ex.ナツノケモノ 1
あんころちゃん&詩子ママ登場。
生まれて二度目の夏休みは、友達と夏をエンジョイ!なんて言うことはなく、どうやら仕事で埋め尽くされそうだ。
この夏、自分が行ってみたいところだとか仲間が好きそうなスポットをピックアップしていた僕としては残念でならないし、うっかりそのメモを蜂子に見つかって「楽しみにしてんじゃーん」などと散々いじられたのも非常に不本意だった。
…ああもう。それもこれもこの間伊豆に現れた連中のせいだ。許すまじ雫石雫。
まあ、そんなわけで夏休みの予定をほとんど組み直さなければいけなくなった僕としては、今日の午後に蜂子と一緒に予定の立て直しをするつもりでいたんだけど、蜂子はあかり叔母さん達と先約があるらしく僕に飛行魔法で学校まで送らせると「今日は遅くなるから先に帰ってて」と言い残し、僕を屋上に残して校舎の中に消えた。
「お、邑田じゃん」
予定の当てが外れた僕が校内をぶらぶら歩いていると、安藤さんを連れた仰木に出会った。
「ああ、仰木。部活か?」
「今日はミーティングだけだったからもう終わりだけどな。邑田は?」
「僕は寝坊した蜂子を連れて飛んできたんだけど、もう用事は済んだから帰っていいって言われて放り出されたところだ」
「意外かも。俺の中では東條って邑田のことを片時も手放さないイメージだし邑田もそう言われてもついていきそうなイメージなんだけど」
「いや、そんなに四六時中ずっと一緒にいるわけじゃないからな、僕らは」
結構離れている時間も多いし、蜂子も僕も好き勝手に友達と遊びに行ったりする。
まあ、僕は友達が少ないのでほとんど正宗か、あとは和希や井上なんかとつるんでいることが多いんだけど。
「そうなのか。…あ、そういえば邑田とこころってこうしてちゃんと顔合わせるの初めてだろ?一応紹介しておくな。旅行の時何回か話題に出てたけどこいつが安藤こころ。こころ、こいつが邑田朔夜な」
「よろしく、安藤さん」
「……」
あれ!?僕何かミスったか!?なんで怪訝そうな顔で見られてるんだ!?
「おいおい、どうしたんだよこころ。もしかして柄にもなく照れてんのか?お前が今度邑田を紹介してほしいって言うか−−」
いや、そう言うこと言っちゃダメだろ。そりゃあ安藤さんだって体全体を使って回転しながらいいフックを叩き込むわ。……まあ、とりあえず安藤さんのフックで膝をついた仰木のことは置いておこう。
「僕、もしかして何か気に触ることしたかな?」
「そうじゃなくて……思った以上に馴れ馴れし−−フレンドリーだったから」
ボソボソと小さい声でそう言いながら安藤さんは長い前髪の間から上目遣いに僕を見る。
「いや、さすがに友達の幼なじみに対していきなり敵愾心剥き出しで接するようなことはしないよ」
「そうじゃなくて、『あんころちゃん』を知ってる人はみんな警戒してかかってくるから」
「ああ、そういう話か。確かにあんころちゃんの噂は聞いたけど、その話をしてくれた蜂子も詩子も那奈も『あんころちゃん』のことは噂でしか知らないんだよね。だったら『安藤こころ』を知ってる仰木の話を信じるよ」
まあ、若干さっきのフックを見て、この子実はやっぱりヤバイ子なんじゃないかという気はしてきているけど。
「ちなみに風馬のした私の話って?」
「『あんころちゃん』の噂の元になった事件は仰木が君に対するイジメに気づかなかったのが原因だって、そう言ってた」
「………風馬ごめん。ちょっと本気で殴りすぎた」
「こころのパンチくらいで俺の鍛え上げた腹筋が音を上げるわけないだろ、平気平気、気にするな」
その割に綺麗に膝をつかされていたように見えたんだけど…まあいいか。
♢
昼食をとりに駅前まで出るという2人と別れて校内の散策を再開した僕は、すぐにまた見知った顔を見つけた。
「あれ?朔夜が蜂子と一緒じゃないなんて珍しいじゃん」
「仰木といい詩子といいなんで僕に対してそんなイメージを持ってるんだ?」
結構本気で謎なんだけれど。
「いや、なんていうか朔夜って忠犬ハチ公みたいなオーラがあるしさ」
「名前的には蜂子のほうが近いだろ」
「うーん、個人的には蜂子は犬耳より狐耳が似合うと思うんだよね」
お前は何を言っているんだ?いやその前の僕の返しもどうかと思うけれども。
「というか、詩子こそ北原さんと一緒じゃないんだな」
「栄子は今部活行ってるからね。今頃新聞作りながら相棒にボクの惚気話とかしてるんじゃないかな」
「なんか彼氏がすごい気まずい感じにならないか、それ」
「ボクあいつ嫌いだしザマーミロって感じかな。っていうか、『元』彼氏だから。そこんとこ間違えないようにね」
「はいはい。ちなみに詩子はなんで学校に?」
「結局転校ってことになったからその書類とか手続き関係でお母さんと一緒に−−あ、そうだ。悪いんだけど朔夜さ、ちょっと私の彼氏役やってくれない?」
「え?なんで?」
「お母さんにうっかり修学旅行中に恋人ができたって漏らしちゃったんだけど、さすがにまだ栄子が恋人だってカミングアウトする準備はできてないんだよ」
まあ、娘が突然魔法少女になってバタバタしているところにそんな情報までぶち込まれたら混乱するだろうことは想像に難くない。
「栄子と蜂子には後でボクからちゃんと説明して間違っても朔夜に迷惑がかからないようにするからさ」
「そういうことなら構わないけどさ」
と、そんな話をしていると、詩子が歩いてきた方から1人の女性が歩いてきた。……って、いや、え?お母さんなの?お姉さんとかじゃなくて?いや、でも詩子そっくりだし間違いないよなこれは。
「ちょっとぉ、お母さんのこと、おいていかないでよぉ……って、あら?あらあらあら??ちょっと詩子、その男の子ってもしかしてぇ」
「あ、うん。紹介するね。彼氏の邑田朔夜くん」
「……あらあらまあまあ、こんなイケメン捕まえるなんて詩子ってばやるわねぇ。詩子の母の詩織音です。詩織音ちゃんって呼んでねぇ」
「いや、おかしいでしょ。なにはっちゃけてるのお母さん」
詩子のお母さんを詩織音ちゃんと呼ぶかどうかはともかく、詩織音ちゃんと呼んでも違和感がないくらいには若々しい。
「紫伯母さんといい勝負なのがすごいな…」
「あ、もしかしてぇ、邑田くんってこの学校出身の邑田紫先輩の親戚?」
「え!?あ、はい…一応」
「そうなんだぁ。私ぃ紫先輩にはバレー部でお世話になってぇ」
「そ、そうなんですね」
これはまずいんじゃないか?
詩織音ち−−さんが紫伯母さんの知り合いっていうことはそこから僕と蜂子の関係がバレ、ひいては詩子の嘘もバレてしまうのではないか?
「はい、じゃあ今日はここまで。ここまででーす」
「ええー、お母さんもうちょっと邑田くんとお話ししたーい」
「ほら、もうお昼だしどこかで食べて帰ろうよ。ね?」
「じゃあ邑田くんもいっしょにどうかしらぁ。詩織音ちゃんおごっちゃうー」
「そういうのいいから、っていうか朔夜にも予定があるんだからさ」
「ええぇー、娘の彼氏ともっとお話ししたぃぃ」
詩子も僕と同じことを考えたのだろう、必死で会話を切り上げさせようとしているが詩織音さんはそれに応じるつもりはないようだ。
と、背中に奇妙な視線を感じて振り返ると、そこには北原さんが呆然と立ち尽くしていた。
そして−−−
「お幸せにぃぃぃぃっ」
「あ、ちょっ、栄子!?ああああああっもうっ!朔夜、余計なこと言わないでね!」
詩子はそう言い残すと、僕の返事を待たずに北原さんを追いかけて走り出した。
残されたのは僕と、さっきまでのおっとりとした雰囲気とは違う、本音モードの詩子にそっくりな詩織音さん。
「邑田くん、ちょっとお話いいかしら」
「あ、はい…」
うん。
詰んだ。ごめん詩子。
詩織音は紫の一個下。リオの一個上で、しょっちゅうサボる紫を哲学部の部室まで来て連れ帰るという役割を担っていたなんていう設定があったりします。




