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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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貪食

 …こうして思い出してみても、俺がひどい目にあっただけで、別に誰かに酷いことをした記憶が無い。

 しかし貪食の魔法少女が黙っているところを見ると、まだ俺が酷いことをしたというタイミングではないようだ。


「ほら、早く続きを思いだしなよ」

「いや、思い出すまでもなく、あの日なにがあったかはちゃんと覚えてはいるんだけどさ」


 まだそんなに日にちも経ってないしね。

 

 

 

 模擬戦終了後、狂華さんによる地獄のブートキャンプが約束され、絶望の淵に立たされた俺のところに勝者である寿ちゃんがやってきた。


「お疲れさま、朱莉」

「あー…お疲れ様…。そういえばさっき言ってた俺対策って結局なんだったの?」

「もろに食らったでしょ。トークで時間を引き伸ばしつつ気を逸らしてトラップで振り出しに戻る。よ」

「やられたまんまかい!」


 なんかもう聞かなきゃよかった。


「それはそうと、あのトラップどうしたの?寿ちゃんってああいうの得意だったっけ?」


 俺の勝手なイメージではあるけれど、寿ちゃんってあんまり地雷とかああいうものを埋めるようなイメージがない。一応作戦を立てたり搦め手を使うけれど、罠とかそういう感じじゃないというか。


「私にもできなくはないけど、今回あれの設計をしたのはこまちよ」

「こまちちゃん?」

「そう。概略だけ聞いて許可を出して、設置とかそういうのは全部こまちとセナに任せて、私は彩夏とアニメ見てたわ」


 『いや、働けよ隊長』という言葉はグッと飲み込んだ。多分それも含めて作戦なんだろう。


「こまちちゃんは最近やる気まんまんだよね」

「そうね。セナが一緒にいるのがいい刺激になっているみたい。セナのおかげでこまちがしっかりしてきて、チームの仕事もやってくれるようになったから私と彩夏は書類仕事に集中できるし、いい感じよ」

「そりゃよかった。」

「こまちがセナのことを本当の妹みたいに可愛がってて、ちょっと妬けちゃうときもあるけどね」


 本当の妹か……。


「どうしたの?」

「いや、別に」

「こまちってあんまり昔のこと話してくれないんだけど、もしかして魔法少女になる前は妹がいたのかしら」

「……そうかもね」


 そうか、寿ちゃんはこまちちゃんの出自を知らないのか。

 となると、セナも彩夏ちゃんも知らないな、多分。

 まあ俺自身、耳にしたのはひなたさんがうっかり口を滑らせたからだし、資料にもあの件は載ってないし仕方ないのかもしれない。


「あんた、なんか知ってるの?」

「いいや知らないよ。そうなのかなーって、思っただけ。それより寿ちゃんは何しに来たの?まさか俺のこと笑いに来ただけとかじゃないよね?」

「ああ、そうだった。このまま解散するのもなんだから、夜はちょっと良いもの食べに行こうって都さんが言っててね。六時頃出発するから準備しておきなさいって」

「ん、了解。うちのチームのみんなにも伝えとく」

「よろしくね」


 そう言って寿ちゃんは上機嫌で部屋を出て行った。




 俺達に勝ったのがよほど嬉しかったのか、寿ちゃんの上機嫌は夜の焼き肉パーティでもまだ継続中だった。


「いよっ、朱莉ちゃーん。元気ないじゃん?飲んでる?食べてる?一回負けたくらいで気を落とすなよぉ?」


 はい。酔っぱらいすぎてもはやセリフだけでは誰だかわからないが、こちら本日の勝者寿ちゃんだ。

 精華さんに褒められたのか、実は寿ちゃんも精華さん同様うちをライバル視していたのかは知らないが、とにかく上機嫌で実はもうかれこれ一時間近くこの調子で絡まれていたりする。


「なんか、本当にすみません朱莉さん…」

「ああ、いいよいいよ。彩夏ちゃんのせいじゃないし」


 最初は妹として寿ちゃんの暴走を止めようとしていた彩夏ちゃんだったが、寿ちゃんがどうしても俺の腕から離れないのを見て諦め、若干キレかけていた柚那に平謝りをしてようやくこっちに戻ってきたところだ。

 俺に先に謝るのではなく柚那のところに先に行くあたり、彩夏ちゃんはよく心得ていると思う。こういう気遣い、是非愛純にも見習ってもらいたい物だ。


「いつもならこまちちゃんが回収してくれるとこだけど…今日はこまちちゃんはどうしたんだ?」

「それが、珍しく寿さんと喧嘩したみたいでして。一応セナも私も仲直りするよう説得したんですけど、寿さんはともかく、こまちさんの方が取り付く島もなくて、先に帰るって」

「なるほど。セナが全然こっちに来てくれないから嫌われたかと思ったけど、こまちちゃんにおいて行かれて落ち込んでるだけか」

「いや、朱莉さんセナに嫌われてますよ」

「えっ!?マジで!?」

「嘘ですけど」

「……そういう嘘、やめてくれないかな!?」


 ちょっとドキッとするだろ。別に柚那がいるから恋愛感情とかはなくていいけど、だからといって嫌われたくなはないんだから。


「ねえちょっと朱莉ぃ、彩夏だけじゃなくて私にも構いなさいよぉ!」


 ああもう、めんどくさい酒乱だな!

これじゃあまるで精華さんじゃないか。今日は柚那公認なのでどんなに絡まれてもくっつかれても後で怒られる心配がないのがせめてもの救いだが、こうも完全な酔っぱらい相手だと楽しいことなんてかけらもありゃしない。

 ていうか、もしかしてこの絡み酒は嬉しくて呑んだんじゃなくて、こまちちゃんと喧嘩してやけ酒したってことか?益々楽しくないことになりそうだぞ、これは。


「喧嘩の原因は聞いてる?」

「なんか、寿さんがこまちさんの嫌がることをしつこくしたんだか、聞いたんだか。そんな話みたいですけど」


 ああなるほど…じゃあこまちちゃんの過去の話か。

 だとしたら、俺がきっかけを作ったようなもんだし、ちょっと気まずいな。


「おや、朱莉さん。もしかして何かご存知です?」

「……いいや」


 この姉妹の勘の良さはなんなんだろうか。


「いやいや、朱莉さんは普段から顔に出すぎなんですよ。まあ、今のは読心ですけど」


 そうだった。彩夏ちゃんは読心魔法が使えるんだった。よし、だったら。

 

(彩夏ちゃん。話すから寿ちゃん何とかして。君には話せても寿ちゃんに話せないこともある)


 俺が心の中で念じると、彩夏ちゃんは一度頷き、なんとかしてくれそうな精華さんを呼びに行ってくれた。

 まあ、精華さんの場合、本人が寿ちゃんをなんとかするというよりは、あまりのダメさ加減に寿ちゃんの酔いが覚めるといったほうがいいかもしれないが。

 精華さんに寿ちゃんを預けた後、俺と彩夏ちゃんは柚那に一声かけてから外にでた。


「いちいち断りをいれるなんて、恐妻家ですねえ朱莉さんは」

「うちの婚約者は誰より厳しくて誰より可愛いのがウリでね。で、まあこまちちゃんの過去なんだけどさ」


 話そうとした俺の口元に彩夏ちゃんが平手を突き出す。


「ストップ。それ、私が聞いて大丈夫な話っすか?」

「…というより、東北だったら君以外話せない。寿ちゃんもセナもこまちちゃんに近すぎるんだ。あの二人に限ってそんなことはないだろうけど、過去の話を聞いて二人がこまちちゃんを拒絶したら東北は崩壊する」

「うわぁ…なんか面倒なことに首突っ込んじゃったかもしれませんね」


 そう言って彩夏ちゃんは険しい表情で「うーん」と唸りながら頭を掻く。


「……信頼されてるってことでいいんですかね。面倒なことを押し付けようとか考えているっていうわけではなく」

「そういうわけじゃない。できれば三人のバランスを取ってもらえると助かるし君にしかできないと思う」


 本当にこれは結構深刻な話だったりするので、寿ちゃんについで頭脳労働を担当している彩夏ちゃん以外には話せない。

 正直、寿ちゃんの前で訳知り顔っぽい態度をしてしまった俺も迂闊だし、トラップなんてものを仕掛けたこまちちゃんも迂闊だ。さらに言えばうっかり俺に話をしてしまったひなたさんも迂闊だった。

 本来、俺は知るべきではなかったし、ひなたさんは絶対に喋るべきじゃなかったし、こまちちゃんもやる気の出し方を考えるべきだった。


「ちょっと待って下さい。10秒だけ心の準備をする時間をください…どうぞ」

「実はこまちちゃんは―」

 

 

 

「そこだ!」


 ペシンといい音を立てて貪食の魔法少女が俺の後頭部をひっぱたいた。


「どこだよ!」

「そこだって言ってるだろ。あんたがこまちの過去を勝手に話したから話がややこしくなったんだ!せっかく怪人をけしかけても戦い方がてんでバラバラでハラハラさせられるし、寿とこまちは目を合わさないし」


 うん、たしかに俺はあの時彩夏ちゃんが情報の使い所を間違ったらややこしくなるだろうなとは思っていた。

それは確かにそうなんだけど。本当に俺の情報のせいか?彩夏ちゃんには情報の使い方、使い道、使いドコロについてはかなりいい含めたから、彼女がミスをしたとは思えないんだけど。


「ていうかちょっと待て。君の反応で東北が揉めてそうだなっていうのは理解できたんだけどさ、なんでそれを敵である君に怒られなきゃいけないわけ?東北の事情を把握してるっていうことはそっち方面担当の魔法少女なんだろうけど、君は寿ちゃん達と知り合いなの?」

「し、しりりりあいなわけないし。せ、せいぜい顔見知り?戦闘中に会えば会釈するくらいの間柄だし」


 いや、それもかなりおかしな関係だけどな。

 というより、この間の和希といい、七罪って嘘がつけない人の集まりなのだろうか。


「で、お前どこの誰さんよ?東北のスタッフとかそんなところ?」

「スタッフ!?……そう!実は私スタッフの一人なのでした!」


 嘘だな。


「関係がややこしくなって代わりにキレてるってことは、実は寿ちゃんかこまちちゃんの追っかけとかか?」

「そう!実は追っかけなんだ」


 スタッフじゃなかったのかよ……なんだこいつ、いくらなんでも嘘が下手すぎだろ。


「まあ、いいや。二人には黙っててやるから、俺にだけ正体を教えてくれよ。二人とはどういう関係?」

「え……っと…友達かな…?一応二人からそれとなく相談されたし」


 おいおい、東北のセキュリティはザルかよ。なんで主要メンバーの二人が思い切り七罪と関係持ってるんだ。


「二人の同期とかか?でもそれなら二人とも気づきそうなものだと思うんだけど」

「私って、変身前と後で大分違うから」


 なるほど。確かに和希もかなり違っていたからそういうこともあるのかもしれない。


「あ、そうなんだ……ちなみに変身前の写真ってあるの?」

「え?ああ、あるよ」


 貪食の魔法少女はそう言って胸元から一枚の写真を取り出す。そこには寿ちゃんとこまちちゃんと一緒に胸の大きなショートヘアの女の子が写っていた。二人の格好を見る限り多分最近だ。


「やっぱり思いっきり友達じゃんか!」

「しまった!!誘導尋問に引っかかった!なんて卑怯なやつ!」


 誘導尋問というか、勝手に彼女が自爆した形なのだが。


「んで、トーコちゃんさ」

「ひいっ!?なんで名前まで?もしかしてストーカー!?」

「写真におもいっきり名前が書いてあったろ…」


 写真にはペンでデカデカと『ことぶき&こまち&とーこ』と書いてあった。あれを見落とすとしたら相当なレベルの近視か、そうでなければ相当なレベルの間抜けだ。


「とりあえず落ち着こうか。多分寿ちゃんとこまちちゃんはトーコちゃんの正体を知らないんだよね?」


 あの二人なら知っていて友達付き合いするなんてことしないだろうし、多分間違いなく二人は彼女の正体を知らないだろう。


「二人は知らないはず…そうじゃん!あんた以外知らないんだから、あんたがいなくなれば寿とこまちにバレないじゃん」

「あれっ!?トーコちゃん?どうしたの?目が怖いよ?」


 なんかこれ、良くない流れっぽいぞ。


「そうだよ、最初からそのつもりだったんだし、別にいいんじゃん。二人の仲はあとで私が間に入って修復すればいいんだし、こいつがいなくなればとりあえず大丈夫」

「…オーケー、トーコちゃん。俺達も立派なオトナだ。話し合いで解決しようじゃないか」

「その手には乗らない!」


 トーコちゃんがそう言ってつきだした右手のひらに口が出現し、その口から虎や狼、クマやワニやサメが現れて俺めがけて襲い掛かってくる。


「マジかよっ!」


 多分、俺がこれまで戦ってきた誰よりも彼女は強い。狂華さん達の本気の本気を見たことがないので、今の彼女の強さだけで全体としての彼我の戦力は測れないが、少なくとも彼女に比べたら朝陽や和希なんて幼稚園児と変わらない。

 もちろん魔力にそれほどの開きがあるわけではないし魔法が強いとかではない。

彼女の場合は殺気が本物なので、彼女に比べたらあの二人の殺気なんて幼稚園児の『嫌い』とかそのレベルだ。


「あっぶねえなっ!殺す気か!」


 必死で箒を振り回して第一波はなんとかしのいだが、通常の怪人と変わらない強さの動物達を無限に出し続けられるとしたら、俺は彼女に絶対に勝てないだろう。


「もちろんそのつもりだよ。次」


 トーコちゃんは感情の抑揚がない声でそういうと今度は左手を突き出す。そちらからもやはり多くの肉食獣が飛び出してきてこちらに襲いかかる。


「つーか、この子でこれだけ強いんだったら、ユウは一体どんだけ強いんだよ」


 第一波同様必死で箒を振り回したが、俺の動きを学習していたのか、初撃で一匹倒しそびれて肩の肉をかなり持って行かれた。

 それ自体は後で柚那に治してもらうなりラボで治してもらうなりすればいいのだが、問題は当面俺の右腕が上がらないということだ。


「諦めなよ。その体じゃもう攻撃できないでしょう?せめて苦しまないように頭から食べてあげるから」


 そういうのは黄色担当の彩夏ちゃんとかにしてほしいな。まあ、名前的には魔女堕ちするほうだけど。


「ったく……これ以上インフレされたらさすがについていけねえぞ」

「ついてこれなくても大丈夫、どっちみちあんたはここで終わりなんだから」


 トーコちゃんはそう言うと、狼少女のような姿に変身して舌なめずりをする。


「きひひ、ちょっと楽しみ。さすがに私も人は食べたことがないから…ああでも魔法少女って人とはちょっと違うか。どんな味がするんだろう、ねえ?気にならない?おいしいと思うんだよね、ううん、絶対おいしい!」


 相手を食べると決めた途端に嬉々として饒舌になるのは、さすが貪食といったところか。


「人肉は臭みがあって下ごしらえをしないと食べられたもんじゃないって聞いたけどね。それに、何だったかでざくろが人肉の味とかっていう話もあるし、渋かったり酸っぱかったり水っぽかったりするんじゃない?」


 とはいえ、イノシシのような味だとか、仔牛のような味だとかいう話も残っている位なので、美味しいのかもしれないが。


「でも、残念だなあ。あんたがもし美味しくても誰にも言えないし、美味しくなくても誰にも愚痴れない」

「だったら食べるのを中止すればいいんじゃない?それで俺もハッピー、君もハッピー」

「ハッピーじゃないでしょ?食べたいものが食べられないんだから」


 えーっと……人の話を聞かない子だなあ。


「寿ちゃんとこまちちゃんの件は俺も何とか出来るように動いてみるからさ。もちろん君が正体バレしたくないなら誰にも言わない」

「え?……あ、ああ。そうだった。でもそれはそれ。もう私はあんたを食べたくてしょうがない」


 うわあああっ!この子完全に目的と手段が入れ替わってる!!


「じゃあ、いただきまーす!」


 そう言って大きな口を開けながらトーコちゃんが距離を詰めてくる。

 俺はさっき右腕で撃った全力の一撃をはじかれているので、左手しか使えない今の状態で普通に彼女に対して魔法を撃ったところでどうにもならないことはわかっていた。

 だから、無駄なことはしない。


「動かないでね!動くと長引いてかえって痛―グヘェっ!?」


 そう、無駄なことはしない。外が硬いなら中から攻撃するまで。


「悪い、君が本気で殺しに来るならこっちも君を殺しにかかるわ」


 俺は大きく開いた彼女の口に左手を突っ込んで、その左手から魔法を放つ。すぐにトーコちゃんも俺の意図に気が付き慌てて口を閉じて左手を噛み千切ろうとする。

 果たして、勝負は瞬きほどの時間、本当に一瞬の差で俺のほうが勝った。

 左手から放たれた魔法は彼女の食道、気管を通りぬけ体内で炸裂し、彼女の胸と腹が膨張し、一瞬で大玉送りの玉のような大きさになった。

 そしてすぐに逆流。俺の放った魔法は吐瀉物や汚物と共に口や鼻、そして彼女の下半身から排出される。

 破裂してバラバラにならなかったのはさすが七罪といったところだろうか。


「あ、左手ねえや」


 痛覚を切ってあったので気がつくのが遅れたが、俺の左手は噛みちぎられたのか、逆流に巻き込まれたのか、肘と手首の間で消失していた。


「ぐ…ぼぉ、よぶぼお…!」


 血反吐を吐くとはよく言ったものだ。大量の血をとともに恨みのこもった声を吐き出しながらトーコちゃんが立ち上がる。


「ああ、アレでまだ生きてるんだ……お互い大変だよね」


 痛覚を切っているせいで骨が見えるほど肉をそがれても腕を噛みちぎられても涼しい顔で立っている俺。

対して、多分痛覚も切れず内蔵がどれだけ裂け、破れ、潰れているかわからない程の深手でも死ねないトーコちゃん。

 お互い大変なんて言えるほど、彼女に比べて俺の状況は悲惨ではないが、どっちにしても普通の人間とは大分違うものだ。


「おながいだいよぉ………もう、ごろじでよぉ……」


 トーコちゃんは俺の肩に手をかけて懇願するようにそう言った。


「…無理だな。俺はもう魔法が使えない。君が腕を噛みちぎったからね」


 無理やり右手を上げれば、使えないことはないが、もし魔法を使ったとしても彼女を殺せるという確証はない。それどころか、もしかしたら更に生き地獄を味合わせることになるかもしれない。


「うぞづぎっ!」


 トーコちゃんは俺の右腕を持ち上げ、自分の口の中に差し込む。


「………」

「もふ……やらよぉ」


 ヤダじゃねえよ。んだよ、ヤダって。ふざけんな。

 生きるのが嫌?

 辛いのが嫌?

 食べられないのが嫌?

 何が嫌なのかしらねえけど自分が「嫌」だからなんて、そんな理由で俺に人殺しになれってのか。

 人殺しを美化するつもりはないが、それでも俺はそんな理由で人殺しになんてなりたくない。

 しかし彼女はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、右手をくわえ込んだまま首を横に振る。

 俺は生きたいと思って魔法少女になった。

 柚那も自分の人生を生きたい。そう願って魔法少女になった。

 狂華さんもチアキさんもひなたさんや楓さんにだってそれ相応の理由があって魔法少女になった。

 他のみんなだってそうだ。少なくとも俺の知っている子たちの中には、もう殺してくれなんて言うやつはいないだろう。

 俺はこいつが大嫌いだ。

 俺の感情が高まるのと同時に、右手に魔力が収束していく。


「ああ…あり…あと…」


 俺の右手の魔力の収束を感じたのだろう。トーコちゃんはそう言って涙を流す。

 嫌々やっている相手にありがとうなんて、彼女はなんて酷い言葉を投げつけるのだろう。

 無知からくる言葉か計算から出た言葉か、そんなことは関係ない。

 今、彼女の言った言葉は罪だ。

 彼女にこんなことを言わせる事態に至らせた俺や、彼女や彼女にも罪があるだろう。

 罪には罰が必要だ。

 彼女達に対する罰はなにか、俺にふさわしい罰はなにか。

 それを考えて、俺は自分の持っているすべてを使って、ここで俺と彼女、そしてここにいいない彼女と彼女の4人を断罪することにした。

 

 

 


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