魔法少女✡レディオ 3-5
別に朱莉さんに何かを期待していたわけじゃないし、朱莉さんを一人で小崎Pと対峙させた私が悪い部分もあるので、強くは言えないのだけれど、それでもせめて断るか止めるかして欲しかったと思ってしまうのは私のわがままだろうか。
三度の即売会と握手会が終わり、CDの一般販売が始まった次の日。私は小崎護と待ち合わせをしていた。
一度目の握手会で、朱莉さんに対しての自己紹介。
二度目の握手会で、私ではなく朱莉さんを食事に誘い出して見事に籠絡。
三度目の握手会の時には朱莉さんはやや小崎寄りの立ち位置になってしまっていて『小崎さんとちゃんと仲直りしろ』とまで言ってくるようになってしまっていた。
まあ、私自身朱莉さんには自分に都合の良いところだけを話していたという面もあるので、全面的に小崎が悪いとは言わないし、小崎の口車に乗せられてしまった朱莉さんが、悪いとも言わない。
とはいえ、恋人に対して、昔色々あった男と仲直りしろというのは少し無神経じゃないだろうか。
ましてや
「待たせたな、ゆあ」
この男は私の正体に気づいているんだから。
郊外とはいえ、駅前での待ち合わせということで少し地味目の格好で来て、サングラスまでしていたというのに小崎の乗ってきたオープンカーのせいですべてが台無しになった。
さすがに小崎の言葉を聞いて、私が下池ゆあだという発想をした人はいないようだったが、それでも周りがざわざわと騒がしくなってきたので私は文字通り小崎の車に飛び乗ってシートベルトを締める。
「出してください」
「了解」
小崎は短くそう言って車を出す。
年代物のオープンカーなのでギアチェンジでガクンときそうなものだが、車はスルスルと走りだす。不器用なくせに運転は妙に上手い。そういうところ、少しだけ小崎は朱莉さんに似ている。いや、朱莉さんのほうが年下だから、朱莉さんが小崎に似ているのだろうか。
「そういえばさっき思ったんだが、女の子が出してください。ってせつなそうに言うのって、なんかこう……エロいよな」
晩秋の爽やかで少し冷たい風を感じていると小崎はまったく爽やかでない話題を振ってきた。
「……セクハラで訴えますよ」
朱莉さん同様、小崎も妄想癖があるというか、発想が中学生の頃の男子のように子供っぽい。チアキさんの言葉を借りるなら童貞臭い。
それと、昔なじみなせいか普段の丁寧な口調とは違い、小崎は私に対しては口が悪い。
「で、何です?別に私はあなたのこと恨んでもないし、今は楽しくやっていますよ」
「それなら何よりだ。俺も毎日楽しくやっているからな」
小崎はクックックと笑いながら車を走らせ続ける。
その笑い声は昔と変わらないものの、歳をとったせいか、彼の笑顔はすこし痩せて見える。
「どこに行くんです?」
「俺の家」
「……次の信号で降ります」
「そう嫌うなよ。別に何もしやしない。下池ゆあが家に置いていった荷物を引き取ってもらおうというだけの話だ」
「そうですか、荷物を…って、はあっ!?まだ取ってあったんですか?私が小崎さんのマンション出たのってもう大分前の話なのに」
「お前も知っての通り、俺は捨てられない男なんでな」
「はぁ……じゃあ相変わらず部屋は汚いんでしょうね」
「ゆあの料理の腕もあいかわらずなんだから、そりゃあ俺の掃除下手も直らないさ。時間では解決しないこともある。そうだろ?」
「あははは……料理のこと誰から聞いたんです?」
私の周りで小崎とつながっていてそんなことをいいそうなのは愛純か朱莉さんくらいだけど。
「くくくく…誰だと思う?」
「いや、だからそれを聞いてるんですって」
「……教えないほうが面白そうだから黙っていよう」
やっぱり嫌いだ、この人。
進むことが困難な廊下と足の踏み場のないリビングを除雪車のように掃除しながら、なんとか昔自分が使っていた部屋にたどり着くと、その部屋は、その部屋だけは私がこの家を出ていった時のまま、全く手付かずの状態だった。
「……ちょっと驚きました」
「なにがだ?」
「いえ、廊下とかリビングの感じだと、私の部屋にも荷物が放り込まれているんだろうな
と思っていたものですから」
「まあ、下池ゆあが活躍してた時は確かに散らかってたんだ……ただ、まあ。あんまり感傷的なのは好きではないんだが、お前が死んでから…いや、これは語弊があるか」
小崎はそう言って顎に手を当てて他の言葉を模索する。こういう変なところで真面目なのは昔から変わらない。
「いいですよ、死んだで」
「そうか?……お前が死んで、葬儀が終わって。家に帰ってきたら、この部屋を片付けたい衝動にかられてな」
「だったら、その時にこの部屋のものも処分してくれてたら良かったのに」
「言ったろ、俺は捨てられない男なんだよ。さあ、持っていってくれ」
「持っていってくれって言われても、今の部屋にこんなにいっぱい置けるスペースないですよ」
「結構稼いでるんだろ?レンタルボックスくらい借りろよ」
「いや、どう考えても小崎さんのほうが稼いでるし、そもそも今の私に必要なものなんてこの部屋には……」
「ないか?」
「そうですね、ほとんどありません」
机も服もアクセサリーも代わりのものをもうすでに持っている。
「……ねえ、小崎さん。ひとつ教えて欲しいんですけど」
「ん?」
「なんで、あの時あんなことを言ったんですか?私の知ってる小崎さんは、枕やれなんて言う人じゃないと思うんですけど。愛純に聞いたら今でもそういうことはしてないって言っていましたし」
「……あー……なんだ。まあ、な。あれは俺が悪かったと思ってるよ」
「悪かった、じゃなくて。あの時、そんなに大変だったんですか?あの時ってもう私たちは売れてたし、仕事だって結構入ってたじゃないですか」
「悪かった。謝るから忘れろ」
「嫌です!ちゃんと教えて下さい!TKOは私達で作ったんじゃないですか!あの時、一体何があったんですか!?なんであんなこと……わたしは、あなたのこと家族のように思っていたのに!」
「……確かにお前の言うとおりあの時はもう仕事は安定してた」
「だったらなんであんなことを?」
「それは…いや、忘れろ。あれは俺が悪かった」
「嫌です!教えてください!あんなにひどいこと言われたんですよ!?私には知る権利があります!」
朱莉さんに言われようと誰に言われようと、あの時のことがはっきりしなければこの人と和解なんてできっこない。
「はあ……わかった。説明するからちょっと待ってろ」
小崎はそう言って私を置いて部屋を出ていった。
すぐにリビングの方がバタバタと騒がしくなり、10分ほどして小崎が戻ってきた。
「あの時のことは俺も悪いと思っていたんだ。ちょっと気の利いた……いや、全然利いてないか。ウィットに…も、富んでないな。本当に自分の会話センスのなさが嫌になる話なんだが、あれは別にどこかの企業の上役や、テレビ関係者に抱かれろという意味ではなくて……すまん、回りくどいな。つまり…」
木崎は私の手を取ると、手のひらに小さな箱を置いた。
「つまり、こういうことだ。あんな言い方したけど、つまり生涯俺に抱かれろというとてもドラマチックかつロマンチックな……」
「ひとっつもドラマチックでもロマンチックでもないですよ!なんで私にプロポーズしてくる人は……私の周りはみんなこんな男の人ばっかりなんですか!」
もうなんか涙出てきた。指輪をぽーんと放り投げられたり、肉体関係主体みたいなプロポーズされたり。なんなんだ私の人生は!
いくらなんでもひど過ぎじゃないか!?
「ど、どうしたんだ?何を泣いてるんだ、ゆあ」
「……ちょっと黙っててください。ていうか一人にしてください…」
「あ、ああ…すまん」
小崎は申し訳無さそうな声でもう一度謝ると、寂しそうに部屋を出て行った。
「ん……」
私が目を覚ますと、そこはよく見慣れた朱莉さんの車の助手席だった。
「ああ、起きたか柚那。おはよう」
「え!?朱莉さん?」
「おう。朱莉さんだぞ」
「なんだ…夢か。よかった…」
そうだ。夢に決まっている。いくらなんでもあんな現実はひどすぎる。
「……突っ返しておいた」
「え?」
「夢じゃないんだ。…ごめんな、小崎があんなこと考えていたなんて知らなかったから和解しろなんて軽々しく言ちゃって」
「じゃあ……」
そっか、夢じゃないんだ。
「本当にごめん。せめて俺が一緒に付いていくべきだったと思う」
「……いいですよ。小崎Pが気づいていた以上、いつかはこういう日が来たんでしょうから。ま、私の男運が悪いのなんて、生まれた時からですし、男運が悪いと言ってもチアキさんほどではないですし」
「そういうことを言うなよ」
「本当のことですから」
私は自分でもちょっとどうかと思うほどそっけない態度で突き放すように言って窓の外に視線を移す。
とは言っても、もう大分寮に近いのだろう。外は街灯も殆ど無い雑木林で日が沈んだ今の時間帯は闇が広がっているばかりだ。
「前に楓さんが『戦うときは負けるイメージは持つな。負けるイメージなんてものはいざというときに足を引っ張るだけだ』って言っててさ。俺もその通りだなと思ったんだ」
どこか他人ごとのようにそう言い放つ朱莉さんの言葉に、私はカチンときた。
「だから、私は男運が悪くないって言えっていうんですか?」
「ああ」
「バカバカしい!そんなことくらいで、運が良くなるくらいならいくらでもいってやりますよ!私は男運がいい、最高だ!いっつも周りの男性に大切にしてもらってとっても幸せだ!最高の…人生……だ……」
自分で言っていて、虚しさを通り越して悲しくなってくる。そんな人生、どこにもない。自分が不幸だなんて言ってヒロイズムに浸る気はない。でも、それでも………
「……こんなことで幸せになんてなれないですよ…!」
「……」
朱莉さんは答えない。
「……あなたはいつだってそうです、そうやってはぐらかすような、耳障りのいいことを言って、実のところ何もしないで、言葉を弄して苦労せずに成果を得る。今だってきっと適当な事を言って私が立ち直るのを黙って見ているつもりなんでしょう!?」
気持ち悪い。
こんなことを言われて黙っている朱莉さんも、こんな酷いことを言っている私も。
すべてが気持ち悪い。
気持ち悪いから私は吐き出し続ける。
「どうしたら幸せになれるんですか!?私は、そんなに特別なことを求めていますか!?」
「………」
やはり朱莉さんは前を向いて運転を続けているだけで、答えてくれない。
「なんで答えてくれないんですか!私は……朱莉さんのなんなんですか。みんなのなんなんですか!」
感情をむき出しにして叫んでいる一方で、同時に冷静な目でそんな自分を見ながらブレーキに足を載せている自分も居る。しかし、ブレーキに足がかかっていて踏まなければと思ってはいるもののブレーキを踏む足に力が入らない。
「どうせ、いらないんですよ私みたいな人間は!朱莉さんだって、鬱陶しいと思っているでしょうこんな女!」
嫌だ。こんなことを言ったらみんなに嫌われる。愛純にも、朝陽にも、チアキさんにも狂華さんにも、みつきにもあかりちゃんにも都さんにも桜ちゃんにも――朱莉さんにも。
「………柚那、話がある。帰る前に、ちょっと寄り道するぞ」
やっと答えてくれた朱莉さんの表情は固く、まるで痛みに耐えているような表情だった。そして、その表情を見た途端に自分の頭が冷えていくのを感じる。
「……はい」
わかっている。こんな人間、嫌われて当然だ。フラれて、当然だ。
朱莉さんが車を停めたのは、寮へ向かう途中の道にある何でもない普通の公園だった。
駐車場はあるが遊具らしい遊具はなく、ちょっとした散歩コースに雑木林だけが鬱蒼と茂っている。
「少し歩こう」
朱莉さんは相変わらず無表情のままそう言うと、ドアを開け外に出た。
朱莉さんに倣ってコートを着て外に出ると、11月の冷たい風が私の顔と手を撫でていく。私はその冷たさに反射的に目をつむってブルっと震えた。
「え……?あれ?朱莉…さん?」
目をつむった一瞬の間に、私は朱莉さんの姿を見失った。
必死にあたりを見回すが、この公園はあまり街灯がなく、朱莉さんの姿を見つけることができない。
「嘘、ですよね……?朱莉さん?朱莉さん……?やだ……いやだ……朱莉さん……朱莉さんっ!」
「びっくりしたぁっ!…なんだよ、大声出して…って、え?泣いてるのか?」
いつの間にか私の隣に立っていた朱莉さんはそう言って私の顔を覗きこむ。
「な、泣いてなんていません!」
「いや、泣いてるだろ……あ、もしかして不安にさせちゃったか?ちょっとそこの自販機まで飲み物買いにいくくらいだから黙って行っても大丈夫かと思ったんだけど……黙って行ってごめんな」
そう言って空いている手で私の頭を撫でながら朱莉さんが顎で示した木の陰には確かに自販機の青白い明かりが漏れていた。
「やめてください」
「あ、すまん」
短く謝りながら朱莉さんは、私の頭撫でていた手を慌てて引っ込める。
「柚那はレモンティー派だよな」
「はい……」
朱莉さんから受け取ったレモンティーは、自販機から出てきて時間が経っていないせいか、それとも気温のせいか、少しだけ熱く感じた。
「さて、と」
自分のミルクティーの缶のプルタブを開けた朱莉さんは中身を一口飲んでから白い息と一緒にため息混じりのような言葉を吐き出すと、傍にあったベンチに腰をおろして、自分の隣を手のひらでポンポンと軽く叩いた。
「座りません」
ああ、なんて可愛げのない女なのだろう。自分で自分が嫌になる。
「頼むから座ってくれ、そうじゃなきゃ様にならん」
「……」
「頼むよ」
「………はい」
しぶしぶといった風を装って腰を下ろすが、本当は朱莉さんに謝りたい。ごめんなさいと素直に謝って抱きついて捨てないでと縋りたいくらいだ。でも、そんなの私らしくないし、私には似合わないと思う。せいぜい可愛いげのかけらもないようなすね方をして、朱莉さんに呆れられてしまうのが私にはお似合いだ。
「俺が今日柚那を迎えに行ったのは小崎に呼ばれたからだ。柚那が元の自分の部屋で倒れているっていう連絡があってな。まあ、昨日検診したばっかりで、どこか具合が悪いっていうわけでもないだろうと思ったから、俺が一人で迎えに行って小崎から事情を聴いたよ」
「……ですか」
「はっきり言って、あのプロポーズはないと思うし、そもそも今現在俺と柚那は恋人同士なわけで、俺には柚那の代わりに小崎のプロポーズを突っぱねる権利があると思ったから、平手付きで指輪は突っ返した。これが、俺が小崎のマンションに行った時の経緯だ」
朱莉さんはそこで一旦言葉を切ると、ミルクティーの缶に口をつけて、星空を見上げた。
「……まあ、そんなことがあったばっかりで、こんな時にこんなことを言うと、また柚那に叱られそうだけど。もう俺のほうが限界だ」
(ああ、やっぱり、私達は別れるんだ)
そんなある種無機質な感想だけが私の中にプカプカと浮いていた。
今ここで泣き叫んで嫌だといわなければ本当にそうなってしまうのに、不思議と声も涙も出てこない。
「俺は最初正直柚那のことが苦手だった。まあ、元々が同期のライバルみたいなものだったし、最初の頃は俺よりもよっぽどコツを掴むのがうまくて、妬ましかった。なのに、柚那はそんな俺の事を家族のように思ってくれて、恋人になって。ちゃんと柚那と向き合えるようになって半年とちょっとだけど、すごく楽しかったし毎日が充実してたよ」
「私も楽しかったです。朱莉さんがそばにいさせてくれたおかげでみんなと仲良くなれたんだと思います」
「俺は何もしてないって。俺は柚那の側にいたいからいさせてもらっただけで、柚那がみんなと仲良くなれたんだったら、それは柚那の力だよ」
この人は……
「ちょっと面倒臭いところや、怒りっぽいところとかあるけど、でも実は誰よりも仲間のことをよく見ているところ、そういう柚那の魅力の力だと思う」
なんで、この人は時々本音でこういうことを言うのだろう。
なんで、別れようと思っている相手にこんなこと言うんだろう。
……本当にこの人はすごく優しくて、すごく残酷だ。
「本当だったら、もう少し柚那と恋人同士として、楽しくやって行きたかったんだけど。さっきも言ったように俺に限界がきちまった。ごめんな、本当は……」
「いえ、いいんです。悪いのは私ですから。大丈夫です」
さっきあれだけみっともなく嫉妬をしてわがままを言っていたのに、なんで私はこういう時に素直に、わがままになれないのだろう。
何が『大丈夫』だ。今、私が朱莉さんを失って大丈夫なことなんて何一つないじゃないか。
「私なら、大丈夫……ですから……」
私は朱莉さんが、邑田朱莉が好きだ。邑田芳樹が好きだ。
ダメなところも、いいところも全部含めてこの人が好きだ。
さっき小崎に変なプロポーズをされて落ち込んだ時も、私はこの人の事を考えていた。
「柚那?」
「大丈夫ですから……大丈夫ですから……私は一人で、大丈夫です」
「大丈夫なようには見えないんだけど」
「だとしても、優しくしないでください、それは優しさじゃありません」
「……すまん。多分俺の経験値が圧倒的に足りないせいだと思うんだが、正直に言うとお前が何を悲しんでいるのかがわかってあげられていない」
「……私は朱莉さんのことが大好きなんですよ!芳樹さんのことが大好きなんですよ!……私、あなたと別れたくなんてないです!」
可愛さなんてかけらもない、ただただ、自分の気持ちを一方的にたたきつけるような言葉。でも、やっと出せた、これが私の精一杯だ。
「…え?どういうこと?……いや、待てよ……そっか、そういうことか」
朱莉さんは、一人で納得したように頷き、ミルクティーをベンチに置いて立ち上がると、私の前で片膝をついて私の手を取った。
「柚那、俺はこんな身体で、お前に人並みの幸せってやつをあげられるかどうかはわからない。だからこれは俺のわがままだ。俺はこの半年、本当に楽しかった。柚那にはこれから先もずっと俺と一緒にいてほしいと思っている」
朱莉さんはそう言って、コートのポケットから指輪の入ったケースを取り出すと、私の手の上に乗せて両手で包み込むようにして私の目を見る。
「俺と、結婚してくれ」
「ファッ!?」
「え、どっち?なんかダメそうな返事だけど」
「あ、いえ…すみません。その……いきなりで驚いてしまって。でも、だったら、さっきの限界だっていうのは何だったんですか?あれって、私が面倒くさい女で、精神的に限界とかそういう意味じゃないんですか?」
「いや、違う違う。あれは今日の小崎みたいに、男性スタッフや黒服がクリスマスを前に柚那にアタックしようとしていているって話を聞いてな。それを逐一潰して回ってたんだけど、もう精神的に限界だって話。もちろん、柚那のために動くのが嫌なんじゃなくて、気を揉んでハラハラするのが限界だっていうことな」
「じゃあなんで、いきなり思わせぶりにこの半年のことを振り返ったりしたんですか!?あんなの別れ話っぽく聞こえるじゃないですか!」
「あれは、プロポーズの前ふりだ。俺はお前との半年をこんなに大切に思ってるぞって、そういう話だろ」
「じゃあ、私に怒られるかもしれないっていうのは?」
「それは……本当は、クリスマスに言うつもりだったんだよ。だけど、小崎の件とか、俺の胃が限界になりそうだとか色々あって、今日プロポーズしたいけど、今日別になんでもない普通の日だから柚那に叱られるかなって」
「私別にそんなことで叱ったりしませんよ!」
「嘘だ!今だってちょっと怒ってるし」
「これは、信用してくれなかったことについて怒ってるんです!朱莉さんが考えてたのとは別物です!」
「だとしてもやっぱり怒ってるじゃんか!」
「怒ってるけど違うって言ってるじゃないですか!はあ…もういいです。なんか深刻に考えてたのがバカバカしくなってきちゃった」
「いや、深刻というか、シリアスな話ではあるんだぞ。締りがなくなっちゃったけど、一応の……プロポーズしているわけだから」
そういえば、婚約指輪の箱を握りしめたまま口喧嘩をしていた。
「えっと……やり直しません?」
「いや、もうすでに一度やり直してるしなあ。お互い一回ずつやらかしたってことで、ここで手打ちにしようぜ」
いや、手打ちって。もう少し言い方があるだろうに。
「ダメかな?」
「ダメじゃないですけど……」
やっぱりこのままっていうのはちょっとなあ。
「……わかった」
朱莉さんはそう言って私の手から箱を取り上げた。
「もう一回言うから、今度は文句言うなよ?」
そう言って朱莉さんは箱から指輪を取り出して私の左手を取り、指輪を薬指に嵌める。
「柚那、俺と結婚してくれ」
「…………え!?短かっ!」
「同じこと何度も言っても逆に締まらないだろ」
「まあ、それは確かにそうですけど……」
朱莉さんなりの照れ隠しなんだろうけど、もうちょっとこう…
「返事、聞かせてくれるか?」
「はあっ……私にも悪いところはありましたけど、短いプロポーズで私は大変不満です」
「う……いや、俺ってアドリブ弱いしさ」
「……なので、プロポーズが短かった分、これから長い時間をかけて満足させてくださいね」
「柚那……」
朱莉さんが私の肩を掴んでゆっくりと顔を近づけてくる。
「朱莉さん…」
朱莉さんが目を閉じるのにあわせて私も目を閉じる………が、待てど暮らせど朱莉さんの唇は私の唇に触れない。
そっと目を開いてみると、朱莉さんは何故かキョロキョロとあたりを見回している。
「朱莉さん……?」
「あ、すまん。最近のパターンだとここらへんで邪魔が入るんじゃないかと思ってさ」
「……別にいいじゃないですか。見たい人がいるなら見せてあげれば」
「え?」
「だから、こういうことですよ」
そう言って私は自分から朱莉さんにキスをした。
難産でした。
クリスマスを数本挟んで、しばらくシリアスが続きます




