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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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魔法少女✡レディオ 3-1

「懐かしいなあ……」


 都内某所。

 かつて自身が所属していた芸能事務所にやってきた柚那は応接室のソファーから事務所内を見回してつぶやいた。


「ちょっと意外かも。ゆあ…柚那さんはもう未練はないのかと思ってましたけど」


 隣に座った愛純はそう言ってクスクスと笑う。


「未練とはちょっと違うかな。まあ、実家に帰ってきたとかそんな感じ」


 かつて柚那は家を追い出されて行き場をなくしていた時に、この応接室で寝泊まりしていたこともある。

 今日の二人の仕事は来月に迫った魔法少女達のメジャーデビューについて実際にプロモートしてくれる関係者との打ち合わせだ。

 これまでこういった打ち合わせは都がメイン、愛純が補佐で対応していたのだが、都が多忙で手が回らなくなり、アイドル経験者ということで柚那にお鉢が回ってきたというわけだ。

 都は柚那の過去の事情と愛純と組むということで、柚那が嫌がるかもしれないと危惧して他の人間も一応アサインしていたが、当の柚那は『好きとか嫌いとかじゃなくて愛純って仕事はできるし別にいいですよ』と愛純と組むことをあっさりと承諾した。


「お待たせしたね。他の人間は用事でちょっと来られなくなってしまって……おや、今日は宇都野さんじゃないのか」


 部屋に入ってきた40手前のプロデューサーはそう言ってポケットから名刺入れを取り出すと、名刺を柚那に差し出した。

 だが、柚那は名刺をもらうまでもなく彼のことを知っている。

彼はかつて柚那と愛純が所属していたTKO23のプロデューサーだ。


「プロデューサーの小崎護です。よろしく、伊東柚那さん」


 小崎はそう言ってニコッと笑う。


「あ…はい。よろしく、お願いします」


 当然だが小崎は柚那に気づかない。顔も声も変わっているので仕方ないことだが、TKO設立から一緒にやってきたという自負のある柚那としては少し寂しかった。


「それで、CD発売前後のイベントなんだけどね」


 小崎はそう言ってタブレット端末をテーブルの上に置いてひっくり返し、二人が見やすいようにしてから説明を始める。


「同日に全員集合というのも豪華さがあっていいんだけど、まず各地域ごとにローテーションでまわって最後にドーンと――」


(そういえば、最初にアイドルになるっていう話になった時も、こんな感じだったな……)


 あの時まだプロデューサーとして売れておらず、そんなに知名度のなかった小崎の説明や計画は、色々経験した今の柚那から見れば根性論や穴だらけの計画だらけでで突っ込みどころ満載だったが、それでも彼の熱意は十分すぎるほど伝わってきていた。


(仕事できるようになったなあ、護さん)


 今の彼の説明にはよどみはなく、計画にも突っ込みどころといえるような穴はない。

ところどころアドリブでと言っている箇所も、万が一アドリブが失敗してもその場でフォローとリカバリが効くようになっている。


「――と、いうことなんですが、どうでしょう」

「……はい。すごく良いと思います」

「柚那さん、顔色悪いですよ。具合悪いですか?少し休みます?」

「あ、大丈夫、大丈夫……」


 そう愛純に返してから、もう一度心の中で『大丈夫』と、愛純に対してではなく、柚那は自分に言い聞かせるように言う。

 仕事があまりできなかった頃の小崎と仕事ができるようになってからの小崎。

一緒に夢を追いかけようと、少年のような顔で言っていた小崎。

そして、ゆあに身体を売れと言ってきた小崎。

いくつもの彼の顔が柚那の心を激しく揺さぶる。


「……概略は大体お話しましたし、今日のところはここまでにしましょうか。資料をお渡ししますので、持ち帰って宇都野さんと検討してみてください」


 小崎はそう言ってカバンの中からUSBメモリを取り出すと愛純に手渡した。


「愛純、これに今日話したことの資料が入っているから宇都野さんに渡してくれ」

「わかりました」

「いい返事だ。頼りにしてるぞ」


 小崎はそう言って愛純の頭をグシャグシャと乱暴に撫でる。


「わわっ、そういうのやめてくださいって言ってるじゃないですか!大体私もうTKOのアイドルじゃないんですからあんまり馴れ馴れしくしたり、頼りにしないでくださいよ!」


 愛純はそう言って小崎の手を振り払うと、手櫛で髪の毛を整える。


「そう言うな。俺の手元から離れてもみんな俺の娘も同然なんだからな」

「小崎Pって家庭を持ったら暑苦しくてウザくて娘さんに嫌われそうですよねー…」

「うるせえ!」


 かつて自分が居た位置。今そこには愛純がいる。いや、愛純ももうその位置にいるわけではない。今のセンターの子か、リーダーの子か。どちらかはわからないが、その位置には他の子がいるのだ。


「それじゃ、柚那さん」

「は、はい」

「お大事に」


 そう言って小崎は愛純に対して柚那の面倒を見るように念を押すと部屋を出ていった。


「……まさか小崎Pが来るとは。すみません、私も都さんも少しうっかりしてました。大丈夫ですか?」


 先ほど小崎と話していた時とはうって変わって、真剣に柚那を心配している表情で俯いた柚那の顔を覗きこんでくる。


「大丈夫。ごめん、心配かけて」

「そうですか。それならいいんですけど…じゃあ大丈夫なら柚那さんにいたずらしちゃいましょうか。うっへっへ」


 そう言って愛純は柚那の頭を抱えるようにして抱きしめる。普段の柚那ならぶん殴ってでも阻止するところだが、柚那はそんな気力もなくなすがままに愛純の胸に顔をうずめた。


「大丈夫ですよ。今は私と朱莉さんが一緒なんですから」

「……うん」



「……てなことがありまして。いや、びっくりでしたよ。何度か打ち合わせには行ってるんですけど、今回に限ってなんですよ小崎Pが出てきたの。元々この企画は別のプロデューサーがやるっていう話だったのに…っていうか小崎P今はほとんど現場ノータッチのはずなのに」


 そう言って愛純は俺が用意した味噌汁を一口啜った。


「お、おう。そりゃあびっくりだな」


 俺としては柚那と旧知のプロデューサーが云々よりも下手な女優顔負けの真に迫ったセリフ回しで三役とナレーターまでこなして昨日の柚那の様子を再現する愛純の演技力にびっくりだ。

 ちなみに俺が寿ちゃんとこまちちゃんの連続メールで眼を覚ました時、寝起きの悪い柚那にしては珍しくすでに起きた後だったようで、ベッドにいなかった。

 で、俺としてはそんな柚那の行動も、昨日愛純と二人で行動していたというのも引っかかったので、こうして愛純に昨日の顛末を聞いているというわけだ。

 まあ、愛純視点でのかってな解釈が混じっているのでこれがすべて正しいとは言えないが、恩人であり、魔法少女になる最後のきっかけを作ったプロデューサーとの再会は柚那にとってかなりのショックだったんだろうというのは、想像がつく。


「とは言っても、帰りも普通に運転していましたし、大丈夫だとは思いますよ。ああ見えて柚那さんって結構強いところあるし」

「それは知ってる。でも強いから傷つかないってわけじゃないだろ。強い人は人よりちょっと我慢強いだけだ」

「おお…朱莉さんが珍しくかっこいいこと言ってる。でもそうですね。私達で柚那さんが傷つかないようにしっかりガードしないと!」


 そう言って愛純はぐっと拳を握ってみせる。……根はいい子なんだよなあ。ほんと。


「なあ、愛純。さっきの柚那の気持ちって完全な創作?」

「あ、もしかして柚那さんがPに惚れてるみたいな私の心理描写、バッチリ伝わっちゃいました?」

「バッチリ伝わった。で、真偽は?」

「うーん…流石に直接聞いたこと無いんではっきり言えないですけど、フィフティ・フィフティだと思いますよ。柚那さん……あえてここではゆあちーと言いましょうか。実家を追い出されてPにスカウトされた、当時中学生のゆあちーは最初一週間位は事務所に泊まっていたんですけど、その後しばらくPのマンションに泊まってたらしいですし、その時になにかあった可能性は捨てきれないかなあと」

「あれ?でもゆあは、母親とその恋人と一緒に住んでたんじゃないの?」

「それは売れてお金ができてからです。ある程度売れるまではPのマンションの一室に間借りしてたんですよ」

「詳しいね」

「内部の人間ならそういう情報はいくらでも手にはいりますからねー。じゃなきゃそうそう金曜日されたりしませんよー」


 さらっと怖いこと言うなよ。


「あ、その証拠に朱莉さんの家族構成も言ってみせましょうか?」

「いや、言わんでいい。でもそっか…柚那はもしかしたら…うーん……」


 もしそうならそれはそれでいいのかもしれない…か?


「あの、朱莉さん?まさかとは思いますけど、柚那さんがもしPのことを好きだったら、Pと和解させるのがいいと思っていたりしません?さらに飛躍して、自分が身を引くとかそんなことまで思ってそうで怖いんですけど、まさかそんなこと考えてませんよね?」

「……実はちょっと思ってた」

「正直なのはいいですけど、一つ忘れてほしくないのは、ゆあちーの死にはPの言動も一枚噛んでるって言うことなんです。そんな人のところに帰すのが柚那さんの幸せかどうかくらいわかりますよね?あと、昔はともかく今の柚那さんは朱莉さんが一番好きだと思いますよ…って、なんですかおもむろに人のおでこ触って」

「いや、熱でもあるんじゃないかと思って」

「まあ、今までのことを考えれば朱莉さんのことを怒れる立場ではないですけれど、この件は真剣に当たらないと大変なことになるかもしれませんよ」


 おでこに当てた俺の手を払いのけることもせずに、愛純が真剣な目でそう言った。


「そうだな。ありがとう。少し気合を入れて取り組むよ」

「そうしてください。Pのせいで柚那さんが戦線離脱なんてゴメンですからね。アイドルとして憧れていた柚那さんとせっかく一緒にやれるんですから、機会を潰すようなことはしたくないです」」

「さすがセンター。言うことが違うね」

「赤い疾風さんが無神経で鈍感なだけですよ」


 なぜこのタイミングでそれを蒸し返すのか。


「もうやめてくれよそのネタ!」

「え?でももうグッズ発注しちゃいましたよ。トゥリスで出す朱莉さんのグッズにはもれなく赤い疾風って文字が入ってます」

「いじめかよ!」

「え?いじりですよ」


 悪意があることを全く隠そうとしないのは逆に聞いていて清々しいな。


「はあ……なんかラジオのほうでもしばらくは二人とリスナーからいじられそうだよなあ」

「まあ、ラジオで言ったことですし、それはしょうがないですよね。ああそうそうラジオで思い出したんですけど、曲の発売前日に放送する用の番組の公開録音とミニライブ。それから握手会なんかもありますんで、しっかり練習しておいてくださいね。特に営業スマイルとか」

「……営業スマイルって?」

「言うより見せたほうが早いですね…コホン…きゃるるんっ!みゃっすみんだよー☆……みたいのです。はい、どうぞ」


 営業スマイルの時の表情とその直後の素に戻った時の愛純の表情の落差が激しすぎてまるでマンガのようだ。


「えー……きゃ…きゃるるんみゃすみんだよー……」

「全然だめじゃないですか!」

「そもそも俺って俺キャラで無愛想気味な印象だろ。だから俺はそういうのやらなくても―」

「やってください」

「いや、だって……」

「……やれ。と言ったんですよ。センターのこの私が。え?なんですか?赤い疾風さんって、そんなに偉いんですか?センターよりも?」


 やだ、この子超怖い。というか、センターってそんなに偉いのか……。


「さ、もう一度です。みゃすみんが言いづらいなら、そこはあかりんに変えていいですから」


 むしろ、より言いづらいんだけど。


「きゃるるん……」

「もっとテンション上げて!」

「きゃ、きゃっるるーん!」

「そう、その調子!」

「きゃっるるるるるーん!!」

「いけるいける!ジャンプしながらポーズも決めていってみよう!」


 おおっ、なんか本当にやれる気がしてきた!

俺は愛純の指示にしたがって可愛くジャンプをし、着地ざま腰を落とすと、裏ピースを使ったポーズまで決めながら盛り上がった気持ちを込めて思い切りセリフを口に出す。


「きゃっるるるるるーん!あっかりんだよー☆」


 やった!完璧だ!今までどうやったらいいのかわからなかった語尾の星まで出せた気がするぞ!これはいける!アドリブだろうがMCだろうがいける気がするぞ!


「みんなー、今日は来てくれてぇ、ありがとぉー」

「朝からごめんねー、一応ノックしたけどなんか騒がしくて聞こえてなかったみたいだか…ら……」


 調子に乗って、俺がエアマイクでMCを始めたところで、折り悪く部屋のドアを開けて狂華さんが部屋に入ってきた。


「ゲッ!?きょ、狂……」

「……この間の経費の申告書なんだけど。記載漏れがあったから書きなおして再提出してね。じゃあボクこの後チアキのところに行かなきゃいけないから」


 そう言って狂華さんは笑顔のまま申告書を部屋の入口の床に置くと何事もなかったかのようにフェードアウトしていった。

 気を使ってくれたのかもしれないけどこういう時はむしろスルーされるほうが辛い。とはいえ、狂華さんの反応のお陰で俺のテンションは一気に下がり、少し頭が冷えた。


「秘密の特訓を見られてしまいましたね。しかし秘密はいつか露呈するもの。それよりも今は特訓です。今のスマイルと自己紹介をもっと磨いていきましょう」

「……いや、それよりも柚那をどう守っていくかの話をしようよ」


 柚那の事が心配なのももちろん本音だが、それ以前に今さっきの狂華さんの視線を思い出すと、とても特訓が捗るようなメンタルコンディションではない。


「朱莉さんがアイドルとして覚醒することが、最終的に柚那さんを守ることにつながるんです!さあ、アイドルの一番星を目指すんです!」


 いや、目指さねえよ。


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