After Valentine2
精華さんの魔の手から逃れた俺が朝陽を探して放送室という名の録音スタジオの前へやってくると、予告編とPetit収録を終えたあかりとみつきちゃん。それに和希が出てきた。
「お疲れ様です、朱莉先輩」
「おおっ!?お兄ちゃんもしかして私達の出待ち?」
「うわ……キモ」
和希は軽く会釈をしてくれ、みつきちゃんは「わーい」と言いながら抱きついてきてくれたが、あかりには侮蔑的な言葉を投げかけられた。
……嫌ねぇ、うちの子ったら反抗期かしら。
「たまたま通りかかっただけだよ。中に誰かいるみたいだから誰だろうって思ってのぞうかなと思ったら三人が出てきたんだ」
「じゃあやっぱり出待ちじゃない。気持ち悪いなあ」
「…みつきちゃん、ちょっといい?」
「ほいほい」
俺はみつきちゃんを少し離れたところに連れて行ってから気になったことをみつきちゃんに確認するために口を開く。
「……もしかしなくても、あかりまたフラれたの?」
「もしかしなくてもフラれたよ」
「ああ、やっぱり……」
まだ彼氏彼女とかは早いかなとは思うけど、さすがにこうも連戦連敗だと心配になってくるぞ。
「しかも――」
「うん、ごめん。聞かなくてもわかるし聞きたくないや」
あかりがああいう態度ってことは、どうせまた俺のせいなんだろうし。
「いや、多分お兄ちゃんは勘違いしてると思うから一応言っておくと、今回はお兄ちゃんのせいじゃなくてね」
「え?俺のせいじゃないの?」
「あかりが好きな男子は、和希を紹介してほしいんだって」
「ああ、それで何か二人の距離がいつにも増して微妙なのか。でもそれならなんで俺にあんな事言うんだ?」
「和希を連れてきたお兄ちゃんが悪いんだって」
「………思春期って超面倒くさいな」
「あはは、あかりは私とちがって繊細だからね」
「みつきちゃんも繊細だろ。そうじゃなきゃあかりと一緒になんていられないって」
適度にふざけてピリピリしているあかりのガス抜きをしてあげて、適度な距離感を保ちつつ、きちんとお互いの意見でディスカッションできる相手でもなければ、良く言えば繊細、悪く言えば面倒くさいあかりがこんなに他人と一緒にいることはないと思う。
それこそ仕事や役割だったらそういうこともあるのだろうが、それだったら学校でみつきちゃんとつるむこともないだろう。
「ほんと、面倒な妹でごめんな。いつも感謝してるよ、ありがとうね、みつきちゃん」
「……お兄ちゃんって、そうやって不意打ちするの得意だよね」
みつきちゃんはそう言って照れたような表情で少し顔を赤く染めた。
「ちなみにみつきちゃんのほうは和希とはどう?この間聞こうと思ってたんだけど、みつきちゃんがあかりと二人で部屋にこもっちゃったから聞きそびれてたんだ」
「あれは閉じこもったというかなんというか……そうだね、割りと仲良くやっていると思うよ。私と和希はネトゲで一緒だし、お正月のことがあるから、あかりは絶対に和希と一緒にお風呂に入ろうとはしないけど、かと言って仕事の後全く喋らないってわけでもないし」
……なんかそれだと、みつきちゃんは和希と一緒に入ったっぽいのが気になるな。
「そういうわけだからJCのほうは心配しなくても大丈夫だよ。来年度から新メンバーも入るって言ってたし」
「リアルJCがまだいるの?」
そんなに義務教育中の子ばっかり引っ張ってきて大丈夫なのかこの組織は。
「前にも言ったけど、JCは女子中学生の略じゃないんだってば。とりあえずJCに関東甲信越をユニットとしてまとめるっていうことで、深谷さんとか、栃木の光ちんとか、群馬のはるなっちとか。新潟と長野はなんか渋ってるらしいけど、千葉と茨城も山梨もやる気満々って話だよ」
「結構大所帯のユニットだね。みんなでPetitやるの?」
「実はまだオフレコなんだけどここの放送室じゃ収まりきらないから、今のPetitとは別に、6月から金曜日の魔法少女☆レディオを私達三人以外のJCがやるんだってさ」
「それにしてもスタジオがワイワイしすぎじゃない?群馬栃木茨城千葉埼玉長野新潟山梨神奈川で、全部で……あれ?そういえば神奈川は?」
「今回もソロだってさ」
「まあ、あの子って強いから徒党を組む必要がないもんね」
限定的な魔法ではあるが、ご当地の中で最も戦闘向きなのは彼女だろう。とはいえ、他人を巻き込む可能性の高い魔法の使い手なのでそのあたりを加味してのソロなんだろう。
まあ、どっちみち沖縄と神奈川はアメリカの魔法少女もいるのでちょっとした治外法権というか俺達の出番がない地域なのだが。
「いい人なんだけど、見た目が怖いから勘違いされがちだよね。いつもアメとかチョコとかくれるのに」
みつきちゃんは神奈川のご当地魔法少女の佐須霧香と同期で仲がよく、結構一緒に遊んだりもしている。
彼女たちのように同期同士の交流があるのは普通は当たり前のはずなのだが、寿ちゃんとこまちちゃんの世代は二人以外途中リタイアで没交渉だし、俺と柚那の代は寿ちゃんたちほどではないものの、普段は深谷さんくらいしか交流が無かったりする。
そのせいで俺はバレンタイン企画のアンケートを取るまで同期で元群馬のご当地魔法少女だった高前恋が秋田に異動になってたことを知らなかったくらいだし。というか、忘年会で会った時にでも教えてくれればよかったのに。
「ま、確かに佐須ちゃんは見た目が怖いよね」
別に背中に文字が入っているとかいうわけではないが、変身後のシルエットがまるっきり特攻服だし。
「でも霧香はああ見えて、几帳面に日記つけてるんだよ。その日記帳もアンティークな感じの鍵付きの日記帳で凄く可愛いし、それにああ見えてすっごい丸文字なんだよ」
「あんまり想像つかないな」
佐須ちゃんは意外にギャップ萌えの素質があるのかもしれない。
「まあ、それはそれとして、俺はあかりのご機嫌をとったほうがいいかね?」
「お兄ちゃんじゃ余計に怒らせるのが目に見えてるから私がやっとくね」
「いつも悪いね。じゃあこれ、少ないけど経費ってことで。どっかであかりと和希と一緒にケーキでも食べてよ」
「あはは、いつも悪いね」
俺の口マネをしながら、みつきちゃんは俺が差し出した一万円の札を、受け取ると折りたたんでスカートのポケットにいれた。
「本当にありがとうねお兄ちゃん。先輩としては二人に奢りたいんだけど、なかなかお小遣いがつづかなくて……ほんといつも助かってます」
みつきちゃんは手を顔の前で立てて俺を拝むようにしてそう言った。彼女はこういう時、妙におっさん臭い。
「いやいや。こっちこそいつもありがとうって感じだから気にしないで」
みつきちゃんとあかり、それに和希は収入の総額は俺とそう変わらないのだが、みつきちゃんの保護者であるチアキさん、あかりの保護者であるうちのおふくろ。それに和希の身元引受人の俺の意向でお小遣い制になっている。もちろん三人の稼ぎは別に積み立ててあるのだが、若いうちから大金を持つのはあまりよろしくないだろうということでそうなっていて、三人も合意してくれている。
「二人のこと、これからもよろしくね」
みつきちゃんは初対面やあまり慣れていない人には横柄に出たり人見知りをしたりするが、一度仲良くなってしまえばところとんまで親身になって深い付き合いをするので、彼女に二人を任せることには何の不安もない。
「うん、任せておいて!」
そう言ってみつきちゃんは、あかりよりちょっとだけ大きな胸をドンと叩く。
その得意満面の顔と、態度をみて安心した俺は自分が校舎内をうろうろしていた理由を思い出した。
「あ、そうだ。そういえばみつきちゃん、朝陽見なかった?」
「え?見てないけど……もう撮影はいってるんじゃないの?」
「あ、そっか。別に探しまわらなくても撮影場所の教室で待ち伏せすればいいんだな。えーっと…」
俺はブレザーのポケットにねじ込んであった台本と予定表を取り出して朝陽の撮影スケジュールを確認する。
「温水プールか」
「………本当に?プールで泳いでいる子の水着みたいとかじゃなくて?」
なぜここでみつきちゃんに疑惑の目を向けられなければいけないのか。
「本当だって。ほらここ、ちゃんと書いてあるだろ?な?」
おれは朝陽の予定表のところを指さしてみつきちゃんにつきつける。
「いや、別にお兄ちゃんが水着を見たいというのならそれでもいいと思うけどさ」
「違うってば!みつきちゃんは一体何を根拠に……」
「だってこれ、9時台の撮影スケジュールだよね」
「おう。だから今9時台だろ?」
「今、58分だよ?9時から始まったなら、朝陽の撮影は多分終わっていると思うけど」
あ、ホントだ…
「…知ってたよ」
「知ってたならやっぱりだれでもいいから水着みたいだけじゃん」
「し、知らなかったよ」
「今さらそんなこと言われても信用できないって……」
「そうか、なるほど。これが冤罪ってやつか。だめだぞみつきちゃん。証拠もないのに人を痴漢呼ばわりしちゃ」
「一ミリも冤罪じゃないと思うよ」
ツッコミを入れる風でもなく、かと言って怒っているわけでもなく淡々と言うみつきちゃんの口調が逆になんか怖い。
「ま、まあどっちにしても10時台の朝陽の予定は空きだから、プールでどこ行ったか聞かなきゃじゃん?」
「そうだね。そういう情報は必要だよね……だから、柚那には黙っててあげるね」
「はい、ありがとうございます……」
「私、幸せ魔法少女計画とは別に、バレンタインのプレゼントにESの新しいのがほしいな」
「後日、お住まいにお届けいたします」
最近みつきちゃんが悪い友達 (どっかの妹)の影響を受けているみたいで、お兄ちゃんは心配だよ。
三人と別れて温水プールにやってくると、この時間帯の撮影はないため撮影クルーはいなかったが、待ち時間をプールで過ごしている関西チームに出くわした。
「えーっと、あの三人はなにしてんの?」
袴だの十二単だのでプールの中を練り歩いている三人とは別にプールサイドで本を読んでいたイズモちゃんに尋ねると、彼女は一度顔を上げて俺を一瞥して本に視線を戻した。
「修行だって。水の中を着衣の状態で歩くことでなんとかかんとかって楓が言ってた。バカの考えることはよくわかんない」
「そ、そう」
まだ怒ってるなぁイズモちゃん。まあ、昨日の今日だからしょうがないけど。それに対して楓さんのあの楽しそうな笑顔ときたら、あれは昨日イズモちゃんにしたこと絶対忘れてるぞ。
ちなみに喜乃ちゃんは楓さんと同じように楽しそうな顔で、鈴奈ちゃんはげんなりした顔で楓さんの後について歩いている。
「そういえば鈴奈ちゃんは無事に編入されたんだね」
まだあれから9時間くらいしか経ってないけど、一緒にいるんだからおそらく朝陽や和希と同じような扱いなのだろう。
「……」
「え、なんで俺が睨まれるの?」
「朱莉が余計な前例を作ったせいで迷惑してるから」
「鈴奈ちゃんが入ると何が迷惑なの?戦力増えるし楽になるでしょ」
「喜乃は楓に執心だし楓は鈴奈の潜在能力にご執心。実力差がわかった鈴奈は今は楓に絡まれたくないしで……あとはもうこの先の展開が予想できるでしょ」
「なるほど。喜乃ちゃんからは楓さんがかまってくれない。楓さんは鈴奈ちゃんが本気で戦ってくれない。鈴奈ちゃんからは楓さんをなんとかしてほしいみたいな、みんなの面倒くさい愚痴やら相談やら聞かされてイズモちゃんは超ハッピーってわけだ」
「なんでそうなるの!」
「だって、まんざらでもないでしょ。喜乃ちゃんのことも鈴奈ちゃんのことも、もちろん楓さんのことも」
「別にそんなんじゃないわよ」
「はいはい。ごめんごめん」
イズモちゃんは絶対に喜乃ちゃんのことも鈴奈ちゃんのことも好きだと思うけどね。
「ところでイズモちゃん。これで関西は落ち着くかな?」
事実、橙子ちゃんがこちら側に寝返って以来、東北は落ち着いているらしい。
状況が完全に収まった、ではなく落ち着いているなのは七罪がらみの襲撃は収まっても月の裏側から来ているという部隊のほうが収まっていないからだ。
「朱莉が心配している怠惰の魔法少女は関西にはいないと思うから落ち着くと思う。というか、そうやって私に聞くってことは私を疑ってるってこと?」
「ユウに尋ねたら怠惰は魔法少女にはいないって言ってたからそれはないよ。ただ、関西が落ち着くなら関東だけに集中できるようになっていいかもしれないと思ってさ」
「それは、中部もこっちでやれってこと?」
「平たく言えばそういうこと。関西はひなたさんのお陰でご当地もパワーアップしてるだろ?三重…できれば愛知までお願いしたい」
「それは全国どこでも同じでしょ中部がきついなら中部地区でもう1チーム作ればいいだけだと思う。そもそも関東は今戦力が余っているんじゃないの?」
「その分、七罪が残ってるんでね」
「……残ってる七罪ってあれよね?」
「そう、あれ」
イズモちゃんにとってはちょっとしたトラウマになっているかもしれないユウの名前はなんとなく口に出すのがはばかられる。
「それにうちの戦力ってほとんど七罪だからね。関東のご当地は万が一の事態に対応するためにパワーアップは必須だし中部まで見てられないっていうのが正直なところなんだよね」
「朱莉まで裏切るなんてことはないことを願うけどね……」
「よっぽどのことがない限りはそれはないよ。例えば防衛省やら自衛隊の幹部連中が全部の責任を都さんに押し付けて殺すとかそんなことしようとしない限りはね」
「それは別に関東に限らないでしょ」
「だよね」
本当にそんなことにならないといいけど。
そんなことになったら、日本国対とまではいわないけれど、自衛隊士官+防衛省官僚対魔法少女くらいのことは覚悟してもらわなくてはいけない。
「まあ、都さんのことはともかく、うちと関東の仕切りについては楓と話して。リーダーなんだから」
「楓さんが、そんな面倒なこと…いや、楓さんと話したらむしろ静岡までごっそり持って行ってくれそうな気がしないでもないんだけど。大丈夫?」
「はあ……愛知まで面倒みることにする。ついでに北陸もね。静岡と岐阜まではそっちでいい?」
楓さんに任せると俺の言ったようなことになりそうだと考えたのだろう。イズモちゃんは大きなため息をついた後で譲歩案を口にした。
「ありがとう。助かる」
「別に。一応言っておくけど貸しだからね」
「了解、そのうち返すよ。ところでイズモちゃん、朝陽見なかった?さっきまでここで撮影だったはずだけど」
「ああ、朝陽なら柚那とやたら仲の悪い姉妹みたいなのがきて連れて行ったけど」
「姉妹?」
「何か左右対称の髪型で同じ服の白と黒を着ている子たち。制服の採寸と見学に来たとか言ってたけど」
「ああ、はるなちゃんと光ちゃんか。どこにいくっては言ってなかった?」
「採寸は終わってるって言ってたからどこかを見学してるんじゃない?」
「だとすると……」
「今撮影してるのは一年の教室と体育館だけ」
台本を取り出すよりも早くイズモちゃんがそう言った。
「ありがとうイズモちゃん」
「貸し、もうひとつね」
「……了解」
これ以上負債がが膨らむ前に俺はさっさと移動することにした。




