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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編
8/804

彼女”も”友達が少ない

 まあ、色々とかっこいいことを考えたり、チアキさんに大見得切ったりしたが、そもそも33年間彼女なしで生きている俺が、女性の心のケアをしようということ自体がおこがましかったのだ。


 チアキさんとの飲み会の後、狂華さんにそれとなく話を聞いたり、みつきちゃんとの和解を促したりしてはいるのだが、狂華さんは俺のさりげない素振りの裏に隠れている意図をそれはもう見事に見破り、そのたびに俺は蔑みの視線とともに無視をされるという生活が続いていた。


 一応無視される期間は次の日の朝にリセットされるらしく、朝になれば狂華さんは挨拶に応じてくれるが、昼過ぎには俺がまた狂華さんのご機嫌を損ねて無視が始まる。それが俺と狂華さんの最近のタイムスケジュールだ。


「なんや、元気ないな。狂華も不機嫌だし、喧嘩でもしたんか?」


 撮影の最後のシーンが一緒だったひなたさんが、明らかに険悪な俺と狂華さんを心配してくれたのか、声をかけてくれた。


「いや、まあ…みつきちゃんの事で最近ちょっと険悪でして」

「ああ、なるほど」


 一言だけで、俺と狂華さんの現状を悟ってくれたらしく、ひなたさんは苦笑いを浮かべた。


「朱莉はこのあと時間あるか?」

「30分くらいなら」


 みつきちゃんとの待ち合わせの時間を考えると30分後くらいにはここを出ないとまずい。本当は出かける前にシャワーを浴びたいので、すぐにでもシャワールームへ行きたいのだが、狂華さんから連日浴びせられる蔑みの視線や無視攻撃に限界が来ていた俺は誰かに話を聞いてもらいたかったので、ひなたさんの誘いに乗ることにした。


「そか。じゃあ一緒に風呂行こか風呂。大浴場。話は途中で歩きながらと風呂に入りながら聞いたるから」

「…あ。はい」


 約束の前に風呂にはいれるのはいいけど、この人、一緒に風呂に入ると、やたらと体を触ってくるんだよなあ…。


 案の定、ひなたさんは大浴場に入るなり「背中流したる」と言いだし、俺が柚那からもらったヘチマたわしを奪い取ると、あろうことかそれを投げ捨て、自分の体にボディソープをかけると自分の胸で俺の背中を洗い始めた。


「これ、男のロマンだよなあ。まあ、ロマンなだけでやってるほうはなんも気持ちよくないんやけど」

「だったらやめてくださいよ」


 中身がおっさんなのに、二人で何やってんだ俺たち。

 いや、確かにこう、ひなたさんの胸の感触とか、乳首の感じとかが背中ごしに伝わってはくるんだけど。

 そしてその感触は決して嫌な感触ではないんだけど。

 じゃなくて


「俺は真面目に悩んでいるんですよ」

「んー…わかってるよ。わかってるから、うちも真面目に茶化しとるんやで」

「なんですか、真面目に茶化すって」

「相手が不愉快にならない程度に気持ちをリラックスさせてあげるっちゅうか…まあ、緊張をほぐしてから話したほうがいいかなと思ったわけや」


 いや、たしかに不愉快ではないけど、こんなん俺の中の男の部分が逆にガチガチになるわ。


「俺はそんなに緊張していませんよ」

「そんなこと言って、実は心に秘めたナニはガチガチになってるやろ」


 見破られたぁ!


「…そんなことはありませんけど」

「いや、顔赤くして目が泳ぎまくってるのにそんなこと言っても説得力ないで。まあ、そういうのも健康な証拠や。照れんでもええって」


 相性が悪いのか、俺はどうもひなたさんにはペースを乱されがちだ。

 …まあ、俺がペースを乱さずにすむ相手なんて、魔法少女の中には一人もいないんだけどね。


「それで、みつきのことで狂華にちょっかいかけて、毎日避けられてるって?」

「ええ、まあそんな感じです」

「チアキあたりがなにか吹き込んだのかも知れへんけど、あの件は狂華もみつきもちゃんと折り合いつけているんやし、別に朱莉が気をもむ必要なんかないんやで」

「そうはいいますけど、やっぱり気になりますよ」

「そか。でも冷たいようやけど、みつきはもう部外者で狂華は関係者。そのへん、忘れんようにな」

「…ひなたさんは狂華さん派ですか」

「いや、あの件に関しちゃみつき派かな。あれは事故だし、狂華が大人げなさすぎる。今の助言はあんたに対しての話。楽しく学園生活したいやろ?だったら長いものに巻かれるっちゅうのも選択肢の一つっちゅうことやな」

「だけど…」

「放っておくのも優しさやで」


 ひなたさんはそう言うと、シャワーヘッドを手に取り、俺の頭の上から水をかけた…って、水!?


「冷…ちょ…うぷ…」


 一般の家庭用水道よりも水圧の高い大浴場のシャワーは俺に容赦なく冷水を浴びせかけ続ける。だが、俺だって魔法少女になってからそれなりに修羅場をくぐってきた。

この程度の状況、ひっくり返すまではいかなくても相討ちに持ち込むくらいならできないことではない!


「あははは、ちょっとは頭冷え…ちょ、お前なにすん…あばばばば」


 俺はひなたさんの手からシャワーヘッドを奪い取ろうと試みたが、相手もさるもの。手首をつかんでヘッドの向きをひなたさんに向けるのが精いっぱいだ。そして、ひなたさんもやられっぱなしではなく、空いていたほうの手で自分のほうを向いていたシャワーをこちらに向けようとする。


「朱莉ぃ、先輩のやることに逆らったらあかんなあ」

「ははは、ひなたさんは後輩いびりをするタイプじゃないと思ってたんですけどねえ」


 俺とひなたさんの力は拮抗しており、現在シャワーは二人のどちらの方向も向いておらず、洗い場の床に向かってただ無為に水を吐き出し続けている。

 と、不意に大浴場の引き戸が開いた。

 そこに立っていたのは撮影終わりの柚那と一年生チーム。そのメンツの中に自分のチームの人間を見つけたひなたさんは、卑怯にも援護を要請する。


「おう、ちょうどよかった。桜、手伝え!」

「いやですよ。何が原因かわかりませんけど、自分の喧嘩は自分でしてください」

「なっ、薄情もの!」

「ふっふっふ、人望なら俺のほうが上ってことですね。柚那!俺を助けてくれ!…って、あれ?柚那?どこいった?」

「はん、朱莉のほうこそ仲間に見捨てられてかわいそうになあ」

「く…だったら俺は、俺だけの力であんたに勝ってみせる!」

「できるもんならやってみい」


 柚那を除く一年生チームはバカバカしい喧嘩をしている俺たちの横を通り抜け、各々洗い場で髪や身体を洗い始めた。


「もー、何が原因か知りませんけど、こんなの見つかったらまた狂華さんに怒られますよ」


 しばらくしていち早く身体を洗い終わった桜ちゃんが溜息交じりにそういって湯船へと向かう。


「別に怒られるくらいどうってことないわ!」

「はいはい、そうですか。朱莉さんも、ひなたさんのバカに付き合ってると、柚那に嫌われますよ」


 そう言って湯船に飛び込むと、桜ちゃんは「極楽極楽」とつぶやくと幸せそうに眼を閉じた


「コラ桜!バカとはなんやバカとは!」


 湯船ですっかりいい気分なのか、桜ちゃんはひなたさんの言葉には答えずに鼻歌などを歌っている。


「チャンス!」

「チャンスって声に出したらバレバレやアホが!」


 俺もひなたさんも何が原因だったとかどうしたかったとかいうことはもはや頭にない。これはもうただの意地の張り合いだ。しかし、その意地の張り合いというのが厄介で、どんなに力を入れてもお互いシャワーヘッドを動かすことはできず、膠着状態。


 そして、そのまま3分ほどの時間が流れた時だった。


 ガラっと先ほどと同じ音を立ててガラス戸が開く。

 そこに立っていたのは柚那!

 なんという激熱展開、チャンスを通り越してこれはもう大当たり確定じゃないか。

 …と、思ったのも一瞬だった。

 入口に立っていた柚那の目は虚ろで、両手に包丁を持っていた。

 俺はこんな感じのモンスターを知っている。

 今ではあまり見かけることのなくなった、スーパーがつかなかったころの家庭用ゲーム機。

 不朽の名作RPGの4作目。

 えーっと…ほら、あれだ。あの…そう!エス○ーク!


「朱莉さん」

「は、はい」 


 柚那から放たれるどす黒いオーラの迫力に、俺の声が裏返る。

 まあ、なんだ。正直超怖い。エス○ークっぽいということを差し置いても今の柚那はものすごく怖い。


「その女が私の敵ですか?」

「いや、違う。違うぞ柚那。だから落ち着け」


 今現在、ひなたさんは俺の敵であって、別に柚那の敵ではない。 

 いや、柚那に加勢してほしいのはやまやまだが、今の状況で柚那がひなたさんをエネミーとして認識するのは非常に危険な気がする。


「でもその女、相馬ひなたですよね?」


 先輩や年上に対しては基本敬語の柚那のキャラがぶれている。これは本格的に危険だ。


「そうだけど、多分柚那は誤解してるぞ、ひなたさんは超いい人だぞ」


 セクハラするけどな。


「相馬ひなたなら私の敵です!どいてください朱莉さんそいつ殺せません!」


 そう言って包丁をこちらに向けてひなたさんにロックオンしようとした柚那の手から、突然包丁が消えた。


「…魔法少女同士での刃傷沙汰はご法度よ」

「おお精華!ちょうどいい、こっち手伝ってや。一緒に朱莉に魔法少女の洗礼受けさしたろ」

「そんな洗礼ないわよ」


 そう言いながら近づいてきた精華さんがシャワーヘッドに触れると、その場から忽然とシャワーヘッドが消え、残ったホースから勢いなく水があふれ出す。

 これが彼女の得意魔法、昏き混沌の穴…厨二全開のネーミングだが、要するにブラックホールだ。さきほど柚那の手の中から包丁が消えたのもおそらくこの魔法だろう。

 ……ちなみに精華さんにネーミングについて突っ込むと無言で泣き出すので突っ込みは厳禁である。

 シャワーヘッドを消し去った精華さんはそのまま俺たちの前を通り過ぎ、ほかの子たち同様洗い場で身体を洗い始めようと椅子に腰かけたところで「あ、そうだ」と声を上げた。


「朱莉、時間大丈夫?さっきこの後予定があるとか言っていなかった?」

「え?」


 精華さんに言われて脱衣所にある時計に目をやると、時計の針はもう出発しなければいけない時間を指していた。


「やば!急がなきゃ!柚那、行くぞ」

「ちょい待ち。朱莉、これで身体についた泡を落としな」

「ありがとうございます!」


 お礼を言ってひなたさんからシャワーのホースを受け取り自分の身体に向けて冷水を浴びせかけた俺は「ひょぇぇぇ」とマンガのような悲鳴を上げた。




 さっきまで狂華さんのことを大人げないなあとか、そんなに長い間、人を怨めるものなのか?とか思っていたが、世の中には絶対に許せない人間がいるということを俺はついさっき学んだ。

 もちろん、狂華さんの気持ち、みつきちゃんの気持ちとはまた違ったものだし、事のシリアスさは段違いだ。

 だが、俺はあの女を許さない。今の俺の心の中をキャッチコピー風に表すならば『ひなたダメ、絶対』だ。


「ちくしょう、ひなたさんめ、いつか復讐してやる」

「だからあの時、私に任せてくれればよかったんですよ」


 俺が走らせている赤のマスタングの助手席で正気に戻った柚那が口をとがらせる。

 ちなみにこの車は、足車が欲しいなと思って柿崎君に適当に見繕ってと頼んだところ、彼の趣味で買ってこられてしまったものだ。

 頼んだ当初は燃費のいいコンパクトカーがよかったなーなんて思っていたが、今では踏めばスピードが出るエンジンのパワーも、国産車にはないイカしたボディデザインも気に入っている。当たり前だが前職のころに乗っていた原付とはパワーもデザインも価格も桁違いだ。 


「あそこでお前に任せていたら俺は冷水じゃなくて血のシャワーを浴びかねなかっただろ」

「いやあ、私そんなに強くないですよ。せいぜいちょっと切り傷つけられたらいいかなくらいのもので。あ、もちろんそんな大けがじゃなくて、ちょっと思い知らせたいっていうだけで…勘違いしないで下さいよ!私そんなに怖い子じゃないですから」


 取り繕っても十分病んでいるよ。ヤンデレだよ。怖いなあもう。

 どいて殺せないとか言ってたでしょうが、どこのS県月宮だよ。


「柚那が強くないのは知っているよ。だから俺は柚那の血のシャワーなんて浴びたくないって言っているんだ」


 柚那が包丁をもって現れた時に一言も声を発さずに柚那を見ていたひなたさんの目は、戦闘中の敵を見る時のそれだった。

 いつも「猛虎魂や!」なんてことを言っている彼女らしい、肉食獣の、狩りをする側の目。

 阪神ファンでもない彼女がなぜ猛虎魂を持っているのかは謎だが、彼女は強いし戦い慣れしている分、実戦ではある意味残酷といえるような決断や判断を平気でできる人だ。

 そんな残酷な決断をすることができる人を向こうに回しては、実戦でも私生活でも残念な決断や判断をしがちな俺や柚那では絶対に勝てない。

 柚那にとってはちょっとしたおふざけだったかもしれないが、あの時ひなたさんのスイッチは完全に入ってしまっていた。

だからこそ俺は場を和ませようとしたし、精華さんは大慌てでやってきて大した脅威ではない柚那の包丁のほうを優先して処分した。

 あそこで俺たちがなにも対処をせずに一触即発、ひなたさんが魔法少女になっての戦闘なんてことになっていたら、柚那に限らず、あの場にいた子たちからもケガ人が出ていただろう。

 現・関西チームリーダー『猛虎ひなた』の名は伊達ではないのだ。


「そ、そういう怖い冗談言わないでくださいよ」

「冗談だと思うか?」

「……」

「頼むから、ひなたさんに喧嘩を売るとか、そういうことで心配させないでくれ。あの人とガチでやりあったら、俺が助けに入ったってお前を守り切れないでケガさせちゃうかもしれないんだからさ。」

「……」

「そう不満そうな顔するなよ。俺は柚那に怪我なんてしてほしくないだけなんだから」


 俺の表情を見て、本気であることを悟ったのだろう。柚那は下を向いて、小さな声で「ごめんなさい」と謝った。

 だが、謝りながらもなぜかちょっと嬉しそうな顔で笑っているのが気になる。本当に反省しているのだろうか。


「…反省してくれたのならいいんだけど。でも、なんでついてきたいなんて言ったんだ?柚那はみつきちゃんの事が苦手なんだろ?」

「まあ、確かにみつきは苦手ですけど気になりますもん」

「ははは、確かにみつきちゃんは妹系だから放っておけないって気持ちはわかるな」

「え?…ああ!そうですね!みつきは妹っぽいですし」

「だよな…もう引退したんだし、平和に楽しく暮らせるようにしてやりたいよな。それに狂華さんとのこともなんとかしてやりたい」

「そうですね」

「なあ…柚那も俺が余計なことをしていると思うか?」

「余計なことかもしれませんけど、そういうことをせずにいられない朱莉さんが好きですよ」


 そんなシリアスめいた話から仲間たちの他愛のない話などをしているうちにドライブの時間はあっという間にすぎた。

 みつきちゃんと待ち合わせをしているのは今彼女が住んでいる地域からほど近い、埼玉県K市の公園だ。

 そしてこの公園は、俺にとっては実はなじみ深い公園でもある。中学の時に家の都合でこの公園のある街へと引っ越してきて、それからかれこれ20年近く住んだ。

 引っ越してきた時期が中2の終わりという微妙な時期だったため、そのまま元いた中学へ電車で通い、高校と大学は都内の学校に進んだ。そのためこの街に昔を懐かしむような友人はいないが、そんな中、毎日近道として通り抜けさせてもらっていたこの公園は俺にとっては、故郷の思い出を代表する場所だと言える。


 学生生活をこの地で送らなかったという事情で俺自身は近所づきあいが少なかったとはいえ、もしかしたら委員長ちゃんは近所の子…いや、姪っ子のあかりと同級生ということは下手をすればあかりと一緒に俺の住んでいた実家に来たことのある子の可能性もある。

 そういう不慮の状況にも対応できるよう、多少の事では動揺しないようにしっかりキャラづくりをしていかないと。

 そんなことを考えつつ、柚那と二人で車に寄りかかりながら今日のプランや、俺のキャラについて話し合っていると後ろからみつきちゃんの元気な声が聞こえた。


「お兄ちゃーん!」


 …ああ、みつきちゃん、なぜ君は俺のキャラづくりプランを一言で崩壊させるのか。最初に会った時からそんな感じの子なんだろうなとは思ってはいたけど、いくらなんでも予想通りすぎるだろう。

 今日の俺は劇中でも見せている素の俺とは少し違う、綺麗な隣のお姉さん的なキャラで行くつもりだったのに色々台無しじゃないか。

 まあいい。俺は大人だ。少しくらいのイレギュラーは人生経験でカバーしてアドリブをかましてやろうじゃないか。

 そう気を取り直して振り返った俺の視界に入ってきたのは、みつきちゃんと


 ――俺の姪っ子のあかりだった。


 そっかぁ、本人が来るかぁ…まずいなあ、このケースは全然想定してなかったぞ。

 動揺のあまり一周回ってかえって頭が冷静になるのが自分でもわかる。


「お兄ちゃん!この人がうちのクラスの委員長の邑田あかりさんだよ!お兄ちゃんと同じ名前なんだ!私も今日初めて知ったんだけどね!」


 うん、知ってる。お兄ちゃんはみつきちゃんよりよっぽど彼女のこと知っているよ。


「初めまして朱莉さん。私、邑田あかりと言います。今日は私のわがままにおつきあいいただいて、ありがとうございます。私のことはあかりと呼んでください」

「あ…うん。よろしくね、あかりちゃん。私も朱莉でいいよ」


 なんとなく、こうして他人行儀にあかりの名を呼ぶのは気恥ずかしいものがあるが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「はい。よろしくお願いします。朱莉さん」


 そう言ってにっこりと笑うあかりから視線をそらして、二人の登場シーンから無反応の柚那のほうをチラリと見ると、柚那は案の定ひとりでパニクっていた。そんなにパニクらなくてもこんなのは平然としていれば意外にバレないものだというのに、柚那もまだまだお子様だなと思う。

 そう、俺はあくまで邑田朱莉。邑田芳樹じゃないし、あかりちゃんとも何の関係もない。さあ、柚那も自己暗示をかけるんだ。


「あ、あの!わ、私、下…じゃなかった、伊東柚那と言います!朱莉さんとは親しくさせてもらっています!」


 って、アドリブがきかないにも程があるぞ、元アイドル!

 なにその『デート中に恋人の家族にばったり出くわして慌てて取り繕ってご挨拶してます』みたいな態度!


「あ、はい。それはテレビで拝見して知っていますけど、お二人はプライベートでも仲がいいんですね」

「あー、うん。そうなんだ。柚那とは一緒にお風呂にも入るし、どこに行くのも一緒なんだ。超仲良しだよ。ね、柚那?」


 別に一緒に風呂に入るのは柚那だけではないが、まあ別に嘘じゃないからいいだろう。


「ちょ、超仲良し!?嬉しいです朱莉さん!もしよかったら、その…お風呂だけじゃなくて今夜一緒に…」

「はいストップ。柚那、ちょっとこっちおいでー」


 だめだ。いったんこの子を何とかしよう。このままではみつきちゃんとあかりの教育によくない。

 俺はそう考えて柚那の手を引いて公衆トイレの裏に連れて行った。


「どうしたんですか朱莉さんこんな人気のないところに私を連れこんでいったい何をする気なんですかキャーまだ明るいのにでも私はそんな朱莉さんも受け入れる準備ができていますからいつでもどうぞ」


 句読点が入る間もないほどの早口でまくしたてると、柚那は目を閉じて少し唇を突き出した。

 俺はそんな柚那の肩を引き寄せて、脳天にチョップをお見舞いした。


「ンゴっ…痛いです朱莉さん」


 柚那が涙目になって抗議するが、悪ふざけするほうが悪いので謝らない。

 てか、ンゴって言ったぞ、このアイドル。


「チョップしたのは悪かったが、とりあえず落ち着け」

「…はい」

「気づいているだろうけど、あの子は俺の姪だ」

「あ、やっぱりそうなんですか」

「だからさっきみたいな、恋人のご両親にご挨拶みたいなことをされると非常にまずい。あかりが気づかなくていいことに気づきかねん」


 そもそも、俺と柚那の間にはお互いの親族にご挨拶するようなことは何もないし、そういう関係でもない。

 まあ、今の親子関係(仮)をさらに進展させて養子縁組でもするというのであれば話は別だが、それにしたって俺はもう邑田芳樹ではないのであかりに挨拶をする必要もない。

 それになにより、今の俺が置かれている境遇を知られてあかりを巻き込むようなことは避けたい。


「わかりました。あかりちゃんが邑田さんの姪だってことは考えないように、一ファンと触れ合う感じで行きたいと思います!握手会の時みたいに!」

「いや、普通に友人でいいんじゃないか?多分あかりはそういう変なサービスみたいなのを求めているわけじゃないだろうし」


 あかりの性格からして、そういうところを期待しているというよりも普通に俺達と友人になりたいのだろう。


「……」

「どうしたんだ柚那。変な顔して」

「友達同士ってどうすればいいんですか?」

「…え?いや、学園では桜ちゃんとかと普通に食事したり話したりしているだろ?ああいう感じで」

「えと…台本とか設定資料は?」

「は?」

「台本も設定もなしに、いきなりそんなことできるわけないじゃないですか!」

「なんでだよ!普通に友達になる感じだって言ってるだろ!」

「普通にできた友達なんていままで一人もいませんでしたよ!立場の設定なしに友達になるとか、どんな高難易度な話ですかそれ!」

「お前もかよ!」


 みつきちゃんだけかと思っていたんだが、どうやら柚那もみつきちゃんの同類だったらしい。

 もしかしてなにか?魔法少女ってコミュ障ばかりなのか?

確かに狂華さんは自分のいいたいことばかり一方的に言ってくるきらいがあるので、ややコミュ障気味だし、精華さんなんて、中二病をこじらした上に無口なので、戦闘中はともかく日常では周りとかみ合わないことが多い。

 いや、でもひなたさんやチアキさんのようなある意味悪魔の社交性を持っている人や、桜ちゃんみたいなバランスのいい子も多いわけで、コミュ障ばかりということもないか。


「…まあ、あれだ。変に気張らずに普通に俺にこうして話しているような感じで話してもらえればいいから。逆にみつきちゃんに対するみたいにしちゃだめだぞ。あれだと初対面の相手に対してはちょっと高圧的だ」

「わ、わかりました。がんばります」

「おう、頼んだぞ」


 俺はそう言って柚那の肩にポンと手を置いて念を押してからみつきちゃんとあかりの所へと戻った。


「二人でなにを話していたの?」

「いや、柚那がちょっと緊張しちゃったみたいだから落ち着かせにね」

「そうなんだ。お兄ちゃんに迷惑かけちゃだめだよ、柚那」


 みつきちゃんの言葉に柚那の口元がピクっとひきつるが、柚那はそこでなんとか感情を押しとどめて愛想笑いをしながら「ごめんねー」とみつきちゃんに謝った。


「あの、そう言えば、みつきちゃんはなんで朱莉さんのことお兄ちゃんって呼ぶの?」

「え?だって、すごくお兄ちゃんぽいから。それにお兄ちゃんは元々…」

「みつき」

「何?」

「ちょっとこっち来て」


 危うく俺が元男だと言い出しそうになったみつきちゃんの言葉を遮った柚那は、そのまま強引に柚那の手を引いて先ほど俺がしたようにトイレの裏まで歩いて行った。ナイス柚那。ファインプレー柚那。あとで何かおごってあげよう。


「…行っちゃいましたね。柚那さんみつきちゃんに一体なんの用だろう」

「ん、ああ。ツレションだろ」

「いや、思い切りトイレの裏にいるのが見えるじゃないですか」


 あかりにそういわれて二人のほうに目をやると、柚那が何事かを厳しい表情で言い、みつきちゃんがしょんぼりと項垂れているところだった。


「朱莉さんは、みつきちゃんや柚那さんとは結構長いんですか?」

「いや。実はみつきちゃんとは出会ってからひと月も経ってないんだ。柚那にしてもまだ半年いかないくらいかな」

「半年。そうなんですか…」


 そう言って、あかりは少し寂しそうな目で俺を見る。


「どうしたの?」 

「いえ、人生って色々だなあって思って」

「その年で人生を語っちゃうか」

「語っちゃいますよ。人生っていろいろな出会いもありますけど、突然の別れもありますよね」


 あかりに他意はないのだろうが、おそらく今口にしているのは俺の事だろう。


「…誰か、ご家族が亡くなったの?」

「半年前に学校のクジャクが」


 口にして思い出したのか、あかりの目が少し潤んでいる。


「クジャクかよ!」

「え?なんだと思ったんですか?」

「いや、あんまり悲しそうな顔をしているから、身内でも亡くなったのかと思ってさ」


 そう言って俺はハンカチを差し出したが、まさか俺の存在自体が、あかりのなかでなかったことになっていたりしないだろうな。と気が気ではない。


「私の身内に死んだ人なんていませんよ」

「そう…」


 あかりの中だけなのか邑田家全体でそうなのかはわからないが、もうすでに俺の存在はなかったことにされているっぽい。

 確かに俺が結婚できなさそうっていうことで、あかりには親父とお袋の養女になってもらっちゃったり、姉夫婦の姉妹の中で一人だけ邑田姓になってもらったり、一時期親元を離れて実家に住んでもらっちゃったりして迷惑をかけたけどさ。でも俺はそれなりにいい叔父を、あかりが親父たちの養女になってからはいい兄貴をしてきたつもりだぞ。その俺の存在をなかったことにするというのは、さすがにひどくないか?


「…死んでないはずです。あの人が死んでいるわけがない」


 あかりはそう言って微笑む。


「殺したって死なないような人なんですよ、うちのお兄ちゃんは。ただ、さっきみつきちゃんが朱莉さんの事をお兄ちゃんって呼んでいるのを聞いて、少しだけ思い出しちゃったんです」

「…その、お兄さんは今どこで?」

「火葬場で骨になって今はお墓の下です」

「完全に死んでるじゃん」


 完全に、完膚なきまでに死んでいる。その状態でどこかで生きているわけがない。

いや、実際は生きているんだけど。

 俺だけではなく、柚那の元の姿である下池ゆあだって首つり死体で見つかって火葬されていた。自分の葬式の詳細なんて知りたくもないと思っていたので聞いていなかったが、俺だって普通に焼かれて荼毘に付されているというのは、想像してはいた。だが、実際身内からそういう話を聞くと妙に生々しくてリアルだ。


「いえ、確かに芳君…邑田芳樹って言うんですけど、私のお兄ちゃんは火葬場で焼かれて、私も妹たちもママもパパも義理の両親…ええと、ちょっと複雑で、おじいちゃんとおばあちゃんなんですけど、みんなで骨を拾って、みんなわんわん泣いていたんですけど、私にはどうにも芳君が死んじゃったっていう実感がわかないんです。最初はいきなりだったからかなって思ったんですけど、半年たってもその感じで、心にぽっかり穴が開いてはいるんですけど、それは芳君が死んじゃったというより、どこか遠くに行っちゃったっていう感じなんです」


 あかりは小さいころから妙なところで勘がいいというか、感受性が高い子だった。

 だから邑田芳樹が俺だというところまでたどり着けてはいなくても、どこかで俺が生きているという感覚だけ感じているのかもしれない。

 でもそんなのは、ただただ苦しいだけだ。

 俺が邑田芳樹だと名乗れない以上、あかりがいくら待っていてくれても邑田芳樹は帰ってこない。万が一みつきちゃんが漏らすようなことがあったとしても、あかりの記憶が消されるだけのことだ。


「…ねえ、あかりちゃん。君はまだ若いから身近な人の死を受けいれるのには時間がかかるんだと思う。ただ、あかりちゃんがそうしてお兄さんにとらわれていると、お兄さんも安心して成仏できないと思うよ」

「あ、お兄ちゃんは仏教じゃないんです。なんだっけ…何とか正教とかなんとか」

「ああ…そっか、それだと確かに成仏っていうのは違うかもしれないね。アハハ…」


 やめてくれ!俺の黒歴史を穿り返すのはやめてくれ!そんなの若気の至りじゃないか。20代のころ、冗談半分で言った架空の宗教じゃないか!

 てか、その話をしたのって、あかりがまだ7歳とかのころなのにしっかり覚えてるの?なんでそんなことばっかり覚えてるの?子供超怖い!


「いきなり頭を抱えてどうしたんですか?頭が痛いんですか?」

「あ、ううん大丈夫よ。ちょっと子供の驚異的な記憶力に恐れおののいているだけ」


 なんかもう、実はあかりは全部わかっていて、わざと俺を嬲って楽しんでいるんじゃないかという気すらしてきた。


「ねえ、あかりちゃんはどうして私に会いたいと思ったの?」

「え…それはその…」


 俺が質問をすると、あかりは急におどおどと落ち着きがなくなり、視線があちこち泳ぎ始めた。


「言いにくいこと?」


 別に百合趣味とかじゃないはずだよな。とはいえ、まあ、このくらいの年代の子には割と多いし、それならそれで別にいいんだけど。


「…怒りません?」

「怒らないよ。どんな形であれ、興味を持ってもらえるのはうれしいからね」

「えっと、ですね。朱莉さんって、どことなくお兄ちゃんに似ているっていうか…あ、違うんですよ。見た目は似ても似つかないですし、お兄ちゃんなんて言ったって、実はもう加齢臭のするおじさんですし、休みの日にゲームばっかりやってて運動しないからお腹だってでてるし、平気で家の中をパンツ一丁でブラブラしてるし、本当に朱莉さんと似ているなんて言うのは失礼なんですけど…って、どうしたんですか、朱莉さん」

「…わざと?」

「え?何がですか?」

「ごめん、なんでもない。続けて」


 ちなみに寮の中をパンツブラブラは最近までしていたが、少し前に柚那に見つかって禁止されてしまったので今はしていない。


「それでその…」


 今、あかりに『お前は邑田芳樹じゃないのか?』そう問われたら、俺はあかりを騙しきれるのだろうか。

 あかりの真剣な顔を見て、思わず飲んだ唾の音がやけに大きく聞こえる。


「朱莉さんって、もしかして…」

「な、なに?」

「…お兄ちゃんの知り合いだったんじゃないですか?」


 俺は何もないところで思わずズルっとこけそうになった。

 惜しい!惜しいぞあかり。朱莉さんはお兄ちゃん本人だぞ!

 だが、ナイスボケだ!おかげで緊張がほぐれた。これならやれる。これなら嘘をつき通せる!


「う…うーん…ええと、あかりちゃんのお兄さんの名前は邑田芳樹さんよだね?実はワあたし芳樹さんに昔お世話になったことがあるんだ。結構長くお友達をしていたから、その名残で癖が移っちゃったのかもね。そうそう、仲良くなったきっかけは姪っ子が私と同じ名前だっていう話からで、えっと…そんな感じです」


 ダメだ。ちょっと自分でも何を言っているのかわからない。


「…そうですか。ちなみにどういうお知り合いだったんですか?」

「えっと…その…前に、コスプレの撮影会で…知り合った?みたいな?」


 別に俺にはコスプレイヤーを撮影するような趣味はないのだが、オタクでモテない邑田芳樹がこんなにきれいな女性と知り合う場所の落としどころとしてはその辺が不自然じゃないような気がした。


「コスプレ!私もコスプレするんですよ。朱莉さんはなんのコスプレしていたんですか?やっぱり芸能人になるとコスプレとかするのは難しいですか?」


 おおう、今日のあかりはグイグイくるな。てか、お兄ちゃんはあかりがコスプレイヤーだって聞いたことなかったぞ。

 初対面の邑田朱莉には話せるのに、どうして俺には話してくれなかったんだろう。やっぱり年がだいぶ離れていたし、ちょっと距離を置かれてしまっていたんだろうか


「えーっと…ジャンルは、流行りものをなんでもって感じかな。あと、多分堂々としてれば意外にばれないかな」


 コスプレに興味のない俺はこんな時にどんなジャンルを挙げたらいいのかわからないので、適当にお茶を濁す。あんまりつっこまれても面倒だし。

 それと堂々としていればあまり気づかれないというのは実体験だ。


「あ、じゃあもし今度何か流行りのジャンルで一緒に合わせやりましょうよ!」

「あわせ?」

「…一緒に同じジャンルのコスプレをしましょうってことですよ」

「あ、合わせね!うん、しましょう」

「朱莉さーん!みつきのお説教終わりましたー」


 柚那の声に振り向くと、みつきちゃんはいつもの元気はどこへやら。しょんぼりと項垂れて肩を落としていて、柚那がみつきちゃんの襟首を持ってこちらへ歩いてきているところだった。っていうか、一体みつきちゃんに何をしたんだ柚那の奴。


「遅くなっちゃいますし、移動しましょうよ」

「そうだね、お腹もペコペコだし、移動しようか。二人もお昼まだでしょ?」

「うん」

「はい」

「じゃあ、私のおススメのパスタのお店でいい?」

「そのお店、ピザはある!?」

「あるよ。デ…ドルチェもおいしいよ」

「わっほーい!」


 つい今の今までしょんぼりしていたみつきちゃんは、ピザ、ドルチェという単語を聞いてそこら中を飛び跳ねながら全身で喜びを表現して見せた。



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