魔法少女✡レディオ 3-2
愛純が暴走したり、俺が振り付けを覚えられすにドジを踏んだり柚那の足を踏んだりして超怒られているうちにあっという間に月日は過ぎ去り、公開録音の日がやってきた。
普段のラジオとは違い、リスナーの前に出るのと、動画サイト用の収録もするということでしっかりとプロの手によるメイクを施された俺たちは開始時間まで楽屋で待機していた。
「いよいよ初お披露目ですね!今日が初日ですし、頑張っていきましょう」
愛純はノリノリでそう言うが、柚那と俺のテンションはノリノリとは程遠い。何故かと言うと……
「今日は足踏まないでくださいよ」
「はい、気をつけます…」
と、まあこのやりとりからわかる通り、今日まで結局俺はパーフェクトに踊れたことはなく、柚那の足を踏む確率は.452と野球であれば首位打者間違いなしの数字をたたき出している。
とはいえ、いまさらどうしようもないので、そこは割りきって行くしかないだろう。
渡された台本にはまずは月曜組である俺たちトゥリスと木曜組であるチアキさん狂華さん。ゲストの朝陽による番組の公開録音兼トークライブ。その後のミニライブは一曲目がチアキさんのソロ曲『択捉水道冬景色』次に狂華さんと朝陽のデュオによる『ダブル・スタンダード』そして俺たちトゥリスの『カルディア』と続き、その後CDの先行即売会兼、握手会に突入という流れが書かれている。
正直三部制で途中に休憩あり、それぞれのライブ中に休めると言ってもかなりの長丁場だ。
さらには、あの日以降、例のプロデューサーがやってくることはなかったがおそらく俺たちのデビューイベントである今日は問題のプロデューサーがやってくるのは間違いないだろう。
そこでいかに柚那をフォローしてやれるか。俺と愛純にとっての最大のミッションはそこだ。
「本番5分前でーす。準備お願いしまーす」
スタッフからの呼び出しで、俺達は部屋を出る。舞台袖へやってきた俺達はそれぞれ変身後と同じ衣装を着ているので、ちょっとしたコスプレ大会のような様相を醸していた。
もちろん本当に変身しっぱなしで数時間などということをしては、万が一現在の情報では出現の予測が建てられない七罪が現れた時になにもできなくなってしまうので、今着ているのは普通の布でできた服だ。
「しかしまあ、こうして改めて集まってみるとカラーもバラバラ意匠もバラバラだな。俺達って」
改めて見回してみると、ゴスロリが入ったメイド服の俺、クラシカルなメイド服のチアキさん。それにお屋敷の少年執事っぽく見えなくもない狂華さんまではなんとか同じシリーズと言い張れなくもないが、柚那と朝陽、それに愛純の衣装はバラバラで若干カオスだ。
「精華のところみたいにお揃いにしようって話?」
「ああ、それもいいかもしれないね。みんなで半ズボンとか」
「いやいや、ここはやっぱりTKO風の衣装を」
「もっと華やかにドレスみたいなのがいいと思いますわ」
誰が何を言ったかは特に言及しないが、4人共全く緊張していないようだ。ただ、上の空で返事をしない人間が一人。
「どうした柚那。緊張してるのか?」
俺は柚那に身体を寄せ、小声で尋ねる。
「え……」
「このくらいで緊張するなんて、元TKOセンターの名が泣くぞ」
「そうですね……」
いつもの柚那だったらもう少し気の利いた返しをしてくれるはずなので、久しぶりの舞台で緊張しているにせよ、例のプロデューサーの影響にせよ、これは少し重症っぽい。
「柚那、手を出せ」
「……はい」
俺は柚那が差し出してきた手のひらに入と書いて手を握った。
「これを飲み込めば大丈夫だから」
『って、”入”じゃおまじないにならないじゃないですか!』とかなんとかやりとりをして柚那の緊張をほぐすのが狙いだったのだが、柚那は素直に入をごくんと飲んで舞台中央を見つめている。どうやら本当に重症のようだ。
「柚那」
「……はい」
「柚那ってば!」
「うわ!びっくりした!なんですかいきなり大きな声出して」
「ちょっとおいで」
「え?なんでちょっとやさしい感じなんですか?何か怒ってます?」
「いや、怒ってないよ。っていうか、なんで優しくすると怒ってるって思われるんだよ。俺普段から優しい感じだろ」
「それはないわね」
「ないなあ」
「ないですわ」
「ないです」
4人に一蹴されてしまった。まあ、別に今は他の4人が俺のことをどう思っていても別にいい。
「とにかくちょっと来てくれ」
「あ、私も行きます」
「悪い、愛純の気持ちは嬉しいけど、ここは俺に任せてくれ」
「一人で大丈夫ですか?」
「だいじょばなくてもなんとかする」
「分かりました……頑張ってください」
ちゃんと協力体制を敷いている時の愛純は本当に頼れるしいい子なんだよなあ……。
「えっと、なんですか朱莉さん。もうすぐ本番ですよ」
そんなことを言いながらもまだ少し上の空の柚那をみんなから少し離れたところに引っ張っていく。
「あのな、柚那」
「はい、何でしょう」
「お前、もしかして小崎とかいうプロデューサーの事考えてたのか?」
「え……と…」
柚那は、少し気まずそうに視線をそらす。
「あのな、柚那。お前は伊東柚那だ。下池ゆあじゃない。昔あいつに何をされたとしても、お前があいつに対して何を思っていたとしても、今のお前のそばにいるのは俺だ。あいつがお前に対して何かしようとしても俺が必ず守るし、お前があいつに対して……その…万が一未練とか、そういうものがあったとしても、だ。それでもそんな気持ちをふっ飛ばすくらい俺がお前を幸せにするから。だからその……なんだ…うまく言葉がでないんだけど…」
「もういいですよ。大丈夫です。ちょっとだけ不安はありましたけれど、今の朱莉さんの言葉でちょっと元気が出ました」
柚那はそう言って普段通りの笑顔で笑う。
「いやいや。まだ俺が言いたいことの半分も―」
言いかけた俺の口元を柚那が人差し指で押さえた。
「言わなくても伝わりました。それに、言わないほうが伝わることもあるんですよ」
そう言って柚那は目を閉じる。
「もう大丈夫です。でも、もう少しだけ、私の背中を押してください」
「あ、ああ……」
なぜだろう。別に初めてというわけでも、久しぶりというわけでもないのに、妙に胸が高鳴る。
俺は柚那の肩に手を置き、ゆっくりと自分の顔を柚那の顔に―
「うひゃぁ……」
「あ……ちょ、馬鹿みつき」
……近づけかけて遠ざけた。
「いますね……」
「いるな……」
あたりを見回して、積まれたダンボールの影からみつきちゃんのツインテールがちらちら見えているの
を見つけた俺と柚那は無言で頷き合うとそのダンボールのそばまで静かに近寄った。
「おい。なんで二人がこんなところにいるんだ?二人は曲出さないだろ」
「えーっと、曲は出さないんだけど……」
「シークレットゲストというか。司会進行というか、アシスタント?都さんがお小遣いくれるっていうからさ」
みつきちゃんとあかりは気まずそうにダンボールの陰から出てきてごまかし笑いを浮かべる。
なんか二人とも最近出番増えまくりだなあ。最近JC組は次回予告とラジオだけではとどまらず、最近は番組のアイキャッチやCMのナレーションなんかもやっているし。
「なるほどな。で、なんで覗きなんてしてたんだよ」
「そういうのが気になるお年ごろといいますか……」
「お兄ちゃんと柚那がイチャイチャしてるの見ると、なんかむっちゃ興奮する!」
うん。みつきちゃんは少しでいいからオブラートに包もうね!
「じゃあ別に私と朱莉さんの仲を邪魔しようとかそういうわけじゃないのね?」
「むしろどうぞどうぞっていう感じかな。ねえ、あかり」
「そうだね。二人が夜どんなことをしてるのかも興味あるし」
「お前が何を期待しているのか知らないけど、普通に一緒に寝てるだけだよ。大体同じベッドに愛純もいるんだからそうそう滅多なことできねえって」
「さ、三人!?大丈夫なのお兄ちゃん。経験ないのにそんなに高度なことできるの!?」
高度なことってなんだよ。っていうか何考えてんだよ。お前思春期かよ!!…って、ああ。二人とも思春期なんだった。
「今度二人で見学してもいい?」
「いや、だからただ一緒に寝てるだけだっての。大体あの狭い部屋で5人で一緒に寝るのかよ」
「うーん……まあ確かに。ベッドが大きいって言っても5人で寝るのはちょっと厳しいよね……じゃあ私とあかりの部屋に来たらいいんじゃないかな?畳敷きだし、ふすまを開ければ二部屋繋げるから広くなるし」
「いや、そこまでして一緒に寝る必要もないだろ。……というか、開始1分前だぞ。いいのか、こんなところにいて」
「あ、やば!行こうあかり」
「そうだね。じゃあ、ふたりともまた後で」
そう言い残すと二人はバタバタとみんなの居る舞台袖の方へと走っていった。
「さて、じゃあ仕切り直しを」
二人を見送った俺はそう言って柚那の肩に手を置く。
「いや、私達も行かないとまずいですって」
柚那はそう言って俺の手を取って歩き出す。
「なあ、柚那」
「はい」
「……真面目な話、小崎の事好きか?」
「今ここでその話に突っ込みますか……まあ、さっきは確かに小崎Pのことを考えてましたけど、そういうんじゃないですよ。ゆあだったころに貸していた15万をうまく取り立てるにはどうしたらいいものか考えてたんです。ゆあとしては彼の前に出られないんで、柚那が債権を買い取ったことにしようかなとか」
なぜこの子はそういう変なところだけ妙に生々しい知識を持っていたり考え方をしていたりすんだろう。
「ろくに顔を合わせてない相手にそんなことされたら引くわ!っていうか、芸歴が全くかぶってないゆあの債権を柚那が持っていたりしたら、もしかしたら小崎が柚那――」
柚那の正体に気づいてしまうかもしれないだろう。
俺がその言葉を言うのを思いとどまって飲み込んだのは、もしかしたらそれこそが柚那の狙いかもしれないと思ったからだ。
「え?私がなんですか?」
「いや、なんでもない。せいぜい正体がバレないように取り立て頑張れよ」
「はい。……でも、もしバレちゃったら、その時は朱莉さんが守ってくださいね」
「ああ……そうだな。その時は任せとけ」
そう返事を返したものの、俺の心のなかには柚那に対する小さな疑念が生まれていた。




