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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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あさきゆめみしよいもせず 1

 2月下旬。俺が新作ゲームの買い出しから帰ってくると、部屋の前の廊下に意外な人物が座りこんでいた。

 俺が気づくと同時に相手もこちらの気配に気がついたらしく顔だけを向けてじっとこっちを見ている。

 その様子はちょっとだけ警戒している猫を思わせた。

「えーっと……どうしたんです、狂華さん」

「みやちゃんが昨日から帰ってこない……」

 狂華さんはそれだけ言うと、膝を抱えてしくしくと泣きだした。

 えー……都さんが一晩いないぐらいでこんなになっちゃうのこの人……ああ、でもそういえば俺も今回愛純の件で尋問受けてないな。

 というよりこの一週間くらい都さんを見かけていない気がする。

「いや、でも一晩くらい帰ってこないことだってあるでしょ。都さんもいい歳した大人なんだし」

「電話もメールも返ってこないし、メッセージアプリは既読がつかないし、SNSのダイレクトメッセージも見てくれない」

 ……正直ちょっと怖いな。いや、都さんに連絡が取れないことじゃなくて、狂華さんの都さんに対する執着が。

「まあまあ。都さんだってたまには羽を伸ばしたいこともありますって。俺だってたまには柚那から離れてのんびり…」

 したいなあと言いかけたところで俺の部屋のドアがガチャリとあいて柚那が顔を出した。

「のんびり……なんですか?」

「……柚那と一緒に都会の喧騒を忘れられるところでのんびりしたいなあって」

「私と離れてって言ってませんでした?」

「な、何を言ってるんだよ。俺が柚那と離れたいなんて思っているわけないじゃないか……っていうか柚那。部屋にいたならなんで狂華さんを中に入れてあげないんだ?ここにいるってことは狂華さんは俺のところに来たんだろ?」

「私だって最初はちゃんとおもてなししてたんですよ。お茶を出したりお菓子を出したり話し相手になったり。でも狂華さんは『みやちゃんの車の音がする』とか、『ちょっと本部見てくる』とか『ボクの部屋にいるかも』とか言ってもう何度も何度も、何度も何度も出たり入ったりするんですよ。なんかもう途中で嫌になっちゃって」

 見なくても想像がつくようなその光景を思い浮かべた俺は、確かにそれは鬱陶しいと思った。

 というか、いくらなんでも狂華さん病みすぎだろ。

「……まあ、でもこんなんでも一応先輩なんだしさ」

「こんなんっ!?」

 狂華さんがショックを受けたような表情でガバっと顔をあげる。

 おっと、うっかり本音が出てしまった。いかんいかん。

「朱莉はボクとチアキがここを離れる時、たとえ異動になっても、二人の帰ってくるところはここですからね、いつでも遊びに来てくださいって言ったじゃない!」

 いや、確かに言ったけど。

 言ったけど、狂華さんの帰還は今年に入って既に二度目、しかも二度の帰還が両方とも面倒ごとだったりするので、今の俺の気持ちとしては正直あんまり頻繁なのはちょっと勘弁してほしいと思いはじめていたりする。

 頻繁に帰ってきても別に問題ごとを持ち込むわけでもなく、おみやげを持ってきてくれてさらにご飯を作ってくれるチアキさんは大歓迎なんだけれど。

 バレンタインの時はクリスマスの時みたいに絡まれたり愚痴られたりもなかったし。

「……ないと思いますか?」

「え?」

 心を読むなよと文句の一つも言ってやりたい所だったが、真剣な顔でちょいちょいと手招きをするただならぬ柚那の様子に、黙って部屋の中を覗くと、チアキさんが部屋の中で入り口に背を向けて少し丸まるような形で寝転んでいた。

 ちょっとだけ、栽培男にあっさりやられたZ戦士の彼っぽい。

「………」

 生きてはいるようだが、心持ちチアキさんのまとっているオーラが黒い気がする。

「じゃあ、朱莉さんが帰ってきたことですし、私は朝陽と愛純と和希を連れて出かけてきますね。あ、晩御飯も外で食べてくるので私達の分はいりませんから」

 早口でそれだけ言うと、柚那はダッシュで廊下の奥へと消えていった。

 逃げるなよ!といいたいところだけど、一人でこの状態の二人を相手してくれていたのならそんなことを言うのは酷というものだろう。

 それに今回の二人の問題は子供に聞かせるような話…いや、見せられるような醜態じゃなさそうだ。

「さて、じゃあとりあえずどうすっかな……」

 狂華さんとチアキさん。

 どちらから手を付けようかと考えながら二人を見比べるが、どっちもかなり面倒くさそうだ。

「狂華さん。とりあえず部屋に入ってください。話をききますし、俺の方からも都さんに連絡してみますから。ね?」

「それでみやちゃんがあっさり電話に出たり返事が返ってきたらボクが朱莉よりもみやちゃんに嫌われているみたいで自信が無くなりそうなんだけど……」

 ああもう、ほんと面倒臭いなこの先輩。

「いいからとにかく入ってください。ほら、チアキさんもなにがあったのか知りませんけど、ふて寝してないで起きてくださいって」



 とりあえずすぐに話ができそうということで、狂華さんのほうから片付けることにした俺は、都さん携帯に電話をかけてみることにした。

 すると、数度の呼び出し音が鳴った後、拍子抜けするくらい簡単に電話がつながる。

「……都さん?」

『どしたの朱莉。傲慢の魔法少女に関する反省文でもかけた?』

 チッ、忘れてなかったか。

「いえいえ、狂華さんが都さんに電話が繋がらないって泣きながら寮にやってきましてね」

「ちょ、朱莉!やめっ、そういうこと言うのやめて!」

 そう言って狂華さんは俺の電話を奪い取ろうとするが、手を伸ばして彼女の頭を鷲掴みにしてそれを阻止する。

 こういう時身長差があると便利だよなあ。

「いつ帰ってこられます?みやちゃんがいないと、寂しくてボクのアソコが夜泣きしちゃうって狂華さんが切なそうに言ってるんですけど」

「そんなこと言ってないよっ!」

『心配しなくてももうすぐ本部に帰るわよ。…あ、狂華も寮にいるならちょうどいいや。紹介したい人がいるからそっち行くわ。今日は誰がいるの?』

「俺と狂華さんとチアキさん」

『まあ愛純は彼氏と出かけたんだろうけど、柚那と朝陽と和希は?』

「チアキさんのオーラに当てられて出かけました」

『ああ…そっか……まあ、悪いけど狂華と一緒に話を聞いてあげて。私もそっちについてお客さんを帰したら一緒に聞くから』

 都さんはチアキさんの心あたりがあるだろう。その声には少し同情の色のようなものが感じられた。

 と、言っても多分黒須さんのことなんだろうけど。

「彼、何かあったんですか?」

 チアキさんがすぐ側にいる手前、名前を出すのが憚られて彼と濁して尋ねる。

『ん……奥さんに子供ができてね。さすがにはっきりさせざるを得なくなったわけよ。別にチアキさんと彼が何かあったってわけじゃないけど、それでもハッキリとしないといろいろ問題が起こってからじゃ遅いからね』

 まあ、なんだかんだで黒須さんチアキさんのことしっかり気づいていたからなあ。ラジオで柚那が余計なこと言っちゃったからズバッと言ったとかじゃないといいんだけど。

「それはそうと、今日連れてくるお客さんって誰ですか?」

『護衛艦の艦長さん。なんと朱莉の知り合いよ』

「え?いや、俺は海自に知り合いはいませんけど」

 しかも艦長さんってことは将校なんだろうし、そういう職業の知り合いなら忘れることもないと思う。

『え?なに?……ヨシノリって言えばわかるって言ってるけど』

 ヨシノリ……?ヨシノリなあ……知り合いにいたっけかそんな名前の人間。

『オガタヨシノリ三佐よ?知り合いじゃないの?経歴書見ると、朱莉と出身高校が同じなんだけど』

「オガタ………ああっ!尾形由紀!ユキリンか!」

 尾形由紀、下の名前の読み間違えとかわいい顔が相まってユキリンと呼ばれていた、高校時代のテニス部の後輩だ。

 そして、彼はバレンタインの時に柚那に話したチョコをくれた後輩だったりする。

 コートの中でボール拾いをするだけで貧血で倒れ、ボールを打ち返そうとラケットをふれば見事に空振りして顔面にボールを食らっていたユキリン。そんな彼が艦長とはいやはや世の中わからないものだ。

『ユキリン……?』

「ああ、アダ名ですよ。下の名前、音読みするとユキになるでしょ。だからみんなでユキリンって呼んでかわいがってたんですよ」

『……ああ、そ、そうなんだ』

 なんでそこで引くかな。BLではどっちかといえばゴリマッチョ同士の絡みが好きな彩夏ちゃんよりも、美少年・美青年の絡みが好きな都さん向け素材だというのに。

 まあ、さすがの都さんでも初対面の将校相手に『うっひょー!お前超萌えるぜ!』とは言えないだけかもしれない。

「今、どの辺なんです?」

『さっき高速降りたからあと……』

『10分程度です』

 電話の向こうでニアさんの声が聞こえる。

『10分だって』

「了解、じゃあこっちはぼちぼち始めているんで、着いたら声をかけてください」

『悪いけどよろしくね』

 都さんとの電話を切り、改めてチアキさんを見る。

 さっきはぱっと見でZ戦士みたいだと思ったが、見た目はロシアンハーフの少女の外見をしたチアキさんのこと、よくよく見るとそんなオモシロキャラではなく、その悲しげで物憂げな表情と相まって、触れただけで崩れてしまいそうなガラス細工のような儚さがあった。

 ……中身は俺よりも年上の熟女だけども。

「チアキさん、俺と狂華さんで良ければ話聞きますから。よかったら話してみませんか?話すことで楽になることや気持ちの整理がつくこともありますし。つらいこともみんなで共有すれば少しくらい負担が軽くなるかもしれません」

 自分で言っててちょっとうさんくさいなと思う所はあるが、俺なりにチアキさんのことを心配しているのは本当だし、愚痴でもなんでも話しているうちに声と一緒に嫌な気持ちが出て行くことも、名案がひらめくこともある。

 別に黒須さんが悪い人だと言う気はないが、それでもチアキさんが幸せになろうと思ったら彼ではダメなわけで、もしチアキさんが一歩踏み出すために助けが必要なんだとしたら、俺は喜んで手伝うつもりだ。

「………黒須がね」

 ああ、やっぱり。というのが正直な感想だ。

「奥さんとの間に子供ができたから、私とのことをきちんとしたいって……誤解しないでね?きちんとって言ったって、別に私となにをしていたというわけでもないのよ。ただ、もう今まで見たいに、私のことにかまっている余裕はなくなるだろうって。いままでみたいには受け止めてあげられないって」

 チアキさんはそこまで話すと、声を殺して泣き始めた。

「こっちの気持ちがバレバレだったのもわかってたし、向こうも私がわかっているっていうことを前提にした、本当に悪ふざけみたいな関係だけど、それでもいいって思ってたのよ」

 俺たちから見た二人の関係は友達以上恋人未満。

 気の知れた長年の友人同士がやるような気のあった掛け合いと、たまにちょっとした口喧嘩なんかをして。少しもどかしいような、それでいてそのもどかしさが羨ましいように思えるような。そんな関係だった。

 チアキさんにとってそれが望む全てで、いつまでも当たり前に続くと思っていた関係だったろう。

 その関係をいきなりやめようと言われたら……

「こんなことならもっと踏み込んでおくべきだったわ…」

 ……前言撤回。チアキさんは意外とアグレッシブだった。

 まあ、かわいい恋人からもかわいい妹からも男女の機微がわかるわけがないと太鼓判を押されている俺が疑問に思うなどおこがましいのだが……

「そもそもチアキさん、一体黒須さんの何が良かったんです?」

「それは話せば長くなるんだけど……」

「いいですよ。チアキさんが話したいことは全部聞きますからなんでも話してください」

 俺がそう言って手を差し伸べると、チアキさんは照れ隠しなのか、少し怒ったような表情をして俺を軽く睨んだ後で俺の手を握って起き上がった。

「あれはね……」

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