寮の中心でネギを拒んだケモノ
俺の自業自得で始まったVSあかり戦。
今振り返ってみれば自分でも最悪だと思う俺の説得の言葉と、和希のどうしようもない野望を知っておかんむりのあかりは、顔は似ていないのに、怒った姉貴と同じオーラを纏いながら全力で攻撃を仕掛けてきた。
開始早々、なぜか律儀に俺を担いで逃げてくれる和希とそれを追いかけるあかり。
担ぐのは効率悪いと途中で気がついてグルグルを外してくれた和希に協力して俺も一緒にあかりを止めようとするも、あかりのオールレンジ攻撃は容赦なく俺や和希の尻や背中を焼き、俺達は後ろ半分だけ裸という、まるで裸エプロンか、没落したどこかの御曹司のような恥ずかしい状態にされた。
かと言って俺はもちろん、じつはあかりのことが好きだったという和希も手を出すことができず、いよいよ次の攻撃で俺たちの後ろ半分が丸こげにされるだろうという段になって、現場に急行してきたひなたさんとチアキさんがなんとかあかりをなだめてくれて収まった、
正直、あのまま続けていたら俺も和希もおしりや背中だけではなく、命が危なかったかもしれない。
和希。と馴れ馴れしく呼んでいることでわかってもらえると思うが、結局和希はこちら側に寝返った。
一応挨拶をしておこうと思って電話をかけたユウからは『やれるもんならやってみろとは言ったけど、その日のうちにというのはさすがに驚いた』と賞賛され、正月休みが開けて戻ってきた都さんは『また面倒な子を抱え込んで…』と呆れ顔だった。
わりと面倒見の良い都さんが面倒な子と評するように、調べてみると和希の立ち位置はかなり複雑だった。
元々、幼稚園を卒業後に父親の転勤で引っ越しをした和希は、引越し先で両親の離婚を経験した。
…いや、経験する予定だった。
中学に上がるときに全寮制の学校に入れられ、両親がいよいよ離婚するという段階になって、和希は最後に三人で旅行に行きたいと言い出した。
和希にしてみれば、それがきっかけになって、もしかしたら両親がまた元通りになってくれるんじゃないか。そう思っての提案だったようだ。
しかし、現実はそうはならず、文字通り和希と両親に取っての最後の家族旅行になってしまった。
目的地に向かう途中の山道での父親のハンドル操作ミスによる転落事故。
それが本当に操作ミスだったのか、父親による無理心中だったのか。それを確認する術はもうないが、ガードレールにぶつかった衝撃で、転落する車から運良くか運悪くか、外に放り出された和希は、崖の途中の木に串刺しになり、虫の息でいるところをたまたまユウに発見され、あとはお決まりの『私と契約して魔法少女になってよ』とかそんなやりとりがあって、今の姿になったそうだ。
ちなみに、両親は転落した車に乗ったまま即死。和希の遺体は出なかったが、状況からみて、遺体は獣にでも持ち去られたのだろうということで決着した。
つまり、都さんのいうところの面倒くさい子というのは、戸籍上は死んでいる子。ということだ。
そんな状況だった和希を、なんだかんだ言いながらも方々手を回して翌々日には戸籍を作りなおして魔法少女としての登録を終えてしまう辺り、都さんは本当にすごいと思う。
そんな感じでバタバタしているうちに、俺と和希にとっての悪夢の一夜となった夜から一週間が過ぎた。
「うっす、朱莉先輩」
「おう、和希」
最初こそ少しぎこちなかったが一週間も経つと気安いもので、こうしてラウンジなどで顔を合わせれば普通に挨拶をするようになった。
和希は七罪だった(しかも朝陽に比べて俺と柚那が捕まるなど実力もあり注意が必要)という事情を考慮され、とりあえず寮住まいにして経過観察。問題が無ければみつきちゃんのいるマンションに引っ越して4月からあかりとみつきちゃんが通う学校に編入という決定が下された。
七罪という元々の和希のポジションや朝陽に比べて七罪だった期間が長いという事情からすると軽すぎるとも思える処分だが、彼はまだまだ若い。俺自身、少年法などに一言あるほうなので、どんなことをした子にも再起のチャンスを!なんて胡散臭いことを声高に言うつもりはないが、身内というか、親しい人間が厳罰に処されずにすんでひとまずはホッとしている。
そうそう、和希が経過観察ということで寮に入ってくれたことにより、俺たち…主に俺と朝陽と愛純にとってうれしい誤算があった。
「今日の朝飯はなに?」
「簡単で悪いんですけど、ソーセージ焼いた奴と目玉焼き、それに味噌汁っす。あ、目玉焼きはスクランブルエッグにも変更OKです」
「じゃあ目玉焼きで」
なんと和希は料理が結構できるのだ。しかも毎日毎食を喜んで作ってくれている。
俺が愛純の裸を餌に和希を釣ろうとした時に和希は俺を神呼ばわりしたが、毎朝柚那のマヨネーズ入り味噌汁を飲まされるかどうかの瀬戸際だった俺たち三人にとっては和希こそが救いの神だったというわけだ……いや、自分で作ればいいのはわかってるけど、料理好きな人がいるならお願いしたほうがいいじゃん。
「ああ、そうだ和希」
「なんですか?」
「今日暇なら、服買いに行くか?」
「いや、俺今殆ど金ないんで」
一応和希は研修生扱いで手当がでるようにはなったが、それも来月からなので和希の手持ちはユウからもらっていたというお小遣いだけだ。
「そうは言っても、毎日俺のお下がりのジャージだけってわけにも行かないだろ。毎日飯作ってもらってるお礼に買ってやるから暇なら行こうぜ。一週間ずっと寮に閉じこもりっきりだし、気分転換がてら」
「いいんすか?」
和希は料理をつくる手を止めて顔をあげると、嬉しそうに笑った。
もちろん俺があげた服は一枚だけではないが、俺からのお下がりは必然的に微妙に地味なうえに若干サイズが大きめだ。
それと・・・自分で着ている時にはあまり気にならなかったのに、こうして人が着ているのを見ると、俺って酷い服を着ていたんだなあと実感するのでこれを着せ続けるのもしのびない。。
朝陽と愛純、それに柚那からのお下がりの話もあったのだが、和希的に趣味じゃないらしくあまり着ようとはしない。まあ、趣味が合わない以上にあの三人の服の値段を聞いて和希がビビっている感じも受けるのだが。
ちなみに。背丈も服の値段の身の丈も同じくらいのみつきちゃんとあかりからも洋服のお下がりをくれるっていう話はあったのだが……和希が試着した時点である部分がキツくてあかりがブチ切れたとだけ言っておこう。
というか小さいのもまた個性なんだから気にしなくていいんだぞ、あかり。
「柚那と一緒に街に出る用事があるからついでだけどな。他にも必要なもんあるだろそういうのも揃えちゃおうぜ。あとは遊び道具とか、趣味とかあればそういうのも揃えれば」
「う……柚那さんが一緒か…」
柚那と一緒と言われて和希の表情が少し曇る。
和希はあの時、柚那とお風呂に入ったという事実で俺を挑発したが、その時逆に柚那が自分の裸を観察していたということを知り、見られていたことの恥ずかしさを自覚したのか、柚那にはなるべく近づかないようにしている。
和希のほうが避け始めると、今度はそんな和希が面白いのか柚那のほうからちょっかいをかけるようになった。
一緒にお風呂に入ろう!と追い掛け回された和希が涙目で俺の部屋に逃げ込んでくるなんていうことはほぼ毎日の事だ。
まあ、逃げこむと言っても柚那は合鍵持ってるので俺の部屋に逃げ込むのは無駄なんだけどな。
さらに和希は、柚那のことが軽いトラウマになったようで俺以外の子とは一緒に風呂に入るのを遠慮している節もある。そのため柚那から戦闘の時の一部始終を聞いて青筋を立てていた愛純にも被害がなく結果オーライという感じだ…被害がなかったにもかかわらず俺は愛純に3日ほど口をきいてもらえなかったが。
「うーん…じゃあ絡まれないように後ろの席で小さくなってます」
「だな。いただきます…」
俺は頷きながら手を合わせると、最初に味噌汁に口をつける。
「うまっ!なんか変えたか?」
「マジっすか!?実は昨日、チアキさんが色々くれたんすよ。で、今日はだしに焼干し使ってみました。そんで、具も……」
目をキラキラさせながら今日の味噌汁がいかに自信作かを語ってくれる和希は中身が男の子だとわかっていてもちょっとかわいい。
「あー、朱莉さんがいやらしい目で和希を見てますわ!」
「……いつ来たんだよお前」
「ふっふっふ。食べ物あるところ、秋山朝陽あり!ですわ」
朝陽はそう言って胸ポケットからマイ箸を取り出すとポーズを取ってシャキーンと構えてみせる。
それでいいのか!?本当にそれでいいのかお前は!
「和希、私にも朝ごはんいただけますか?」
「はいはい。ちょっと待ってて」
和希はそう言ってキッチンの方に戻ると朝陽の分の朝食をトレーに乗せて戻ってくる。
「ほい、お待ち。目玉焼きでよかったよね?」
和希はそう言って朝陽の前にトレーを置くと自分の分の朝食を取りにもう一度キッチンに向かう。
「なあ朝陽」
「なんでふ?」
ソーセージをくわえたまましゃべるんじゃありません。
「…朝陽から見て、和希はどうかな?」
「どうと言われましても…元七罪と言っても、この間が初対面ですもの。朱莉さんや柚那さんのほうが和希については詳しいんじゃありません?」
「いや…洗脳とか、そういう感じは受けないかって話」
「ああ……私の時みたいなことが起こらないかということですか。…多分ないと思いますよ。あと、私の暴走は別にユウさんがどうこうしたわけではないですからね。お恥ずかしながらあれは私が勝手に思いつめて爆発しただけです」
ポリポリときゅうりの漬物をかじりながら朝陽が笑う。
「優しいんですのね」
「別に優しくないだろ。疑っているんだし」
「ふふ…朱莉さんのそういうところ、嫌いじゃないですよ」
「何が嫌いじゃないの?」
「朱莉さんの優しいところですわ。ごちそうさま。今日もおいしかったですわよ和希」
戻ってきた和希に上機嫌でそう答えると、朝陽は食べ終わった食器を持って立ち上が……え!?がっついていたわけでも、汚い食べ方をしたわけでもないのに、更にしゃべっていたのにもう食べ終わってるだと!?どういうことだこれは。
「なんです?」
「いや、別に」
「ああ、そうでした。柚那さんと一緒に出かけるんですよね。私と愛純も一緒に行っていいですか?ちょっと買いたいものがあって」
「大歓迎!」
何故か俺より先に和希が答える。まあ、朝陽と愛純がいれば少しは柚那からうける被害も少なくなると踏んでのことなんだろうけど。それは甘いと思う。朝陽はともかく愛純は面白がって煽りそうだ。
「じゃあ、出る前に声かけるな。多分10時位だからそのくらいまでには出る準備しておいてくれ」
「わかりましたわ」
現在の時刻は8時10分。そろそろ柚那を起こして飯を食べさせないと10時には出られないだろう。
「和希、俺ちょっと柚那を起こしに行ってくるから、柚那の分の朝食を用意しておいてもらっていいか?」
「わかった。柚那さんって目玉焼き派?スクランブルエッグ派?」
「だし巻き卵派」
「了解」
和希はそう言って頷くとキッチンの方へ戻っていった。
柚那を起こしてラウンジに向かわせてから、俺は出発前に愛車の洗車をすることにした。
別に汚くしているわけではないが、この後女の子を乗せてドライブするのだから綺麗にしておくに越したことはない。
隣に停められた見慣れないビートルに水がかからない場所に愛車を移動させてから鼻歌まじりに洗車を始めると、後ろから声を掛けられた。
「お、朱莉ちゃん」
「げ、深谷さん」
じゃあ隣に停まってたビートルはこの人のか。
ていうか見慣れない色だなと思ったけど、白と緑のグラデーションとかもろにこの人の趣味じゃん。なんで俺ってそういう観察眼みたいなの全くないんだろ。
「ちょっと!『げっ』て何?」
「いえ、なんでもないですけど」
まさか本人に、この間のことで結構おなかいっぱいなのでしばらく会いたくなかったとは言えない。
「それよりどうしたんです、深谷さんが寮に来るなんて珍しいじゃないですか」
「実は、色々面倒なことになっちゃっててさ」
そう言うと深谷さんは憂鬱そうに大きなため息をついた。
「面倒なことってなんです?ひなたさんに怒られたんですか?」
「ひなたさんにも小金沢さんにも怒られたというか、からかわれた。あと桜にメチャメチャつつかれた」
「大変ですね、深谷さんも」
「まあ、それも大変というかストレス溜まる出来事だったんだけどさ、今日は別件。都さんに呼ばれたんだ」
「都さん?」
「うん。まあ、みつきちゃんと小さい方のあかりちゃんが来ていた時点で嫌な予感はしていたんだけどね」
こんな朝早くから来てたのか。だったら寮の方に顔出してくれればいいのに。
「まさかふたりで事足りるからって深谷さんクビですか?」
「・・・なんかちょっと嬉しそうじゃない?」
「そんなことないですよ」
本当にそんなことはない。この間の夜のこともあるし、もしも深谷さんとの秘密があかりに漏れたら嫌だな、もう少し遠いところに行ってくれないかなとは思っていたが、クビになってしまえとまでは思っていなかった。
「まあいいや。都さんの言うことにゃ、正規と比べても遜色のないみつきちゃんとあかりちゃんがいるし、私もそこそこ強いんだから――」
「うんうん」
「もういっそ、関東のご当地でチーム一つ作っちゃえばと」
「・・・はあ?」
「恋はまったく戦い向きじゃないし、ちばらぎと栃木もあんまり戦闘向きじゃないから、私とみつきちゃん、それにあかりちゃんと神奈川の霧香が中心になってまとめろって。教導隊にもちょいちょいチームを見させて戦力の底上げをしたいんだってさ」
なるほど、それは非常に面倒そうだ。
「でも、関東には俺達がいるのになんで都さんは……」
俺はそう言ってから自分が見当外れなことを言ったと気づいた。
逆だ。俺達がいるから対抗策が必要なんだ。関東の魔法少女というよりは、もしものときに東京を取り囲むことのできる環東京の魔法少女が必要と、そういうことなのではないだろうか。
「…なるほど。都さんの意図はなんとなくわかった」
「気を悪くしないでよ。朱莉ちゃんや和希ちゃん達を疑っているとかそういうことを抜きにしても、今後も元七罪が増えるなら何らかの対抗策は必要でしょ?」
いつものちょっと抜けた表情とは違う深谷さんの真剣な表情。こういう顔はなるほど捜査官の顔だ。
「別に気を悪くしたりはしませんよ。都さんはさすがだなって思ったくらいで。それで、引き受けたんですか?」
「うん、ちょっと気になることもあるし」
「気になること?」
「まあ、実力的に七罪っていうことはないんだろうけど、ちょっと気になる地域があって」
「気になる地域?」
「その子の管轄だけ異常に襲撃の件数が少ない」
多分、深谷さんが言っているのは山梨だ。前に、狂華さんも同じようなことを言っていたが、色々調べてみても何も出てこなかった。ユウがそういうこすっからいことをするかどうかはわからないが、もし他の七罪の担当区域だとすればそういう策略がある可能性はゼロではない。
「山梨なら前に調べましたけど、特に何も出ませんでしたよ。そう思わせる敵の作戦じゃないんですか?」
「山梨じゃないんだな。これが」
「じゃあどこ?」
「内緒。朱莉ちゃんは信用しているけど壁に耳あり障子に目ありっていうでしょ。ある程度目処がたったら教えるから」
「了解。できればいい結果がでないように期待してます」
いい結果、つまり深谷さんの勘が当たるということはつまり俺達の陣営に裏切り者がいるということになるのだ。できればそんな結果は出てきてほしくはない。
「そうだね。外れているといいけど」
そんなことを言いながら、深谷さんはバケツに突っ込んであったブラシを持って俺の車を洗い始める。
「もう少し話したいから手伝うよ。ねえ……朱莉ちゃんはさ、なんで七罪を勧誘してんの?」
ゴシゴシとブラシでタイヤをこすりながら深谷さんが尋ねる。
俺がいるのと反対側でしゃがんで作業しているため、表情は見えないが、多分今も捜査官の顔をしているんだろう。
「この間も言いましたよね、俺達と変わらない境遇なんだったら分かり合えると思っているからです」
「じゃあ私からもこの間と同じことを。どうしようもないクズはどこにでもいるよ。そういうクズを引き込んじゃって万が一味方に被害が出た時、どうする?私達魔法少女はまだいいよ。怪我もわりかし治りやすいからね。でも黒服くん達・・・朱莉ちゃんの後輩の柿崎くんとかそういう人たちに被害が出ちゃったら?」
「それはそれかなって感じです。毒を食らわば皿まで。毒を持って毒を制する。今のままなら多分俺たちは4月でおしまいですから」
「え?どういうこと?」
「だって考えてみてくださいよ。俺たちより間違いなく強力な力を持っているユウ・・・七罪の首魁ですけど、色欲のユウが最前線で黙っていうことを聞いているということは、地球の前線基地や月にはもっと協力な敵がいるっていうことです。で、連合軍の攻撃でそれがこっちに流れてこないとも限らない。教導隊の四人だって無敵じゃないですから、抜かれるかもしれないし、全滅するかもしれない。そうなったらこの国はあっという間におしまいですよ。だから戦力がほしい。そのためには多少の被害は目をつぶる。もちろん、黒服さん達に手を出させるようなことはさせませんよ。させませんけど、最悪それを飲み込んでも七罪は敵対するには惜しいと思います」
「・・・思った以上に黒いね」
「もちろん、さっき言った分かり合えるっていうのも嘘ではないんですけど、俺にとってはこっちが重要なんです。この間も言ったように、俺は柚那が一番大事ですから、柚那が悲しむ範囲の人間が死ぬような事態は絶対に避けたい。そのためには自分たちの戦力を強化する必要がある。何を置いてもね。そこは都さんも同じようなことを考えているから教導隊なんてものを作ってみんなを底上げをしているし、俺が和希を引っ張りこんでも直接文句を言われることもなく黙って対処してくれている・・・逆に本音を言ってしまえば、他の知らない人間なんて知ったこっちゃないんですよね。多分こういう状況だということを知っても、争い事は良くないとか何だとか言い出す輩は出てくると思うんです。だったら、争わずに勝手に死ねと俺は言いたいし、そんな奴のために俺の身内が死ぬのは許容できないのでできれば早めにどこかで野たれ死んでほしいです」
「また随分とぶっちゃけたというか、はっちゃけたというか。魔法少女にあるまじき発言だね」
「今のは邑田芳樹としての発言ですよ。自分をかばっている人間に後ろから石をぶつけるような人間はいない方がマシだ」
「・・・悪いとは言わないけど、その考えは危ないから気をつけなよ。特にユウとかいう奴につけ込まれないようにね」
タイヤを洗い終えた深谷さんはそう言って立ち上がると手を当てて、後ろにのけぞるようにして腰を伸ばす。
「あともう一つ。朱莉ちゃんはなんで本気出さないの?和希ちゃん捕まえるくらい、実は一人でできたでしょ?」
うわ、また嫌なことをさらっと聞くなこの人は。
「・・・本気出したら柚那の側を離れて教導隊に入らなきゃならんでしょうが。柚那以外にもここには俺の事を慕ってくれている・・・はずの子たちもいるし、あの子達は俺が守りたいんですよ。だから俺は本気出さないんです」
・・・朝陽も愛純も慕ってくれていると信じたい。だから問題なんてなにも起らない。
「あーなるなる。そういうことね」
正直昼間からアナルとか言わないでほしい。この人が言うと、おしりがキュっとなるし。
「ただ、教導隊に選ばれるかはともかく、隊長に選ばれてる時点で都さんにはバレバレだと思うよ」
「あ、やっぱりそう思います?」
実は俺もそう思っていた。
「そうそう、アナルと言えばさ」
「あんたアナルって言ってねえだろ!?」
俺は確かに連想したけど、深谷さんのニュアンスはそういう感じではなかったはずだ。
「あの時の事をあかりちゃんに話したんだけど」
「まじかよっ!な、なんで?なんで話した?どういう流れでそういう話になるんだよ!」
「いや、軽く説明したらあかりちゃんが興味あるっていうからさ」
興味あるからって俺の実例を出す必要ないだろうに。
「なんかみつきちゃんが風邪気味だからしてあげるとか言ってたよ。話を聞いているうちにみつきちゃんは真っ青になってたけど」
そりゃ真っ青にもなるだろうさ。・・・強く生きろよみつきちゃん。
「最初微熱で顔が少し赤かったのに、血の気が引いてちょっと熱が引いちゃってたからね」
いや、そんな朗らかな笑顔で語る話かこれ。
「そもそも、普通の人間にも効果あるかどうか微妙なのに、魔法少女に効果あるんですか?尻ネギ」
「実際朱莉ちゃんは治ったじゃん」
「あれは別にネギのおかげじゃなくて治りかけだったからです!」
「熱でうなされてて、身体もろくに動かせなかった人がそんなこと言ってもね」
「・・・まあ、百歩譲ってネギで治ったとしても、普通に投薬で治せるんですから風邪くらい薬飲んで放っておけばいいんですよ」
「またそんなこと言って。風邪を侮ると命に関わることもあるんだからね。ネギにちゃんと感謝しないと」
ダメだこの人、ネギのことだと絶対に譲らない
「じゃあ二人が俺のところに顔出さなかったのはみつきちゃんの具合が悪かったからっていうのと、ネギを買うために早めに帰ったからってことですか?」
「いや、ネギくらい普通にこの寮にもあるでしょ?」
「ありますけど、まさか・・・」
まさかなと思ってその考えを打ち消そうとした時、寮の方からみつきちゃんの『ネギ嫌だあああああっ!ネギィィィッ!嫌ああっ!助けてェッ!』という悲痛な叫び声が聞こえた。
「・・・ここで?」
「ここで」
・・・待ってろみつきちゃん!今行くぞ!
押し付けるようにして洗車道具の後片付けを深谷さんに頼み、全速力で寮の階段を駆け上った俺はそのままの勢いでチアキさんの部屋の玄関をぶち破り、寸でのところでお尻を丸出しにされていたみつきちゃんを救出することに成功し、この間の和希との会話を許してもらうことにも成功した。
邪魔してしまったあかりとの仲はさらにこじれたけれど、それでもみつきちゃんが俺と同じトラウマを抱えずに済んだのは本当に良かったと思っている。
だから別に勢いで壊したチアキさんの部屋のドアの修理代だって安いもんだ。
安い・・・もんだ・・・。




