あさきゆめみしよいもせず 2
チアキさんの話してくれた黒須さんとのなれそめは結婚詐欺の被害者と担当の警察官という、それでほど珍しい話ではなった。
そこで親身に相談を乗ってくれた黒須さんのやさしさについつい……ということらしい。
まあ、とは言っても三年連続で結婚詐欺やらDVやらの相談に訪れれば黒須さんでなくとも親身になるだろうけれども。
その後、チアキさんは、セクハラ上司やらろくでもない同僚やらがいてどうにもよろしくない職場を辞めて警察署の近くに小料理屋を開店。黒須さんや同僚たちが常連になり数年間は楽しくやっていたらしい。
しかし開店から五年もしないうちに、チアキさんの病気の発覚と、魔法少女としての資質の発覚。それに黒須さんが当時付き合っていた奥さんとのこともあり、チアキさんは魔法少女となって、黒須さんはチアキさんをスカウトした報奨金で養護院を建てて奥さんと結婚したらしい。
……と、いう話をチアキさんは長々と15分にわたって話してくれたわけだが、15分経っているということはつまり都さん達はもうすでに到着しているし、さらに言ってしまえばもうすでにドアの前で待機していたりする。
「……わかってたんだけどね。わかってたんだけど、こうもあっさり捨てられちゃうともうなんかいろんなことがどうでもいいかなって思っちゃってさー」
チアキさんはそういってまたゴロンと寝転がるとこちらに背を向けて丸まってしまった。
「世界なんかどうでもいいやーって」
それはいくらなんでもやけくそになりすぎだろう。
「そんなこと言わないで下さいよ。別に黒須さんだけが男ってわけじゃないんですし、チアキさんのことをちゃんと見て、チアキさんだけにやさしくしてくれる男が現れますって。ねえ、狂華さん」
「え?何?聞いてなかった。ごめん」
外の様子をうかがっていたのか、そわそわした様子でドアのほうを見ていた狂華さんがそう言ってあわててこちらに顔を向ける。
……友達がいのない人だなあ、この人。
「……とにかく、絶対にいい人が現れますから元気だしてくださいよ」
「でも、黒須ほど……」
チアキさんは言いかけて、顔を赤くすると考えていたことを振り切るように首を振るって言葉を飲み込んだ。
……黒須さんほど、なんだろう。何もなかったというチアキさんの言葉を信じればナニが立派とかあっちの相性がいいとかそういうことじゃないだろうけど…お金は多分チアキさんのほうが稼いでいるし、黒須さんは俺たちにも優しいので、別にチアキさんにだけ特別優しいというわけでもなかったりする。となると、一体なんだろうか。チアキさんが黒須さんの何にそんなに未練があるのか気になってくる。
髭だろうか。それともロマンスグレーの髪?それらを合わせた渋い大人の魅力か?
「チアキさんは黒須さんのいったい何がよかったんです?馴れ初めは効きましたけど結局そこ聞いてないんですけど」
俺がチアキさんの顔を覗き込みながらいうと、チアキさんの顔が沸騰した。
「そ、それは…ちょっと……ほら、恥ずかしいし……」
うわぁ、チアキさんが珍しく可愛い。
でも恥ずかしがるってことはやっぱりそっち方面なのか?口に出しづらいことなのか!?
「なんなんですか?気になるじゃないですか。教えて下さいよ」
「あ、あんたも大人なんだから好きな人のことで口に出しづらいことの一つや二つあるでしょ!?」
何がなんでもいいたくなさそうなチアキさんをみていたら俺の中でムクムクといたずら心と心の中の息子が起き上がってきた。
「え?いや、俺は柚那のことで恥ずかしいことなんて無いですよ。柚那がちょっと怒りっぽいところも、甘えモードに入るとずーっとくっついているところも大好きですよ。狂華さんも都さんのことで恥ずかしいことなんて無いですよね?」
「…………え?なに?」
ダメだこの人。さっきから外を気にしてばっかりで話にならなさそうだからとりあえず放置しよう。
「………とにかく、恥ずかしがることなんかないじゃないですか。話してみてくださいよ!」
「それは……やっぱりだめ、恥ずかしい」
やばい、これは可愛い。これはもうずっといじめていたい。
「ほらほら、チアキさんは黒須さんのなにがええんじゃ?おじさんにこっそり教えてみい」
「だから恥ずかしいって言ってるでしょ……やめてよもう…」
おお!語尾がエクスクラメーションマークじゃない!消え入りそうなか細い声で恥ずかしがるチアキさん。これはたまらん。
「うへへ、教えてもらえないと解決方法も考えられないじゃないですか。ほらほら、言ってみてくださいよぉ、黒須さんの何がえかったんじゃぁ?」
「お前はセクハラ上司か!」
そのセリフと共に俺の脇腹を強烈な衝撃と痛みが襲い、俺は横向きにふっとばされた。
「私さ、チアキさんのことをよろしくって言っただけで、セクハラしろなんて頼んでないんだけど。それを慰めるどころか!ニヤニヤセクハラしやがって!」
そう言いながら都さんは俺を何度も蹴りつけて部屋の端まで転がしていくと、倒れたままの俺を首を踏みつけた。
「……ねえ、あんたセカンドレイプって言葉知ってる?」
小声でそう言って俺を見下した都さんの目は氷のように冷たく真剣そのもので、回答いかんによってはこのまま踏み抜くと言外に語っている。
「………すみませんでした。ちょっと調子にのりました」
「やっていいこと悪いことを自覚しなさい。……次はないから」
「はい」
俺の返事を聞いた都さんはパッと表情を切り替えるとチアキさんに駆け寄った。
「チアキさん、黒須さんのことなんて忘れちゃってさ。いい男探しに行こうよ。大丈夫だよ、チアキさんかわいいんだから。それに家事万能だし仕事もできるし、いい男がきっと見つかるって」
「うう……でもそういうところがおかんっぽいとかおばさんくさいとか言われるし」
「誰がそんなことバカなこと言うのよ」
「……朱莉」
都さんは一瞬『てめえ…』という目でこっちを睨みつけてからチアキさんを抱きしめた。
確かに言ったかもしれないけどいい意味なんだよ。本当だよ。
「大丈夫だって。私が保証する。チアキさんには絶対いい男が現れて、絶対幸せになれるから。ね。だから元気出して」
「本当?」
「本当だって!ねえ狂華」
「…………え?ああ…うん…そう、だね」
狂華さんが言いづらそうな表情でそう言った次の瞬間、都さんの一蹴りで狂華さんが俺のほうに飛んできた。
「大丈夫っすか、狂華さん」
なんとか受け止めたので怪我はないと思うが、一応確認する。
「ああ、うん。別に痛くはないんだけど。何がいけなかったんだろ」
「頷くまでに間が開いたところじゃないっすかね」
俺と狂華さんがこんなやりとりをしている間もしっかりチアキさんを慰めているし、なんだかんだ部下思いだよなあ。
まあ、俺や狂華さんには容赦無いけど。
「そういえば都さん、ユキリンはどうしたんです?」
「ああ、廊下で待ってもらってる。さすがに初対面の部外者にこんな状態のチアキさんとかみせられないでしょ。チアキさんだって嫌だろうし……ああ、じゃあ朱莉。あんた狂華といっしょに尾形三佐を連れてリビングの方に行っててよ。私はもう少しチアキさんを慰めてから行くから」
「了解。じゃあ行きましょうか狂華さん」
「そうだね。ボクらじゃ力になれそうもないからね」
都さんの必死の励ましのおかげか少しだけ元気を取り戻して来た風のチアキさんを見て、狂華さんが苦笑しながらそう言った。
「じゃあ、俺達は先に行ってますんで……チアキさん、調子にのってすみませんでした」
「……うん」
チアキさんは顔を上げてこっちを見るとそう言って頷いてくれた。
それを確認して俺と狂華さんが廊下に出ると、そこには190センチはあるんじゃないかというくらい大きな男が直立して立っていた。
「お久しぶりです、邑田先輩」
「だ………?」
「えっと朱莉……この人が、ユキリン?」
「はいっ、ユキリンこと尾形由紀三佐であります」
自称ユキリンは敬礼をし、狂華さんもそれに倣って敬礼で返す。
「失礼いたしました。己己己己狂華一尉です」
ちなみに魔法少女の階級は特殊部隊ということも相まって通常の階級の二階級上になるので、権限的には三佐のユキリンよりも一尉の狂華さんのほうが上だったりする……っていうか。
「誰だお前ええええええええッ!」
俺達のユキリンは身長157cmの華奢で女顔のまさに紅顔の美少年と言うやつだったはずだ。
にもかかわらず目の前にいる自称ユキリンは身長は190センチくらいでガッチリとした肩と胸、それに腕が制服の上からでもしっかりわかるほどに筋肉質だ。
「やだなあ、先輩。僕ですよ、尾形由紀ですって」
そう言って笑う自称ユキリンの笑顔は爽やかだし顔も整っているのだが、紅顔の美少年と言うよりは精悍な、いかにも自衛官という顔立ちだった。
声も甲高い美少女キャラのようなアニメ声から、ジョニー・デップの吹き替え版みたいな声になってるし。
「お……おお……俺達のユキリンが……」
「大丈夫?」
あまりのことに言葉を失ってふらついている俺を狂華さんが支えてくれた。
「違うんですよ狂華さん…」
「え?何が違うの?」
「もともとユキリンは恭弥くんと同じくらい可愛かったんですよぉ、恭弥くんと同じく校内のミスコンも三連覇しちゃったりするくらい可愛かったんですよぉ。狂華さん並に可愛かったのに!なんで!?どうしてこうなった!お前このくらい可愛かっただろ!」
「ちょっ、朱莉!?あああの、ユキリ…じゃなかった、尾形三佐。ちょっと邑田三尉は混乱してて」
「わかった!お前さては同姓同名の偽物だな?」
「……どうしてそんなこと…言うんですか?」
突然自称ユキリンの表情が曇る。
「どうしてそんなひどいこと言うんですか?僕は僕なのに!先輩方に憧れて必死で鍛えてこうして男らしくなったのに!どうして喜んでくれないんですか!」
そう言ってユキリンの目からあふれた涙が頬を伝った。
正直全く可愛くないし、これっぽっちもときめかないが、俺の胸がチクリと痛む。
そういえば、ユキリンはかわいい自分っていうやつにコンプレックスを感じているフシがあった。
最初に入部してきた時のユキリンの抱負は頑張って爽やかでかっこいいスポーツマンになりたいだった気もする。
「ごめんな、ユキリン。そうだよな。お前、強くたくましくなりたいって言ってたもんな。あんなに華奢だったのにそこまでなるのは大変だったろう?すげえよユキリン。よく頑張ったな」
「せ……先ぱぁい!」
ユキリンは涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら俺を抱きしめて泣きだした。
うんうん、よしよし。よく頑張ったなユキリン。
俺はそんなことを考えながらユキリンの頭を撫でてやる。
「せえええんんぱあああああいっ」
うん、頑張った頑張った……
「すぇぇぇぇぇんぱぁぁぁぃっ!」
あー服、汚れちゃうからあんまり顔を擦り付けないでほしいなあ……
「すぅぇぇぇんぷぁぁぁぁぃっ!」
………胸とかじゃないから。まあ、下心はないだろう。うん。
「ぅすぅぇぇ―」
「うるせぇぇぇっ!鼻水と涙で服がグチャグチャだろうがぁぁぁっ!」
あまりに泣き止まず、だいしゅきホールドも解除してくれないので思わず出てしまったパンチでユキリンは廊下の端まで吹っ飛んでいった。
しかしそこはさすが自衛官。空中で見事に姿勢を整えるとまるで空母に着艦する戦闘機のように綺麗に着地した。いや、自衛官がみんなできるかわからないけど。
「フ…さらにできるようになりましたね、邑田先輩」
「いや、お前と喧嘩すらした覚えもないのにさらにとか言われても」
「ですが、僕は艦内でも最弱!」
「ああ、それもう何ヶ月か前に朝陽がやったからいいわ。ていうか、最弱で艦長が務まるのか?」
「いや、最弱って言っても腕相撲の話ですし」
そう言って笑うユキリンの顔にはやはり高校時代の面影はなく、そこにはただの自分で自分のことを面白いと思っているっぽいおっさんがいるだけだった。




