ex.修学旅行に行こう アンチクロロベンゼン 6
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翌日。
今日も黒衣の死衣子との打ち合わせだという隊長と別れ、僕ら三人は再び自由行動ということになった。
とはいえ、昨日の昼のような和気藹々とした雰囲気はない。葉月と環はなんだかギスギスしているし、僕もそんな二人とはなんとなくギクシャクしている。
もちろん、隊長も昨日の夜から僕らの異変には気づいていたようだが『青春だねえ』なんて言いながらヘラヘラと笑っているだけで特に介入してくる素振りを見せなかった。
そんなわけで、僕らは三人で行動してはいるものの、僕が二人に話しかけ、二人から僕に話しかけてくることはあるものの、それ以外は二人の間には会話がないという非常に重苦しい時間を過ごしていた。
「あー、ねえねえ朔夜、アレ可愛くない?」
「朔夜、あっちのお店、一緒に行こう?」
そう言って環と葉月はそれぞれ僕の手を取って真逆の方に歩き出そうとする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
いや、喧嘩するならちゃんと喧嘩してくれよ。
黙ってにらみ合いながら人の腕を引っ張るのやめてくれよ。
こういうのなんだっけ、なんて言うんだっけ。ああそうだ、大岡裁きだ。
とはいえ、僕は二人に手を引っ張られたくらいで痛みを感じるほど幼くはないのでどっちかが離してくれるような展開にはならないだろうけど。
「・・・・・・っ!!」
「っ!?・・・・・・!!!!」
「なあ、二人の喧嘩に僕を巻き込むのやめてくれないか?」
「朔夜はアタシんでしょうが!アタシに味方しなさいよ!」
いや、環は普段お姉さんぶっているんだからもう少し大人になってくれよと。
「そんなオバさんより私のほうがいいよ?年を取ると3つ差って結構気になると思うよ?」
葉月は昨日の一件で僕自身のことが好きっていうのじゃないって、透けて見えてるんだよなあ。
はぁ・・・。
「あのさ、葉月」
「うんっ!なに?」
「とりあえず離してくれ」
「え・・・そ、そんな。私本当に朔夜のこと好きだよ?」
「とりあえず、今僕達がするべきはそういう話じゃないと思う」
「はっはっは、さすがアタシの彼氏!」
「環もだ」
「はっはっ・・・ハァっ?なんで!?」
「喧嘩両成敗ってやつだよ」
誰も裁いてくれないんだから自分で裁くしかないし、あとあと遺恨を残さないようにするには二人と等しく距離を取るのがいいだろう。
◇
ああ、朔夜だなって感じの対応に、私は小さくため息をついた。
いや、そこは環でも葉月でもいいからちゃんと選びなさいよと。私は声を大にして言いたい。
言いたいが言えない。
そんなこと今更言ってもどうしようもないことだし、これから来る二人の死を前に朔夜を責めるようなことはできるだけ避けたいからだ。
・・・・・・お前、そういうところだぞ。と、心の中で思いながら私は朔夜の頬をつついた。
「え?なんだいきなり」
「いや、小朔夜が可愛いなって思って。なんとなくつつきたくなっちゃったのよ」
「可愛いか?自分でいうのもなんだけど、かなり生意気な子供だと思うんだけど」
「今の朔夜みたいなコトを小さな朔夜が言うから可愛いんでしょうが」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
私の『読み』は朔夜視点で展開しているので、実際は朔夜の台詞は自分が言っているような感じで、
朔夜がどんな顔で言っているのかはみることはできない。それでも、なんとなくそのときの感情は伝わってくるしそのとき朔夜がどんな表情をしていたのかは想像がつく。少し嫉妬してしまう話だが、朔夜にとってこの二人と過ごした時間はかけがえのないものなのだろうなと、そう感じる。
そして、そんなかけがえのない時間を過ごした友人だからこそ、この後の記憶がトラウマになって、死衣子か、柚那さんか、もしかしたら愛純さんあたりかもしれないけど、朔夜の記憶に封印を施したのだろう。
「続き、読むわよ」
「ああ、頼む」
私が再び朔夜の手を取ると、記憶の続きが流れ込んできた。
しばらくは他愛のない話をしながら、ショッピングモールのような所に行ったり、露店を冷やかしたり、そんなことをして過ごしていた三人の所に隊長さんが戻ってきた――
††††††
「随分早かったですけど、話まとまったんですか?」
環の質問に、隊長は小さく首を振る。
「なんか急に上に呼び出されたとかで、約束すっぽかされちゃった。まあ、だから詰めの相談は明日に持ち越し」
「え、じゃあもう一日余計にこの街にいられるってこと!?ヤッター!」
「ま、しかたないわよね」
葉月がそう言って身体全体で喜びを表現すると、隊長はやれやれといった表情で笑ったが、そんな葉月に環が食ってかかる。
「葉月さ、アタシらは別に遊びに来てるわけじゃないってわかってるよね?」
「朔夜とイチャついてた奴がそれ言う?あ、そっかそっか、そういえば今日はイチャついてもらえてないもんね。この街だとイチャついてもらえないから帰りたいってわけだ」
「お前のせいだろうが!」
「違うね、朔夜があんたに飽きたんだね」
「はっはっは、青春だねぇ」
「笑ってないでなんとかしてください。この二人さっきからずっとこんな感じなんですから」
「おいおい、当事者は朔夜なんだから君がなんとかしなきゃダメだろ」
「えぇ・・・」
「頑張れ、男の子」
そう言った隊長に背中を押された僕は少しよろけて二人の間に入ってしまった。
「そもそも朔夜がどっちの味方なのかはっきりしないから悪いんじゃない?」
「えぇ~そんなこと言っちゃ朔夜がかわいそうじゃない?ていうか朔夜、こんな性格きっつい女より私の方がよくない?」
「お前の性格の方がきっついわ!」
「うるせえ年増」
「んだとコラぁ」
二人ともキツい。というか怖い。
「まあまあ二人とも、朔夜も困ってるしその位に――――」
そう言いかけた隊長の表情が一変し、変身をして僕と葉月を突き飛ばすと、ステークシールドの先端を環に向ける。いや、正確には後ろから環の身体を貫いた剣の持ち主に向けた。
「あ・・・れ・・・?」
自分の顔の横を通り抜けたステークを目で追った後、環は自分の身体から突き出ている剣を見て首をかしげると、その場に崩れ落ちる。
「いやあぁぁぁっ!!」
目の前で起こった光景の意味がわからず思考が停止しそうになった僕の意識を葉月の悲鳴が現実に引き戻した。
「葉月!朔夜を連れて逃げろ!」
「・・・嘘・・・やだ・・・やだよ・・・私あんな風に死にたくない、死にたくない・・・」
「チッ、朔夜!葉月と逃げろ!」
一撃目のステークを躱した敵、透明な鱗のような鎧を着た魔法少女を牽制しながら隊長が叫ぶ。
「でも環が!」
「環はもうダメだ!」
「キュウビィィ、ここであったが百年目だぁっ!」
「しつこいんだよお前っ!」
そう言って振り下ろされた剣を弾いた隊長は僕と葉月を抱えて跳躍し、敵の魔法少女と距離を取る。
「朔夜、葉月のことをたのむ」
「でも、三人で戦った方が」
「あいつとは何度か戦っていてね。うちの幹部や・・・詩子がいるならともかく、私達三人がかり位じゃ勝てないし、私一人で逃げるのがギリギリだ。あんた達が逃げ切ったら私も逃げるから」
「でもっ」
「これ以上、私の小隊の人間をアイツに殺されるわけにはいかないの。・・・お願い」
味方殺しの小隊長。
隊長の表情を見た僕は、昨日葉月が言っていた彼女の二つ名の由来と原因がわかったような気がした。
「わかりました。・・・隊長も絶対に一緒に帰りましょう」
「・・・・・・もちろんだ」
そう言ってガシガシと力一杯僕の頭を撫でた後で隊長は敵の魔法少女との戦闘に戻り、僕は葉月の手を引いて走り出した。
僕と葉月はそれなりに人通りのある通りを選びながら人の合間を縫って走り続ける。
あれからどれくらい走っただろうか。10分?20分?いやもしかしたらまだ5分も走っていないかもしれない。
だとしたらもっと遠くまで走らなくては。僕らは隊長の足手まといにしかならないし葉月を環のように死なせるわけにはいかない。
僕が止まろうとする足を無理矢理動かして進もうとした時、腕を強い力で引かれた。
「朔夜、一回休憩しよう」
「でも、もっと離れないと隊長の邪魔になる」
「もう十分だと思う。それに酷い顔色してるよ」
葉月に言われて自分の顔を触ると、血の気が引いているのか顔が冷たく、鏡を見ないでも顔色が悪いだろうことが容易に想像出来た。
「ね?そこの建物の陰で休憩しよう?」
葉月に促されて建物と建物の間の路地に入ると全身を酷い疲労感が襲ってきて僕は思わず座り込み、それで気が緩んだのか全身からドッと汗が噴き出す。
となりに座った葉月はそんな僕を見ると自分のハンカチを取り出して汗を拭いてくれた。
「さっきは取り乱してごめん。私のほうが年上なのに」
「いや、僕だって隊長に命令してもらわなきゃ何も出来なかったし・・・」
あのとき葉月が叫んでいなかったら、僕も環のように何が起こったかわからないまま死んでいたかもしれない。
「・・・それに、誰だって友達が死んだらショックだろ」
「・・・・・・うん。強いね、朔夜は」
強かったら、環を死なせるようなことはなかった。
強かったら、隊長と二人であの敵を倒すことができた。
強かったら、葉月にこんな表情をさせなくてすんだ。
僕は、強くなんてない。
「朔夜?大丈夫?」
「・・・なあ葉月」
「うん?」
「絶対一緒に基地に帰ろう」
「そうだね。うん、絶対一緒に帰ろう。大丈夫だよ、朔夜の防御魔法と私の攻撃魔法があれば絶対無事に帰り着けるって。・・・さて、じゃあ私はそのへんで飲み物でも買ってくるから朔夜はもうちょっと休んでて。で、飲み物飲み終わったら出発しよう」
「すまん・・・」
「いいっていいって、ここは私にまかせてゆっくりしてて」
そう言って笑っているが、葉月の顔色も相当に悪い。
それはそうだ。環が目の前で死んだのはついさっきのこと。どうしたって思い出してしまうし、無理をして笑ってでもいないと感情が制御できないのは僕も同じだ。
「甘いのとさっぱりしてるのだったらどっちがいい?」
「甘いので」
「朔夜はお子様舌だなあ」
「僕はたま・・・・・・葉月と違って若いから・・・な」
「・・・だね。じゃあちょっと行ってくるね」
そう言って葉月が立ち上がって歩き出そうとした瞬間、ぞわりと嫌な予感がした。
「葉月、待って。行っちゃ嫌だ」
反射的に防御魔法を展開した僕がそう言って手を取ると、葉月は少しはにかんだような笑顔で振り返る。
「もー、お子ちゃまだなあ朔夜は。心配しなくてもすぐに戻って――」
来る。と、最後まで言わずに、葉月は光に飲まれ僕がつかんでいた左腕を残して跡形もなく消えた。
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「なんだ、人の気配がすると思ったら子供じゃん」
一面焼け野原になった街で、そう言って真っ黒な服で身を包んだ女の人は僕の顔を覗き込んだ。
「おーい、生きてる?大丈夫?」
あれからどれくらいの時間が経ったのか。
葉月が光の中に消えた後、そこから基地に帰ることも、隊長の無事を確かめに行くことも出来ず、ただその場で葉月の腕を抱きながら泣いていることしかできなかった僕は声が上手く出ないことに気がついた。
「・・・・・・君、名前は?」
「・・・・・・・・・」
「名前は?」
「・・・・・・・・・」
「これ、やったのは君?」
「・・・・・・・・・」
「君か君じゃないかだけ教えてくれない?」
「た、ぶん、うろこ、のまほうしょう、じょ」
「うろこの魔法少女ってのは、こいつかな?」
そう言って女の人が見せた端末の画面には、環を殺し、隊長を狙い、おそらく葉月を跡形もなく消した犯人であろう魔法少女が写っていた。
「そいっ・・・・・・ゲフっ、ゴホッ」
「そっか。もうちょっと話聞かせてほしいからうちに一緒に来てもらえるかな。・・・君、この子に水を。落ち着いたら私の部屋まで連れてきて」
女の人は近くにいた部下にそう命令すると、きょろきょろと誰かを探すかのように辺りを見回しながら去って行った。
次回から軽くなります。




