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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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冬のステンドグラス

 それは、都と狂華が一緒に出掛けたごくごく普通の日の、12月の何気ない日常の一幕だった。


「あれ?都?」

「あ、ほんとだ!久しぶり都」


クリスマスのイルミネーションが目立つようになってきた道を歩いていた都と狂華が振り返ると、そこには高校時代に都と恭弥の同級生だった男女が立っていた。

 彼らはどちらかと言うとクラスでは孤高の女王タイプだった都と、その都にくっついて歩いていた当時の狂華、恭弥にも分け隔ても遠慮もなく親しく話しかけてくれる、今の仲間内で言えばひなたやチアキのようなポジションの同級生だ。


「あら……久しぶりね、なに?相変わらず一緒にいるってことは、もしかしてあなたたち、まだ付き合っているの?」


 誰だかわからないというわけではないし、親しくないわけでもないが、しばらく疎遠になっていたこともあって、都はややよそ行きの顔で応じる。


「ああ、おかげさまでな。お互いそろそろいい年だし結婚しようかなんて話をしていてさ。実は今日も式場の下見の帰りなんだ」

「まだどこでやるかは未定だけど、都にも招待状出すから絶対来てよね」

「ええ、喜んで出席させてもらうわ」

「ん……あれ?そっちの子ってもしかして、クローニクに出てる狂華ちゃんじゃないか?」

「うわ!本当だ!なになに?都はその子とどういう知り合いなの?」

「ああ、そっか。言い忘れていたわね」


 都はそう言って名刺入れから名刺を取り出すと二人に一枚ずつ渡す。


「今は芸能プロダクションでマネージャーをやっているのよ。で、この子は事務所の所属タレントってわけ」


 もちろん偽の身分だが、有名人である魔法少女達と一緒に歩くことの多い都にとってはこれ以上ない便利な身分だ。


「あれ?でも都って確か防大入って自衛隊で士官……痛でえ!なにすんだよ!」

「バカ!……自衛隊って、確か恭弥君が……」

「あ……ごめん都」

「気にしないで。あいつが勝手に死んだっていうだけの話で、死人に気を使うなんてナンセンスだと思うから。……さて、次の予定があるからそろそろ行かなくちゃ。招待状、楽しみに待っているから、必ず送ってよ」


 都はそう言って二人と別れると、狂華の手を引いて歩き出した。


「ミヤちゃん、いいの?久しぶりだしもうちょっと話していても……」

「いいの」

「でも……」

「いいの!」


 怒っている訳ではないが、都の表情は硬く、声は強く鋭い。


「……ごめん」

「なんで狂華が謝るのよ」

「ごめん……」


 狂華が謝ったのを最後に、二人はしばらく無言で歩く。


「……今日、寮に泊まるから」

「うん。じゃあチアキに都の分も作ってって言っとく」

「たまにはチアキさんじゃなくて恭弥の料理が食べたいわ」


 都から恭弥と呼ばれて、狂華は少しだけ胸が高鳴るのを感じた。


「何が食べたい?」

「あんたの下手くそなだし巻卵」

「下手だって言うならオーダーしなきゃいいのに」


 罵られているにも関わらず、狂華が苦笑する。


「下手だからいいのよ。上手なのが食べたきゃチアキさんに頼むわ」

「了解。じゃあ用意するから今日の仕事は先に上がるね」




 狂華が自室のキッチンに立つのは、だいたいいつも都が来る日だ。

 だし巻卵が食べたいとオーダーされたからと言ってそれだけを用意して待つほど、狂華は気の利かない人間ではない。

 圧力鍋でご飯を炊いて、ネギと油揚げの味噌汁も作るし、グリルでは鯵の開きも焼いている。ご飯が炊きあがれば鍋を降ろして今度はそこでぜんまいの炒め煮をささっと作り、最後に問題のだし巻卵をつくる。

 手際よく料理を作ることからもわかる通り、実は狂華は和食を作るのがそこまで苦手というわけではない。『そういうこと』になっているだけだ。


 狂華が和食を作るのは都に対してだけ。

他の人に対してはこれから作る卵焼きと同じようにまずくはないが、別にまた食べたいとは思わない料理を出す。

 また食べたいとは思えない味のはずなのに、都は昔狂華が恭弥だったころに初めて作ってあげたこのだし巻卵をオーダーする。

 これ以上上手く作っても、下手に作っても都はご機嫌がナナメになってしまう。


「面倒くさい人だよね……」


 すべて作り終えて配膳を終えた狂華は一休みするためにベッドに横になって枕元の写真立てを手に取る。

 写真立てに入っているのは、都と恭弥とさっきの二人の写真。


「ああもう……本当に、昔から面倒くさい人……」



「ただいま狂華ー…って寝てるし……」


 都は狂華が寝ているのを見て、持ってきたケーキを冷蔵庫に入れてベッドの傍にやってくる。

そして、狂華の寝顔を覗きこんだ都は、写真立てを抱いたまま眠っている彼女の顔に涙の跡があるのを見つけた。


「……いつも苦労かけてごめんね」


 そう言って都が狂華の頬に手を当てると、狂華はくすぐったそうに顔をそむけた。


「んん……くすぐったいよ、みやちゃん」

「あんた……まさか起きてた?」

「え?なにが」

「ね……寝てたならいいのよ。それより料理あたためて」


 そう言って都はベッドサイドを離れ、狂華も身体を起こしてキッチンへと向かう。


「……あ、それとね、ミヤちゃん」

「ん?」

「ボクは別に苦労しているとは思ってないから」


 狂華がそう言って笑うと、都は顔を真っ赤にして狂華を睨んだ。


「滅茶苦茶起きてたんじゃないの!本っ当に性格悪いわね!」


 ポスっと軽い音を立てて都が投げたクッションが狂華の背中に当たる。


「あはは、ミヤちゃんに対してだけだよ。特別特別」

「嫌な特別」

「それと、別に今の状況を不幸だとも思ってないから」

「……」

「それでも同情したいなら、その分愛してくれればそれでいいよ」

「それは愛じゃないでしょ。同情でしょ」

「じゃあ、情をかけてくれればいいや。憐憫の情でも、友情でも愛情でもなんでもいいよ」

「いいの?そんな都合のいい女でいて。あんまり放任主義だと、浮気するかもよ」

「浮気なら別にいいや」

「なによ、張り合いのない」

「そのかわり、本気はダメだから」


 温めなおした料理を配膳しながら狂華が念を押すように言う。


「え?」

「本気じゃなかったらいいよ」

「……しないわよ、そんな相手もいないし、そもそも時間ないしね」

「ほんと、昔っから色恋に時間かける位なら勉強するか寝ていたいっていうスタンスは変わらないよね」

「いいのよ。お陰で結構稼げてるんだし」


 都の収入は諸々の手当で、魔法少女たちと対して変わらない。正直、この歳の国家公務員としてはかなり破格の額を支給されている。


「ああ、稼ぎで思い出した。あんた今年のクリスマス何がほしい?」

「相変わらずストレートだなあ。ボクはみやちゃんがくれるなら別になんでもいいよ。」


 そういって狂華は柔和な笑顔をうかべた。



「それが一番困るんだっつーのよー……」


 翌日、やや寝不足気味の頭で出勤した都は、席に着くなり机に突っ伏すようにして買い込んできた様々な雑誌を開き、パラパラとめくっては放り投げていた。


「ああー…もう。あいついったい何がほしいんだろ」


 パラパラとページを捲ってみるが、これといった商品は見つからない。


「狂華さんへのプレゼント選びですか?」


 最近他の基地から戻ってきた秘書の住安ニアが苦笑しながらコーヒーを置いた。


「そーよ。まったく、あのバカほしいもの素直に言えばいいのに何が『ボクはみやちゃんのくれるものならなんでもいいよー』よ。なんでもいいって言われて本当に適当なものをあげるとショボーンとするくせにさ。あー…あいつの欲しいものがわかる機械とかないものかしら」

「なんだかんだ言って狂華さんのこと大切にしていますよね。都さんって」

「まあね、私にはあいつをあんな身体にした責任があるし」

「……まあ、その責任の所在がどこにあるかはわかりませんが。とりあえず狂華さんのほしいものを知るキカイならあるじゃないですか」

「え、マジで!?そんなものが開発されてたの?」

「キカイはキカイでも、チャンスの方ですけどね。普段から狂華さんと仲の良い魔法少女なりスタッフなら何か知っているんじゃないですか?」

「ああ、そっか。そういうことかよし、じゃあ私はリサーチに……」

「それは構いませんが、午前中の仕事を終わらせてからにしてくださいね」


 ニアはそう言いながら都の進路を塞ぐように立つとニッコリと微笑みながら机の上に大量に置かれている紙束を指さした。



大量の仕事を片付けるのに手間取り、結局都が書類仕事から開放されたのは昼を大分回ってからだった。


「あの子昔から上司に対してちょっとスパルタすぎるわ……」


 執務室を出た都がとりあえず寮へ向かおうと廊下を歩いていると、見慣れた顔が向こうから歩いてくるのが見えた。


「おー、ひなたじゃん」

「おう都…って、狂華は一緒じゃないのか?なんだ、喧嘩でもしたのか?」

「あれ、言わなかったっけ?先週から秘書が…っていうかニアが戻ってきたから狂華に手伝って貰う必要がなくなったのよ」

「そうなのか、いいなあ狂華は。雑務が減るっていうことはその分訓練でも趣味でもできるんだろ」

「ま、あの子は今までがちょっと働き過ぎだったからね」


 その原因であるのはほかならぬ都なのだが、自覚があるのかないのか、しれっとそんなことを言ってのける。


「まあ、たしかにな。ちなみに小金沢には秘書つかないのか?ついてくれるとこっちの仕事も減って助かるんだけど」

「残念ながら私だけよ。あの男は私以上に立ち回りが上手いからね」

「……お前だけにつくって事はもしかして、上がつけた鈴か?」

「ま、そんなところね」


 都は緊張感なくヘラヘラと笑っているが、ひなたを始め魔法少女達にとっては現状一番大きな後ろ盾である都に万が一のことがあるのは避けたい。


「面倒そうならこっちで処理するぞ」

「こらこら、物騒なこと言わないの。これだから公安崩れは」

「……交通安全課の通称は交安じゃねえよ」

「はいはい、そうでした。あ、そうだひなた。あんた狂華がほしがりそうなものに心当たりない?」


 仲がいいというのとは少し違うが、同時期に魔法少女になった二人はなんだかんだで頻繁に連絡を取り合ったりしている。もしかしたら狂華はひなたになにかポロッとヒントになりそうなことを言ってるかもしれない。都はそう思った。


「ああ、もしかして、クリスマスプレゼントで悩んでるのか?」

「まあそんなところ」

「なまじ長い付き合いの相手だと悩むよなあ。俺も桜になにをやったらいいか困っていたりするし」

「え?桜がほしいものわかんないの?」

「都はわかるのか?」

「あの子、この間の公開録音の時に時計をファンプレゼントにしちゃって、それから結構露骨にアピールしていたけど気付かなかった?」


 都に言われて、ひなたは桜がチラチラとひなたのほうを見ながらそんなことを言っていたのを思い出す。


「言われてみれば時間を見るのにスマホを出さなきゃいけないのは面倒だとか、そんなことを言っていたな」

「ひなたは朱莉みたいにセンスがないわけじゃないから大丈夫だとは思うけど、身に付けるものだし、一緒に買いに行くのが無難だと思うわよ」

「だな。クリスマスの日にでもデートに誘って一緒に買いに行ってくるわ…あ、そうだ。思い出した。狂華の奴、俺と桜のペアリングの話を聞いて、ちょっと羨ましがってたぞ」

「なんだよ、あいつ乙女かよ!」

「俺もそう思ったけど、狂華って女々しいというか、ちょっと乙女入ってるからな。まあ、参考程度に覚えておいたらいいんじゃないか」


 その後、都は普段狂華と同じチームで行動している朱莉や柚那、チアキや朝陽。果ては愛純にまで聞いてみたが、返ってくる答えはまちまちで、統一感のない物だった。

いや、統一感がないというのは語弊があるかも知れない。それをすべて組み合わせると、統一感は出てくる。出てくるのだが……それを狂華に贈るというのは不可能ではないものの、もしも万が一空振りしてしまった時に都のほうが計り知れないダメージを被ることになる。

とはいえ他にいい考えも浮かばない都はクリスマスの一週間前に一念発起して準備を始めた。



クリスマス当日、外に出かけていった朱莉と柚那、それに愛純を見送り、自分の部屋でくだをまくチアキに適当に付き合った後で、都は狂華を外に連れだした。

 時間は6時を少し回ったところ。まだ夜と言うには早すぎるが、郊外であることもあり、空はしっかりと夜の闇が包んでいる。


「こんな時間からどこにいくの?」


 と訪ねる狂華に


「いいところ」


 とだけ答えて都は車を走らせる。

 狂華は今までの経験上、こういう返事をする時の都にはいくら目的地を訪ねても教えてくれないだろうなと思い、話題を変えることにした。


「今年もチアキのクダの巻き方はすごかったね」

「あの人はいい加減黒須さんを諦めて他に目を向けるべきなのよ。ていうか、絡むならカップルである私達を呼ばなきゃいいのにね」

「仕方ないよ。朱莉たちは出かけちゃっていたし、朝陽は実家だし。まさか研修生達に先生のあんな姿を見せるわけにもいかないでしょ」


 そんな他愛のない話をしている間にも都の運転する車は街を抜け、再び山あいの道に入っていく。


「ああ、そうそう。狂華、あんたにプレゼントがあるのよ。後部座席に袋があるでしょ」


 照れ隠しなのか、都はややわざとらしい口調でそう言ってチラリと狂華を見た。


「あ、やっぱりボクのでよかったんだ。ありがとう、みやちゃん」


 都の芝居がかったセリフに苦笑しながら狂華は身体を捻って後部座席からプレゼントを取って自分の膝の上に置いた。

 ちなみに狂華から都へのプレゼントであるピアスは今現在都の耳でキラキラと輝いている。


「開けていい?」

「ダメ」

「えー……」


 ダメと即答されると思っていなかった狂華は不満そうな声を漏らす。


「今日はこのまま外泊するから現地につくまで待っていて」

「うん、わかった…ところで中身が布っぽいんだけど、もしかしてこれってそういうコスプレ衣装かなにか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね」

「そこは否定して欲しかったかも」


 狂華もコスプレをする事自体はやぶさかではないのだが、クリスマスプレゼントとしてはちょっと違うんだよなあと思い、小さなため息をついた。

 それから一時間ほど山道を走って辿り着いたのはお金持ちの別荘といった雰囲気の洋館だった。


予め、都が到着予定を連絡しておいたのだろう。

部屋は既に明かりが灯り、暖房もかかっていて二人は別荘に入るとすぐにコートを脱ぐことができた。


「開けていいわよ、プレゼント」

「う、うん……」


 一体どんな格好をさせられるんだろうかと、狂華がドキドキしながら袋を開けると、中からはシンプル過ぎず、華美すぎない至って普通の白い色のワンピースが出てきた。

 シンプルとは言っても、ワンピースを手にとった狂華は生地の手触りやしっかりとした縫製から安物でないことにすぐ気がついた。


「みやちゃん、これ高いんじゃ……」

「あんたには白が似合うと思ってね」


 都はさも自分が考えましたと言わんばかりの表情で言うが、白いワンピースについてのヒントをくれたのは柚那だ。


「悪いけど、すぐに着替えてきてもらってもいい?着ているところ見たいからさ」

「う、うん。わかった」


 狂華はワンピースを胸に抱いて手近な部屋に入ると5分ほどで着替えて出てきた。


「どうかな。服に合わせてちょっとだけ髪型をいじってみたんだけど」


 そう言って少しいつもよりふわっとした印象の髪をかきあげて見せる狂華。

 最近少し髪の伸びた狂華は少しヘアアレンジに凝っている。

たいして手入れしなくてもあまり傷まない体質で、長い髪はまとめるだけでも下ろしててもそれなりに見られるからという理由で髪を長く伸ばしている都からしてみれば、『こいつ正気か?』と思うような話だが、狂華は楽しいらしい。


「うん。かわいい。それでこそ狂華…違うわね。それでこそ高校時代に男子なのにミスコンで優勝した恭弥よね」

「人の黒歴史を嬉々として語るのやめてくれないかな!」

「輝かしい歴史の間違いでしょ。それじゃちょっとはなれの方へ行くからついてきて」

「はいはい。みやちゃんの後ならどこへでもついていきますよ」


 狂華が都の後についていくと、まるで都は以前ここに来たことがあるかのような足取りで渡り廊下へ出て赤い絨毯の廊下をはなれに向かって歩いて行く。


「ねえ、みやちゃん。ここ借りるの、高かったんじゃない?」


 広い敷地はもちろん渡り廊下に並んでいる調度品も高そうなものばかりだ。


「クリスマスに値段の話なんていうのは野暮ってもんでしょ」


 都はそう言って笑いながら渡り廊下をずんずん進んでいく。


「ねえ、ボクも半分費用……」

「いいっての。別に大した額がかかっているわけでもないしね。それより狂華」


 渡り廊下の突き当りの少し重厚なドアの前で都が振り向く。


「どうしたの、真面目な顔して」

「今まで色々ごめんね。心配かけたり、仕事を手伝ってもらったり、あんたの身体のことだって……」

「何度も言っているけど、そんなことは別に気にしなくていいんだよ。ミヤちゃんのためっていうのもあるけど、ボクが好きでやっていることだしね。むしろボクは自分の好きな事をしている時のみやちゃんを見ているのが好きだから、これからも側にいさせてもらえて頼ってもらえればそれでいいよ」


 そう言って微笑む狂華を見て、都は苦笑いを浮かべる。


「あんたって本当にお人好しというか、無欲よね」

「何言ってるの。こんなにおもしろい人の側にいられるんだよ?これ以上の贅沢なんてないって」

「そう言ってもらえると、ちょっと気が楽になるわ。ねえ、狂華」

「なあに?」

「これが私の本当のクリスマスプレゼントよ。受け取って」


 そう言って都が扉を押し開けると、扉の先には天窓のステンドグラスから月明かりが差し込む小さな礼拝堂があった。

 クリスマス・イブとはいっても個人宅の礼拝堂には誰もおらず、月明かりとろうそくの明かりだけが礼拝堂の中を照らしている。


「みや……ちゃん?」

「朱莉の二番煎じみたいでちょっと複雑だけどね。メリー・クリスマス狂華。本当のプレゼントは…私よ」


 都はそう言って扉の裏側に隠してあった籠から小さなブーケを取り出すと狂華に手渡した。


「え?え?」


 狂華が混乱する頭で、それはそうと何かがおかしい気がすると思っているうちに都が狂華の手を引いて歩き出す。

 そして説教台の前まで来ると、狂華と向かい合うように立ち、説教台の上に置いてあったヴェールをかぶせる。


「……えーっと、みやちゃん?これは一体」


 さすがにここまでくれば狂華も都がなにをしたいのかはわかっているのだが、一応確認のために都の目を見て訪ねる。


「いや、その……悪いとは思ってるわよ。誰もいないし、神父さんすらいないところで、こういうことをするっていうのは、なんかこう、ちょっと物足りないというか、けじめがつかないというか、そういう感じなのはわかっているんだけど。わかっているんだけどね……ちゃんとしようと思うと、色々と問題があったり時間が無かったりでこれが今の私にできる精一杯なの」

「うん……」

「もしかして気に入らなかった?ダメだった?」

「いや、すごく嬉しいんだけど…じゃあこのワンピースってウエディングドレスのかわり?」

「うん。あ、もちろんちゃんとしたドレスに比べて安物とかそういうことはなくて」

「それはいいんだけど…今日みやちゃんが白のパンツスーツなのは?」

「そりゃあ、新郎だし、本当はタキシードが良かったけど、タキシード着てたらバレちゃうでしょ」

「じゃなくて!なんでそこで自分が新郎だって胸を張るの!?ボク男の子だよ!?」

「……ハッ!そうだった!」


 都の表情からいつものおふざけではないということはすぐにわかったが、狂華としてはかなり複雑だった。


「なんでそんなところで朱莉みたいなミスしちゃうの…」

「ご、ごめんね。本当に悪気があったわけじゃないの……ごめん…なんでこう私って肝心なところで抜けているんだろうな…」


 都はそう言いながら普段の彼女からは想像できないほど弱々しい声で「ごめん、ごめん」と繰り返しながら泣きだした。


「ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ。みやちゃんがこういうことをしてくれただけで充分嬉しいのに、責めるような口調になっちゃって本当にごめんね」


 そう言って狂華はしゃがみこんでしまった都の肩を抱きながら頭を撫でる。


「……私 ダメだなあ本当に」

「さっきはちょっとびっくりして強く言っちゃったけど、ダメでいいんだよ。普段ミスらしいミスをしないみやちゃんがボクの前でだけミスしてくれるのは、ちょっと嬉しいしね。さあ、みやちゃん続きをしよう」


 狂華はそう言って都の手を引いて立たせる。

 そして―


「…汝、宇都野都は良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、己己己己狂華を想い、添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」


 狂華はにっこりと笑ってそう尋ねる。

恭弥ではなく、狂華の名で尋ねる。


「誓います」


 都はそこで一度言葉を切って、一つ深呼吸をする。


「汝、己己己己狂華は良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い宇都野都を想い、添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」

「誓います」


 都の返事を聞いた狂華は説教台の上に置かれた指輪を都の左手の薬指に嵌め、都もそれに倣い指輪を狂歌の左の薬指に嵌めた後で、二人は長い長い誓いのキスをした。




 二人だけの結婚式の翌朝。

 寮へ戻る車の助手席でフロントウインドウから差し込む朝の光に感慨深そうに左手をかざしながら狂華が口を開く。


「…ミヤちゃん、ボクに何か話があるんじゃない?」

「……あんたの言う『ミヤちゃん』からは特に話はないわよ」

「そう。じゃあ…宇都野陸将補。何か私にお話があるのではないですか?」

「そうね、そっちなら話はあるわ…己己己己二尉。貴官に3月までに戦力の再配置と再整備を命じます」

「再配置、再整備というのはどの程度の規模でしょう」

「外国勢とあなた達4人がいなくても七罪に対抗できるレベルまで戦力を高めてもらいます」


 都の言う四人というのは、狂華、ひなた、精華、チアキのことだろう。


「一対一で対抗する必要はありません。二対一でも、三対一でも、とにかく殲滅できるように。人材は現在の正規魔法少女の他に、47人の都道府県駐在魔法少女や訓練生の中からも引き抜いて構いません」


 いわゆる狂華達正規の魔法少女と呼ばれる16人の他にこの国には『非常事態に一般人の代わりに宇宙人の足止めをすることが出来る程度』の魔法少女が各都道府県に一人づつ、47人いる。彼女らは、正規魔法少女になる訓練の途中で落伍した者だったり、元々ナノマシンの比率が低く、せいぜいが戦闘員クラスを相手にするのが精一杯の者たちだ。

 七罪のような相手の場合、いないほうがマシと思わがちだが、ナノマシンの比率が低いという問題については、あかりでテストを行った外部ユニットで補うことができるし、落伍者の中には彩夏のような思考でわざとそういう立場に甘んじているものも居る。


「了解しました。期日までには必ず仕上げてご覧にいれます」

「期待します。明日からあなたたち4人で教導隊を組織、すぐに指導と編成に当たるように。隊長の後任人事は関西を宮本三尉、関東を邑田特曹、東北には笑内特曹を宛てます」

「はっ」

「……ごめんね、無茶なお願いして」

「戦力の底上げは大事だから前からちょっと考えてはいたんだ。運転代わるからプランを見てもらってもいいかな」


 狂華はそう言うと自分のバッグからタブレット端末を取り出した。


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