強欲の魔法少女
仲間を疑うなんて、なんてひどい奴なんだ。
今の俺は少し前の俺にそう言いたい。
結果として、強欲の魔法少女は深谷さんではなかった。
それは良かったのだが、まず不意打ちでみつきちゃんが。その後和希ちゃんからのSOSで現場に向かっていた俺と柚那が隙を突かれて捕まった。
で、今まさに深谷さんが捕まりかかっている。
「頑張れ深谷さーん」
「気のない応援なら無いほうがマシだよっ!」
まあ、正直深谷さんが勝てると思ってないので応援に気が入らないのも仕方ないということで許していただきたい。
とか言っている間にもネギが飛んでった。
「ま、ご当地魔法少女なんてこんなもんか。悪いね、俺の勝ちだ」
そう言って、強欲の魔法少女カズキは倒れた深谷さんの首元に自分のステッキを突き付けた。
少し前、和希ちゃんから連絡を受けた俺と柚那は進路を変更し、みつきちゃんが戦っているという場所に向かった。
みつきちゃんが戦っていると言われた公園の入口には和希ちゃんが待っていて、みつきちゃんは公園の奥だと俺たちに告げた。
和希ちゃんにここで待つように言ってから、奥へと走りみつきちゃんを見つけた俺達は、彼女に駆け寄ろうとしたところで、あっという間に縄のようななにかでぐるぐる巻きに縛られ、今はその状態で先に捕まっていたみつきちゃんと一緒に地面に転がされている。
「あー…負けちゃった」
俺たち同様あっという間にグルグル巻きにされた深谷さんを見て、みつきちゃんが大きなため息をつく。
今俺たちがぐるぐる巻きにされているこのガムのような物質はどうやら魔力を無効化する力があるようで、俺もみつきちゃんも柚那も魔法で縄を破ることができない。
そんな無力な俺達を一瞥すると、和希ちゃんは俺の携帯電話を持って、少し離れたところまで歩いて行って電話をかけ始めた。
「お疲れ様、深谷さん」
「お疲れ様じゃないよ…はあ…どうしよう。絶対怒られる」
「怒られるって、誰に?」
一応ご当地魔法少女は都さんの直轄ということになっているけど、都さんが作戦失敗くらいで怒るとも思えない。というか、怒られるとしたら、正規魔法少女にもかかわらずあっさり捕まっている俺と柚那だろう。
「……まあ、言っても別にいいんだけど。それも何か脅しのネタに使われそうでなあ…」
「こんなネタで脅さないって」
「いや、朱莉ちゃんじゃなくてさ」
どうやら怒られる云々はわりと失言であったらしく、深谷さんははっきりしない物言いでうんうんと唸っている。
「そもそも深谷さんの行動が怪しかったから俺たちは気を取られてこうして捕まっちゃったんだぜ。誰の指示で動いてたかくらい教えてくれてもいいんじゃないか?」
まあ、それはさすがに言いすぎかなとは思うけど。このくらいハッタリかまさないとだめだろう。
「私の行動が怪しかった!?怪しかったのは朱莉ちゃんと柚那ちゃん。それにみつきちゃんと小さい方のあかりちゃんで、強欲の魔法少女と会ったりしているから私はひな…っとっと。あぶないあぶない」
今、『ひな』って言ったかこの人。
「なあ、深谷さん。もうさっさとゲロっちゃった方がいいと思うよ」
「いやいや、そんな言い方されたらまるで私が朱莉ちゃん達に隠し事しているみたいじゃない」
明らかにしていると思うんだけど。
「やめてほしいな、そういう言いがかり」
「言いがかりもなにも…ひなたさんと深谷さんは一体どういう関係なんです?」
「ひ、ひひひひひひひなたさん!?私、ひなたさんとはなんの関係もないし!」
おーおー、目が泳ぎまくってる。
「ひなたさんに、朱莉ちゃんたちの事報告したら、面白そうだから好きに探ってみろとか言われてないし。朱莉ちゃんに身分がばれないようにデータベースとか、紙の資料とか抜いてもらったりしてないし!」
…根が素直だからなあ、深谷さん。つか、あの人が黒幕か。
つまり、俺が最初に疑ったように、ひなたさんもグルという推測はあたっていたわけだ。間違っていたのは二人の立ち位置で、二人は敵方の魔法少女ではなく多少俺たちとは立場が違うにしても、人間側だったということ。
「というか、別に私も小金沢さんも相馬さんももう公安とはなんの関係もないし!」
ああ、なるほど。ひなたさんの言っていた元警察官って、刑事警察じゃなくて公安警察のことだったのか。
それで、今でも魔法少女としての活動をすると同時に、組織としてつながってるかどうかはともかく、公安として魔法少女がこの国にとっての脅威にならないかを探ったりしていたとかそんなところだろう。
にしても、こんなベラベラと喋りまくる人で務まるのか、この国の公安って。
「ねえ、お兄ちゃん。こうあんって何?」
「簡単に言うと、テロリストとか、悪質な宗教とか、平和を乱そうとしている人達を見張ったり捕まえたりする警察だよ」
かなりザックリだけどだいたいこんな感じだと思う。
「なんだ。じゃあ私達と同じじゃん。疑ってごめんなさい。えーっと…深谷さん」
みつきちゃんはそう言って転がされたままではあるものの頭を下げる。
「うう…」
純真な笑顔で疑ったことを詫びるみつきちゃんを見て良心の呵責に苛まれたのか、深谷さんが小さくうめいた。
「そうだよな!仲間を疑うなんてひどい話だよな!……世の中にはそんなひどいことする奴もいるみたいだけど」
「うううう…」
「うん!もう疑ったりしないようにするよ!」
「ぐぅ……」
いい子だなあ、みつきちゃんは。そうやって悪気なく相手の良心を揺さぶってくれるところとかマジで良い子だと思う。
「…仕方なかったんだよね?本当は夏樹ちゃんだって、私達のこと疑いたくなんてなかったんだよね?」
別に打ち合わせをしたわけでもないのに柚那が俺の意図を察して話を合わせてくる。良い警官悪い警官。犯人の自白を引き出すための方法だ。
もともと柚那はこういう類のことを全く知らなかったのだが、二人で色々テレビドラマを見てふざけているうちになんとなくできるようになった。まあ、今まで引っかかったのは朝陽だけなんだが。
「うう……ごめんなさい柚那ちゃん。二人もごめんねぇ……」
本来良い警官、悪い警官を仕掛ける側であるはずの深谷さんが思い切りこちらの策略に嵌って泣きだした。
ホント、根は素直というか、単純な人だ。
「去年からあの子の事を追っていて、Xmasにみんなで仲良くしているのを見かけたから、みんなを見張ってれば姿を表すんじゃないかって思って、それでカマをかけたり、後をつけたりマンションを覗いたりしてたのぉっ」
じゃあ、あの時屋上にいたのあんたかよ!
「ていうか、深谷さんって空飛べましたっけ?」
あのあたりは他に高い建物はないので、誰にも気付かれずに上まで行くには壁をはって上がるか空を飛ぶかしかない。
「あ!最近飛べるようになったの!」
深谷さんは一瞬で泣き止むと、パッと明るい表情でそう言った。
彼女がこういういきいきとした表情をするのはアレ関連だ。
「……聞かなくてもわかる気がしますけど、どうやってです?」
「こう、ネギを片手で持ってね、高速で回すことでヘリコプターみたいに…」
「あんたは何帝国のモビルスーツだ!」
あれは手で持ってというわけではないけど、細かく教えるとネギローターとネギシールドが完成してしまいそうなので細かく説明はしない。もうこれ以上深谷さんのネギ武装を整えてやることもないだろう。
「まあ、この間みつきちゃんのマンションにいたのが深谷さんだったなら、いいんですけど。でも和希ちゃんの居場所なんて、すぐにわかったんじゃないですか?この間Xmasにユウが送っていった時とかに」
考えてみればユウもとんだ狸だ。
気の利くフリをして、わざわざ戦闘が終わる前に強欲の魔法少女に確認を取ったというのも今考えればあの時のユウにとってはさぞ容易かった事だろう。だって強欲の魔法少女は隣にいるんだもの。
まあ、嘘はついていないので、約束は守っているとは言えるんだけど。
「えっと……怒らない?」
「何をですか?」
「先に怒らないって約束してほしいんだけど」
「いいですけど」
「実は、ね。朱莉ちゃんの実家の前で待っている時に、異常に勘のいい朱莉ちゃんそっくりな人に追い掛け回されてみんなを見失っちゃって…あれって、もしかしてお姉さん?」
「ああ…多分そう」
事情を聞いて怒る気は全くなくなったが、深谷さんに対して憐憫の情というか、なんか同情みたいな気持ちが芽生えてきた。
ていうか、あかりと和希ちゃんを回収しに行った時に家にいないなと思ってたけど、何やってんだあの人は。
「…もしかして、深谷さんってあんまり仕事できない人?」
「うっ!?」
全く悪気なく、みつきちゃんが事実を淡々と確認する。
俺の中では深谷さんは仕事ができる人のイメージだったんだけど、みつきちゃんの言う通り、今日一日というかこの10分くらいでそのイメージはガラガラと音を立てて崩れていっている。
「ねえ夏樹ちゃん。桜ちゃんはグルじゃないの?」
「あー…まあ、その…私とはあんまり仲良くないけど…ねえ?」
深谷さんは柚那の質問を暗に肯定しながら目をそらす。
「桜ちゃんもグルなのか。二人共元交通安全課とか言ってたから完全に……って、そうじゃん!刑事事件担当してたっていうひなたさんが交通安全課なわけないじゃん!気づくきっかけあったんじゃん!」
うわー…初歩的なミスをするひなたさんも、それに気がつかない俺もバカ過ぎる。
つか、『交』通『安』全課とか、微妙に公安のヒントになってるし、バカにされすぎだろ俺。
「おしゃべり楽しそうだね。つーか、敵に捕まってるのに余裕だね」
電話を終えて戻ってきた和希ちゃんが、ニヤニヤとした笑いを浮かべてこちらを見下ろす。
「この国を守る魔法少女だ。なんて言っても大したことないよな、こうして俺一人に捕まってるんだからさ」
さっきから和希ちゃんはこの間までのしおらしい表情や仕草はどこに言ったんだろうかと思うくらいふてぶてしい態度をとっている。
…というか。
「和希ちゃん、もしかして元男?」
「ああ、そうだよ。危うくあかりには見抜かれかけたけど上手くごまかしてやったんだ。俺さすがじゃね?」
ゲラゲラと不快な笑い声をあげて和希ちゃん改め和希君が笑う。
「そういえば柚那…いや、ゆあちーいい身体してたよな。一緒に風呂入った時たっぷり見させてもらったぜ」
俺に対する挑発なのかもしれないけれど、そこに関してはちょっと感覚が麻痺してきているところがあるのか、それほど気にならなかったりする。
例えば知らないおっさんと柚那が一緒に風呂に入ったというならアレだが、魔法少女同士は元異性でもノーカンと言った感じだ。柚那もそこは同じらしく、最近は魔法少女同士で風呂にはいる事については特にお咎め無し。ちょっとしたスキンシップくらいなら多めに見てくれるようになった。……まあ、相変わらずあかりとみつきちゃんだけはダメだと釘を刺されてはいるのだが。
「柚那としては和希ちゃんの身体どうだった?」
「そうですね、未発達ですけど、年の割には結構大きい胸…あかりちゃんやみつきよりは大きいですよね。おしりも小さめでプリっと上がっていましたし、結構男性に好かれる身体だと思いますよ」
男性に好かれる身体って、なんか生々しいが、今はそのくらいの表現のほうがいい。
「だってさ、良かったな和希君。君のこれからの人生、彼氏には苦労しなさそうだぜ」
「ひっ…」
自分に彼氏ができることを想像したのか、和希君はブルっと身を震わせる。
このへんはまだまだ、子供だなあ。
「ヘアのほうはちょっとだけ濃…」
「わあああっ!やめろ!言うなあ!ちょっと気にしてるんだから!」
なるほど、和希ちゃんは体毛は濃い方なのか。ちなみにみつきちゃんは生えてない。あかりはわからない。柚那は…
と、そこまでで考えたところで、俺は柚那の渾身の蹴りを食らった。読心魔法、恐ろしい魔法だぜ。
「魔法で読まれたみたいな顔してますけど、完全に顔に出てただけですからね!」
そうだった。そう言えば今魔法使えないんだった。
「あ、そういえば、朱莉ちゃんも生えてないよね」
「ちょ………」
ギャアアアッ!なんで今ここでそれを言ったんだこのヘタレ捜査官は。
「えーっと、え?夏樹ちゃん朱莉さんとお風呂入ったことあるの?研修生寮には大浴場ないよね?部屋のお風呂に二人で入ったの?」
「あ……!」
『あ!』じゃねえよ!やめてくれ!これ以上柚那を刺激するようなことを言うのはやめてくれ!
魔法少女同士の入浴はOKっていっても、あくまで事後申告制。申告なき場合はペナルティが課される可能性もあるんだから。
「あ!…って、どういうことかな?」
柚那は縛られたままの状態で器用に転がって目が笑っていない笑顔を深谷さんの顔に近づける。
深谷さんは柚那と俺の関係、柚那の嫉妬深い性格を鑑みて自分が何を言ってしまったのか気づいたのだろう。表情が固まっている。
「あ、あのな柚那。みつきちゃんもいるし、後で話そう。な?」
やっちまったって顔をしている深谷さんの代わりに俺がなだめようとこころみるが、柚那のご機嫌は急降下だ。
「みつきがいると話せないような話なんですか。ふーん、そうなんですか。へー……」
やばい、柚那が本気でおむずがりだ。しかもこのグルグルを打ち破ってくれるかもしれないキレ柚那になる感じじゃなくて、後ろ向きなイジケ柚那だ。
「柚那、違うんだ。研修生時代のことだし、深谷さんとはそういう関係じゃなくて。その……」
「その、何ですか?」
「いや、その……みつきちゃんの前じゃちょっとな、わかるだろ?」
さすがにガチ少女には聞かれたくない話だし。
「ああ、そうですか。みつきみたいに若くなくてごめんなさいね。いいんですよ、どうせ私なんかあかりちゃんやみつきや朝陽や愛純とちがって年増ですよ…」
しまったっ!柚那が完全にへそを曲げてしまった。
「チアキさんみたいに年齢がいっているわけでもないし、どうせね、私なんか何もかも中途半端なんですよ」
「なんでや!チアキさん関係ないやろ!」
「関係ない奴の話しているなんて随分余裕じゃねえか!」
陰毛の話から立ち直ったらしい和希君が絡んできた。
「ああ、下の毛ボーボーの和希君じゃないか。もう大丈夫なのか?」
「うるせえよっ!」
鈍い音を立てて和希君の蹴りが俺の腹にめり込むが、グルグルがクッションになってくれたおかげであまり痛くない。
ていうか、短気だなあこの子。実はこの子が憤怒なんじゃないか?
「お前ら自分の立場がわかってんのか?お前らの命は俺の手の中なんだよっ!俺がその気になればお前らなんて終わりなんだからな」
子供だなあ。
誰かが来た時に俺たちを人質として使おうと思っているのかもしれないけれども、深谷さんが捕まったことで、いずれひなたさんが異変に気づき、教導隊の4人がここに来るとすれば、人質なんて全く意味を成さない。
この子は駆け引きをすれば一人でユウ4人分であるあの4人を相手にできるつもりでいるのかもしれないが、勝負は一瞬で決まるだろうから人質がどうこうなんて駆け引きをしている時間はない。
結局のところ、最初に殺さないで、こうして中途半端な拘束をしてしまった時点で、彼に俺たちを殺すことはできないのだ。
彼が本当に俺達の事を殺したいと思っていたのなら、最初の時点で殺すべきだった。こうして話をしてしまうと多少なりとも情が湧くし、サイコパスでも無ければ情の移った相手を殺すなんていうことはたやすくはできない。
しかし、それは裏を返せば俺にも彼を殺すことが難しいということで、それはもちろん見殺しにするということも含まれる。
普段はフレンドリーで平和ぼけしているような人たちなので忘れがちだが、あの4人は多分必要なら殺せる人達だと思う。
都さんに手を上げた俺の首筋にナイフを押し当てた狂華さん、仲間であっても疑いをかけ、結果的に失敗に終わったが捜査をして必要であれば始末をするだろうひなたさん。裏切った時にこまちちゃんと寿ちゃんを使って俺を殺しにかかった精華さん。チアキさんのそういう面はまだ見ていないが、彼女にそういう面がないとは言い切れない。
和希君を救ってやりたいなんて上からものを言うつもりはないが、できれば寝覚めの悪い結末だけは避けたいというのが本音だ。
「で、君は一体誰に電話してきたんだ?ユウにでも助けを求めたか?」
ユウが来てくれれば、状況を鑑みて無理やりにでも和希君を連れて帰るくらいのことはしてくれると思うので、少なくとも寝覚めの悪い結果になるようなことはないだろう。
あいつはこの場で俺たちを人質に取りながら四人と相対するなんてバカな真似をするほど頭が悪いわけじゃないから。
「そんなことするかよっ!俺はな、早く認められてえんだよ!あの人に助けなんて求めて手間かけてたら評価下がっちまうだろうが!」
和希君はそんなことを言いながら何度も何度も俺の腹に蹴りを入れる。
「俺が電話をしたのはあかりだよ!あんたの声でなあ『あかりちゃーん、裏切り者のことでちょっと話したいことがあるから一人で来てちょうだーい』って甘ったるい声でなあ!」
なるほど、俺の声にそっくりな声で和希君が電話を再現してみせる。これは確かに普通の人なら騙されるだろう。
だが、俺はあかりのことをちゃんづけしないし、あかりに対して深谷さんを裏切り者だと断定もしなかった。おそらくこの和希君のミスであかりも異変に気が付き、4人が来るのは早まるだろうから益々時間に余裕がなくなってしまった。
「なあ、和希君。悪いことは言わないから投降しろ。これから来るのはうちのトップ4人だ。君らのところで言えば、ユウが4人いるのと変わらない。そんなの相手に勝てるつもりか?」
「こっちにはあんたらっていう人質がいる。そう簡単に手を出すことは……」
「4人の中には狙撃が得意な人もいる」
本当は4人の中にはいないけど。
「アウトレンジからの狙撃、君に避けられるのか?よしんばそれを避けたとして、その二本の腕で接近戦のスペシャリスト二人を相手にできるのか?一人は分身もするから相手にする数はとんでもない数だぞ」
「ぐ……」
「さらには魔法でキミの存在そのものが消し飛ばされるかもしれないし、ナイフで手足を切り落とされたり、めった刺しにされるかもしれない」
「………」
「ハッキリ言う。このままだと君は負けて死ぬ。それでいいんだな?」
「う、うるせえっ!俺は……俺はっ!」
俺達の事を侮っていたのか、情報がなかったのか。和希君の顔に焦りの色が浮かび、眼球をせわしなくキョロキョロと動かして辺りを見回す。
「無駄だよ。6km先からでも頭を狙える人だ。探したって見つけることなんてできない」
もちろんハッタリだ。さすがに都さんでも6kmは無理だと思う。
「うわああっ!ど、どこだよ!どこから俺を狙っていやがる!?」
「知らねえよ。怖いならさっさと俺達を開放して投降しろ」
「んなことしたら偉くなれねえだろ!俺はここで地位も権力も金も手に入れるんだ!ムカつく奴らに命令できるようになって、好きな女も俺の物にするんだ!」
なるほど。中2でこれだけ色々欲しがりゃ確かに強欲だ。俺なんて中2の頃欲しかったのはせいぜいパソコンくらいだった。
「ていうか、好きな子いるんだ」
まあ、健全な中2男子なら普通っちゃ普通だけどさ。
「はぁっ!?いねえし!」
この反応もまあ、中2男子なら普通。かな。
「同じ学校の子?」
「男子校で同じ学校のやつが好きだったら問題だろ!」
あ、男子校なのか。そういえば和希ちゃんだったころ女子校って言ってたな。男子だったんだから本当は男子校だったってことか。 同じく男子校出身の俺としてはそういうこともあるだろと言いたいけど、まあそれはいい。
「じゃあ、違う学校の子か」
「だったらなんだってんだよ!」
「いや、俺も高校から男子校出身でさ」
「え?」
「女子と知り合う機会なんてあんまりなかったから、小中一緒だった子の事長いこと好きだったんだよね」
「………」
俺の言葉を聞いて、ギクッとした表情で和希君が固まる。
まさかなあ……
「君が好きなのって……あかり?」
「だ、だだだれがあんな凶暴なペチャパイ!」
和希君は真っ赤になって否定するが、誰がどう見ても図星だった。
というか、正直その表情にちょっと萌えた。だが…
「お前のような奴に妹はやらん!」
「は!?妹?え?え?」
「覚えてないかもしれないけど、俺の本当の名前は邑田芳樹。幼稚園にあかりを迎えに行った時に何度か会ったことがあるんだけど覚えてないか?」
名前を聞いてもピンとこなかったからあかりの卒園アルバムで確認したら見たことがある顔だったのだ。
わりと可愛い顔で中性的な顔だったから写真を見ても男子か女子か判断つかなかったんだけど。
「え……ええっ!?だってあのキモ………オジさんが!?」
今、キモって言ったな?オジさん忘れないからな。
「ああ。あのオジさんが俺だ」
「あ、いや。その……すんません!じゃなくて、えっと…」
好きな子の家族とわかって焦ったのか、和希君の態度が若干軟化したように見えた。
「なあ、あかりが好きならそれこそこっち来いよ。そのほうが絶対楽しいぞ。みつきちゃんのことだって嫌いじゃないんだろ?」
俺達が捕まった時点で、みつきちゃんも怪我らしい怪我なんてしてなかったし、多分、捕まえるときに傷つけないようにかなり気をつけたんだと思う。
「それはもう!俺が権力を持ったらみつきちゃんも彼女にしたいと思ってるし!」
気持ちはわかる。殺伐としたいまどきの中学生としてはかなり珍しい天然お子様美少女だからな。みつきちゃんは。
「それにうちの寮には大浴場もあるから、うまくすれば愛純…知ってるよな?宮野愛純。あのみゃすみんとも一緒にお風呂に入れるかもしれないし」
「お…おおおおっ!」
柚那の方から冷たい視線を感じるけど、今は和希君の説得が先だ。決して怖くて柚那の方を見られないというわけではない。
「実際俺は一緒に入った!みつきちゃんともな!」
痛い痛い!柚那の視線だけじゃなくて、みつきちゃんの視線も超痛い!
「うおおおおっ!」
「愛純の裸はすごかったぞそのへんのエロ本なんて比較にならないぞ。なあ、お前も仲間になれよ、和希」
「あ…あなたが神か!か、神よ…」
そう言ってフラフラと近寄ってきた和希君と俺の間に、一筋の光線が打ち込まれる。
「ふーん……なるほど、へー…」
上空から聞こえた声に顔をあげると、辺りにはM-フィールドが展開され、いつの間にかやってきていたらしいあかりが浮かんでいた。
「せっかく急いで駆けつけたっていうのに……最っ悪の気分!」
「ま、待てあかり。そのまま撃ったら俺も痛い」
「問答無用!死ね!バカ兄貴!バカ和希!」
あかりはそう言って俺と和希君に照準を定めた。




