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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編
9/804

3+1

「それじゃあ、私たちはこれで失礼します」


 俺はそう言って、あかりの…自分の両親に他人行儀な挨拶をしてから運転席へと戻った。

 できれば最後にあかりと話しておきたかったのだが、予定よりも早い帰宅だったせいで拗ねてしまったのか、あかりはさっさと部屋に行ってしまった。

それについては残念だったが、次の予定が詰まっているので仕方がない。

 まあ、電話番号の交換もしたし、あかりとはいつでも会えるといえば会えるので、またの機会があるはずだ。

むしろ、それよりも今は―


「本当にいいの?もし嫌だったらあかりと遊んでいてもいいんだよ」


 俺が確認のために尋ねると、みつきちゃんは助手席で元気に首を横に振った。


「ううん。ご飯をごちそうになっちゃったし、このくらい別にどうってことないよ。」

「そっか、ありがとう」

「それにしてもあかりちゃんがお兄ちゃんの妹だとは思わなかったなあ。あんまり似ていないよね」

「まあ、妹というか、正しくは姪だし。しかもあかりはどっちかっていうと姉貴の旦那さんに似ているからな」


 おかげで邑田芳樹だったころの俺があかりと一緒に街を歩いているとおまわりさんに職質されることが多かった。


「いや、そもそも朱莉さんと芳樹さんの時点で全然顔が違うじゃないですか。芳樹さんの顔を知らないみつきから見たら似てなくて当たり前だと思いますよ」

「たしかにそりゃそうだ」


 まあ、それでも全然似ていないんだけどね。

 三人でそんな何気ない会話をしながらも俺たちの間には若干の緊張があった。

 その緊張感の原因のひとつに、車からあかりを下ろした後で助手席からあまり景色のよくない後部座席に追いやられた柚那のみつきちゃんに対する恨みがあるのは間違いないが、もちろんそれだけではない。


 ついさっき、食事中に本部から敵性宇宙人の襲来予報が入ったのだ。

 先日俺と柚那が巻き込まれた秋葉原の事件以降、いままで数日前に出ていた予報が頻繁に外れるようになり、数時間から下手をすれば数十分前に予報がでることも多くなった。

 これは今まで敵性宇宙人が地球までかなり距離のある小惑星からやってきていたのが、どうやら月の裏側にベースを作りそこから地球にくるようになったことが原因…らしいのだが、ほかの筋の情報では地球上、例の一番最初に宇宙人と交渉してこじれさせた当事国がすでに占領され、そこから来ているという話も聞いたので、どちらが正しい情報なのかは判断がつかないでいる。


 そんな状況なので、国土の狭い日本やEU諸国などはともかく、中国、アメリカ、ロシアなどのように国土の広い国は予報が出るたびに魔法少女が戦闘機の複座に乗り込んだり、爆撃機で現場まで行きパラシュート降下をして対応しててんやわんやでいるらしい。

 中身はどうあれ、見た目10代の少女が戦闘機だの爆撃機だのに頻繁に乗り込むのは非常にシュールな光景だが、現在地球が獲得している技術ではどうやっても魔法『少女』を作ることしかできないので仕方がない。

 そんなただでさえ予報が出しづらい。対応が難しい状況だというのに、さらにやっかいなことに、今日の敵は同時多発的に日本各地に降ってくるらしい。

 撮影でこっちにやってきていたひなたさんや精華さんたち地方組は当然大急ぎで地元へとんぼ返り。

狂華さんとチアキさんは神奈川に降ってくるらしい敵性宇宙人の対応のために俺たちとは別行動。

まだまだ経験が浅く心許なかった俺たちは、申し訳ないなと思いつつ、引退したみつきちゃんに頼んで今回限定で戦闘に参加してもらう承諾を得たといわけだ。

 さらに連絡をしてきた柿崎君にちらっと聞いたところでは、各都道府県に配置されている魔法少女はもちろん、みつきちゃんのようにケガで戦線離脱をしている魔法少女や在日米軍基地からも数名の魔法少女が防衛に出るらしい。


 ドライブに出かけたり、JCとランチをしたりと毎日のんびりしているように見えるかもしれないが、毎日毎日結構緊迫した状況なのだ。




 俺たちが敵性宇宙人の効果予測ポイントである県立公園にやってくると、すでに柿崎君と数名のスタッフがやってきていてM-フィールド展開の準備と撮影機材のスタンバイを行っていた。


「おつかれ、柿崎君」

「あ、邑田さん、それに柚那ちゃんもお疲れっす…おおっ!生みつきちゃん!俺、君のファンなんだ!よろしくね!」

「ひっ」


 異常な目の色をして鼻息荒く近寄ってくる柿崎君を見て、みつきちゃんが短い悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。


「君、前に狂華さん派だって言っていたろ…」

「いやいや、俺は狂華さんに限らず、ちっぱいを平等に愛しているんですよ!」


 ああ、なるほど。それで柚那やチアキさんには特にそういうモーションをかけないわけだ。てか、そんなこと狂華さんに聞かれたら殺されるぞ。


「で、機材のスタンバイはできてる?」

「バッチリっす。接敵は3分後。フィールドは3重なんで、理論上は邑田さんが全開で戦っても10分は持ちます」

「まあ、その全開が自由にできないからみつきちゃんに援軍をお願いしたわけなんだけどね」


 コンスタントに戦えるようになっているとはいえ、俺は例のみつきちゃん越えの魔力がコンスタントに出せるわけではなく、平均的な魔力の出力で言えば国内ではトップテンにも入れないような状況だ。

はっきり言ってしまえば俺の普段の強さは柚那とどっこいどっこい。戦闘員クラスは問題なく、怪人クラスとも普通に戦えるが、強めの怪人が相手だと苦戦する。もしくは負ける程度。

まあ、番組開始から2クールくらいのパワーアップ前のライダー程度だと思ってくれればいい。


「じゃあ、まあ。変身」


 番組の中での変身シーンはCGやら特殊効果やらで背景がキラキラしたり、水着を着た俺が光ったりするのだが、実際の変身時はそんな演出を誰かがしてくれるわけでもなく、一瞬で完了する。

 いつものように、ミニのメイド服風の衣装と箒型のステッキ(というかもはやロッドだ)を持った姿に変身すると、柿崎君がやんややんやと囃し立ててくれたが、正直うっとうしい。


「へんしーん」


 みつきちゃんはそう言って手を挙げてポーズをとり、魔法少女の姿へと変身する。

 彼女の魔法少女形態は赤を主体として、黒のアクセントがところどころに入ったいわゆる赤ゴス風の衣装だ。

 うん。ゴスは貧乳のほうが似合うな。


「変身!」


 柚那の衣装は緑を主体としたツーピースに黒のコルセットと、金色の房のついたケープが特徴的な衣装。露出度は低いが、個人的にとても好きな衣装の一つだ。

 ちなみにチアキさんはロングのメイド服。同じメイド系でありながらどちらかというとゴスロリ色が強いベルスリーブの俺の衣装とは違い、パフスリーブと少し大きめの金色のカフスでクラシカルにまとめられているのが特徴だ。

その他の魔法少女も軒並みヒラヒラしていたり、ゴスっぽかったりする中、狂華さんだけはあまりヒラヒラとしていない、スコットランドのキルトとメスジャケットのようなやや少年っぽいイメージにベレー帽という格好になっている。

 狂華さんも案外ヒラヒラが似合うような気がするんだけどなあ…例えばみつきちゃんと色違いとか…まあ、それはさておき。


「敵、肉眼で確認」


 変身後の柚那の目は視力や聴覚を含め普通の人間の5倍ほどまで上昇する。その柚那が空を見てそう告げる。


「よし。じゃあ、ちゃっちゃと片付けて、狂華さんたちの援軍にでも行きますか。柿崎君、フィールドよろしく!」

「了解っす。総員退避!」


 柿崎君の号令で公園内にいたスタッフたちが一斉に公園から退避を始める。もちろん柿崎君も退避してしまい、その場には俺と柚那、そしてみつきちゃん。それと…


「ああ…しまった。車も外に出してもらえばよかった」


 駐車場に残された愛車を見て俺は溜息をついた。

 なるべく壊さないように戦いたいが、こっちがいくら気を付けていても敵の胸三寸で俺の愛車はただの赤い鉄の塊と化してしまう可能性がある。

 お財布事情的には、毎月とは言わないまでも、半年に一回くらい車を買い換えたところで、別にどうということもないが、先ほども言ったように俺はこの愛車を大分気に入ってしまっている。いまさら別の車に乗り換えるというイメージは湧かないし、乗り換えたいとも思わない。

 そんなことを考えている間に、俺たちはトランクが半開きの車もろともM-フィールドへと転送される。


(あれ…?なんでトランクが開いてるんだ?……いやいや、いやいやそんなまさか)


 嫌な予感が頭をよぎりながらも、俺はそんなことないだろうとその嫌な予感を心の中で笑い飛ばす。


(そんなお約束なことがあるもんか)


 とはいえ、トランクが半開きなのは気になるので、トランクを閉めるために車に近づくと、トランクのなかから「クシュン」と、人間のくしゃみが聞こえた。

 そのくしゃみを聞いた俺は、がっくりと肩を落とすとトランクを開けて中をあらためた。


 すると、やはりというか、なんというか。お約束、予定調和だとでもいうようにトランクの中にはあかりが横になって隠れていた。


「朱莉さん、どうしたん――あかりちゃん!?」


 俺の様子がおかしいのに気が付いた柚那がトランクの中に隠れていたあかりを見て青ざめる。


「えへへ…ついてきちゃいました。撮影の邪魔はしませんから、できれば見学させてもらえないかなーって思って。その…ごめんなさい」


 確かに俺は予定を早く切り上げる言い訳として急な撮影が入ったと言った。あかりはその言い訳を信じてこっそりとリビングの窓からでも抜けだして、俺や両親の目を盗んでトランクに隠れていたのだろう。


 ……こんなことなら別の言い訳を言えばよかった。


「柚那。悪いけどあかりちゃんを頼む。敵の相手は俺とみつきちゃんでする」

「でも、みつきは本調子じゃないですし、朱莉さんだって全開で戦えるわけじゃないのに…」

「頼む」

「…わかりました」


 迂闊だった。

あかりは決して不真面目ではないが、好奇心が旺盛で時としてその好奇心を満たすためならルールを破ることに抵抗がなくなる。そのあかりの性質を知っていたのに、俺はあかりの行動を読み切ることができなかった。


「みつきちゃん!あかりが巻き込まれた。柚那はあかりの護衛につけるから二人を巻き込まないように頑張ろう」

「え…うわあああっ!本当だ!ナンデ?あかりちゃんナンデ?」

「車のトランクに隠れてた。実家でいきなりいなくなった時点でおかしいと思うべきだったんだけど、気づけなかった。ごめん」

「わたしは別にいいんだけど…普通の人がこの空間に来て大丈夫なの?」

「それは前に柿崎君や黒須警視も来たことがあるから大丈夫っぽいよ」

「そうなんだ。じゃあサッとやっつけてパパッと戻ろうか…あかりちゃんの記憶も消さなきゃいけないし」

「…そうだね」


 記憶の消去は一日単位。つまり今日した会話や出来事はなかったことになる。

 それは寂しいが、やり直そうと思えばやり直すことはできる。

 どうせ記憶が消えてしまうのだったら、全部話してしまうのもいいかもしれない。あかりがどう思うかはわからないし、記憶には残らないので意味などないかもしれないけど、短い時間でも俺が生きているということを知って、多少なりあかりの心が楽になるかもしれないからだ。


「来るよ!」

「おう!さっさとやつけてやるぜ!」


 上空から降ってきた敵は怪人クラスが2、戦闘員が15。

 敵の着地のタイミングで、間髪入れずに突っ込んだ俺の箒とみつきちゃんのステッキの一振りで、半数の戦闘員が蹴散らされ消滅する。その際に3体の戦闘員が俺たちの横を通り抜けたが、あのくらいならあかりを守りながらでも柚那ひとりで十分対応可能だ。

 返す刀で残りの戦闘員を蹴散らすと、みつきちゃんと俺はそれぞれ別の怪人へと肉薄する。

 俺の目の前にいる怪人はハリネズミのように体中に刃を生やした怪人だ。対してみつきちゃんの相手は筒を生やした怪人。


「悪いな、今回はイレギュラーだ。見せ場なんて考えずに一瞬で終わらせてもらうぜ」


 俺の言葉を理解したのか、していないのか、怪人は余裕がありそうな表情でニィっと口元を釣り上げると後ろに跳んで身体から生えた刃を俺に向かって飛ばしてくる。


「無駄だっつーの!」


 俺は箒の先を敵に向けて、技の名前を叫ぶ。


「ライトニング・ポリッシャー!」


俺の叫びに応じて箒の先が広がり、白い光を放ちながら高速で回転を始め、飛んでくる刃を弾き飛ばす。


「ディタージェント・スリップ!」


 これは次の攻撃につなげるための足止め。ぬるぬるとした液体を敵の足元に出現させることで相手の足を滑らせ行動不能に陥らせる技だ。

 怪人はこちらの思惑通りにスリップしてすっころんだが、それでも刃を飛ばしてこちらを攻撃してくる。しかし体勢を崩して思い通りに狙いを定められないのだろう。刃は明後日の方向に飛んでいく。


「これで終わりだ!ライトニング・ドリル・クラッシャー!」


 声に反応し、今まで開いていた箒の先が元に戻り、ドリルのような形状で回り始めたのを確認した俺は地面を蹴って飛び上がり、倒れている敵怪人にめがけてドリルを突き立てた。

 そして怪人は声と呼ぶのもおぞましいような鳴き声を上げて光の粒子になって霧散しやがて消え、あたりにはポリッシャーで弾き飛ばされた怪人の刃だけが残された。

 みつきちゃんのほうを見ると、彼女のほうも丁度怪人に必殺パンチをお見舞いし、戦闘が終了したところだった。

 彼女の周りには怪人から発射された砲弾らしき、人のこぶし大の鉄球がかなりの数転がっている。

 みつきちゃんは俺や柚那のように武器を使わず、高出力のビームを使った遠距離攻撃と、素手で戦うタイプなので、おそらくこの砲弾をすべて拳で叩き落としたのだろう。

魔法の補助があるとはいえそんなことができるとは、どうやら現役を引退しても、元国内魔法少女ナンバーワンの実力はまったく衰えてはいないようだ。


「こっちも終わりましたよー」


 柚那の声に俺とみつきちゃんが振り返ると、ぶるぶる震えているあかりの前で、柚那がぴょんぴょん飛び跳ねて手を振っていた。


「行こうか」

「うん」


 俺とみつきちゃんが近づいていくと、あかりはほっとしたのかへなへなとその場に座り込んだ。


「なんなんですかここ…どうなってるんですかこれ…柚那さんも朱莉さんもみつきちゃんも何もないところから色々出したり、ビームを撃ったり。敵の着ぐるみはいきなり消えちゃうし」

「順番に説明するよ。ここはM-フィールドの中。あかりちゃんは私たちと宇宙人の戦闘に巻き込まれたってわけ」

「えーっと…じゃあ、撮影だったんですか?」

「撮影も兼ねてるけど、撮影じゃないんだ。俺たちは地球を侵略しに来ている宇宙人と戦ってる。もちろんお話の中じゃなくて、本当にね。あの番組はこの戦いをカモフラージュするためのものなんだ…いや、もう回りくどいのはやめよう。俺たちは、もともと邑田朱莉や伊東柚那って名前じゃない。俺は、邑田芳樹。お前の兄ちゃんだ。そして柚那は下池ゆあって名前でTKO23の――」

「ゆ…ゆ、ゆあちぃ!?柚那さんって、あのゆあちぃだったんですか?ファンなんです!サインください!」


 …あ、そっちに食いついちゃうんだ。

そっかー…お兄ちゃん寂しいなあ。

 柚那は柚那で、これが正しい反応なんですよ?わかってますか朱莉さん?みたいなドヤ顔してるし。


「…ま、いいや。そういうわけで俺たちはいろんな理由で魔法少女になって、敵性宇宙人と戦ってるっていうわけだ」

「なるほど」


 着ていたTシャツの背中に柚那のサインをもらいながらあかりが神妙な顔でうなずく。


「じゃあ、朱莉さんは芳君の友達とかではなくて、本人」

「ああ」

「誕生日は?」

「11月23日の勤労感謝の日」

「去年のお父さんの誕生日にわたしと一緒にあげたプレゼントは?」

「ESの本体と脳トレソフト」

「出資割合は?」

「俺が9、あかりが1」

「パソコンのパスワードは?」

「akari2000」

「なるほど、これで芳君の部屋においてあるパソコンの中が見放題だね」

「やめろバカ!…って、意外に冷静なんだな」

「あはは…これでも取り乱してるんだよ。…だって、死んじゃったと思ってた人に会えたんだからさ」

「あかり…」

「まさかこうしてゆあちぃ本人と会えるとは思ってもみなかったよ」

「そっちかよ!はぁ…もういいや。なんか色々バカバカしくなってきた」

「そう拗ねないでよ。さっきの公園でも言ったでしょ。私は芳君が死んだなんて思ってなかったって」


 そういえばあかりはそんなことを言っていた。俺は死んだんじゃなくて、どこか遠いところに行っただけなんだって、そう言っていたっけ。


「だから…おかえり、芳君」


 あかりはそう言って俺に笑いかける。その笑顔を見た俺の目から不覚にも涙があふれてくる


「あかり…」

「なんで泣くかなあ。かわいい妹がこうしてお帰りって言っているんだから笑えばいいのに」

「そうだな…ただいま、あかり」

「さあ、私の胸に飛び込んでおいで!もちろん対価はもらうけど」


 あかりはそう言って腕を広げる。

 対価がどうとか聞こえたけど、別にそんなのはどうでもいい。

対価くらいいくらでも払ってやる。

 今はただ、あかりのことを抱きしめたい。俺の胸はその気持ちでいっぱいだ。

 俺があかりのほうへ一歩踏み出した瞬間、何かが上空から落ちてきて、あかりの右腕に当たる。

 そして右手に違和感を感じたあかりは、自分の右腕へ目をやり、次の瞬間フッと気を失ってその場に崩れ落ちた。

 ズンという重い音を響かせ、地面に突き刺さる怪人の刃、その後を追って逆に軽い音を立てて地面に落ちるあかりの右腕。

 俺が怪人の刃を弾き飛ばしたりしなければ邑田芳樹だと名乗らなければあかりが腕をひろげなければ、あかりの立ち位置がもうすこし左右前後どこかの方向にずれていれば――そんな意味のない『たられば』が頭の中を駆け巡り、俺の意識は真っ白になりかける。

「お兄ちゃん!しっかりして!」


 飛びかけた意識をみつきちゃんの声が引き戻してくれた。


「朱莉さん、柿崎さんに連絡を!フィールドの解除と救急車を手配してもらってください」


 柚那はすでにあかりの右腕を圧迫して止血を始めてくれている。


「わ、わかった」


 柚那の言葉にうなずいて俺が通信機に向かって話始めようとしたタイミングで柿崎君からの通信が入る


「救急車手配済みです。10秒後にフィールドが解除されますから、妹さんと一緒に乗り込んで病院に行ってください。車は俺が回収しておきます」

「柿崎君…」


 彼だけじゃない、俺の意識を引っ張り戻してくれたみつきちゃんにも、いち早くあかりの止血に動いてくれた柚那にもいくら言葉にしても足りないくらいの感謝しかない。そしてその感謝の言葉すら、口に出せず、俺は嗚咽を漏らしながら泣いていた。


「気にしないでください。仲間じゃないっすか」

「大丈夫、あかりちゃんは絶対助かるよ」


 柿崎君とみつきちゃんの言葉が俺の心にしみ込んでくる。


「ほら、早く変身解除して下さい。その恰好で病院行くんですか?」


 いつの間にか変身を解いていた柚那の普段通りの小言も今は心強い。


「みんな…ありがとう」


 今の俺はその一言を言葉にするのが精いっぱいだった。


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[気になる点] 誤変換:降下 俺たちが敵性宇宙人の効果予測ポイントである県立公園にやってくると、
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