ex.修学旅行に行こう アンチクロロベンゼン 5
長いので前後編に分けます。
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物心ついた頃には僕は同年代の中では抜きん出た魔力を持っていて、周りの大人から「朔夜ならこの世界を正すことができる」とか「生倉だって倒せる」とかそんなことを言われていて、僕自身「僕がこの間違った世界を正してやるんだ」なんて思っていた。
ある日、そんな僕と同じ訓練中隊に二つ年上の黒部環という女子が配属された。
なんでも魔力が高くて資質もテレポーター向きだからと愛純さんが引っ張って直弟子にしたのだとか・・・正直言って、気に入らない。
「君が兄弟子の朔夜君だよね?アタシ黒部環。二つ年上だけど、ここでは君の方が先輩だし環って呼び捨てで呼んでもいいよ」
編入されてきた初日のミーティングで自己紹介をつつがなく終えた黒部環はミーティングが終了するなり僕の方へつかつかと歩いてきてそんなことを言った。
「ふうん・・・よろしく環」
「マジで呼び捨てにしてきた!」
「そうしろって言ったのは環だろ。僕はなにも間違ってない」
「そりゃそうだけど・・・うわぁ・・・愛純さんの言ってた通り、ホントに口の減らないガキだ」
「せ、先輩をガキとか言うなっ!」
「そうやってムキになるってことは自分でもガキだってわかってんでしょ?」
確かに僕はまだまだ子供なところがある。それは認めるけれど、だからって新人に言われる筋合いはないはずだ。
「実戦経験もないくせに・・・」
「実戦経験?先週したけどそれがなに?」
「え?」
「愛純さんが卒業試験だって言って連れて行ってくれたよ。まあ、行っただけだけどね」
『朔夜はもう少し大きくなったら卒業試験しようねー』一年ほど前、一緒に暮らしていた時代にそんなことを言っていた愛純さんの顔が思い浮かぶが、その約束は未だ果たされてはいない。
つまり僕は認められていないのに、環は愛純さんに認められている。
気に入らない。この女、本当に気に入らない。
「それよりさ、君ってあれでしょ?変身持ちでしょ?変身して見せてよ」
「・・・・・・」
「不満があるならちゃんと口で言ってよ。まあ、表情でわからんこともないけどなんかこう、私がすごい圧をかけていじめてるみたいにみえなくもないし、意思の疎通を最初から拒絶するのってよくないと思うんだよね」
「ならば答えは『嫌だ』だ」
「えー、そんなこと言わないでさー、見せてよ見せてよみーせーてーよー」
「やだって」
「そんなケチケチせずにさぁ、別に減るもんじゃないでしょー」
結局根負けした僕は環の前で変身をするハメになり、変身した僕を見た環はやんややんやと拍手をしながら『可愛いねぇ、綺麗だねぇ」と言って大爆笑していた。
†††
おかしい。どこで間違ったんだ?
どこでどう間違って、こうなった。
「いやあ、薄々気づいちゃいたけど、朔夜が私のことを好きだと思っていてくれたなんてね」
「おかしい、これは何かの間違いだ」
どうして僕が環の事を好きで付き合いたいと思っている。なんていう話が流れたんだ?
誰が何のためにどうやってそんな噂を流したというのだろう。
「えー、間違いってことはないだろー?野戦演習の時に私が水浴びしてるとテントの前うろうろしているくせにー」
「それは僕と環がバディだからだろ!?どっちかが無警戒になるときはどっちかが警戒するっていうルールのせいだろ!?」
「じゃあ朔夜は私のこと嫌いか。そっかそっか。じゃあ色々教えてくれた愛純さんには『あんたの言ってたこと間違ってたよ』ってクレーム入れとかないと」
「嫌いって、そうは言ってな――はぁっ!?環に余計なこと言ったの師匠なのか?」
「思春期で素直になれない朔夜のかわりに色々手を回してかわいい彼女を作ってくれたんだから感謝しなよー」
環はそう言って僕を後ろから抱きしめると、「うりうりー」と言いながら僕の頬をもてあそんで笑った。
†
親の七光り。
幼い僕は唐突に投げつけられた言葉を僕は理解できなかった。
でも、その次に言われた母さんの悪口は理解ができた。
皆のお金を使って綺麗な服を着ている。だとか
他のレジスタンスのリーダーと違って今でも生きているのは生倉の仲間だからだ。だとか。
他にも色々言われたけれど覚えていない・・・というか、そこで僕はその兵士を殴りすぐに取り押さえられて営倉行きになってしまった。
初めて人を殴った拳はとても痛くて。
始めて入った営倉はとても暗くて。
痛くて、悔しくて、怖くて。一人でグズグズと泣いていると、営倉の扉がノックされた。
「ご飯だよ。邑田くん」
そう言ってドアを開けたのは、肘から先のない左腕に階級章替わりの布を巻いた見知らぬ隊長クラスの女性士官。
大人の年齢はよくわかないけど、母さんや師匠とそんなに年は変わらない様に見えた。
「・・・・・・」
「誰だお前って顔しているけど、君の世話係の人は今君のやったことの後始末であっちこっちに頭下げて回ってるんで、かわりに私が持ってきたってわけ」
謝罪も食事も頼んでない。けど、あの気の弱そうなお世話係の人に迷惑をかけたことについては心が痛んだ。
そんなことをぼんやり考えながら黙って食事を受け取ろうとしたが、士官はワゴンから持ち上げたトレーを離そうとしない。
「うーん、君はあれよね。世界の全てを恨んでいそうな目をしてる」
そう言って士官はやれやれとため息をこぼした。
「嫌いだよ。父さんを殺した世界なんか。頑張っている母さんを悪く言う世界なんか」
「それを世界とくくってしまうのは君の世界の狭さの問題だと思うけどね。実際私なんかは柚那さんを尊敬しているんだから」
「え?」
「お、やっと子供らしい顔になったね。よしよし、どうせ暇でしょ?せっかくだし色々話をしましょうよ。私も暇だからさ」
トレーを離したあとでそう言った士官は、そのまま部屋の中に入ってくると、本当に一晩中僕の側で話をしてくれていた。
††††
「――昔そんなことがあってさ、環はうちの隊長に似ている気がするんだよな。笑った感じとか、僕にやたら構うところとか」
「あんな年増と比べられてもなぁ」
公園のベンチに僕と並んで腰掛けている環はそう言って空を仰いだ。
現在僕達がいるのは偵察任務の演習でやってきた、生倉軍の統治地域の中でもかなり治安の良い街。
引率である小隊長はコードネーム『キュウビ』こと僕の最初の営倉入りからなんだかんだと目をかけてくれたあのときの士官。小隊員は今隣に座っている環と、すこし離れたところにある露店でお小遣いの残りと、たこ焼きの価格を見てうんうん唸っている、僕の一つ年上の要井葉月の三人だ。
現在隊長は諜報活動の真っ最中で隊長のカモフラージュがてら連れてこられた僕らはすこしのお小遣いと自由時間を与えられた。
「というか、朔夜って私より隊長のほうが好きなの?」
「いや、そういうんじゃないっていうか、別に僕は環のこともそんなに」
「ほーん、そっかー。君はあれか。好きでもない女子のテントに潜り込んできて好きでもない女子を抱き枕にするんかー」
「あ、あれは寝ぼけていただけだろ。というか一週間も前のことをいつまでもグチグチいうのはやめてくれないかな」
「もう一週間されど一週間だからね、これはもうあれだよね、君のお母さんに挨拶に行く日も近いよね」
「やめてくれ、ほんとに、真面目な話」
「なんの話してたの?」
「私が朔夜のお嫁さんになる話~」
「違うだろ!?」
「・・・そっか・・・そうだよね、環は、そうだもんね、いいよね」
突然、今の今までニコニコ笑っていた葉月の表情が曇った。
「司令の子供のお嫁さんなら、きっと幸せだもんね・・・危ないこともないんだろうし」
「え・・・ええと、葉月?どうしたの?」
「私さ、怖くなかったんだよ。全然怖くなかった。お父さんとお母さんの仇が取れるなら死ぬのだってなんだって怖くなかったんだよ。なのにさ、司令は・・・朔夜のお母さんはなんでこんな街に私達をよこしたの?こんな平和で幸せそうな街があるならさ、平和に過ごしたくなっちゃうじゃん、死ぬの怖くなっちゃうじゃん!!」
「気持ちはわかるけど――」
「環に私の気持ちがわかるわけない!・・・知ってるよね、隊長の二つ名。味方殺しの死神だよ。自分は命令を出すばかりで戦いもせず、小隊が全滅しても自分だけ帰ってくるっていう、そういう隊長なの知ってるよね」
「ちょっと、変なこと言うのやめなよ葉月」
葉月の言う通り隊長は最初の作戦からずっと無傷、もしくは軽傷で生還している。
隊は全滅しているというのに、一人だけほぼ怪我もなく帰ってくる小隊長。
何度隊を全滅させても戦果はあがっているから誰も彼女を糾弾できない・・・というもっぱらの噂だ。もちろん僕も環もそんなことを気にしてはいないが。
「でさ、そんな隊長の下にいるのは私は司令の息子の朔夜と、その恋人の環なわけでしょ?私どう考えても捨て駒だよね?何かあったとき三人のために死ななきゃいけないんだよね?」
「そんなことさせないから。たとえ隊長がそういう指示を出したとしても、年上の私があんたたち二人を守るから」
「だったら朔夜譲ってよ。そしたら環が言ってること信じてあげるから」
「それは・・・」
環はそこで言い澱んで僕の顔をチラリと見る。
「できないよ」
「だよね。そうだよね。ご立派なこと言ったって捨て駒にされて死ぬ瞬間に「あああいつら私のことなんてすぐ忘れて幸せになるんだろうな」とか思いたくないもんねぇ!」
◇
途中まで朔夜の記憶を読んだ私は一旦休憩を取ることにして、外していたブレスレットを再び装着した。
「まだ途中だからなんともいえないけれど、葉月って子、気持ちはわかるしストレスもすごいかかってるんだろうけど、その・・・・・・ちょっと怖いわね」
大人しそうな雰囲気だったのに突然発狂しだすからどっかの村の地方病かなんかが発症したのかと思ったくらいだ。
「・・・もう葉月が出てくるところまで行ったのか」
「記憶を読んでるって言っても、あんたの中で強い印象のとこしか覗けないから飛ばし飛ばし断片的にっていう感じだけどね」
「そうか・・・」
僕が自分で説明するよりも読んでもらって方が良い。
朔夜にそう言われて読ませてもらっているというのが今の状況なのだけど、記憶操作の後遺症なのか、こうして直接読んでいても記憶が断片的過ぎて流れを追うのが精一杯といった感じでこれはたしかに口で説明をしたらさらにわかりづらいことになるだろう。
とはいえ、多分この三人『キュウビ』と『環』と『葉月』が未来の、過去の朔夜にとってのキーパーソンだろう。
「・・・ちょっと疲れちゃったから、休憩がてら少し話しましょうか」
「ああ・・・」
「今、『キュウビ』さんとあんたたちが偵察に出て、『葉月』が死ぬのが怖いって言い出したところ」
「そうか、なら三人はもうすぐ死ぬよ」
朔夜は一件無感情にも思える声でそんなことを言った。
しかし、瞳は濡れて揺らいでいる。
「・・・この街って、死尽の街?」
「いや、確か死衣子の街だ。僕らは、本部の指令で死衣子に共闘してもらえるように頼みに行ったんだ。キュウビ隊長はそういう工作関係の任務に出されることが多かったから」
「でも片腕の女の人って目立つんじゃないの?」
「いや、隊長は義手を・・・というか、丁度父さんが今つけているようなステークシールドを着けていたんだ。僕が使っている奴のプロトタイプだな。だから、長袖を着て手袋なんかしたらあまりわからなかった」
「ふーん。ちなみに、その『キュウビ』さんはどうして片腕がなかったのかわかる?」
強く印象に残っていない部分は直接覗くことはできない。
逆に言えば朔夜が思い出せばそれに関連したことは思い出せるしみえるって言うことだと思う。
だから酷かも知れないけどできるだけ朔夜には思い出してほしいのだ。
「ええと・・・たしか、事件に巻き込まれたときになくしたって言っていたな。あ!そのとき父さんに助けられって」
「じゃあ朱莉さんと一緒に戦ってたこともあるくらい熟練の人なんだ」
だとしたら既に戦技研に所属している人だろうか。キュウビ=九尾なのだとしたら、狐のイメージ。誰だろう。
個人的にはこまちさんとかあのへんだけど、こまちさんが腕をなくすほどやられてそれを朱莉さんが助けるっていうイメージがあまり沸かない。
「いや、一緒に戦ったことはないって言っていたな。たしか隊長が腕を失って少ししてから父さんが戦死したって」
「・・・ごめんね、辛いと思うけどもう少し話せる?」
「父さんは生きているし、母さんも咲月もいるし蜂子だってそばにいてくれる」
自分に言い聞かせるようにそう言いながら、お守りでも握るかのように胸の前でぎゅっと拳を握って朔夜が頷く。
「大丈夫だ。詩子と雫石が現れた以上、僕の記憶はきっとこの先役に立つ。絶対に全部思い出してみせる」




