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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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魔法少女たちの忘年会


 100畳の宴会場を二部屋繋げたちょっとした体育館のような部屋の前方に設けられた一段上がった壇上に、マイクを持った都さんが立って口を開いた。


「今年も一年、色々ありましたが、こうして一応全員無事に年の瀬を迎えられたことを嬉しく思います」


 都さんがそう言ったところで、ひなたさんが『去年無事じゃなかった奴がいうことかー?』とヤジを飛ばす。

 当時の俺は知る由もなかったが、ひなたさんの言うとおり去年のこの時期都さんは意識不明の重体で入院中だった。


「こうして元気になったんだから別にいいのよ!」


 ひなたさんのやじに律儀に返事を返してから都さんがスピーチの続きを話し始める。

 今日は魔法少女たちの一年の労をねぎらう、温泉旅館でのささやかな忘年会だ。

 今日この場に参加しているのは、一軍ともいえる俺達、TOKYO、SENDAI、OSAKA組。それに47人のご当地魔法少女達。それに都さんと主要なスタッフの、総勢100人だ。

 なぜ主要なスタッフの中に、柿崎くんが居るのかは深く考えないでおこう。


「都さんのスピーチ、早く終わりませんかしら」


 俺の隣で、テーブルの上に載った鍋の蓋をずらして煮え具合の確認をしながら朝陽がつぶやく。

 こいつ、すっかり胃袋キャラが板についてきたなあ。


「まあ、もういい加減終わるだろ。都さんだって煮詰まった鍋なんて食べたくないだろうしさ」


 ちなみに俺の右隣の席が朝陽、左隣は何故か精華さんだ。正面にはよく知らないご当地魔法少女の子たちが座っているが、チラチラこちらを見ながら話をしていて、こちらに話しかけてきてくれない。

 いや、話しかけようとしたんだけど何かこう、距離を置かれている。

 あと、一人だけ朝陽と同じように鍋を気にしている子もいる。


「朱莉、あなた今、面倒な席になっちまったなとか思わなかった?」

「思ってなうですよ」

「そう、それなら……って、それ今思ってるってことじゃない!?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないです」


 実際思っているけれども。


「なんかムカつく!なんで私がこんな席なのよ!」

「まあ、お互いくじ運がなかったってことで」


 俺達が会場についてみると、くじの入った小さな箱がおいてあり、その横には都さんの秘書のニアさんが立っていて正面には会場の見取り図と大体の席の位置が書かれた紙が貼られていた。

 ニアさんの説明によると、このクラスの席替えのようなノリの席順の決め方は昨日就業時間終了ギリギリになって都さんが突然言い出したことらしい。

 つまり、こうして俺の隣に面倒くさい精華さんが座っているのも、俺の運のなさが原因だ。

 ちなみに俺の愛しの柚那はと言うと、ちょっと離れた席で下池ゆあファンである愛純とあかりに挟まれてご満悦の様子だ。

 というか、正直俺だってあっちに行けるものなら行きたい。


「しばらく一緒にご飯食べられなくなるからことこませなさやと一緒に食べたかったのに…」


 変な略し方すんなよ。

 っていうか。


「どういうですか?精華さん異動なんですか?」

「は?何?狂華から聞いてないの?私達4人は番組のほうには出るけど、普段は4人で行動して実力不足な魔法少女の指導にあたることになったのよ。あと他の国の魔法少女と一緒に奪還作戦をしたり」


 なるほど、クリスマスにユウが言っていたのはこの事か。とりあえずここはすっとぼけておこう。


「いや、聞いてないですけど…朝陽は聞いてたか?」


 まあ、武闘会の時みたいに俺だけ教えてもらえていないという可能性はなきにしもあらずなので一応朝陽にも確認を取る。


「いいえ初耳ですね、ただ狂華さんが連絡漏れをするとは思えないので、もしかしたらまだ言ってはいけない話だったのではないでしょうか。例えば今日発表になるとか、年明けから本格的にプロジェクトが動き出すとか」

「ああ……」


 この人ならやりそうだ。という意味を込めて精華さんの顔を見る。


「『ああ…』何よ。言いたいことがあるならハッキリ言ってよ」

「精華さんならやりそうだなと思って」

「はっきり言い過ぎよ!」


 じゃあ一体どうしろと言うのか。


「大体、いくら私がドジっ娘だからって私がそんなミスするわけが―」


 ない。と精華さんが否定する前に、壇上の都さんが「今日は皆さんに重大発表があります」と前置きをして、つい今しがた精華さんが言ったことそのままの内容プラスアルファの内容を話し始める。

 話を聞いた会場はざわめき、とても事前に連絡が行き渡っていたようには思えない雰囲気に包まれた。


「精華さん……」

「ああ…やっぱり…」

「う、うるさいわね。結果的に今日この場で発表になったんだからいいでしょう」

「いや、そりゃあ結果だけ見ればオーライですけど……真面目な話、反省したほうがいいですよ」


 しかしまあ、四人だけとは思わなかった。ユウにも話したが五人はほぼ確定だと思っていただけに都さんの考えがちょっと読めない。

 四人で充分と考えたのか、四人を半ば生け贄に考えているのか……都さんに限ってそれはないか。


「で、精華さん達四人はこれからどんな感じになるんですか?指導に当たるってことはずっと本部詰めなんですか?」

「私達は、後輩の指導だけじゃなくて自分達の実力アップもしなきゃいけないから遊撃隊みたいなこともやるんだって。あとは研修に来た娘の代わりに常駐したりとか」

「大忙しですわね……あら?じゃあ小料理屋ちあきはどうされるのでしょう」

「閉店か、4月まで休業かのどっちかだろうな」

「なん…ですって……?」


 確かにあの味が毎日味わえないのはちょっと寂しいけど、そんな世界の終わりみたいな顔するほどでもないだろうに。


「まあ、チアキさんがいなくても狂華さん……もいないのか!」


 狂華さんもいないということは……


「やっとお気づきになられたようですわね」

「すまん、朝陽。これは完全に俺のせいだ」

「全くですわ」


 未だに身体の形を変化させたり相手の心を読んだりするのが苦手な俺ではあるが、最近一つの応用魔法を身につけることができた。その魔法とは感覚遮断。

 痛みを消したり和らげたりすることができる魔法だ。もちろん消すことができるのは痛みだけではない。

 五感を弱めることもでき、聴覚を弱めることで熟睡ができたり、嗅覚を弱めることで悪臭漂う下水道で活動できたりと意外とその応用方法は幅広い。

 その五感の中で最近俺がよく調整しているのが味覚だ。

 ある日の朝、コロッケの失敗から立ち直りった柚那が用意してくれた創意工夫あふれる朝食を食べるにあたって味覚を弱めたのが最初で、それ以来ちょくちょく味覚を殺しては柚那の創作料理を旨い旨いと言って食べていた。

 そんな状況でチアキさんも狂華さんもいなくなれば、俺が褒めちぎったせいで自信を持った柚那が食事当番に立候補することになるだろう。

 もちろんチアキさんのところの料理が強制でなかったように柚那の食事を断ることもできるだろうが、意外に先輩である柚那に気を使う朝陽としては断り続けるのも骨が折れるだろうし、そもそも俺には断るという選択肢がない。


「大至急代わりの人が必要ですわね…」

「朝陽は料理できないのか?」

「できません。というかできてもあんな面倒なこと、毎日なんて無理です」


 そんな堂々と胸を張って言われても…


「無様ね、散々偉そうなことを言っておきながら料理もできないなんて」


 精華さんはそう言ってクククと悪そうな顔で笑うが、料理しかできない人に言われたくはない。


「そう言う朱莉さんはどうなんですか?男やもめが長かったんですし、料理の一つくらいできるんじゃないですか?」

「できなくはないけど、実家ぐらしで趣味でたまに作る程度だったから、朝陽と同じで毎日なんて無理だと思う」

「無様ね、料理の事なんかでそんなに悩むなんて」

「他に誰かいないかな。最近寮に住んでるし、ニアさんとか」

「狂華さんがいなくなるっていうことは否応なしに都さんのお手伝いが増えますし、たとえ料理ができたとしても毎日の炊事は無理なのではないでしょうか」

「そうだよなあ。じゃあむしろ俺が都さんの補佐をするとか…でも俺あんまり書類仕事得意じゃないしなあ」

「ねえ……」

「朝陽はどうだ?成績は良かったんだろ?書類仕事もいけないか?」

「学校の勉強と実務は大分違うと思いますよ。特にここは普通の簿記などとも違うと思いますし」

「ねえってば…」

「困った」

「困りましたわね。いっそ大幅に配置換えでもあればいいのかもしれませんけど」

「俺たち三人はユニット組んでるから、そうなると多分飛ばされるのお前だぞ」

「うーん…異動はともかく、関東から離れるのはちょっと嫌ですわね」

「ねえってば!無視しないでよ!」


 話が進まないのであえてスルーをしていたのだが、さすがに寂しくなったのか、精華さんが俺の浴衣の袖を思い切り引っ張った。


「じゃあ精華さんが何かいいアイデア出してくださいよ」

「ふふん。そんなの簡単。みつきを寮に住まわせればいいのよ」

「……はあ?」

「だから、みつきを寮に戻すの。そうすれば全部解決なのよ」

「意味がわからない」


 あのみつきちゃんを戻したところでいったい何が解決するというのだろうか。

そもそもあの子は普通に学校に通っているわけで、寮になんて戻したらまた転校しなければいけなくなってしまう。


「みつきはチアキと一緒に住んでいた時に料理を習っているの。だから、とりあえずみつきに作ってもらえばいいのよ」

「えー…でもみつきちゃん学校あるじゃないですか」

「当然。だから冬休みの間に朱莉と朝陽がみつきに習って料理を覚えるのよ」

「ぇー……」


 でもまあ、4人はもう明日にでも行動を開始するらしいし、それしかないのか。

 あと魔法少女で料理ができそうなのは、東北では寿ちゃんとセナ。それに関西でイズモちゃんと桜ちゃん。4人共よろこんで関東に来てくれるような人材ではない。というか、それぞれのメンバーが絶対に離してくれなさそうだ。

 ちなみに彩夏ちゃんは「料理はさっぱりっすわー」とか言ってたし、こまちちゃんは食べる専門。楓さんはもちろん料理なんてしないし、小耳に挟んだところだと、喜乃ちゃんも料理はあまり得意ではないらしい。え?愛純?なにそれ美味しいの?


「あとはあかりか…」


 我が妹はなんだかんだで万能型なので家事全般をそつなくこなす。

 料理も旨すぎて口から謎の光を出すほどではないが、責任者を呼べと言いたくなるほどマズいこともない。良くも悪くもそつのない普通の料理だ。

とは言っても寮に住まわせるなんていうことになれば姉貴が黙っていないだろうし、そもそも俺としてもあかりにはちゃんと学校に行ってほしい。


「とりあえず、みつきちゃんに来てもらって、冬休みの間に私と朱莉さんが料理を習って、その後は週末に習うようにして、チアキさんや狂華さんの手が空いている時にも色々習うというのが現実的かもしれませんね」

「そうだな。ありがとうございます精華さん、なんとなく方向性が決まりました。さすが東北・北海道チームのリーダーですね」

「それほどでもあるわよ」


 精華さんはそう言ってふんぞり返って大きな胸を張ってフフンと鼻を鳴らした。

 …こういうところがなければいい人なんだけれどなあ。




 宴会が進めば自ずと最初に座っていた席なんていうものはあってないようなものになりがちだ。

 というか、ずっと同じ席に座っているのは周りからはあまり好まれない。

 特に忘年会なんていうものは、隣近所とある程度盛り上がったら、他の席に移って相手を代えて談笑して今年もお世話になりました。来年も宜しくと言って回るのが社会人のマナーでもある。


「よう、盛り上がってんじゃん」


 動こうにも知り合いがあまりおらず席の移動ができないでいる精華さんと、料理が残っているテーブルを順繰りに回って食べ続ける朝陽と別れて席を移動した俺が、こまちちゃん・セナ姉妹とじゃれあっているところに楓さんがやってきた……楓さんの袖を掴んで離さないニコニコ顔の喜乃ちゃんと、少し顔を赤くしていつもにも増して不機嫌そうな顔のイズモちゃんを連れて。


「お互い出世したな、邑田三尉」

「まあ、チームリーダーですしね。宮本二尉」


 ちなみに俺と入れ替わりで精華さんのお守りに行った寿ちゃんも俺と同様三尉に昇格した。まあ、固定給が増えるというわけでもないので、指揮系統を混乱させないための名誉職みたいなものだが、何かの折に名乗るときなどに、曹と尉官だったら尉官のほうが聞こえがいいし、よくも悪くも中身が男の子で軍の階級とか大好きな俺としてもなんとなく嬉しいというか誇らしい。


「そういえばお前らこうしてちゃんと顔合わせるのって初めてじゃないか?」

「ですね。学年が違うので劇中での絡みもあまりないですし。朱莉さん、もうさすがにご存知だとは思いますが、楓姐さんの妹の喜乃です。キノでもヨシノでもどっちでも呼びやすい方で呼んでください」


 お、意外に好印象だ。楓さんの話だと、もっとストーカー気質で「私の楓さんに触るな!」みたいに粘着するタイプなのかと思っていたんだけどな。


「よろしくね喜乃ちゃん…それで、イズモちゃんはなんでそんな不機嫌なの?」

「別に?」


 いや、別になんにもないならそんな風にはならないでしょ。君は。


「なんかさっきから妙に不機嫌なんだよな。さっき三人で一緒に温泉に入る前まではそんなに不機嫌でもなかったのに」


 じゃあ、十中八九風呂が原因じゃん。なんだかんだ俺より鈍感なんだよな、この人。


「いや、あの…朱莉さんの場合は鈍感というか…」

「あ、自分でわかってるから言わないで大丈夫。むしろ言われたら泣く」


 そう言って俺の心を読んだセナの言葉を遮ってから、楓さんをこまちちゃんに、喜乃ちゃんを同期のセナに押し付けてイズモちゃんの隣に座って小さな声で耳打ちをする。


「で、何があったの?」

「……ったのよ」

「え?」

「あいつ、温泉で私の胸を見て、バカにしたような顔で勝ち誇ったように笑ったのよ」

「ああ……」


 まあ、確かにイズモちゃんってちょっと貧しめバストだからなあ……


「ああって何!?」

「いや、でも楓さんって貧し……スレンダーな子が好きなんだから別にいいんじゃない?」


 愛純もスレンダーだしとか言うと、絶対に愛純とイズモちゃん両方の逆鱗に触れるので言わない。というより、喜乃ちゃん自身もそれほど大きい方ではない。自慢ではないが、精華さんから俺あたりまでの大きさと比べると三人共五十歩百歩だ。

ちなみにさらに遅れを取るのが狂華さんだったりする。


「そういう問題じゃないの。これは私のプライドの問題よ。楓がどう思うかは関係ないの。ていうか、あいつ見境ないし」


 ……楓さんどっちかって言うと貧乳が好きだけど、おっぱいは等しく尊いとか言ってたし、どっちでもいいのかもな。

 実際、楓さんはこまちちゃんと話をしながら、彼女の胸の動きを目で追っている。

 ずっと楓さんのことを追いかけて憧れていたっていう喜乃ちゃんことキノ君が楓さんに執着するのはわからないでもないけど、イズモちゃんは一体楓さんのどこがいいのやら。


「それを朱莉さんが言うのは…」


 また心を読んだのだろう。困ったような表情でセナがつぶやく。こちらとしてもセナが言わんとしていることはよくわかるので、セナを手で制して俺はイズモちゃんとの会話を続ける。


「わかってるって。でもさイズモちゃん、そのプライドの問題っていうのは一体どうしたら解決するの?」


 せっかくの忘年会、ムスッとしていたのではイズモちゃんも面白く無いだろうし、そもそも周りが気を使ってしまう。ここはさっさとご機嫌を直してもらうのが一番だ。


「あの子の何かを鼻で笑ってやりたい」

「レベル低っ!」


 喧嘩は同レベルの相手としか成立しないとかいうけど、まさにそれなのかもしれない。

 まあ、でもそれでイズモちゃんの気が晴れるならいいやと思い。

俺はとりあえず三人でよくつるんでいたらしい彩夏ちゃんに聞きに行くことにした。


 

「何?」


 俺がもともと座っていた席に戻ってくると、精華さんの隣でかいがいしく世話をしていた寿ちゃんがいきなり喧嘩を売ってきた。


「寿ちゃんじゃなくて彩夏ちゃんに用事。ちょっといいかな?」

「はいはい、いいっすよ。なんです?」

「喜乃ちゃんの弱点教えて」

「弱点ですか?でも……ああ、なるほど。楓さんがらみっすか」


 彩夏ちゃんは俺と一緒にいたイズモちゃんを見て事情を察してくれたらしい。


「喜乃の弱点…多分コンプレックスとかそういうことを聞きたいんだと思いますけど実は喜乃のことってあんまりよくわからないんですよね。よく三人一緒にいましたけど、喜乃ってあんまり口数の多いほうじゃなかったんで。お風呂も一人で入ってたし、着替えも時間ずらしていたし。今思えば元男性って言うことでちょっと気を使ってくれてたんでしょうね。朱莉さんと違って」


 一言多いよ君は。


「そっか…じゃあ一緒にいたときの失敗談とかはないの?訓練中になにかやらかしたとかさ」

「そうですね……ああ、訓練生寮で猫飼ってるのは知ってます?あの猫アーチって言うんですけど、普段はクールな喜乃が『あーちゃーん、おいでー、ミャーミャー』とかやっているのは見たことがありますよ」

「それは誰でもやるでしょ!?だって猫よ?恥ずかしいことじゃないわよ!」


 そう言って、すごい剣幕で何故か喜乃ちゃんの弁護のようなことをいうイズモちゃん。

 そういえばイズモちゃんって猫好きだったっけ。


「そ、そうですか?じゃあ……私物が猫グッズだらけとか」

「だから普通でしょ、それ。私だってポケットティッシュから部屋の壁紙まで猫よ」


 普通じゃねえよ。ていうか、実は気が合うんじゃないのか喜乃ちゃんとイズモちゃん。。


「…とにかく、猫関連だと普段の無口なキャラとはちょっと違う一面が出るっていうことか」

「そうですね、一言で言うとそんな感じです」


 じゃあイズモちゃんと変わらないじゃん。大好きな猫とか楓さんの前では饒舌になってキャラが変わる。しかも独占欲が強い。

うまく噛みあえば仲良くなれそうな気がするんだけどなあ。


「だ、そうだけど、そっち方面で責めてみたらどう?」

「猫の恥はかき捨てよ」

「あ、そうっすか」

「あ!思い出した。前に喜乃の部屋に遊びに行った時にうっかりノックをしないで入っちゃったことがあるんですけど、その時に何枚もパッドを挟んでいるのを見ました」

「それだ!」


 我が意を得たりといった顔でイズモちゃんが声を上げる。まあ、胸の大きさを笑われたんだから、それ関連で喜乃ちゃんに弱みがあるならそこを笑ってやりたいんだろう。

 別に喜乃ちゃんがパッドを入れていたからってイズモちゃんの胸が大きくなるわけじゃないけどね。

  とにかくパッドの話で満足したらしいイズモちゃんは俺を引っ張って楓さんと喜乃ちゃんのところへ歩いて行く。

 正直、もう俺のことは巻き込まないでほしいんだけど。


「喜乃」

「はい、なんでしょう」

「あんた今日温泉で私の……のこと笑ったけど」

「え?なんですか?」

「胸のこと笑ったけど!あんただって胸パッド入れて――」

「ああ、胸パッドと言えばさ、前にイズモもすげえ枚数入れてたことがあったよな。えーっと、そう。初デートの時だ。あの時はデート中にパッドが抜けて、いきなりお前の胸がなくなったからビビったわ」


 ああ、楓さん。

どうしてあなたはどこまでも楓さんなんだ。

どうしてそう空気を読まないんだ。

 ほら、イズモちゃんが真っ赤になって固まってるじゃないか。


「あんたはー!もう!なんなのあんたは!」


 フリーズから回復したイズモちゃんは真っ赤な顔のままバシバシと楓さんの肩を叩く。


「痛ったい!痛いってイズモ!ちょ、なに?なんで怒ってるんだよ」


 本当にわかってなさそうなのが、もうなんかなあ。


「あの、朱莉さん。イズモさんは誤解をしているようなんですけど、喜乃は別にイズモさんのことが嫌いだとか、邪魔に思っているとかそういうことはありませんよ」

「だよなあ、イズモちゃんが勝手に敵視して勝手に自爆してるもんな」


 セナの言うとおり、喜乃ちゃんからイズモちゃんへの敵意みたいなものは感じられないし、さっき俺が思った通り、イズモちゃんと喜乃ちゃんの胸を比べた時にたいした差はない。例えば1cm勝っていたからと言ってそれを鼻にかけるなんて井の中の蛙もいいところだし、そんなことをするほど馬鹿な子には思えなかった。


「気づいているのなら自爆する前に何とかしてあげてください。イズモさんが可哀想じゃないですか」

「可哀想って、誰の胸が可哀想なのよ!」


 セナの言葉に反応したイズモちゃんがグルッと首をまわてこっちを見る。


「え?え?」


 あーあ、矛先がこっち向いちゃった。


「あんたも、ちょっと胸が大きいからっていい気になってるのね?調子に乗っているのね?」

「そんな、私はただ…」

「胸なんか飾りよぉ!エロい人にはそれがわからんのよぉ…」


 そう言ってイズモちゃんはセナの胸に顔を埋めて泣き崩れる。

 うん。一目見た時から酔っ払っているのはわかっていたけど、その後も飲み続けてたからすっかり出来上がってるな。


「あ、朱莉さぁん…」

「すまんな、セナ」


 助けを求めるような視線をこちらに投げかけるセナを片手で拝むようにしてそれだけ言って俺は席を立つ。

 俺はそうなるのが見えてたから微妙につかず離れずの距離にいたのだ。

セナがババを引いてくれたのにわざわざ引き返すようなことはしたくない。


「お、お姉様ぁ…」

「セナちゃん。おっぱいはね、大きくても小さくても尊いものなの。それを可哀想だなんて言っちゃいけないよ。そもそも女性の胸とは…」


 こまちちゃんもこまちちゃんですっかり出来上がっており、穏やかな顔でセナに説教をはじめる。


「そうだ、楓さ……あれ?楓さん?喜乃?」


 誰よりもイズモちゃんと付き合いが長くて酒癖を知っているだろう楓さんとそれにひっついている喜乃ちゃんがいつまでもこの場にとどまっているわけがないじゃないか。若いなあセナは。


「あ、ちょと朱莉さん、若いなあとかはどうでもいいですから介抱するのを手伝ってくださ…ひぃ、ちょっとイズモさん、だめです、トイレ連れて行きますからこらえてください。お姉様もなんでほっぺたが膨らんで…い、いやあああああっ!」


 セナ、安らかに眠れ。

 心の中で手を合わせてそう祈った後で、俺は騒然となっている会場をこっそりと抜けだした。

 

 

 

 宴会場を抜けだした俺は、露天風呂に入って夜空を眺めながら月見酒と洒落こむことにした。


「お、いいもん発見。いっただきー」


 そう行って俺の横に浮かんでいるお盆の上から徳利をとったのは都さんだった。


「なんか久しぶりですね。こうして話をするの」

「そうね、お互い色々忙しかったからね」


 お、湯船に乳が浮いている。さすがさすが。


「フッフッフ、イズモとは違うのだよ、イズモとは」


 あっさり心を読まれたでござる。


「……都さんもかなり天才型ですよね」

「まあ、みんなみたいに戦ったりはできないけど、小器用ではあるかもね」


 そう言って都さんは徳利に口をつけて酒を煽る。


「………で、どうして4人なんです?」


 しばらくの沈黙の後で俺が尋ねると、都さんはおちょこでもう一杯酒を煽ってから口を開いた。


「最低限の戦力で最高の結果を得るためには4人がベストだからよ」

「死ぬんじゃないですか?」

「そりゃあ4人で本拠地に攻めこむなんていうRPGゲームみたいなことをしていたら死ぬだろうけど、うちは領海ギリギリまでは行くけど色々あってその先にはいけないからね。こっちから攻めるのは豪・米の役目。そこを抜けて海をわたって逃げようとする敵を海上で迎え撃つのが4人の役目。4人が撃ち漏らした敵と、国内の残りの七罪の相手をするのが、あなた達の役目ってわけ」

「いいんですか、そんなこと俺みたいな隊長格でもない人間に教えちゃって」

「あんたは今日から隊長格でしょうが」


 そうでした。


「それと、前にあんたから提出された七罪を懐柔するっていう話ね、あれ進めて頂戴。リミットは作戦当日まで」

「ギリギリまで?いいんですか?」


 時間がもらえても3月上旬までとかそのくらいだと思っていたのに、意外だ。


「戦力増強しなきゃいけないっていうのはわかる話だし、実際彼女たちが仲間になるなら貴重な戦力になるのは間違いないしね」

「でも当日までOKって…」

「最終決戦の土壇場で敵が味方になるのなんて王道じゃない」

「そうですね」


 ただ……


「ただ、その王道でありがちな『味方になってくれた敵がその後すぐに死ぬ』なんていう展開はごめんだからね。もちろん、味方の誰かが死ぬのもダメ。これは隊長であるあんたと楓、それに寿の責任でやり遂げること」

「厳しい司令官だなあ」

「そのほうがやりがいあるっしょ」

「まあ、あと5人、頑張りますよ」


 この間のことでユウの立ち位置もなんとなくわかったし。


「おや、もう一人落としたの?」

「みんなのおかげっていう部分が強くて俺がどうこうしたっていうわけじゃないですけど、一人は多分もう無害です」

「ならよし。残りの5人のこと頼んだわよ、邑田隊長」


 そう言って俺の背中を平手でパシンと叩いたあと、都さんはもう一度徳利の酒を煽った。

 

 



 

 

 


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