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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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能代こまち


「……てな、ことがありまして」


 もはや事件のあとのお約束となった都さんの執務室での事情聴取。

 地面にポッカリ空いた穴に飲み込まれた俺は、戻ってきた時にはほぼ両腕が使えないわ、足元にはボロ雑巾のような橙子ちゃんが転がっているわという状態で、当時現場は騒然となった。

 そんな状態だったので当日は治療優先で事情聴取はなし。翌日は都さんの都合でなしで、結局事情聴取は翌々日である今日になってしまったがお陰でじっくりとシナリオを練ることができた。

 よどみのない語り口調、辻褄のあった話の展開。我ながら完璧だ。


「そう。で、今回ついている嘘は?どことどことどこ?」


 話を聞いた都さんは俺の作り話を微塵も信じていない表情でそう尋ねてきた。


「嘘なんてついてないですよ。今話した通り、橙子ちゃんは最初は俺の命を狙っていたものの、持ち前のドジっ子が炸裂して持っていたすべての怪人戦闘員の素をばらまいちゃってさあ大変。しかも怪人戦闘員は暴走して橙子ちゃんまで狙ってる!そこで俺と彼女は協力して気の遠くなるような数の怪人、戦闘員の殲滅をし、いつしか二人の間には友情が」

「それじゃあんたとあの子の怪我の説明がつかないでしょうが」


 まあ、あの場では断罪。などと偉そうなことを考えたが、あんな状態の俺ができることなんてたかがしれているし、そもそも人殺しになんかなりたくないってのも変わらない。

 模擬戦の後柚那とコミュニケーションがてら練習していたおかげか、俺の初の回復魔法はぶっつけ本番にも関わらず橙子ちゃんの身体をある程度回復させ、気絶という形ではあるものの、一応痛みを感じないようにすることに成功した。

 ちなみに、橙子ちゃんに課した罰は生きること。殺そうとしてきて痛いから死にたいなんて、そんな甘ったれた考え通してやる義理はない。

俺に課した罰は橙子ちゃんよりもさらに軽い物で、橙子ちゃんを生かすことで生まれるだろう俺の不利益。具体的には橙子ちゃんから命を狙われるかもとか、そんなことだ。


「だって友情が生まれたら殴りあうのがセオリーじゃないですか」

 やったことないけど。

「少なくとも私の知ってる朱莉はそういう熱い青春とは縁遠いわね」


 さすが、よくご存知で。


「えーっと……ところで橙子ちゃんの容態はどうですか?」

「あんたの嫁と医療班が一生懸命頑張ってくれたお陰でついさっき意識が回復したわ」

「さすが俺の嫁。意識を取り戻したのはいいですけど、ちゃんと拘束してます?逃げられちゃったりしません?」

「もちろん。絶対に逃さない人に見張りをさせているから大丈夫。ついでに事情聴取もね」

「事情聴取だなんてそんな、今日の今日まで瀕死だった人ですよ?もう少し休ませてあげましょうよ」

「あんたが根回しする前にしっかり事情聴取しないと真実は永遠に藪の中だからね」


 これまた俺のことをよくわかっていらっしゃる。


「それで朱莉。あんた、これ何回目かわかってる?」

「何回目、とは?」

「虚偽の報告」

「えーっと、4回めでしたっけ?」

「悪びれることなく言うわね。そう、4回目。それも七罪絡みだけでよ」


 だって、下手な説明をするとせっかくこっちに寝返ってくれた子の立場が悪くなっちゃうし。

 まあ、結局バレているので意味が無いと言われればそれまでなんだけどね。


「さて問題。仏の顔は?」

「…三度までです」

「というわけで、橙子の話と食い違っている部分一つにつき、あんたの今月の報酬から10万ずつ引くわ。白状するなら今のうちよ」


 そんな事されては報酬マイナスで俺の生活が立ち行かなくなってしまう。いや一応貯金は多少あるし、衣食住は出るので死にはしないけれども。


「ちなみに、俺の話が全部ウソだったとして、橙子ちゃんはどうなります?」

「あんたの話がどうでも、本人の希望次第。でも多分東北行きね。寿とこまちが身元引受け人になるって言ってるし、精華からも請願が上がってきてるから」


 精華さんが自主的に請願を出したのか、寿ちゃんが根回ししたのかは分からないが、精華さんと東北チームは今でもしっかりつながっているようだ。

 ちなみにであるが、彼女と彼女、つまりこまちちゃんと寿ちゃんに俺が課そうと思っていた罰というのは『おまえらがうっかり相談したり、橙子ちゃんが七罪だって気づかなかったせいでこんなことになったんだから責任もって面倒見ろよな!』というものだ。

 なのでこれで二人の罰は帳消しになった。

 まあ帳消しも何も本人達は全く知らないんだけども。


「じゃあ、さっき言ったのは全部嘘です忘れてください。っていうか普通に殺されかけました」

「まあ、そんなことだと思ったけどね」

「でも、橙子ちゃん東北で大丈夫ですか?」

「東北なら大丈夫よ」


 都さんは確信ありといった表情で深く頷きながらそう言った。

 そしてそれは俺も思っていることだ。


「で?嘘をついた理由って、もしかしたら和希の件?でもあれは仕方ないのよ、危険だからっていうことにはしてあるけど、あの子は学業が小学校を出てすぐのところで止まっているからすぐに学校に通わせても勉強についていけないだろうし、本人がつらい思いをする。だからかなりスパルタではあるけど、二年分を今詰め込んでいるんでしょ」

「それはわかってます。でもなんかこう……和希自身が悪いわけじゃないのに、あの歳の子が我慢しなきゃいけないのはちょっとなと」


 和希は俺達によくなついてくれているし、寮の胃袋を握っていてやりがいがあると言ってくれているが、学校に行きたがっているという思いも見え隠れしている。

だったら、なんとか学校に行かせてやりたいとも思ってしまうし、それこそスパルタになるかもしれないが、学校に行きながら詰め込んだって構わないんじゃないだろうかとも思う。


「甘い。というか、過保護。和希がしているのは我慢じゃなくて努力。和希が自分の人生を取り戻すための努力なの。朝陽だって……まあ、朝陽はいいとして」


 うん。朝陽はなんか色々食べてただけだもんな。


「橙子にしてもそうよ。これから山ほど努力しなきゃいけない。それは仲間の信頼を得るための努力かもしれないし、和希みたいに何かを学ぶという努力かもしれない」

「……ですね」

「ま、あの子達の話はもういいや。あんたの話は全部ウソってことで橙子の話を全面的に信じるっていうことでいいかしら?」

「それでお願いします」

「了解。じゃあ尋問はこれでおしまい……ああ、そうだ朱莉」


 事情聴取は終わりと言われて俺が立ち上がりかけたところで、都さんが思い出したように言った。


「あんた、そろそろちゃんと本気出したら?私は別に本気を出したって柚那と引き離すようなことするつもりもないし、楓だってこまちだって最近はやる気出してるでしょ?今回はぶっつけ本番で上手くいったからいいけど、そんなこと繰り返しているとぶっつけ本番で失敗した時に後悔するわよ」

「肝に命じます…けど、俺としてはそれ、都さんにも言いたいですよ」

「私は失敗しないから」

「ああ、そうっすか」




 俺が都さんの執務室を出ると、部屋の前ではこまちちゃんが待ち構えていた。


「うわ、意外。絶対寿ちゃんだと思ったのに」

「寿ちゃんは橙子ちゃんの取り調べ」


 こまちちゃんはそう言って壁に寄りかかっていた身体を起こして俺と一緒に廊下を歩き出す。


「あ、そうなんだ。寿ちゃん一人で大丈夫なの?」

「それをうちのリーダーに対して本気で言ってるんだとしたら、朱莉ちゃんの頭を疑うよ」


 精華さんの魔法もそうだが、寿ちゃんの魔法も一撃必殺。当たれば一巻の終わり。

 弓矢なんて形をしているもんだから頭に浮かびづらいが、矢を手で持って喉元にでも突き付ければこの上ない抑止力になる。


「…だね。それでこまちちゃんはなにか用?」

「情報の出どころについて」

「えっと……」

「情報の出どころについて。大切なことなので二回言ったけど、まだ言おうか?」


 そう言って笑うこまちちゃんの目は、普段の柔和なぽややんとしたイメージではなく、鋭いカミソリのような印象を受ける。


「怖いなあもう……情報を知っている人を虱潰しに考えていけば誰が言ったかはすぐわかるだろ?」

「やっぱり相馬サンか……」


 そう言ってこまちちゃんは忌々しそうに顔を歪める。


「とは言っても、俺はそんなに詳しい話を聞いたわけじゃないんだよ。ある程度の経緯を聞いただけ」

「というか、それでよく今まで私と普通に付き合えたね。怖くないの?ていうか、気持ち悪がられると思ってた」

「言ったろ、俺は経緯を聞いただけ。君の動機もわかるしそこの行為に至る気持ちも理解できないわけじゃない」

「でも、朱莉ちゃんと私は真逆の人間でしょ。殺す人と殺さない人。殺さない人に殺す人の気持は理解できないと思ってたよ」


 こまちちゃんは自嘲的に笑いながら「実際、酷い言われ様もしたし、酷いことしたとも思っているけどね」と付け加える。


 こまちちゃんは、いわゆるヒトゴロシだ。


 都市伝説から生まれた都市伝説とでも言うのだろうか。

 少し前、とある地方で豪腕を振るう政治家が淫行スナッフパーティを運営しているという都市伝説があった。

 それは都市伝説ではなく、両親と喧嘩をして家出中だったこまちちゃんは誘拐されてそこに強制的に参加させられ、色々あって関係者を殺してまわり最終的に主催だった政治家まで辿り着き、その政治家を惨殺した。

 そういう噂のあった政治家が凄惨な殺され方をされたことで、ネットやワイドショーではパーティに参加させられた少女の怨念ではないか。などと話題になったが、事実は小説より奇なりで、実際は怨念ではなく、実在する一人の少女がそれをやってのけたのだ。

 もちろん、都市伝説と違い、普通の少女だったこまちちゃんは、証拠を完全に消すことができない。

現場に残した微量な彼女の体液をひなたさんの班が見つけ出して逮捕し、これもまた色々あって、こまちちゃんは魔法少女になった。

 気分の悪い話だが、パーティに参加し惨殺された少女の数は3桁近くに上り、こまちちゃんが殺した人数もその位らしい。

 こまちちゃんに殺された人間は自業自得だと思っているし、殺された少女達にも同情するが、俺は一番可哀想なのはこまちちゃんだと思う。ちょっとした思春期の気まぐれで家出をしただけなのに、結果として100人近くを殺し、その罪を背負うはめになってしまった。


「君の気持ちを理解できるなんて言うつもりはないけど、少なくとも自分に置き換えてみればその当時の君の周りがどれだけ狂っていたかっていう事くらいは理解できるよ。まあ、それでも君が実際に体験した経験の1/10にも満たないような理解なんだろうけどさ」

「…まあ、そこで狂わないのが朱莉ちゃんの朱莉ちゃんたる所以なんだろうけどね」

「橙子ちゃんのことを言っているなら、あれはタダの気まぐれだよ。人を殺そうとしておいて、殺してくれなんて勝手なこと言ってくるからムカついただけ。だから生かしてやった。意地悪いだろ?」

「お陰で寿ちゃんは救われたと思うよ。橙子ちゃんと仲良かったから」

「ああ、そうだ。君達と橙子ちゃんってどういう関係なの?彩夏ちゃんもセナも何回か変身前の橙子ちゃんを見たことあるって言ってたけど」

「札幌で行き倒れていたところを拾ったの」

「は?」

「橙子ちゃんが札幌の路地裏で空腹で動けなくなっているところを、仕事で札幌に行っていた寿ちゃんと私が拾って、ご飯を食べさせてあげて。それからちょくちょく会うようになったんだ。まあ、付き合い自体はまだ二ヶ月くらいなんだけど、寿ちゃんが気に入っててね」


 なるほど。と言えるような話ではないが、それでも意外に面倒見がいい寿ちゃんならありえるなと思えるような話だった。


「寿ちゃんだけじゃなくて、こまちちゃんも気に入ってるみたいに見えたけどね」

「またそういう適当なことを…朱莉ちゃんは私と橙子ちゃんが一緒にいるところなんて見たことないでしょ」

「チェキは見たよ。三人で撮ったやつ」


 あの写真に写っていた三人はとても楽しそうな歳相応の女の子達だった。

 人類の敵に回ろうという魔法少女でも、大量殺人犯でもなく。歳相応の女の子達だ。

 少なくとも俺といるときは寿ちゃんもこまちちゃんも、あんな表情をみせてはくれない。


「…これは独り言な」


 俺はそう前置きをしてから話始める。


「魔法少女になった時点で俺達はみんな一回死んでるんだと思う。どんな罪もそこでリセットされるとは言えないけれど、それでも俺は、俺達は新しい一歩を踏み出してもいいと思ってる」

「クサっ…」

「え!今俺良い事言っただろ!?」

「あはは、ごめんごめんちょっと唐突だったからさ……別にね、踏み出せてないわけじゃないんだよ?ただ、やっぱり自分は人とはちょっと違うかなって思っててさ。距離をおいちゃうんだよね」

「言い負かすつもりはないんだけど、じゃあ誰と誰が同じなの?」

「屁理屈だよそれ」

「屁理屈も理屈だよ。寿ちゃんがリーダーだっていっても、エースはこまちちゃん。いや、橙子ちゃんが入るんなら、こまちちゃんと橙子ちゃんの二枚看板になるだろ。そうなったら、今の距離感とか、心情じゃ厳しいんじゃないか」

「もっと距離を詰めてもいいのかな……」

「いいも悪いもないと思うよ。考えていること全部、寿ちゃんにぶちまけてみれば?橙子ちゃんやセナ、彩夏ちゃんにもさ。というか、少なくとも彩夏ちゃんは『ああ、そりゃ私でもそうしますわ』とか言ってたしね。チーム内で比較的遠い彩夏ちゃんでもそう言うのに、彼女よりも近いセナや寿ちゃんを信じられない?」

「……」

「深く考えることなんてないんじゃない?信じるための根拠はもう揃ってるでしょ。だったら、ドンとぶつかってみなって。で、だめだったらうちにおいで」

「…なるほど、これが柚那ちゃんとセナの言ってた朱莉ちゃんの無自覚な口説きテクニック。さすが魔法少女一女癖の悪い女」


 どうやらあの二人には教育的指導が必要なようだ。


「いまさら君を口説いたりしないって。俺にはもう立派な嫁がいるんだし」

「あはは、そりゃそうだ……うん、じゃあ私も嫁に話してみるよ」


 そう言って笑うこまちちゃんの顔は、少しだけ晴れやかだった。




 翌朝、こまちちゃんから届いたメールには例によってドヤ顔のこまちちゃんを中心に、セナと寿ちゃんが寝ている姿が写っていた。

 ……柚那一筋の俺よりこまちちゃんのほうがよっぽど女癖悪いと思うんだけどなあ。


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