Arrogant Valentine 3
「なんで座らされているかわかっていますね?」
「はい……」
都さんのところから戻ってきたところで柚那のカマかけに見事に引っかかった俺は、寿ちゃんのたべかけチョコを取り上げられ、廊下に正座をさせられていた。
「最近なんかおかしいなとは思っていたんですよ。いきなり率先して買い出しに行ってくれるようになったし、こっそり朝陽と出かけたりしているし…そうしたらやっぱり!」
柚那はそう言って正座をした俺の目の前にベビーチョコを突きつけて睨む。
「…いや、違うんですよ柚那さん、これは誤解なんですよ」
「何が誤解なんですか?」
「ほら、寿ちゃんとはもうバレンタインまで会えないじゃん?だから早めにもらったっていうか。それに朝陽とは別にチョコ食べに行ってたわけじゃないし、買い出しだってちゃんと買い出しだけしてたんだよ。他にチョコなんて食べてないって」
もちろん嘘だけど。
「はあっ!?これ寿ちゃんにもらったんですか!?私より早くバレンタインのチョコを?」
しまった、墓穴を掘った。
「別に早ければいいってものでもないだろ?それに寿ちゃんのはただの市販のチョコだしノーカン。な?」
「ノーカンになんて出来るわけないじゃないですか!…朱莉さんの初めてのチョコは私が渡すって決めてたのに!朱莉さんのファーストチョコをまったくノーマークだった寿ちゃんに奪われるなんて!」
「あのなあ、柚那。さすがに俺だってバレンタインに一回ももらったことないなんてことはないんだぞ。ちゃんと…」
「お義母さんとか紫さんとかあかりちゃんは数にいれないでですか?」
おふくろと姉貴とあかりを数にいれない…だと…?
「あ、あるよ。学生時代に年下の子からもらったことあるし」
高校のころ、テニス部の後輩(男子)からだけどな
「……柿崎ですか?」
着眼点はいいけどハズレだ!というか、柚那はどうして俺と柿崎くんをやたらとくっつけたがるんだろう。
「もっと可愛い子だよ」
性別はともかく、あいつは実際結構可愛かったんだよな……いま何してるんだろ。案外魔法少女になってたりしてな。
「………」
「なんだよ」
「顔がいやらしいです」
「……んなことねえよ」
「まあ、朱莉さんにそっちの趣味がないのはわかってるんで、別にいいですけど」
「そっちってどっちだよ」
「別に。どうせ男性なんだろうなって思っただけですよ」
「あ、バレバレですか」
「柿崎の名前を出した時に『なんで男なんだよ!』ってツッコまなかったんでどうせそんなとこなんだろうなって思ったんです」
柚那も目ざとくなってきたというか、勘がよくなってきたなあ。
「ま、いいです、意志薄弱で禁酒も禁煙もダイエットもできなさそうな朱莉さんにチョコを禁止するなんて、私のほうがおかしかったんです」
そう言って柚那はベビーチョコの容器を放ってよこす。
一応自分の名誉のために言っておくと俺はどちらかと言えば嫌煙家だし酒も付き合い以外ではたしなむ程度にしか飲まないので禁酒も禁煙もする必要がない。
「ごめんな。他のことならなんでもできる気がするけどチョコは無理だわ」
「こんなのでも寿ちゃんからの気持ちのこもったチョコなんですから、ちゃんと味わって食べてあげてください」
「いや別に気持ちはこもってないだろ。半ば無理やり奪いとったみたいなもんだし」
「あれ?知らなかったんですか?寿ちゃんがチョコをよこすなんて相当なことですよ。彼女、朱莉さんや朝陽に負けず劣らずのチョコフリークなんですから」
そんな人を牛乳かけたら美味しそうな感じで言わなくても。
…いや、朝陽も寿ちゃんも牛乳かけたらなんかこう、ある意味美味しそうだけどさ。
まあ俺としては二人にかけるなら牛乳よりも生クリームのほうが…
「またなんかエッチなこと考えてる…」
「あ、そ、そういえば、幸せ魔法少女計画なんだけど、OKが出たよ」
「白々しい…でも、そうですか。よかった反面、ちょっと複雑ですね……」
柚那が複雑と言っているのは、愛純の件だろう。
実は関東甲信越中部までのご当地魔法少女がちょっとハッピーになるたに何をされたら嬉しいか、何をもらったら嬉しいかということは事前にリサーチ済みで、大体目処も立っているしモノの手配なんかも済んでいるし、既に朝陽と愛純には中部方面をお願いすると話してあったりする。
ただ、俺としてはご当地以上に激戦に駆り出されるだろう愛純と朝陽、それに柚那についてはご当地以上にもう少しなにかないだろうかと考えた。そこで思いついたものの一つが、愛純と柿崎くんラブラブ作戦だ。
柚那からみても愛純はあきらかに柿崎くんに好意を持っているように見えていて、愛純には幸せになってほしいと思う反面、過去の色々なことを乗り越えて、せっかく仲良くなれた愛純を柿崎くんに渡すということについては柚那としてはかなり複雑らしい。
「和希はどうします?何かほしいとか言ってました?」
「ああ、それならもう俺のエ……英語の参考書をあげたぞ」
「英語の参考書?」
「ああ、最近勉強頑張ってるだろ?だから、少しでも手助けしたいなーって思って参考書をだな。あと、よく切れる包丁がほしいって言われてる」
一応チアキさんは和希に自分の道具を好きに使っていいと言っていたが、和希としてはどうにも他人の道具は落ち着かないのでなんとかしたいということらしい。
ちなみにチアキさんは料理の腕だけじゃなくて道具の手入れにもこだわる人なので、あの人に認められて道具の使用許可がでるということは結構すごいことだったりする。
「……」
「どうした柚那」
「英語のカリキュラムって、朱莉さんのころとは大分違うと思うんですけど、大丈夫なのかな。むしろ混乱したりとかしないですかね」
「そんな数年……いや、そうか。俺が中二だったのってもう20年も前か。でも大丈夫だぞ、ちゃんと最近の本だから」
それに実は和希にあげたのって英語の参考書じゃなくて、男の参考書だし。
「……」
「なに?」
「まあ、エッチな本に新しいも古いもないかと思いまして」
「バレバレ!?」
「やっぱりそういう本ですか!まったく朱莉さんも和希も!」
しまったあああああっ!
「しょうがないだろ、俺はともかく和希は彼女いないんだから!それに和希にあげたのだって、そんなにハードなやつじゃないし。グラビアが載ってるくらいのもので―」
「……で?」
「でって?」
柚那の顔がものすげえ怖い。
「…………で?」
「色々すみませんでした」
「そうじゃなくて、他になにか秘密にしていることがあるんじゃないですか?」
「………」
なくもない。
「何を隠しているんです?」
「ん……んー……と」
多分アユの事は言わないほうがいいんだろうと思う。
「はあ……大丈夫なんですね?」
「え?」
「私が手伝ったりしなくて、大丈夫なんですね?」
そう言ってしゃがみこんで俺の顔を覗いた柚那の顔はもう怒っていなかった。
「……ああ」
「そうですか。じゃあ、その隠し事に関しては聞きませんし、手を出しません。ただ、他のことは手伝わせてくださいね」
「ああ……サンキューな、柚那」
「いいですよ。もう慣れましたから」
そう言ってため息混じりに苦笑すると、柚那は俺の手を引いて立ち上がった。
「とりあえず、明日は埼玉でしたっけ」
「ああ、人が多いからな。明日はそのまま実家に泊まって、次の日に群馬行って、長野新潟。一旦戻ってきてから千葉、茨城」
「結構強行軍ですよね……あれ、でも私達がそのペースで動くってことは、愛純と朝陽も?」
「似たようなペースだな」
「大丈夫なんですか?二人はまだ運転免許持ってないですけど」
「そこはそれ、頼りになる黒服をつけてるから大丈夫だよ」
「うわあ…朝陽居心地悪そう…」
「でも、朝陽には二人のサポートしてもらわないといけないし…じゃあ朝陽と俺が代わるから柚那は朝陽と組むか?」
「それは嫌です、朱莉さんと少しでも一緒にいたいですから」
……かわいいやつめ
「な、なんですかニヤニヤして!ちょっ、頭なでるのやめてください!」
「はっはっは、柚那が可愛いからついな。…心配しなくても、これからバレンタインまで毎日一緒だよ」
バレンタイン以降、どうなるかはわからないけどな。




