模擬戦3
「どう?あんたがあの日どれだけ酷いことをしたか思い出した!?」
敵の魔法少女がそう言って俺にステッキを向ける。
「というか、まだ回想が当日まで行ってない」
「は?」
「いや、前後関係もしっかり思い出したほうが、君が怒っている原因も思い出せるかなと思ってさ…というか、俺の記憶にあることは全部話すから、俺がどこで君の逆鱗に触れたのか指摘してくれないか?もしかしたら何か誤解があるかもしれないし、指摘してもらえれば俺も説明できるだろ」
「…チッ、あんた一人に任せておいたら長くなりそうだからもうそれでいいよ」
あ、いいんだ。こんなこと言ったら問答無用で攻撃を食らうかもと思ってたから結構拍子抜けだ。
「じゃあ当日の話な。俺の朝食は…」
「そういうところはカットしていい!」
模擬戦当日。レギュレーションの確認を終え、フラフラと本陣に戻ってきた俺は、フラッグの前で今回のフィールドの見取り図を広げた。
「……昨日、色々考えたんだけどさ」
「ああ…はい。朱莉さんの目の下の隈で、一晩中すごい考えたんだなっていうのは伝わりました」
柚那はそう言ってコーヒーの入った水筒を差し出してくれ、回復魔法もかけてくれた。
「色々、本当に色々なパターンを考えたんだけど、結局速攻で片を付けるのが一番いいと思う」
「となると、全員突撃ですわね」
「いや、突撃は三人。朝陽は陽動をかねて正面から派手に魔法を使いながら行ってくれ。朝陽が陽動をかけている間に、俺は箒に愛純を乗せて大回りして背後を突く。柚那は防衛。あっちが複数人来たら、怪我するほど無理はしなくていいからな」
「私だけ留守番ですか……」
「そう嫌そうな顔をするなよ。男は戻るところ…港に待っていてくれる女がいるから頑張れるんだぜ」
「ああ、朱莉さんが港港に女を作るって話ですか?」
「愛純!……柚那、違うからな。俺は柚那のお陰で魔法少女や研修生達の中では全く相手にされなくなってるし。東北や関西の誰かと浮気しているとか、そういうことは全くないぞ」
愛純の言葉を聞いて固まった柚那にそう弁解をしてから改めて愛純のほうに向き直る。
「愛純、この際だからハッキリ聞いておく。お前なんか俺に不満でもあるのか?」
「さあどうでしょう」
「不満があるならちゃんと言えよ。そうやって当てこすりみたいにちょいちょい突っかかってくるんじゃなくてさ」
「突っかかってくるってなんです?みゃすみんわかんなーい。きゃはっ」
ああもう。マジで殴りたい、この笑顔。
「……ていうか、さっきの朱莉さんのセリフって、柚那さんがプレッシャーかけてないと女作るぞーって聞こえるんですけど。そう聞こえない?朝陽」
「それは確かにそう聞こえないことも……まさか朱莉さん?」
「朝陽まで何言ってるんだよ」
「朱莉…さん…?」
「いや、せめて柚那は信じてくれよ!」
俺はツッコミを入れるが、俺以外の三人は全く笑っていない。
あれ?この空気、本気でマズくないか?
「最近、仕事が忙しいとか言って、柚那さんとはすれ違い生活だっていうのに、昨日一人でふらっと出て行ったと思ったら、彩夏に会ってたんですよね?セナから聞きましたよ」
「っ……愛純、お前なんでそんなこと今言うんだよ」
「あっれー?今言われちゃマズいようなことでもあるんですかぁ?」
マズい関係ではなくても、マズいタイミングというのは存在する。だが、そのマズいタイミングを招いたのは俺だ。
「…ねえよ」
「聞こえませーん。なんですかー?」
「マズいことなんてねえっつってんだよ!やましくなんかまったくねえ!俺は柚那意外とどうこうなるつもりなんてねえよ!」
「……じゃあ、私じゃなくて柚那さん連れてってあげてください。もしくは柚那さんと一緒に残ってくださいよ。別に今回は生き死にかかってるわけじゃないんですから。そのくらいしてもバチはあたらないと思いますよ」
愛純に真顔で睨まれた俺は返す言葉がなかった。
彼女の言うとおり、最近和希のことや隊長業務にかまけて柚那とはすれ違っていたし、柚那の婚約者としてはそのくらいのことはしてあげたほうがいい気がする。ただ、それって隊長としてどうなのか。
「狂華さんの話は私達も聞いておりました。シゴキが嫌なら誰を連れて行ったとしても朱莉さんがしっかり活躍してきちんと勝てばいいんですのよ。それに万が一負けたところで、狂華さんのシゴキならダイエットにちょうどいいですわ」
そう言って朝陽はなぜかドヤ顔でふふんと鼻を鳴らす。……うん。まあ、たしかに朝陽は最近また太ったもんな。
「でも本当にいいのか朝陽、愛純も」
「いいも悪いも、私達はチームなんですから変な遠慮しないで、やりたいことがあるなら口に出して相談してほしいですわ。ねえ愛純」
「そういうこと。真面目な話、朱莉さんは最近柚那さんに構わなさすぎですよ。昨日彩夏からも釘さしてもらったのに、まさか昨日の今日でさっぱり忘れているとは思いませんでした」
「……いや、でもさ。別に遠距離とかじゃなくて、一応毎日顔は合わせているわけで。それなのにそんな我儘いっていいのか?」
「いいんです!ていうか、むしろ毎日顔合わせているのに殆ど喋らないほうがきついじゃないですか!本当にそういうところわかってないなあ、朱莉さんは。あと、狂華さんはOGですけど今は私達の隊長じゃないんですよ。今の隊長は朱莉さん。もう交代して半月なんですからそろそろ自覚持ってしっかりしてくださいよ」
「……ごめん。また憎まれ役やらせちゃったな、ありがとう愛純」
「わかればいいんですよ。ほんと朱莉さんってハラハラするというか、イライラするというか」
「あはは、俺はそういうところ柿崎くんみたいに気がつかないし、マメじゃないから。イライラさせて本当にゴメンな」
「な……い、今、柿崎さん関係ないやろー!」
愛純が顔を真っ赤にして頭から湯気を上げつつプンスコと抗議してくるがとりあえず無視。憎まれ役やってくれたのは感謝するけどやっぱムカついたところについてはやり返したいし
「じゃあ行くか、柚那」
「はいっ」
柚那が返事をして俺の手をとった時、丁度模擬戦開始を知らせるサイレンが鳴った。
「愛純、留守番よろしく。朝陽も気をつけてな。狂華さんと精華さんの喧嘩で俺たちが怪我しちゃつまんないから二人も無理はしないこと。とはいっても、もちろん負ける気もないぞ。フラッグは俺と柚那で持ち帰るから期待して待っててくれ」
「了解です」
「お二人も、がんばってくださいましね」
「ああ。じゃあ、また後でな」
「二人とも本当に怪我しないようにね」
愛純と朝陽に見送られながら、俺は柚那を箒の後ろに乗せて空へと舞い上がる。
「飛ばすぞ。しっかり掴まってろよ」
「はいっ、絶対離しません!」
柚那が俺の腰にしっかり掴まったのを確認してから俺は全速力で敵陣を目指す。と、飛び始めて十秒もしないうちに柚那が俺の肩をタップして叫ぶ。
「朱莉さんストップ!下!」
柚那に言われて急停止して下を見ると、森の中を縫うように4本の光の帯が高速で移動しているのが見えた。
「あれはセナとこまちちゃんか」
目を凝らして光の帯の先端を見ると、二人は拳銃型のステッキを二丁ずつ後手に持ち、その銃口から魔力を噴射して高速移動をしている。
昨日聞いた話では二人はディフェンス担当という話だったのに、やはり配置を変えてきたか。
というか、なんか箒で空飛ぶよりかなりかっこいいなあれ。俺もああいうのやりたい。
「攻撃しますか?」
「いや、三人アタッカーなら足止めがてら攻撃したほうがいいだろうけど、朝陽が頑張ってくれるだろ。腐っても元七罪だしな。むしろ―」
姿の見えない残りの二人の地対空攻撃が怖いと言おうとしたところで一発の銃弾が俺の髪をかすめた。
「柚那捕まれ!一旦森に突っ込むぞ!」
先ほどの一発は挨拶代わりだったとでも言うかのように、おびただしい数の銃弾が一秒前まで俺たちが居た空間に飛来する。
銃弾の中に寿ちゃんの必殺の矢が一発だけ混じっていたら「矢が一発だけ!?やるな、寿!」という賛辞を送るところだが、そんなことはないところを見ると、寿ちゃんは息を潜めて様子を見ているか、もしくは彩夏ちゃんだけが迎撃に出てきたということだろう。
急降下して森に入った俺は、すぐに本陣最優先と決めて彩夏ちゃんの相手をせずにできるだけ低空かつ高速を心がけながら木々の間を抜けていく。
少し飛んだところで気配を感じて後ろを振り返ると、彩夏ちゃんと彼女の回りに大量に浮かんだマスケット銃が俺達の後をピッタリとつけてきていた。
俺はさらにスピードを上げるが、木立に邪魔されて彩夏ちゃんを振り切るのは難しそうだ。
「朱莉さん!」
柚那も同じ光景を見たのだろう。俺の服を引っ張って悲痛な叫びを上げる。
「わかってる!柚那、バリアの準備だ!」
おそらく一発目を打ち切り、タメに入っているだろう彩夏ちゃんのフルバースト相手に、柚那のバリアが持ちこたえられなければ最悪ここでゲームオーバー。そうならなくても一度降りて彩夏ちゃんの相手をしなければいけないくらいにはダメージを受けるだろう。
それによしんば即ゲームオーバーにならなかったとしても、彩夏ちゃんと戦っている間にセナとこまちちゃんが二対一で朝陽、愛純を順番に一人づつ撃破していったら多分負ける。
「……朱莉さんは先に行ってください、私はここで彩夏ちゃんを止めます」
「柚那?」
「箒の二人乗り楽しかったです。これからは私も仕事手伝いますから、これが終わったら仕事の合間にでもまた乗せてくださいね」
頬に柔らかい感触を感じた後、不意に箒から柚那の重みが消える。
俺が振り返ると、柚那は器用に木の枝を掴んで大車輪のように回転して体勢を整え、後を追ってきていた彩夏ちゃんに向かってキックを繰り出したところだった。当然彩夏ちゃんもそのままキックを食らうようなことはせず、迎撃しようと銃口を柚那に向けて引き金を引く。
対する柚那もバリアを展開……しない!?いや、厚みを増して手のひら大に展開したバリアが柚那の周りを飛び回り、飛来する銃弾を次々弾き、そのバリアが導くかのように柚那の蹴りが彩夏ちゃんに向かっていく。
「うえええっ!?ピンポイントバリア!?そんなことできんの!?ちゃ、チャージ――」
「いっけええええっ!」
「うわあああっ!反則だああああっ!」
柚那の気合の声と彩夏ちゃんの驚愕の叫び声が交錯し、大きな衝突音がした次の瞬間、ダメージセンサ兼本部との通信機になっている右腕に巻いたスカーフから思わず脱力するような声で『デデーン!彩夏、アウトー』という声が聴こえる。
柚那の名前がコールされないところを見ると、どうやら柚那は怪我どころか、ほとんどダメージなしのようだ。
柚那の無事にほっとして少しスピードをゆるめた俺の耳に、今度は『デデーン!朝陽、アウトー』という声が飛び込んでくる。
こちらも朝陽の名前だけで、スカーフからこまちちゃんの名前もセナの名前も聞こえない。
ということは二人は無傷、もしくは傷を負っていてもごく軽微で戦闘可能な状態で朝陽を突破したということだろう。
だから今朝あれほど『朝食食べ過ぎると動きが鈍るぞ』と忠告したのに…。
とにかく朝陽が突破されたなら時間の余裕は本当にない。愛純が本気の本気を出してくれれば望みがあるが、愛純自身が言っていたようにこの試合には生き死にがかかっているわけでもない。そんな状況で愛純が本気の本気を出してくれるとも思えない。
少し危険を伴うが、俺は再び速度を上げ、木立の中で出せる最大戦速で敵陣を目指す。
急いだおかげか、一分もしないうちにいきなり視界が開け、ちょっとした広場のような場所に出た。
そしてそこには寿ちゃんとフラッグが――
「待ってい……ちょっと!どこ行くのよ!」
――あったのだが、勢い余って寿ちゃんとフラッグを行き過ぎてしまった。
俺が空中で慌てて急ブレーキをかけて反転すると、寿ちゃんの矢が目の前に迫っていた。
「あぶねッ!」
寸でのところで矢をかわして地面に降りると、一対一では圧倒的不利で追い詰められているはずの寿ちゃんのほうが何故か余裕の表情をしていた。
「待っていたわよ、朱莉」
あ、そこからやり直すんだ。
「待っていたって…俺が来ることがわかっていたみたいな言い方だね」
「わかるわよ。あんたが自分で片づけなきゃ気が済まない性格なのはよく知っているから」
「じゃあ、何らかの俺対策はしてあると思ったほうがいいのかな?」
「そうね。ほら、そこと、あそこ。それにあっちも」
そう言って寿ちゃんが指差した場所には彼女の手元から伸びるワイヤーにつながったさまざまなトラップが見て取れた。
「ずいぶん余裕じゃん。トラップの位置を教えてくれるなんてさ」
「その三つは本命じゃないから別にバレても構わないからね」
確かに三つとも丸太だの鉄製の檻だの虎ばさみだので、普通の人間ならともかく魔法少女だったら大したダメージのなさそうなものばかりだ。
「ってことは別の本命がどっかにあるのか」
俺は周囲を見回してみるがそれらしいものは見当たらない。
まあ、トラップが丸見えだったらトラップの体をなさないので当たり前といえば当たり前だが。
「そうそう、朱莉、あんたってアニメ好きよね」
寿ちゃんがそう言って指を振ると、俺の方に向かって丸太が飛んでくる。
当然見え見えのトラップを食らう必要はないので俺は横に飛んで回避する。
「ん?ああ。まあ好きだなっ…と」
「精華さんや彩夏ともそういう話するじゃない」
次に飛んできたのはクロスボウの矢。しかしこんなもの、彩夏ちゃんの銃弾や寿ちゃんの矢に比べればかなり遅い。
「ああ、もしかして寿ちゃん話に入れなくて寂しかったとか?
少し挑発するように言ってみるが、寿ちゃんは特に挑発に乗るようなこともなく淡々とトラップを発動させ続ける。
「そうね、寂しかったっていうのはある」
「ああ、それは悪かったね。今度二人が好きなシリーズのアニメ貸してあげようか?」
「彩夏が薦めてくれたのを見ているから結構よ」
「そりゃあ重畳。何見たの?」
すべてのトラップをかわして着地を決めた俺は寿ちゃんに向きなおって尋ねる。
「そうね、ヒントをあげるから当ててみて。アニメやマンガに詳しい朱莉ならわかるでしょ」
「時間がないから手短に頼むよ」
こまちちゃんとセナが愛純を倒すまで時間稼ぎをしたいのだろうが、そうはいかない。付き合ってやるのは一回だけだ。
「ああ、大丈夫。私の好きなキャラクターのセリフを言うからそれが誰のセリフかあててくれればいいから」
「おう、よっぽどマイナーなアニメじゃなきゃ大丈夫だ、どんと来い」
俺がそう言うと、寿ちゃんはニィっと口角を上げて笑ってから口を開いた。
「悪ィが、こっから先は一方通行だ!!」
うわー……そこ来るかー。
「簡単だ。正解は……」
言いかけた俺の足元で地雷が爆発し、ふっ飛ばされた先でクレイモアが火を噴く。
「うわ…ちょっ…こと…」
俺は体勢を立て直そうと試みるが、その都度数々のトラップに人間ピタゴラスイッチのように吹き飛ばされ続け、自分の本陣近くまで戻されてしまった。
ようやくトラップから開放されて、全身すすだらけになった俺の耳に「愛純、アウトー」の声が聞こえてきたのは言うまでもない。
ていうか、丈夫だなこのスカーフ。




