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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編
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怒りの矛先

 アメリカでの一年間の研修を終えて日本に戻ったチアキは、扉の前で寮を見上げた。


 チアキがアメリカに旅立つ前となんらかわらぬそこに立っている寮は相変わらず無駄にでかい。

現在のメンバーが自分を含めて4人。

 うまく行けば来年度から魔法少女が各地域、もっと増えれば県毎に配置されることになり、今年から人数がかなり増えるとは言っても50人にも満たない人数だ。

それがすべて集まったとしても使い切らないほどのホテル並みの施設など税金の無駄ではないか。

 こんなことを思いながらため息をつくのもいったい何回目だろうか。


(まあ、そんなこと言っても、あるものは使わなきゃ勿体無いしね)


 そう気を取り直して寮に入ろうとしたところで、チアキは後ろから声をかけられた。


「あれ?見ない顔だけど、お姉さんも新入りの魔法少女なの?」


 チアキが声をかけられて振り返ると、そこには自分や同僚達よりもさらに幼い容姿の少女が立っていた。


「うーん…新しくはないかな。あなたは新人さん?」

「はい!根津みつきっていいます!」


 魔法少女になってからすぐにアメリカでの研修に回されてしまっていたため、まだ番組への出演はないが、チアキは4番目の魔法少女であり、しかもチアキは今年の新人から研修の担当教官になることが決まっている。


 個人的には先輩後輩は気にしない主義だが、生き死にに関わる研修を担当する以上、厳しくせざるを得ない立場だといえるだろう。


「みつきちゃんは本当の年齢はいくつ?」

「12」

「…ああ、そう」


(敦子の子と同い年…)


 チアキは友人の子と同じ年令だというみつきの実年齢を聞いて、精神にダメージを受ける。


(そっかあ…まあ、そうよね。魔法少女だもんね…)


「どうしたのお姉さん」

「なんでもないのよ。私はチアキ、今回の新人…つまりあなたたちの先生になる予定なの」

「そうなんだ!よろしく、チアキ先生」


 思ったよりも素直ないい子じゃないか。チアキがそう思って油断した瞬間、みつきはチアキに飛びかかり、すれ違いざまにチアキのスカートをめくった。


「ひゃっはー!やってやったぜー!」


 そう言って、してやったりという顔で振り返った瞬間、みつきの視界が肌色一色でうめつくされる。

そして顎に衝撃。


「ぐぇっ!」


 チアキの肘を顎にくらったみつきはカエルが潰されたような声を上げながら宙を舞う。そこにさらにチアキからの追撃が入り、何度かその場で回転した後で地面に落ちる。


「私、相手が子供だからって手加減するつもりないから」


 地面に仰向けに倒れて目を回しているみつきを見下ろしながらチアキが吐き捨てるように言う。


「さっきは先生なんて言ったけど、仲良し学級なんてするつもりはないから覚悟しなさいよ」


 それだけ言うと、チアキは荷物を持って倒れたままのみつきに手を貸そうともせずに寮の中へ消えた。

 みつきはチアキを目で追うでもなく、空を見上げたまま鼻から垂れてきた血をぺろりと舐めて「うーん」と唸った。


「でも、私はできれば仲良く楽しくしたいんだよなあ…」




 それからも、みつきは事あるごとにチアキにつっかかってきて、チアキの立てた研修計画をぶち壊しにしたが、しかし研修の成果が上がらなかったかと言えばそんなことはなく、むしろガチガチになっていた他の研修生の緊張を解すのには丁度いいスパイスになって研修の成果が上がったくらいだった。


 だが、チアキとしては必死で組み上げたカリキュラムがぶち壊しにされるのは面白くない。そのためチアキはみつきと話し合いをするためにある日の研修後に教員室に呼び出した。


「チアキさん何の用?なんかくれるの?」

「そうねえ…パンチとキック、どっちがいい?」


 呼び出しの趣旨を伝えたにもかかわらずとんちんかんなことを言い出すみつきに腹を立てながら、表面上はにこやかな表情を崩さずにチアキがそう返した。


「どっちもやだよ!ていうか、いつも授業いっぱい手伝っているんだから、たまにはなんかくれてもいいじゃんよー」

「邪魔している、の間違いでしょう。まったく、いつもいつもあんたって子は!」

「でも楽しくなきゃみんなついてこないんだし、結果オーライじゃん」


 さらっとみつきが言った一言はチアキがいつも気にしていることだ。


「チアキさんは楽しくないことやりたい人なの?それって変だと思うんだけど」

「…私の講義がつまらないのはわかっているけど、私はあなた達を3ヶ月で一人前にしなきゃいけないのよ」

「どんなに頑張ったってそんな短い期間で一人前になんてなれるわけがないじゃん。私なんてまだ12だよ?一人前の大人になるにはあと8年もかかるんだよ?」

「私が言っているのはそういうことじゃなくてね」

「チアキさんがいっているのはそういうことだよ。数字とか歳とか。チアキさんは一人前がなんなのかわかってないと思う」

「じゃああんたは何ができたら一人前だと思ってるのよ!」

「仲間じゃないかな」

「そういうことを言ってるんじゃ…」

『いや、みつきが正しいぞ』


 部屋の中には間違いなくふたりきりしか居ない。にもかかわらず、聞こえてきた狂華の声に驚いてチアキがあたりを見回した。


「チアキさんはさー、生徒の魔法くらい覚えておいたほうがいいと思うよー」


 そう言ってみつきが床に自立していた紙人形を持ち上げる。


「梨夏の紙人形。休み時間に皆でよく遊んでいるんだけどチアキさんは知らないでしょ」

「だってあの子の魔法は――」

『チアキ、魔力の使い方次第で魔法の種類は増えていくってことはお前だって知っているだろう?』


 紙人形がビリビリと震え、狂華の声で喋る。


「私は…そんな報告受けてないもの」

『真面目なことだな。都に言われて研修を見に来てよかったよ』

「何?また私を外すの?」


 本当であれば狂華、ひなた、精華の三人と同期で実戦デビューをするはずだったチアキは三人に比べて魔力の出力が足りずに一年間の猶予が与えられ、その間に二期、三期生の教育カリキュラムを作るための研修としてアメリカに渡っていた。


『また、という言い方は心外だな。前にも説明したが、チアキが実戦に出るまでには一年必要だということで研修を受けに行ってもらったんだ。そこを勘違いされては困る。…まあそれはいい。チアキ、今日からお前の補佐としてみつきを付ける。二人で今期の研修を進めてくれ』

「ちょっと待ってよ!なんでこんな子を!」

『部屋も移れ。二人で一緒にいたほうがカリキュラムを作りやすいだろう?』

「…なんであんたが私に命令するのよ」

『私は隊長で、おまえはヒラ隊員だ。それにこれは上からの、命令でもあるからな。…話は以上だ』

「話はまだ終わってないわよ!」


 チアキはそう言ってみつきの手から紙人形を奪いとるが、もう既に紙人形は力を失い、くったりとした普通の紙に戻っていた。

「く…」

「まあ、そういうわけだからよろしくね。チアキせんせー」

「ぐぬぬ…」

 こうして、チアキとみつきの奇妙な同居生活が幕を開けた。


 


 チアキが不本意ながらみつきとの同居を始めて気がついたのは、彼女が思った以上に勉強ができないということだった。


 魔法少女としての彼女の実力はずば抜けていて、同期はもちろん講師であるチアキ以上の実力を見せることもままあったし、運動神経もよく、格闘技のセンスも悪くはない。実際ほかの同期の研修生とは違いチアキと並んで、既に実戦にも出ている。だがいかんせん、みつきはいわゆる学校の勉強、とりわけ算数が苦手だった。

 そんなみつきを見かねて、しだいにチアキが勉強を教えることが増え、みつきの歳相応な可愛げに触れたチアキはみつきと打ち解けていった。

 そして、仲良くなるにつれて、チアキはみつきのあるクセに気がついた。

 悪ふざけはするものの普段は素直でそんなことをするとは思えないみつきだが、時々なんの意味があるのかわからない他愛のない嘘をつくのだ。

 ずっと気になっていたその嘘について、ある日チアキはみつきに訪ねてみることにした。


「ねえ、みつき」

「うん?」

「あなた、なんで時々妙な嘘をつくの?」


 別にその嘘は誰かを貶めるためのものではないし、それによって研修が著しく遅れるとか何か損害が出るといった類のものでもないが、本当は素直なみつきに嘘つきというレッテルが貼られるのはかわいそうだ。チアキは常々そう思っていた。


「あー…その…」


 みつきはそう言って頬をポリポリと掻きながら目をそらす。


「嘘がいけないことはわかっているんだけど、その嘘で皆が楽しくなればいいかなって思って。それに全部ウソっていうわけじゃないし。ちょっとだけ話を大きくしたりはするけどデタラメは言わないようにはしているんだよ」

「皆を幸せにするための嘘、ね」


 チアキの経験上そういうことをいう人間は大体がろくでなしのクズ男だったので、あまり両手を上げて賛成とは言えないところだったが、みつきはそういう男たちとは違うということは理解している。理解しているだけに扱いが難しい。


「でもね、その嘘が人を傷つけることだってあるのよ。たとえみつきにそのつもりがなくてもね」

「そういうものかなあ…」

「そういうものよ。今まで山ほど嘘をつかれてきた私が言うんだから間違いないわ」


自分で言っていて悲しくなってくる話だが、チアキは男運が悪い。

 学生時代の彼氏は生活費をギャンブルにつぎ込み、チアキに食事を作らせておきながら一円も払わず、さらには借金までした挙句に浮気をされた。

『俺にはでっかい夢がある!ついてこい』という男を信じて尽くせば、夢とやらはどこへやら、資金として渡していたお金は文字通り風呂の泡と消えており、別れ話になれば『お前のために頑張って働いたのに。もういい、ホームレスに俺はなる』と、どこかの海賊のようなテンションでホームレス王宣言までされる始末。

 そんなチアキの人生がようやく落ち着いたのは自分の店を持ってからのことだ。


「…まあ、あれは私がほったらかしにしすぎたのが行けないんだけど」

「え?何の話?なんでちょっと不機嫌になっているの?」

「なんでもない。とにかく、いい嘘でも悪い嘘でも、デタラメじゃなくて大げさに言っただけでも。極端に言えば秘密も何がどう人を傷つけるかわからないんだから関心しないわ」

「うん…まあ、そうだよね。じゃあみんなで考えてた来週の狂華とひなたと精華とチアキさんのバースデーパーティーのことも秘密にしたりしないほうがいいよね…」

「いや、それは秘密にしなさいよ。てか、私それ当事者じゃないの!」

「うん」

「うんじゃないわよ!あんたわざとやったでしょ!」

「やだなあ、そんなこと無いって」

「絶対わざとだ!はぁ…なんなのよもう」

「怒らないでよ~、かわいいなあチアキさんは」


 そう言ってみつきはチアキの頭をよしよしと撫でた。


「あんたねえ…」

「でもさあ、チアキさんって人がいいよね。狂華に言われたからって私なんかと一緒に住んだりして」

「仕方ないでしょ、命令なんだから」

「じゃあ命令じゃなかったら一緒に私と一緒に住んでくれないの?」


 そう言ってニッコリと笑いながらみつきが首を傾げる。


「初対面の時なら絶対一緒に住まなかったわね…でもまあ、今なら一緒に暮らすのもやぶさかじゃないわよ」

「そう言ってもらえると嬉しいな」


 チアキの返事を聞いたみつきは先程までの何かを企んでいるような笑顔ではなく、素直な笑顔で笑った。


「打ち解けてくれたようでなによりだな」


 リビングの入口に立った狂華が、開け放たれた扉をノックしながらそう言って笑う。


「ちょっと!なんで勝手に入ってきてるのよ!」

「あはは、ごめんねチアキさん。私は止めたんだけどさ」


 狂華の陰から申し訳なさそうに片手で拝むようにしながら、組織の結成当初から狂華についていた、宇都野都が顔を出す。


「お詫びと言っちゃなんだけど、ケーキ持ってきたから皆で食べようよ」


 都はよくも悪くも人の顔色を伺うのが得意だ。そして、何かをするときにはその結果を自分の好みに作り変えるための策を忘れない。

 その証拠にこうして持ってきているケーキの箱もチアキとみつきが好きな店の箱だ。


「あなたって、そういう根回しが本当に得意よね」

「やだなあ、心遣いですよぉ」

「確信犯的にやるのは心遣いじゃないわよ」


 チアキの言葉を聞いた狂華が眉を潜めて口を開く。


「チアキ」

「何よ」

「その確信犯の使い方は誤用だ」

「うるさい!関係ないところで余計な口挟まなくていいのよ!」


 都は狂華に対してもみつきに対しても担当者と魔法少女という関係を超えて、さらに言えば友人同士という枠でも括れないくらいの親しみや、一種の愛情を持って接していた。

 その分、狂華やみつきも都に対して同じくらいの愛情を返していたので、二人は度々ぶつかることもあったが、よくあるハーレムものラブコメのライバル同士といった感じで、いがみ合いながらも都を間に挟んでどこか認め合う。そんな関係だった。


 だが、そんな狂華とみつきの関係を作ったのも都なら、関係を壊したのも都だった。

 たまたま偶然、みつきと都が二人で出かけていた時に都が事故にあったのだ。

 そして、それは敵の襲来予報が出ていた時間の直前で、みつきは救急車で運ばれていく都を見送ってそのまま現場へやって来た。

 そして本当に普段通りの表情で、普段通りに振るまい、普段通りに敵を殲滅した。ただひとつ違ったのは、敵を一体逃してしまったということだけだ。しかし普段そういったミスをしないみつきのミスは狂華の中で違和感となり、狂華にみつきを問い詰めさせる要因になった。


 ―そして、事故の発覚。


「仕方ないでしょ。私達は戦いが優先なんだから」


 悪びれる様子もなくそう言い放つみつきの顔を狂華が拳で殴りつける。


「もう一度言ってみろ!」

「仕方ないものは仕方ないって言っているの!私達の使命は戦うことで、みやちゃんの使命は私達を戦わせること!だからしかたないの!」

「私が言っているのはそういうことじゃない!なんでお前がついていながら都を危険な目にあわせたかのかということだ!」

「…それは」

「なぜ都を守らなかった」

「…」

「二人でいったいどこへ行っていた!なぜ私を連れて行かなかった?私が一緒にいれば都に大怪我をさせるようなことにはならなかった!」

「なに?ヤキモチ?自分が連れて行ってもらえなかったからって拗ねてるの?」

「貴様ぁっ!」


 ヘラヘラと笑うみつきに激昂した狂華は両手で彼女の襟首を掴むと、そのまま叩きつけるようにして壁におしつけた。


「…もしも都に何かあったら、私はお前を絶対に許さない。誰が止めようが、他の魔法少女がお前に味方しようが必ずお前を―」


 狂華が言い終わる前にひなたが狂華をみつきから引き離して間に割って入る


「やめとけ!…狂華、お前はこんなことしてないで早く病院に行け。都のそばについていてやれ」

「そこをどけ、ひなた」

「いやだね」

「私の邪魔をする気か?ならお前もみつきと一緒に」

「おう狂華――あんま舐めたこと言ってると、こっちも本気になるぞ」


 普段は常に笑っているかのように細められているひなたの目が開かれ狂華を睨む。


「ここで喧嘩して都が助かるって言うならいくらでも相手になるさ。でもそんなことないだろ。…もう一度言うぞ。お前は都のところに行け」

「……わかった。すまんひなた。少し頭に血が上っていたようだ」

「そのセリフは俺じゃなくて、後ろで必殺技出しかけてる精華とそれを抑えてくれてるチアキに言え」


 ひなたに言われて狂華が振り返ると、普段から無口で何を考えているかあまりわからない精華がこちらに向けて必殺技を打つ体勢に入ろうとしており、それを後ろからチアキが羽交い締めにしているところだった。


 結局、医師の処置や狂華の祈りも虚しく、都は意識不明の重体のまま半年が過ぎ、そして、あの運命の戦闘を迎えることになる。


 既にチームは3つに分けられ、ひなたと精華はそれぞれ担当の地域に振り分けられ、当時関東に残っていたのは、狂華、チアキ、みつきの三人のみ。対して、現れた敵性宇宙人の数は怪人クラス、戦闘員クラスを合わせて50。

 これまでにない規模の襲来に、ひなたのチーム、精華のチームにも応援の要請が入れられたが結局間に合わず、三人は両チームの応援が到着する前に接敵、戦闘を開始することになった。


 魔法で広範囲をなぎ払うことのできるみつき、スレンダーマンで一度に大多数を相手にできる狂華。その二人に比べるとどちらかと言えば一対一を得意とするチアキはやや戦力としては劣っていると言わざるをえない。

 もちろんチアキはその事を理解していたため、その戦闘では魔法を使った後に一瞬できる二人の隙をフォローするように動いていた。


 二人の間を行ったり来たりしながら、直接二人に攻撃を仕掛けようとする戦闘員にナイフを投げ巨大なフォークで突き刺し、縁に鋭い刃を備えたスプーンで首を刈る。チアキがそういたフォローをしているうちに狂華とみつきはみるみる敵の数を減らしていく。

 そしてその数が半分ほどになった時、敵の動きに変化が見られた。

 10体ほどの戦闘員がチアキを取り囲むようにしてその進路を遮ったのだ。


「邪魔よ!」


 チアキはそう叫んでナイフを投げるが、チアキを取り囲む戦闘員はそのナイフをのらりくらりとかわし、ただただ、包囲を続けている。フォークを振り回してみてもスプーンを振り回してみても状況は変わらず、戦闘員達は一定の距離を保ってチアキを包囲し続ける。


「こいつら!」


 埒の開かない状況の中、チアキは二人のほうに目をやる。

 狂華は問題がない。現在10体のスレンダーマンを出して同数での戦闘を継続している。一方みつきはチアキ同様…いや、チアキ以上に状況が悪い。

 みつきの魔法が広範囲を攻撃できるとはいえ、それはミドルからロングレンジでの話だ。放射状に広がる魔法の出始めは範囲も広くなければ、連射も効かず打ち終わった後のタメの時間も長い。そんな状況であれだけの数に囲まれては、魔力を乗せたパンチだけではかなり厳しい。


「みつき!」


 チアキは周りの戦闘員ではなく、みつきに迫っている戦闘員に向かってナイフを投げ、何体かの戦闘員を打ち倒すことには成功するが、それでもまだみつきを取り囲む戦闘員の数は多い。いや―


(おかしい!多すぎる!)


 狂華に10体、チアキにも10体。みつきに20体


(いつのまに増えた…?)


 そんなことを考え、周りを見渡しながら再びみつきの援護をするためにナイフを投げる。再び数体の戦闘員に命中するが、みつきを取り囲む戦闘員の数は減るどころか増え続けている。


「狂華!みつきの援護を!」


 しかし狂華も手一杯なのか、チアキの声に気づかない。


「狂華!」


 チアキは再び叫ぶが、やはり狂華はその声に反応を見せない。


「そこをどけぇっ!」


 フォークを突き出し、みつきのところへと突進を試みるチアキ。しかしそれは取り囲んでいた戦闘員達が身を挺して阻止をし、その代わりのようにどこからか現れた戦闘員が再びチアキを取り囲み牽制を始める。


「みつき!無事!?みつき!」


 チアキがそう叫んだ瞬間、団子のようにみつきを取り囲んでいた戦闘員の集団が真ん中から吹き飛び、中からぐったりとしたみつきと、みつきを脇に抱えた精華が現れる。 

 そして精華はみつきを抱えたままその場から消え、次の瞬間、その場に残っていた戦闘員に向かって直上から炎が降り注ぎ一瞬にして消し炭に変えた。


「らしくないなあ。チアキも狂華もみつきも。うちと精華がいないと、こんなもんなん?」


 チアキが上を見上げると、関西弁バージョンになったひなたがロッドを構えた姿勢で笑っていた。


「どういう仕組みかわからんけど、戦闘員を生み出しとるんは怪人や、雑魚はほっておいて怪人から倒すで」

「了解」


 ひなただけではなく、みつきを避難させて戻ってきた精華や二人のチームの魔法少女たちのおかげでその後の戦闘は5分とかからずに終結した。

 そしてこの戦闘は、みつきの引退回となり、関東、北陸、関西それぞれチームの視点で描かれたストーリーと、3チームが合同で戦闘を行う神回として通称「トリロジー」と呼ばれるようになった。





「これが、みつきと狂華のいざこざについて私が知っているすべて。この件がきっかけで大けがをしたみつきが引退するっていうことになって、一回脱落して私と同じようにアメリカで研修中だった柚那がこっちにもどされたっていうわけ」

「その、都さんっていう人は?」

「いまだに昏睡状態よ、それもあって狂華は今もみつきのことをよく思っていないわ」

「都さんはどんな事故にあったんですか?」

「交通事故。ありがちな三文小説みたいな話だけど、赤信号で飛び出した子供をかばって車に撥ねられたの」


 そんなの、みつきちゃんがかばえるわけがない。有名人である彼女が都さんを庇って撥ねられ、その後なんの問題もなく番組に出演していたら、目撃者から疑問の声が上がるだろうし、下手をすれば動画や写真がSNSで瞬時に拡散される。

 そうなったら、魔法少女の存在についてや、宇宙人の存在などまで明るみにでてパニックや暴動が起こる可能性だってある。

 そしてそんなことは、狂華さんだってわかっているはずだ。


「そうね、そんなことは狂華だってわかっているわ。それでも狂華はみつきの事が許せないの。人の心っていうのは、そうそう簡単に割り切れるものじゃないから。ただね、狂華も葛藤しているのよ。わかっている事実と自分の気持ちの折り合い。それがうまくいかなくて、苦しんいでる。だからできればそっとしておいてあげてほしいっていうのが、私とみつきの考え」


 それが成り行きを知っていたチアキさんが、今まで俺や柚那に話さなかった理由か。

 でも、たとえ狂華さんが苦しんでいたしても、チアキさんがそっとしておいてほしいと願ったとしても―


「それでも俺は、狂華さんが許してあげるべきだと思います。その、都さんって人だって、今の二人の関係を望んでいるわけがない」


 二人に対して、愛情を持っていたと思われる都さんだからこそ、いがみ合う今の二人の関係なんて、望むわけがないんだ。


「朱莉がそう考えるなら、好きに動いたらいいわ。ただ、私は手を貸せない。狂華の気持ちもよくわかるし、みつきの気持ちだってわかるから」

「みつきちゃんの気持ち?」

「自分が悪者になれば、狂華が少しは救われるんじゃないか。ってね、そう思っているのよあの子」


 振り上げた拳の振り下ろし処。

怒りの矛先。

 行き場のない暴力や感情は、自分の中に溜まってやがて暴発する。

 そのためにはガス抜きが必要。

 いけにえが必要。

 だったら自分がいけにえになればいい。

 その考え方はわかる。

わかるけど、そんなのは間違っている。

 みつきちゃんのその考え方は、すごく強い意志がなければできないが、同時に力任せで未熟な考え方だ。

 誰かが不幸になる解決方法なんてのは、最終的には結局みんなが不幸になる。


「チアキさん、俺…」

「いいから、好きにしなさいって…私じゃ無理だったけど、できれば柚那を懐柔したときみたいに、朱莉が二人をデレ期にしてくれると嬉しいわ」


 そのほうが平和だからね。と笑って、チアキさんは酒をあおった。


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