Arrogant Valentine 1
「ああ、そういえばもうそんな季節か」
ラジオの後、愛純と柚那と一緒に立ち寄ったコンビニでバレンタインデーの棚を見てもう二月なんだと気がついた。
苦節34年。
そんなにおかし好きというわけではない俺も実はチョコだけは別で、この時期になるとこのイベントのせいでなんとなくチョコが買いづらくなることに不満を持っていたが、今年はこの身体のおかげで堂々と買えるのだ。
なんと嬉しい事だろうか。特訓特訓また特訓だった去年はしかたないとして、この悪しき風習のせいで一昨年までは『お前みたいな豚面じゃあ逆バレンタインもねえだろ、見栄っ張り乙』とか思われるのが嫌で逆バレンタインを装って買うことができなかったあの高級ブランドチョコレートも堂々と買うことができる!女の子バンザイ!女の子の身体素敵!
「あの…朱莉さん?」
「ん?どうした柚那」
「深夜で私達と店員さんしかいないとはいえ、コンビニで小躍りするのやめてください」
「え?俺踊ってた?」
「はい。なんか鼻息もポーズもかなり荒ぶってました。ねえ、愛純」
「そうですね、ちょっと近づきたくない感じのオーラも出てました」
「そこまで!?」
「……ああ、バレンタインデーのチョコ見てたんですね。心配しなくても私も柚那さんもちゃんと朱莉さんにあげますよ」
「マジで!?やった!」
さすが愛純だ、気が利く。かわいい女の子達からもチョコもらえてさらに自分でも買い放題とか、この世の天国はここにあったのか。
「そっか、悪いな二人とも。そんなに気を使わなくてもいいからな?別に高いチョコがいいとか、ブランド指定だとかそんなの気にしなくていいから。気持ちだけでいいからな」
俺の知らないチョコとか持ってきてくれたら超うれしいけど、高いのは自分で買う。そのほうが気を使わずにガツガツいけるし、気に入ったらそれこそ一年分買ったっていい!金ならある!
あ!そうだ朝陽に聞いてみようかな。あいつならこの時期限定のチョコとか詳しそうだし。
「そうですよね!ブランドものなんかより、やっぱり手作りですよね気持ちですよね!手作りチョコは久しぶりですけど、私頑張りますから!」
「お、おう…」
ウキウキしていた俺の心を柚那はたった一言で平常の状態へ戻してくれた。
まあ柚那はレシピ通りに作ればまともなもの作れないこともないし、チョコなんて湯煎で溶かして型に流し込むくらいだろうからそうひどいことにもならないだろうけど。
そう、女の子はこれを手作りチョコなんて言って贈り、男どももこれを嬉々として受け取っている。何を隠そう姉貴もそのクチで、『こんなんでありがたがるんだからちょろいもんだ』とか言っていたのを俺は確かにこの耳で聞いたことがある。
もちろん俺はそのチョコをありがたく受け取って、ホワイトデーにかなり集られた。
「何、ドヤ顔してるんですか…ていうか、いいんですか?柚那さんに料理させて」
愛純がそう小声で耳打ちしてくる。
「大丈夫だって。さすがに湯煎して流しこむくらいなら柚那だって失敗なんて……」
「ただ、チョコレートの型に流すだけじゃつまらないですから、私の愛情、いっぱい入れますね!」
この世の天国が遠くに消え去り、代わりに地獄の釜が開く音が聞こえた。
「ほら言わんこっちゃない……」
「愛純のも作るから楽しみにしててね!」
「ほげぇ」
柚那の一言で愛純の顔がすごいことになった。
多分俺もこんな顔してたんだろうな。
「あ、ああああ朱莉さん…」
「落ち着け愛純。大丈夫だ、世の中にはこんなにチョコがあふれているんだ、旨いチョコと一緒に食えば…」
「あ、私のチョコの味がわからなくなっちゃいますから、バレンタインまではチョコ禁止ですよっ!」
「めっ」という感じの表情で柚那が俺の唇に人差し指を当てて念を押すように言う
「愛純もね」
そう言ってにっこり笑うと、柚那は材料買わなきゃとかごを持って、うきうきした様子で店内を周り始める。
精神が安定していて、気力体力が充実している柚那は本当にかわいい。
マジで天使だ。
「なあ、愛純。お前あんな楽しそうな柚那を止められるか?」
「いいえ止められません」
そう、たとえ、試作品の材料探しと言って、さきイカだの、鮭の中骨だのおおよそチョコに関係無いものをカゴに入れていたとしても、俺も愛純もあんな楽しそうな柚那を止めることなんてできない。
「……死ぬときは一緒だからな」
「いや、そこはできれば別の人と死にたいです」
「何か最近冷たくないか?」
「そりゃあ、まあ…」
なるほど。柿崎くん、ね。
「そっかそっか。愛純は俺なんかもう全然興味ないんだな」
「そんなこと一言も言ってないじゃないですか!柚那さんも朱莉さんも大好きですよ!でもその…」
うん。こんなにかわいい態度を見せられると、柚那が柿崎くんムカつくっていうのもわかる気がする。
いや、いいんだけどさ。愛純がちゃんと異性に興味をもって、変な事をせずにちゃんと相手と向き合って恋愛して、お付き合いして結婚して出産して…あ、何か想像しただけでちょっと涙出そうになっちゃた。年取ると涙もろくなっていけない。
というか、もうなんかお父さん目線になっちゃうな。
「ちなみに、うまくいってんの?」
「え!?な、何がですか?」
おうおう、キョドるねえ……。
「柿崎くんと」
「は?はああっ!?え?何のことですかやだなあ、柿崎さんはご飯一緒に行くくらいの関係で別に何もそんな…メッシーくんですよ!」
今まで見たこともないような愛純の表情に、柿崎くんに対しての嫉妬心がメラメラと沸き起こるが、そんなことを言っても始まらないのでとりあえずそこは置いておく。ていうか、メッシーくんって、愛純お前いくつだよ。
「飯に頻繁に行ってるみたいだから、もう付き合ってるのかと思ってたよ」
「あはは…だといいんですけどね」
「お、素直だな」
「私にも柿崎さんにも。お互いの立場的に色々あるんですよ」
立場と言っても、黒服と魔法少女の恋愛規定なんてものはない。なので、二人がその気になれば組織的な問題は別に無かったりする。
「せっかくのバレンタインだし。告ってみれば?」
「……」
「後悔するかもよ。俺達はもちろん、柿崎くんだって絶対安全な場所にいるってわけじゃないし」
「……ですね。言えたら言ってみます」
「さっき俺にもチョコくれるって言ってたじゃん?」
「え?ああ、はい。もちろん朱莉さんにもちゃんとあげますよ」
「いや、俺のは試作品でいいからなって話。チョコならいくらでも食えるしさ」
「……っ!ば、ばかじゃないんですか!?私別に作るとかそんなこと一言も―」
「お姉さまから妹に一つ教えておいてやろう。やらずに後悔するよりもやって後悔しろ」
「……三ヶ月以上も姉妹やって最初の教えがそれですか」
「最初で最後の教えになるかもな」
「そう…ですね。うん、やってみます」
愛純は一体俺の言葉をどう捉えたのか、「よし」と小さな声で気合を入れながらもう一度頷いた。
……本当、我ながら性格が悪いな。俺。




