ。

 もちろん二人に対して不満はないし、むしろひなたさんのワガママに完全に巻き込まれた状態の彩夏ちゃんには感謝しかないが、やっぱり柚那とイチャイチャしたかったというのはある。

「彩夏はあんたと仲がいいからわかるけど、桃花はなんで?」

「スパイ探しです。なんか長野の真白ちゃんがスパイなんじゃないかっていう疑惑があるらしくて」

「だったらユウに確認すればいいんじゃないの?この期に及んで嘘なんかつかないでしょ。真白がスパイなら連れて帰れば新しい七罪に据えられるんだし、堂々と言うんじゃないの?」

 ユウの奴、なんだかんだでみんなから妙な信頼を得ているな。

「ユウの差金ならそれでもいいんですけど、どうもユウの頭を飛び越した話みたいでして」

 ひなたさんはあえて『本国に直接』と言った。これはつまり現地の指揮官であるユウは知らない可能性が高いということになる。そんな状況でユウに確認してしまうと、まあ色々と面倒なことも起こりかねない。

「手伝ったほうがいい?」

「いえ、こっちはこっちでやるんで大丈夫です。チアキさんも都さんもゆっくりイチャイチャしててくれたらいいと思いますよ」

 柚那には悪いけど、あんまり大人数で動くと真白ちゃん……それに深雪たんにも気づかれれる可能性がある。

 真白ちゃんが名前の通り真っ白かそれとも真っ黒か。最終的にどっちかはわからないが、できればはっきりするまでは真白ちゃんを姉のように慕っている深雪たんに余計な負担は掛けたくないし、巻き込みたくもない。

「手が必要なときは言いなさいよ?」

「もちろんその時はお願いしますけど……そういえば真白ちゃんの得意な魔法って何です?」

「あの子が得意としているのは飛行魔法ね。最高速度は国内最速でトップスピードにのると音の壁を超えるわよ。まあ加速にちょっと時間がかかるから国内での使いどころがないんだけど、トップスピードに乗らなくても相当早いわよ。だから逃げられたら追い付くのは厳しいと思うわ」

 おとなしくて地味だと思ってた真白ちゃんは意外に飛んだお嬢さんだったということか。

「まあ、魔法使われる前に抑えちゃえばいいって話っすよね]

「最悪の場合はね。できればひなたの勘違いであってほしいけど」

「あれ?俺ひなたさんに言われたって言いましたっけ?」

「そういうことコソコソ嗅ぎまわるのはひなたしかいないでしょ。もちろん面白がってやっているわけじゃないっていうのはわかってるからそれについてどうこう言うつもりはないけど、それでも教え子が裏切り者なんていうのは勘弁してほしいわ」

 そっか。真白ちゃんたちの世代もチアキさんの受け持ちか。

「任せておいてください。俺が絶対真白ちゃんの無実を証明してみせますから」

「お願いね」

 そう言って俺の肩をポンと叩くとチアキさんは部屋へ戻っていった。

 

 

 朝食をとり終わったところで俺のスマートフォンに彩夏ちゃんからメッセージが入った。ユウを諦めたのかそれとも何とか懐柔したのか。どうやら真白ちゃんは次のターゲットを桃花ちゃんに的を絞ったようだ。

 真白ちゃんからアプローチしてきてくれるのはある意味こちらには都合がいい部分もあるが、逆に微妙に都合が悪くもある。できれば4人揃っているところで呼び出すなり声をかけてくるなりしてくれれば『一緒にいたから~』とかなんとか言ってついていくこともできるのだが、つい今しがた廊下でばったり出くわしてしまったので今はそれができない。

 とりあえず桃花ちゃんには彩夏ちゃんが一緒について行ってくれるらしいので、折を見て合流することにして、午前中は柚那と二人で温泉街をぶらつくことにした。

 これでたまたま三人に出くわせば不自然ではないし、出会ったタイミングで一番職制が高い俺がみんなにお昼おごるとかなんとか言えばそんなに不自然さを感じさせずに行動を共にすることができるだろうし、タイミングが早ければ10時のおやつでもいい……まあ、万が一不運にもそこに朝陽が涌いたりしたら俺の財布はタダではすまないが。

「桃花ちゃんと彩夏ちゃんには悪いですけど、真白ちゃんがむこうに行ってくれて良かったです。おかげでこうして朱莉さんと二人で一緒にいられますしね」

「可愛いこといってくれるじゃないか。今夜も寝かさないぞ」

「今夜もって……朱莉さん昨日10時前には寝ちゃってましたよね」

「そうだったか?」

「そうですよ。夜はいくら起こしても起きなかったのに朝はものすごく早く起きるし」

「一人で朝風呂にゆっくり入りたいっていうのがあったからさ。今夜はしっかり相手するから許してよ」

「だったらいいですけど……あんまり相手にしてくれないと、私もイズモちゃんみたいに怒りますよ」

「ああ、イズモちゃんなあ…柚那から見てどう?イズモちゃんは本気で楓さんと別れる気なのかな」

「うーん…どうでしょうね。まあ、あの二人の関係って私達が理解できるものでもなさそうですし、ちょっとわからないですね」

 楓さんが意外にショックを受けていたし、下手をすると戦力ダウンになっちゃうからできれば別れたりしないでほしいんだけど。

 まあ、それはさておき。

「昨日のうちに目星をつけてた公衆浴場は大体回っちゃったし、今日はどうしようか」

「たしか今ってどのホテルでも旅館でも立ち寄りフリーですよね。せっかくだから全部制覇する勢いでまわりませんか?」

「ああそれいいかも」

 ユウじゃないけど俺もゆっくり温泉に浸かりたい気分だ。

「湯めぐりしているうちに昨日みたいにどっかで真白ちゃんにばったり出くわすかもしれないですし」

「そうだな」

 俺たちはとりあえず楓さんの様子を見がてら関西チームが泊まっている宿へ行ってみることにした。

 

「お……朱莉に柚那」

 宿の入り口を入ったところで、島根のご当地魔法少女をやっている同期の松葉を見つけた。というか見つかった。

「お、松葉。久しぶりじゃん」

「久しぶり、松葉ちゃん」

「ん。久しぶり。どうしたの二人とも。仲の悪かった二人が揃ってるなんて天変地異の前触れ?」

 ややぶっきらぼうなしゃべり方だが、松葉はこれがデフォルトなので特に気にしてはいけない。

 というか、忘年会の時に俺と柚那が付き合ってるって話はしたはずなんだけどなんで覚えてないんだろう。

「楓さん達今日はどうしてる?」

「楓さん達って?」

「いや、昨日喧嘩しただろ、イズモちゃんと楓さん」

「私は知らないけど……ああ、でもそう言えば今朝楓さんと喜乃が一緒の部屋から出て来たのを見たかも。それにイズモが珍しく鈴奈を連れて出て行った。今考えると確かに喧嘩をしているのかもしれない」

 ああ、じゃあまだ仲直りしてないんだな。

「でも、あの二人が本気で喧嘩するなんて珍しい。いつもちょっとしたことがあってもイズモが我慢してるのに。楓さんは一体何をやらかしたの?」

「キスしようとしていたのに、突然笑い出した」

「ああ、なんだ。いつものか」

 いつもなのか…

「まあ、そのうち収まると思うからほっといて平気」

「そっか。いつものことなのか…ならとりあえずほっとくか。松葉はこの後なんか用事あるのか?なければ一緒に風呂とかどうだ?」

「……朱莉は一緒にお風呂入ると目がいやらしいから嫌だ」

 ちなみに俺は松葉と風呂に入ったことがないので名誉毀損もいいところだ。

「俺は松葉と一緒に入ったことないだろ。お前多分恋と俺を間違えてるだろ」

「そうかも」

 相変わらず適当な奴だ。

「というか、今日は恋と約束があったんだった」

「なんだよ、同期で会う約束するなら俺達にも声かけろよな、水臭い」

「声はかけたんだけど……」

「え?かけられたっけ?」

 心当たりがなかったので柚那の方を見ると『私も心当たりありません』とばかりに首を横に振っていた。

「最初に声かけた夏樹に用事あるからって断られて……面倒くさくなってそこで連絡するのやめちゃった」

「それは声かけたって言わねえよ。ちなみにどこで会うんだ?」

「えーっと……関東?の宿?」

 多分これ、恋はちゃんと東北って言ったんだろうけど松葉が聞いてなかったパターンだな。

「恋は今は秋田のご当地だから多分東北チームの宿だぞ」

「そういえばそんなこと言われた気がしないでもない」

 大丈夫かこいつ。

「まあ、いいや。俺と柚那もひとっ風呂浴びたら東北の宿に回るから合流しようぜ。せっかくの機会だし一応深谷さんにも声かけてみるからさ」

「わかった。伝えておく」

 ……これは一応恋のほうに連絡しておいたほうが良さそうだな。


 東北チームが泊まっている宿の入り口横にあるちょっとしたラウンジで俺たちがワイワイやっていると、おそらく寿ちゃんかこまちちゃん。もしくはセナあたりが連絡をつけたのだろう桃花ちゃんと彩夏ちゃん、それに真白ちゃんが来るのが見えた。

 恋も、三人がこちら近寄ってくるのに気が付いたのだろう。カップに残っていたコーヒーを飲みほして立ち上がった。

「……さて、と。私と松葉はこのあと少し用事があるので、これで失礼しますね。あ、よければ夏樹さんもいらっしゃいませんか?」

「え!?私も?私この宿のお風呂まだ入ってないんだけど」

「そんなこと言って。ラブラブなカップルの邪魔をしていると馬に蹴られて死んでしまいますよ」

 そう言ってコロコロと笑いながら恋が深谷さんの腕をとった。

 あらかじめメールで真白ちゃんと俺と柚那の状況を教えておいたとはいえ、恋はなにも言わなくても状況に合わせてそつなくフォローをしてくれるので非常に頼りになる。

「えー…なんかもういまさらって感じがするんだよなあ。別に二人とも私がいても気にならないでしょ?」

 逆に頼りになる恋のせいでこっちのポンコツ捜査官のポンコツっぷりが浮き彫りになりすぎてちょっとかわいそうだ。

「すみません。深谷さんがいると、超気になります」

「ごめん夏樹ちゃん。実は居られると邪魔」

「二人ともひどくない!?」

「ささ、二人もこう言っていることですし、私たちは私たちで遊びましょう。松葉、手伝って」

「了解」

「ちょ、私の話はまだ終わって―」

「いいからいいから」

「黙ってついてきて。ほら、行くよ」

「ちょっと待ってってばちょ、ニ人共!」

 必死の抵抗虚しく恋と松葉に引きずられた深谷さんは『お風呂ぉぉぉっ!』という悲痛な叫びとともに外に連行されていった

 これは恋にちゃんと後でお礼しておかないといけないな。

 まあ、それはそれとして。

「やあ真白ちゃん」

「こんにちは、朱莉さん」

「……」

「……」

 真白ちゃんと一緒にやってきた二人の目が明らかに正気じゃない。

 何をされたらこうなるんだ一体。っていうか、真白ちゃん完全にクロだぞこれ。

「…ま、座ったら?」

 おそらく催眠か洗脳か。そのあたりの魔法だと思うが、こんな状況なら回復系の魔法に長けた恋にいてもらったほうが良かったかもしれない。

「そうですね。座らせていただきます」

「そういえばどうして彩夏ちゃんと桃花ちゃんと一緒にいるの?いつもは深雪ちゃんと一緒なのに」

「ああ、あの子は私の話を理解してくれないもので、しばらく距離を置こうと思っていまして」

「そう、でも話を聞かないくらいで距離を置くなんてちょっと冷たいんじゃないの?きっと今頃寂しがってると思うよ」

 俺は真白ちゃんと目を合わさないよう彼女が机の上においている手元を見ながら喋る。

 こんなことで真白ちゃんの魔法が防げるかどうかは分からないが、それでもなにもしないよりはマシだろう。

 とはいえ、こんなところで、しかもこんなタイミングでこんな風に仕掛けてくるとは思いもよらなかった。

 せめてひなたさんに今日の行動方針でも伝えておくなり、これから何をするという定時連絡をしておくなり。更に言ってしまえば桜ちゃんの使い魔を借りておくなりすればまだ何とかなったかもしれないが、普段と同じようにしようと単独で動いていたことが完全に裏目に出てしまった。

「…さて、昨日のお話の続きなんですけど」

「昨日の話ってなんだったっけか?悪いね、俺も結構歳なんで忘れっぽくなっててさ」

「4月の作戦。あの酷い作戦をやめさせるっていう話ですよ」

「ああ、4月の作戦ね……柚那、悪いんだけどフロントに行ってコーヒーのおかわり頼んできてもらっていいか?ついでに三人の分のコーヒーも」

「そういえば旅館の人がいませんね」

「同期のみんなで水入らずになりたかったからちょっと外してもらったんだよ。柚那、悪いけど頼んだ」

「…あ、はい!」

「いえいえ、ちょうどいいですから柚那さんにも聞いていただきたいんですよ。桃花ちゃん、代わりに行ってきてくれる?」

「はい……」

 当然だけど柚那を逃すのも許してもらえないか……。

 となると、あとは正面切って喧嘩を売るか。もちろん全体六位の面子にかけて三人相手でも遅れを取るつもりはないけど、真白ちゃんはともかく彩夏ちゃんと桃花ちゃんを傷つけるのは本意じゃないんだよなあ。

 それと考えなければいけないのが、すでに東北チーム全体が真白ちゃんの汚染を受けているという可能性。

 彩夏ちゃん達三人相手ならともかく、ここに寿ちゃんやらこまちちゃんにセナ。最悪の場合精華さんまで乗っかってくると考えると、全く勝てる気がしない。

 ああ…降参したい。もう、いっそ桃花ちゃんみたいに洗脳されて言うこと聞いてたほうが絶対楽だぞこれ。

 上手いこと引き伸ばしてひなたさんでもチアキさんでも狂華さんでも来くれればよしだけど、そんな確率の低そうな賭けをしている余裕が果たして俺にあるのか。

「真白ちゃん。俺が4月の作戦に反対すると本気で思ってるの?」

「昨日の昼間はそう言いましたよね」

 そう言って押し黙り、おそらくじっとこっちを見ているだろう真白ちゃんは昨日の昼間とも夜とも違う、かなり威圧的な物言いだ。

「悪いね、あれは大人の処世術ってやつだ。俺は別に作戦そのものには不満はないよ。他の国に比べて日本に対してちょっと不利な条件だなと思っただけのことだからね。それにお人好しの日本がいろんなことで不利な条件を押し付けられるのは今に始まったことじゃない。世界大戦参戦のきっかけもそれだったっていう説もあるくらいだからな」

 一時期占領されてたからまともな資料が現存しているかわからないし、そもそも当事者が死んじまったりボケちまったりしてるから真相は闇の中だけどな。

「むしろ、俺は現状を知ってなお宇宙人に味方するなんて言っているヤツの気がしれないな。大体、それって一体何人が賛成しているんだ?」

「これから『説得』するあなたと柚那さんを入れてまだ五人ですよ。でもきっとみんなわかってくれるはずです」

 なるほど『説得』ね。

「だったら、都さんを『説得』するのが一番早いんじゃないのか?」

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よなんていうが、狙える位置にあるなら将の頭を狙うのが一番確実だ。

「あの人は頭が硬くて…以前説得しようとしたんですけど、全く聞いてもらえませんでした」

 ということはやり方しだいで『説得』の魔法は防げるのか。

「頭がかたい人には真白ちゃんの『説得』は効かないってわけだ」

「そうですね。でも朱莉さんのように状況に流される人は大体聞いてくれますよ」

 失礼な事を言う子だな。

「俺は状況に流されたりしないぞ。これまでも確固たる意志を持って断固とした対応を取ってきているからな。なあ、柚那。そうだよな?」

「えーっと……」

 言葉を濁すなよマイハニー。心が揺らぐだろ。俺はなんとなくやりきれなくなって窓の外に視線を移す。

「ほんと、やりづらいんですよね、心に隙のない人って。都さんも狂華さんもチアキさんも…深雪も」

「おいおい、深雪ちゃんみたいな子供も『説得』できないなんて、君の話が破綻している証拠なんじゃないのか?」

 俺は挑発するようわざとらしいため息をつけながら小馬鹿にしたように言ってみる。

「深雪はああ見えて中身はちゃんと大人です!深雪のこと何も知らないのにいい加減なことを言わないでください!」

「……悪かったから胸ぐらつかむのはやめてくれないか?」

 テーブル越しに胸ぐらを掴まれて咄嗟に目を閉じたものの、顔を強制的に上げられているのでこのままでは目を開けることができない。多少挑発する意図はあったので何かしらのリアクションはアルだろうと踏んでいたが、それでもここまで挑発に乗ってくるのは予想台だった

「失礼しました」

 俺を開放した真白ちゃんは、今しがた激高したのが嘘だったかのように淡々とした口調に戻った。

「それと、目を閉じていても無駄ですよ。私の『説得』はあくまで言葉によるものですから」

「それをはいそうですかと聞く気はないさ。たとえ『説得』が耳からだとしても魔法が発動するのは俺の心が折れたらとか、負けたと思ったらとか、油断したらとかそういう条件なんだろうしね。俺は君と目を合わせたときにニヤリと笑われでもしたら心に隙を作らない自信がない」

「意外に慎重なんですね」

「石橋は叩いた後に非破壊検査をして更に爆薬で跡形もなくふっ飛ばすくらいの慎重さで生きているんでね」

「ふっ飛ばしちゃダメでしょうが!叩いたのも検査したのも全部無駄じゃないですか!」

「いいツッコミだね。真白ちゃんは変に淡々としているよりそのほうが俺の心を折れると思うよ」

「……」

 多分睨まれている。

「はるなちゃんとか光ちゃんとか他の関東信越の魔法少女は説得しないの?深谷さんあたりはあっさり説得に応じれくれそうだけど」

「発言力のないご当地を何人籠絡したところで意味はないでしょう」

 そのわりに深雪ちゃんは説得しようとしたわけだ。なんだかんだ言っても彼女にとって深雪ちゃんは特別ということか。

「俺だって別に発言力があるわけじゃないから俺を説得しても無駄だろ」

「何を言ってるんですか、いまやあなたは都さんから絶大な信頼を得ているじゃないですか。そんなあなたが発言力がない?何をバカなことを言っているんですか。あなたを説得し、そして都さんを説得すればさらにその上にもつながる。徐々に徐々に上に食い込んでいけば4月の作戦中止もあり得る」

「どうしても作戦を中止させたいんだな」

「それはもう」

「つまり、宇宙人にとってそれだけ俺たちが脅威ってことだな。だったらそれでいいんだ……それでいいんだよ真白ちゃん!」

 俺はそう言って大きく口角を上げて笑いながら真白ちゃんを睨みつける。

「な……何ですか!?」

「俺達が脅威だというなら互角以上、もしくはそれなりの痛手を与えられるってこった。だったらそれでいい!……愛純っ!」

「はいはーい!」

 真白ちゃんの頭上に恋を連れて現れた愛純は手早くM-フィールドを展開すると真白ちゃんの頭を踏み台にして彩夏ちゃんに襲いかかり、一瞬で無力化した。そして恋は桃花ちゃんにかかった『説得』を回復魔法で素早く除去した。

 俺も真白ちゃんを地面に組み伏せ後頭部を抑えている右手に魔力を集める。

「悪いね、二対三で勝てる気がしなかったから増援をお願いしたんだ」

 実はさっき柚那に言葉を濁されてショックで窓の外を見た時に恋を連れた愛純が三人の死角になっているところでM-フィールド発生装置を指さして見せたあと、任せろと胸を叩いていた。なので俺はタイミングを見て真白ちゃんの意識に一瞬の隙を作り、大声でキュー出しを行った。

「増援なんていつの間に……」

「君がバカにしたご当地の中にも切れ者はいるんだよ」

 おそらくさっき三人が姿を表した時点で、恋はひと目で桃花ちゃんと彩夏ちゃんの異常を見ぬいたんだと思う。

 そして、電話で愛純を呼び出しテレポートで念の為にM-フィールド発生装置を持ってこさせて愛純と一緒に突入。まあ、そんなところだろう。さっき恋が無理やり深谷さんを連れて行ったのも、恋も松葉も知らない愛純の電話番号を聞き出すためだったに違いない。

「この後一言でも喋ったらこのまま魔法を君の頭に叩きこむ。東北の橙子ちゃんの話は聞いているだろ?彼女は耐えられたけど君が耐えられるかどうかはわからないぞ」

「………」

 真白ちゃんは一瞬身体を強張らせた後で黙って頷いた。



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