魔法少女✡レディオ 3-4
最高のシェフによる最悪の料理を食べさせられたり、ライブパートで柚那の足を踏んだりと紆余曲折はあったものの、なんとかクライマックスの手売り&握手会までやってきた。
この握手会の仕組みがよくできていて、まず基本10秒の握手をするためにCDが一枚必要。
その後握手の延長をしたければ握手中に一枚購入で10秒延長。一回の握手での延長は10枚まで。CDを買えば並び直しは何度でもOK。累計100枚の購入でツーショットのチェキを一枚とることができる。この累積は後日行われる関西、東北にも繰り越せるが、本拠地では私服、関西では制服、仙台では変身後の衣装となっているのでコンプリートしようと思ったらこの会場で100枚買うしかない。そして来週また100枚、再来週100枚。
まあ、そこまでする人間がいったい何人いるのかはわからないがそういうことだ。
ちなみにこの公演と握手会、時間が微妙にずれているので、この握手会だけ参加して全員分のチェキだけ撮ろうと思えばできないことはなかったりする。その場合、東北が5人、関東が6人、関西が5人で1600枚。一日約160万円が必要だ。
そんな試算をしたところであまり意味がないだろうと思うのは素人だ。実はこの試算に基づいて全員と握手&チェキが可能かという問い合わせが何件かきたため、全員と握手できる特別パック160万円を売り出したところ限定50パックがあっという間に売り切れたらしい。魔法少女全員との握手ミッション。最終的に一体何人の挑戦者がいるかはわからないが最低でもパックの50人はいるということだ。
まあ、なんだ。搾り取る側の人間がいうのもあれだが、正直無駄遣いだと思うぞ。
「パックのお客様入りまーす」
廊下で様子を見ていた本日の警備主任である柿崎くんがドアを開けてそう言った。
Mフィールドの警備から、こういったイベントの警備、それにマイクロバスのドライバーまで。バイトをかけもちしていて意外とつぶしの効く彼はなんだかんだあっちこっちで重宝されていたりする。
全員と握手とチェキが撮れるとはパックの購入者が高額な支払いをしてくれていると言っても、この後控えている一般の握手会の時間を考えればもたもたしている時間はない。
一応パーティションで仕切ってあるが仕切ってあるのはあくまでお互いの間だけ。握手をして話をしながらチェキを撮り、撮影兼剥がし担当のスタッフが次の魔法少女へと誘導するという流れ作業で進んでいく。
ちなみに握手をする順番は狂華さん、チアキさん、俺、柚那、朝陽、愛純の順だ。
ガヤガヤと廊下から人の声が聞こえ始め、最初のファンの声が近づいてくる。一体何を話したらいいのかもよくわからないので、一応隣のチアキさんの会話なんかを盗み聞いてみる。
『ひゃ、百六十万も払っているんだから、握手以上のこともさせてもらっていいんじゃないでござるかな。例えば胸を……」
『はい、笑ってくださいねー、撮りますよー』
おお、チアキさんはダメ元でセクハラまがいのことを言い出すファンを完全無視だ。すごいな。とは言え、まあ、160万も払った上に目の前にチアキさんの巨乳があったら俺だってダメ元で聞いてみるかもしれない。とはいえ払っている方は160万も払った!となるかもしれないが16人で割れば一人頭10万。さらに手取りはもっと減るわけで、一人ひとりから見ると実はそこまで上客というほどでもなかったりする。まして、俺達は別にアイドル活動で生計を立てているわけでもないしな。
『はい、ありがとうございまーす』
チアキさんがチェキにサインをしているのであろう少しの間があって、チアキさん担当の剥がしの人の声が聴こえる。いよいよ、俺の番だ。
「こんにちわ~」
俺は愛純との血の滲むような特訓の末に身につけた可愛らしい声色で最初のファンを迎える。
「………」
しかし、小太りでおそらく物販で買ったのであろうポスターだかタペストリーだかをビームサーベルのように装備した20代後半の男性はわざとらしい驚愕の表情で固まってしまった。
「そ、そんなキャラ、朱莉姐さんじゃないでござる!な、なんでござるかそのピンクのフリフリの服は!しっかりとブローされた髪は!」
なん……だと…?
今日の俺はこんなにかわいらしいのになぜ文句を言われているんだ?
「拙者たちの朱莉姐さんはもっとこう、髪がボサボサで、ヨレヨレで首のあたりが伸びたTシャツを着ていて、それでいてノーブラで。お辞儀をした時に胸がだるだるのTシャツから見えてしまうような……なんというか、救われてなきゃあだめなのでござる!」
なんだよその救いのない女は。っていうか、それじゃ彩夏ちゃんとか精華さんになっちゃうだろ。
ちなみに彩夏ちゃんはダルダルでも意外とガードが硬いが、精華さんは部屋着の時はTシャツもガードもゆるゆるなので、よく胸チラする。
「拙者はやり直しを要求するでござる!」
「え……えーっと……とりあえずチェキ撮りましょうか」
なんかもうこの人、扱いに困りすぎる。
「朱莉姐さんはもっとキャラを大事にするべきではないでしょうか!?」
なんでそこで顔を真っ赤にしてヒートアップするんだ?もう意味がわからない……。
「我輩はぁ!朱莉さんのぉ、朱莉姐さんとしてのぉ!生き様がぁ!」
……いや、なんだよ生き様って。生き様なんてドラマ本編でもラジオでも晒した覚えがねえよ。
ていうか、泣くなよ!あと一人称くらいちゃんと統一しろよ。
「わ、わたしは、どうすればいいんでしょう?」
「いつもの男っぽい口調で罵ってほしいでござる。こんな汚い格好で会いに来るんじゃねえくらいのことを言ってほしいでござる!」
「あ、そういうことか。じゃあ遠慮無く素でしゃべるな。とは言っても別に罵る必要はないだろ」
まあ、ちょっとヨレヨレの服を着てはいるが、別に異臭を放っているというわけでもないし、薄汚れているわけでもないので別に洗濯してないということもないだろうし、罵るほどのことではないと思う。
「え……?」
「いや、確かにちょっと着古した感じだけど、汚れているわけじゃないし、俺達と握手したりやチェキを撮るために頑張ってお金を払った結果なんだろ?それにグッズもいっぱい買ってくれているみたいだし、ありがとうな」
「………」
図星だったのか、少しだけ照れくさそうな表情で彼は視線を逸らした。
「そっか。無理して来てくれて本当にありがとうな。実際にはしてあげられないけど、抱きしめたいくらいうれしいぜ」
この人からはそこまで裕福な感じは受けないし、正直言ってあんまり仕事もできそうには見えない。そんななかで必死に金を工面して来てくれたんだろう。そう思ったらなんとなく自然と笑顔と言葉が出てきた。
「て……天使…?」
「は?」
「……朱莉さん、いや、朱莉様は拙者の熾天使でござる!」
いや、熾天使て。なんでそんな目を輝かせてるんだあんた。
「一生付いていくでござる。朱莉様のためなら拙者いつでも死ねる所存!」
「お、おう……」
「さあ、姫、なんなりとご命令を!」
「じゃ、じゃあとりあえずチェキを撮っちゃおうか」
剥がしの人がすごく困っているし。
「真面目な話、片っ端から人を誑すのやめてくれません?」
パック客を捌き終わり、一般向けの握手会場へ移動する途中、突然柚那に肩を掴まれた俺は壁際に追い詰められて人生初の壁ドンを経験した。
とは言っても、ロマンチックなどとは程遠い、どちらかと言えば尋問のような不本意な形ではあるのだが。
「真面目な話、柚那も怖い顔するのやめて欲しいんだけど」
「は?なんです?」
「なんでもありませんすみませんごめんなさい」
柚那の顔が超怖い。っていうか、こんな状態の俺達を残して先に行くとか、みんな超薄情。
「はぁ……まったく。女の子だけかと思ってたのに、やっぱり男の人にも興味あるんですね」
「あの、柚那さん?それは完全に誤解というか、誤報というか。俺は男には全く興味ないんですけど」
「だったら、なんで期待を持たせるような、下手すりゃ誘ってるような事言うんですか」
「いや、そりゃ嬉しいとか、ありがとうとか言ったけど、そのくらいチアキさんも柚那も言ってただろ」
あれくらいで勘違いするとかなんか言われても。
「朱莉さんの場合、その後に愛してるだの、抱きしめたいだのつけるから問題なんです。あれ、絶対勘違いした人いますよ」
「……いやあ、さすがにそれはないだろう」
あんなの言葉のあやだ。それを本気にするやつなんて、よっぽど女性と会話した経験が少ない……
「あ……」
「気づきました?」
そうだ。確かに柚那の言うとおり、昔の俺が邑田朱莉に『好き』だの含みを持たせて『(運営がいるからできないけど)本当は抱きしめたい』だの言われたら舞い上がるだろう。
そして、最初のファンもその後俺がそういうことを言って態度が急変したファンたちもみんな昔の俺にどことなく似ていた。
であれば、柚那の言うとおり誤解させてしまった可能性が高い。
「……誤解、解いた方がいいかな?」
「今更そんなことしたって『運営に言わされたに決まってる、朱莉ちゃんは俺に惚れてるんだ』とかなんとか勘違いさせるだけですよ。私の経験上、こうなってしまった以上、刺されない程度に適当にあしらったほうがいいです」
こういう時柚那先輩って本当に頼りになるんだけど、言ってることが超怖い。
「確かにちょっと距離感を間違えたな。今後気をつけるよ」
「ホントですよ。まったく朱莉さんはいつも私のことをハラハラさせるんですから」
「悪かったってば」
俺はそう言って柚那の手を掴むと身体の位置を入れ替えて、壁ドン状態に持っていく。
「……80点」
柚那はそう言ってムスッとした表情のまま目を閉じる。
「厳しいね」
俺はそう言って苦笑しながら自分の顔を柚那の顔に近づけ―
「やあ、伊東さん!」
かけて離した。
またか!今日はキスができない呪かなんかかかってんのか!?
「ほら、柚那。目に着いてた糸くずとれたぞ」
自分でもベタだなーと思うが、これ以外に今の状況の言い訳が思いつかない。
「あ、ありがとうございます朱莉さん。あ、小崎Pもいらしてたんですね。最初の打ち合わせ依頼お見かけしなかったので辞められたのかと思っていましたよ」
柚那は笑顔でそんなことを言うが、口元がひくひくと痙攣していて俺とのラブシーンを邪魔されたことについて怒っていることが見て取れる。
「私も本当はこっちで仕事したかったんですけど、宇都野さんから東北の方を見てほしいって言われてしまいまして。その後、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。では私達は握手会がありますから。…行きましょう朱莉さん」
「あ、ああ……」
一人で歩き始めた柚那の後を追って歩き出した俺の肩を、今度は小崎プロデューサーが掴んで俺を壁ドンする。
流行ってるなあ、壁ドン。
「はじめまして、邑田朱莉さん」
「……はい、どうも、はじめまして」
近い近い!顔が近い!顔を寄せるてくるなおっさん。
「突然こんなことを言っては不躾で失礼だとは思うんですが、伊東さんってもしかしたら――」
(まさか柚那の正体に気づかれた……!?)
俺はゴクリと唾を飲む。
「――まだ具合悪いんですか?」
おうコラおっさん。俺のドキドキ返せや。
「……ええ。柚那のやつまだちょっと具合悪いみたいで。すみませんね」
「そうですか。では、柚那さんが元気になられたらこの番号まで連絡くれるように伝えてもらえますか?」
小崎プロデューサーはそう言って名刺入れから名刺を一枚取り出して俺に差し出す。
「わかりました。いつになるかはわかりませんけど一応伝えます。……ちなみに、どういったご用件ですか?」
「いや、なに。伊東柚那さんをスカウトしようかと思いまして」
スカウトだと。柚那…いや、ゆあを追い詰めた男が何を言うのか。
「……そういうことならお断りします。柚那は俺達の仲間ですから。スカウトなんてされちゃ困るんですよ。小崎さんもご存知ですよね。俺達が本当はどういうものかって言うこと」
「ええ。最初は半信半疑でしたけどね。でもみなさんも一生魔法少女をしていればいいということはないでしょう。異星人とはいずれ決着がつくでしょうし、そうなった時に人生の第二のキャリアというものが必要になってきます。そういう時のお話です」
「なるほど。そりゃあいいお話ですね。一応柚那には話をしてみますよ。彼女がどういう判断をするかは保証しかねますけど」
「それで、十分です。とりあえずはこちらが伊東さんに興味を持っていることが伝われば御の字ですから」
そう言って小崎プロデューサーは呵呵と笑った。




