After Valentine3
散々校内を探し回ったあげく、四人がカフェテリアでコーヒーを飲んでいたという目撃情報を得た俺がカフェテリアにやってくると、例によってはるなちゃんと光ちゃんが喧嘩していた。
通常、撮影のないときのカフェテリアは営業しているわけではない。コーヒーや軽食、デザートなどのケータリングが置かれているだけで、時間のあるスタッフや魔法少女達が食事したり休憩できるようになっている。
なので、二人の仲が悪いのを食堂のおばちゃんが見てしまって噂になるとかそういうことはないのだが。
「……あの二人はなんで喧嘩してるの?」
「例によってお互いの言うことがかぶって、それが気に入らないそうです」
バレンタインの時で慣れたのだろう柚那はそういって二人を気にせずコーヒーを一口飲んだ後ケーキを口に運ぶ。
ちなみに朝陽は二人を止めようとタイミングを計っているのだが、なかなかそのタイミングがとれないでいるようだ。
「そうか。そんなに二人が仲が悪いんじゃ何かあったときに連携とるのも難しいだろうし、都さんに言ってはるなちゃんと恋を入れ替えるか」
わざと大きめの声でそういうと、思った通り喧嘩がぴたりと止まった。
「恋は戦闘向きじゃないけど、頭は相当いいから深谷さんの補佐を任せても安心だし、同期だから連携もとりやすいだろうしね」
そう言いながら柚那に視線で合図を送ると、柚那は目でうなづいて口を開く。
「朱莉さんの言うとおり、いざという時の連携に不安が残るようなお隣さんだと県民の皆さんも心配でしょうからそれがいいでしょうね。都さんはこういう話ならノーとは言わない人ですし、とりあえず先に恋のほうに話を通しましょうか」
「「そ、それだけは!」」
仲が悪いのになんで光ちゃんまで声を揃えるのやら……本当に仲良しだなこの二人。
「だったら仲良くしなよ」
「「それだけは嫌です!!」」
『君たちは離れたいのか?離れたくないのか?』なんて聞いたら絶対に離れたいって言うだろうから聞かないけど、この二人、正直かなり面倒くさい。
さて、本音はわかっているけど、どうやってこの二人を素直にさせたらいいものか。
「そもそも…」
俺が悩んでいると、仲裁しようとしていた喧嘩が収まってしまって置いてきぼりにされていた朝陽が口を開く。
「そもそも、お二人はどういう関係なのでしょう。ただ群馬県民、栃木県民というだけではちょっと説明がつかないような気がするんですけれども。ただ隣の県が鬱陶しいとかあっちよりこっちのほうがいいとか、そんなことで同じ服、同じメイクをして、息ピッタリに喧嘩できるものなんでしょうか」
……朝陽は変な所で鋭いな。
「それは……」
「その……」
はるなちゃんと光ちゃんは言いづらそうに口をつぐむ。
最初に会った日、二人の態度に違和感を感じた俺と柚那はこっちに帰ってきてから二人の資料を見たが、その内容は朝陽には…というより、他の誰かに二人のことを話してはいないので、朝陽が感づいたのはなんとなくとか、直感とか…もしくはシンパシー的なものだろう。
「もしかして、お二人は双子なのではないですか?」
朝陽の問いに二人は答えない。
沈黙は金、雄弁は銀などというが、沈黙自体が雄弁なときもある。
今回はまさにそういうケースだろう。
「そうですか……でしたら、気持ちはなんとなくわかります。何をやっても相手のほうが上手くいっているような気がして、それが気に入らないんですのよね」
二人はこれにもふてくされたような表情をするだけで答えようとしない。
「私にも、以前妹がおりました。よく出来た妹で周りの大人達からはすごく愛されていた子でした」
朝陽が以前と言ったことで、妹子がどうなったのか察したのだろう。二人の表情が明らかに変わった。
「悔しくて、寂しくて、妬ましくて、妹を恨んで……私は妹のことが大っ嫌いでした」
「お話中ごめんね。朝陽、あとは任せても大丈夫?」
「…はい。お任せください」
柚那の意図に気がついたのか、朝陽はにっこりと笑って力強く答える。
「じゃあよろしくね。カフェテリアには誰も入れないようにするから」
臨時の会議室として使われることもあるカフェテリアは取り込み事があるときは入り口の札をクローズにしておけば誰かが入ってくることはない。
「さあ、朱莉さん。私達は撮影もありますし、行きましょう」
柚那はそう言うと俺の腕をつかんでカフェテリアの外に連れ出した。
ちなみに、俺も柚那も午後まで撮影の予定はない。だからこそ都さんは柚那にはるなちゃんと光ちゃんの案内役をやらせたんだろう。
別に柚那が案内を面倒くさがって朝陽に押しつけたのではないと思うし、朝陽の体験談を話すことではるなちゃんと光ちゃんの仲が良くなればいいと考えてのことだろうが、それでもちょっと押しつけ方が強引な気がする。
「なあ、柚那。何で朝陽に任せたんだ?」
「朝陽は夕陽がいましたし、双子のことは私たちよりわかっているはずですから」
それは俺も思ったんだけど、どうにもそれだけじゃないような気がする。
「それだけ?何か他にも理由があるんじゃないのか?」
「それだけですよ。このバレンタインで、愛純は恋をして自分の道を決めて、朝陽は自分と夕陽のことを今までよりも少し理解することができた。そしてそのことを確認することができる機会が丁度やってきた。妹のような朝陽が成長できるなら、その機会に背中を押してあげるのは私の役目。……朱莉さん風に言うなら、こんなところでしょうか」
「俺はそんな鼻につく言い方はしないだろ」
「心のなかでは考えているくせに」
確かにそんなこと考えていることも無きにしもあらずなので柚那のいうこともあながち間違っているとばかりは言えないかもしれないが心のなかでつぶやいたモノローグまで読まれるのは勘弁してほしい。
「わかりづらいです」
「だから、人の心を気軽にホイホイ覗くなよってこと。それはそうと、朝陽が自分と夕陽の事を少し理解したってどういうことだ?」「詳しくは聞いてないですけど、バレンタインに色々あったみたいですよ」
「……まさか朝陽にまで彼氏が?」
愛純と柿崎くんの件は祝福する気持ちがある一方で、やっぱり今でも心のなかのどこかでモヤモヤしている気持ちもあったりするので、朝陽までと考えると気が気ではない。
「花より団子の朝陽に限ってそれはないでしょうけど……まあ、もしそんなことがあるとすれば、すごい絶品料理を作ってくれるような天才シェフとかじゃないですか」
「ってことはまさか…和希!?」
「いや、ないですって。確かに和希の料理は美味しいですけど、チアキや狂華さんほどじゃないですからね」
「……なんで味がわかるのに柚那はあんな…」
「え?なんです?」
なんでもないよー。
「ならいいんですけど」
危ない危ない。すかさず心を読んでくるとは。
もし何か変なことを考えていたら即死だった。
そんな殺伐とした恋人同士の会話を小休止してふと視線を柚那からそらすと、一人の紳士を連れた狂華さんが歩いているのが見えた。
どうやら狂華さんは学園内を案内しているらしく、時々立ち止まっては施設を指さして何事か説明しているようだ。
今では都さんの秘書のような仕事はなくなったものの、ああしてお偉いさんに対して施設の案内をしたりしているので、実は狂華さんの仕事はあんまり減ってはいなかったりする。
とは言っても、ひなたさんは性格的に無理。精華さんはコミュ障で無理、桜ちゃんは基地詰めで無理ってことで、教導隊でほかにああいうことができるのはチアキさんくらいなのだが、チアキさんではどうしても知識的に難しいということもあったりするので、どうしても狂華さんにお鉢が回ってきてしまうことが多い。
「…お偉いさんの相手とか、大変だよな狂華さんも」
「そうですよね」
俺の視線の先を見て、柚那も同情したような声を出した。
と、こちらに気づいた狂華さんが引き連れていた紳士をつれてこちらにやってくる。
「俺、なんかマズいこと言ったか?」
「いえ、特にそんなことはないと思いますけど…」
近づいてくるにつれて狂華さんに特に怒っている様子はないことが見て取れたので、たまたま近くにいた俺達を紹介するつもりなんだろうくらいに思っていたのだが、狂華さんの連れていた紳士の首から下がっているビジターパスに書かれている名前を見て、俺は一瞬固まった。
「朱莉、柚那、こちら蛇ケ端蓮介元国連大使だ」
「……はじめまして。邑田朱莉です。姉子さんにはいつもお世話になっています」
「え……あ!伊東柚那です、私も姉子さんにはいつもお世話になってばかりで」
一瞬姉子が誰だかわからなかったようだが、すぐに思い出せたようで柚那が慌てて頭を下げる。
「ここでは、堅苦しいのは抜きにしましょう。今日はあくまで一保護者、蛇ケ端姉子……いえ、秋山朝陽と秋山夕陽の父として娘の様子を見に来ただけですから」
そう言って笑う蛇ケ端氏の笑顔からはどことなく朝陽と同じ匂いがした。
蛇ケ端氏の要望で学園内の案内を狂華さんから引き継いだ俺は、めぼしい学園の施設を案内し終わった後、自動販売機コーナーの横に設けられたソファで彼と並んで座っていた。
案内をしている間中、終始笑顔で説明を聞きながら相槌やちょっとした質問くらいしかせず、これといって自分から発言をすることのなかった彼はここでも楽しそうに缶コーヒーを手で弄っているだけで、話をする気配がない。
わざわざご指名で俺に案内をさせたくらいなのでてっきり『娘に手を出すな!』とか『娘をたぶらかしおって!』とかそんなことを言われるのではないかとちょっと覚悟していたのだが。
「あの、俺…私の自意識過剰だったらすみません。蛇ケ端さんは、姉子さんのことで何かお話があったんじゃないですか?」
「そうでした。私としたことが可愛らしいお嬢さんとの時間が楽しくて、ついうっかりしていましたね」
やっぱり何か文句言われるのか。蛇ケ端さんがいわゆるモンペだとは思わないが、姉子は蛇ケ端さんにとっては唯一の娘だし、俺達が姉子を魔法少女にしたのではないとわかっていても、やはり文句の一つも言いたくなるところだろう。
「……昨日、娘が実家に帰ってきましてね。チョコレートをくれたんですよ。箱入りに育ててしまったせいか、お恥ずかしい話、いままであれがほしい、これがほしいとは言ってくれるのですが娘が何かをくれる…しかも大好物のチョコレートを贈ってくれる日が来るとは思ってもみませんでした」
なるほど、朝陽が昨日の行動について言葉を濁したのは実家に帰ってお父さんにチョコをあげたというのが気恥ずかしかったというわけだ。
「姉子さんは少し人見知りなところはありますけど、きちんと挨拶もできるし、お礼も言えるしっかりした娘さんだと思いますよ。しっかりとしたご両親に育てられたのだなと思うことが多々あります」
「情けない話ですがそれもすべてあれの母親に任せきりでしたので、私は特に何もしてやれなかったのですよ。それに前の妻のことでも娘には大変な負担をかけてしまいました。姉子が母親と妹を失った悲しみを少しでも忘れられればと思ったのですが、早計でした」
朝陽が俺達の仲間になった少し後、父親が継母と離婚したらしいという話は朝陽から聞いていたが本当だったようだ。
それで朝陽の心の傷が癒やされるわけでもないし、継母側に立ってみれば連れ子の慰めのために結婚されたのではたまったものではないと思うのだが、心底後悔している様子の彼の顔を見ているとなんとなく責めることができなかった。
「実は、昨日娘に家に帰ってこないかと聞いたんです。しかし娘の答えはノーでした」
だろうな、と思った。
そうでなければ朝陽は今朝の時点で寮に帰ってきてはいなかっただろうし、カフェテリアではるなちゃんと光ちゃんの仲裁もしていなかっただろう。
そして、朝陽がその答えを返したのなら、俺の答えも朝陽は返さない。だ。
「申し訳ありませんが、姉子さんがそう返事をしたのであれば、私は彼女の意見を尊重します。誰に頼まれようと、命令されようと彼女が嫌がるのであれば、断固阻止する。それが彼女の上長で、彼女を預かっている私の役目だと思っていますので」
「すみません、私の話し方が悪かったですね。朱莉さんに姉子の説得をお願いしようと思ったのではないのです」
そう言うと、蛇ケ端氏はおもむろに立ち上がり、床に膝と手をついて頭を下げた。
「ちょ……や、やめてくださいそういうの」
「娘は言いました。今、自分は幸せだと。仲間がいて毎日がとても充実していると。この場所にいる人が好きだと、私の目をしっかりとみつめてそう言って頭を下げました。であれば、親である私にできるのは、こうして娘のことをお願いすることだけ。ふつつかで至らないところも多い娘ですが、どうか……どうか娘をよろしくお願いします!」
(なんだ、いいお父さんじゃん……)
「顔を上げてください、娘さんは私が責任をもってお預かりしますので、任せて下さい」
「本当ですか!?ありがとう、ありがとう!」
蛇ケ端氏はそう言って男泣きをしながら俺の手を握ってブンブンと上下に振る。
「そうと決まれば善は急げですな。至急準備に取り掛からなければ」
準備ってなんだろう。実家にある荷物を運び込んだりするのか?でもそうなると朝陽の部屋だけじゃ足りないだろうな。今だって部屋に入りきらずに朝陽と柚那と愛純はウォークインクローゼットとしてもう一部屋ずつ借りてるくらいなんだし。
「ふむ……姉子の身長を考えると……まあ、なんとか」
「身長?」
「大丈夫です、万事こちらで準備しますので朱莉さんはなにも心配せずにドンと構えていてください」
「いや、ドンと構えるって、姉子の話ですよね?」
「もちろんもちろん」
「じゃあ俺、関係ないですよね?」
「………え?」
「え?」
何、なんで呆けたような表情してるのこのおっさん。
「……姉子の事をお願いしますとお願いしたら朱莉さんは任せて下さいと言いましたよね?」
「言いましたね」
「つまり、姉子を嫁に貰ってくれるということでは……」
「違います」
俺には柚那がいるし、それ以前に俺って今は女だぞ。そんな相手に娘を嫁に出すなんて正気かこの人。
「つまり姉子は弄ばれた……?」
「そもそも、俺が姉子を弄んだというか、それに準じるような何かをしたという事実はありません」
お風呂くらいは一緒に入ることもあるけど、それは別にみんなやっていることだし、特別俺がどうこうということではない。
「凶悪な魔法少女から姉子を助けて仲間に引き入れた日の夜、元いた組織を裏切ってしまった罪悪感で押しつぶされそうになっている姉子を慰めて頂いたのでは?そしてやがて2つの影はひとつに……と聞きましたが」
いや、確かにちょっと慰めたけれども。あとあの時の柚那は確かに凶暴だったけれども。
「慰めたのは、文字通り慰めただけです。でもそれは気にすんなよって声をかけたくらいの話で、別になにがどうなったという話ではないです。あの時は捕虜みたいな立場だったのでさすがに一人でいさせるわけには行かなくて、見張りをするために同じ部屋にはいましたけれどもベッドも違いました」
「……あ、あれぇ?」
あれぇ?じゃねえよ。
っていうか、朝陽は自分の父親になんてこと話してんだ。
「も、申し訳ないことを……このお詫びはいずれまた」
そう言って蛇ケ端氏は踵を返して走り去った。
その日の夜、朝陽がおしりを押さえながら部屋に謝罪にやってきたが、武士の情けで何があったかは聞かないでおいた。




