ex.修学旅行に行こう アンチクロロベンゼン 3
雫石を突き飛ばした人影は私を庇う様に立ち、武器を構えるその姿は――
「来てくれたのね朔――じゃなああああああい!?なんであんたが出てくんのよ、詩子!!」
「蜂子と華音が戦っているのにボクだけ戦わないなんてことできるわけないでしょ?」
そう言ってがれきの中から拾ってきたらしい鉄パイプをかざして笑う詩子。
「いいから下がりなさい!・・・華音、いける?」
「なんとか変身できるくらいの魔力はもどってきとるけど、正直しんどいなぁ。っていうか蜂子の方こそ大丈夫なんか?さっき嫌な音しとったけど」
「正直きっつい、けど、やらなきゃ死ぬ・・・!」
折られていないほうの足に体重をかけてなんとか立ち上がるが、正直立っているだけでギリギリだ。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
ダメだ、考えるな、痛みに思考を持っていかれたら何も出来なくなる。
考えろ、私達が生き残る為の道を。
「やっぱり蜂子は無理だね――ボクが時間を稼ぐから華音は蜂子をお願い!」
立っていられず、再び座り込んでしまった私を見て詩子はそんな風に嘯く。
「アホ!逆や!私が時間を稼ぐから詩子が蜂子を連れて逃げえ」
「じゃなくて詩子だけ逃げなさいっての!時間は、私と華音で稼ぐから」
「おーおー、麗しい友情だねえ。あたしはそういうの無縁だったから――すっげえ妬ましいよ」
「お姉さん性格悪そうだもん、ねっ!」
再び距離を詰めようとしてきた雫石に、詩子がそう言って鉄パイプを振り下ろすが、あっさり弾かれ詩子も体勢を崩す。
「魔法少女でもないようなやつが」
「ボクは魔法少女になんてなるつもりはないからね」
詩子は倒れずに不敵に笑いながらそう言って踏みとどまり、再び鉄パイプを振り下ろす。
「ボクがなるのは勇者だよ」
「くそっ、鬱陶しい!ああっ、もう!なんなんだこいつは!」
「やめなさい詩子!あんたがなんとかできる相手じゃない!」
「やだよ。ボクは敵を前にして、友達に怪我をさせた奴に背を向けて逃げることなんてできないんだ!そんなことをしたらボクは二度と勇者を名乗れない!」
「そんなこと言っている場合か!」
突き飛ばしてでも、殴り飛ばしてでもこの場から詩子を遠ざけなければ。
私はなんとか立ち上がろうとするが、足が言うことを聞いてくれない。
「なんとかならなくてもする。なんとかならなくても勇気で戦う。それが勇者だ!」
何度か雫石を殴打したことで曲がった鉄パイプを捨て、詩子はそう言いながら別の棒を拾って雫石に向ける。
・・・私が勇者というものに憧れたのはいつだっただろう。
そしてそれが、ひねくれ裏返って魔王を名乗ったのはいつだっただろう。
まっすぐに勇者を名乗って笑う目の前の彼女に惹かれたのは覚えている。4年ほど前だ。
そして勇者は今も勇者を名乗って笑っている。
この絶体絶命のピンチにおいても。
だか、そんな信念や根性でどうにかできる話じゃない。普通の人間は魔法少女には勝てない。
それはたいした魔法が使えない私がJK2の一員として治安維持活動に参加出来ているのが何よりの証拠だ。
だから詩子は雫石には勝てない。
さっきの大技を使えれば華音なら勝てるかも知れないが、魔力の回復にはまだ時間がかかるだろう。
当然ろくな魔法がない私も勝てないだろう。
「ああ鬱陶しい!お前らはろくに戦えもしない魔法少女と変身も出来ない一般人でしょ?だからおとなしく死んでくれよ。・・・痛ってえな!クソテレパス!!」
「おとなしく死ぬつもりはないってことよ」
でも戦うことも、立ち上がることもできなくても、こうしてテレパシーで思念をたたきつけ続けてやれば足止めくらいはできる。
ほんの少しの時間かも知れないが、その少しで朔夜や、正宗や、ハナやエリスや那奈がきっと来てくれるはずだ。
「ああもう鬱陶しいしごちゃごちゃうるさい!もういい、もう怒った。さっさとお前らをかたづけてこの施設を占拠させてもらう」
そう言って敵魔法少女が掌をこちらに向けると、ふたたび目に見えるくらいの魔力が彼女の掌に集まっていく。
それを見た華音はすぐに駆け寄ってきて私を担ぐようにして立ち上がらせてくれた。
「それはヤバい!詩子も一旦逃げえ!!」
「嫌だ!私は、ボクは――」
鉄パイプを振り上げて敵の魔法少女に向かっていく詩子の身体がまばゆい光につつまれる。
そして詩子の握っていた棒は剣へ姿を変え、制服は白銀の鎧へと変わる。
姿が変わっただけではない、詩子が振り下ろした一撃は当たりこそしなかったものの、廊下に大きな穴をあけ、雫石が攻撃をキャンセルして後ろに下がらせるのに十分な迫力と威力があった。
「――絶対に逃げない!」
「くそっ、他にも魔法少女がいるなんて聞いてないぞ!?」
「間違えないでもらいたいな。ボクは魔法少女じゃない・・・勇者だ!!」
そう言って臆することなく敵に向かって構えを取る詩子の姿は魔法少女というより、彼女自身が言うように勇――いや、やっぱり魔法少女よ、それ。
◆
詩子が覚醒して1分ほど経ったところで、私と華音は詩子の異常性について気がついた。
気がついた、とぼやっとした感想を抱いていることからもおわかりのように、戦闘は詩子が押している。
それは問題ない。そして私もぼやっと戦闘を見守れるくらいには回復して痛みが引いているし、何の訓練も受けていないはずなのにエリスあたりより良い動きで戦っている詩子にも引いている。
いや、また話が逸れた。どうにも詩子の話題になると話が逸れてしまう。
何が異常かと言えば私の足はもうほぼほぼ回復していて、落下した時に打った肩もすでに痛くない。さらには私も華音も細かい傷まで治っている。
そして――
「これ結構クレイジーな能力よね」
「まあでもうちの組織ってこっち系の能力少ないし、ダイヤモンドの原石とも言えるけどもな」
――殴ったそばから雫石の怪我も治ってるのだ。つまり雫石同様、私や華音の回復はおそらく詩子の能力によるもの。まったくクレイジーなダイヤモンドの原石だぜ。
「本職のヒーラーって柚那さんとか、恋さんくらいしか思い浮かばないしね」
「東北の寿さんもちょっと使えるんやなかったっけ?」
「あの人は回復アイテムをつくる専門で、戦闘中に魔法で傷を癒やすようなことはあんまりできないんじゃなかったっけ?それより押している今はいいけど、詩子の体力が尽きるまでになんとか戦えるようにならないと」
「せやな。蜂子はもう一回さっきの蹴りできる?」
「できるけど、防御されてまた折られる可能性が高いと思うしもうちょい時間がかかる。テレパシーぶつけて気をそらすのなら何回かできるけど。華音はさっきの大技はできそう?」
「あー、私も魔力の回復がおいついてへんわ」
詩子の魔法の特性のおかげか、怪我は治って体力は戻ってきているものの魔力はまったく回復してないのであれをやるためにはもう少し時間がかかる。
多分華音にしても同じような状況だろう。
だからできれば誰かに来てほしいんだけど・・・朔夜達やハナ達にも刺客が差し向けられていることだろう。まあ、朔夜がこのレベルの奴に負けるとは思えないので、そう時間はかからないだろう。
ハナ達もこのくらいなら問題ないだろうけど、三人の登録魔法少女相手ということでもう少し強い魔法少女が差し向けられている可能性が高い。
まあ・・・多分増援はハナ達の所にいくだろうから大丈夫だろうけど、あの人甘々なところと厳しいところと極端だから、訓練がてらしばらく見ている可能性もあるので時間がかかるかもしれない。
「結局朔夜待ちになっちゃうのが悔しいのよね・・・」
「ええやん、ピンチに助けに来てくれる彼氏がおるっていうのは蜂子の力みたいなものやし」
「そういう事じゃないんだけどね」
私は朔夜と一緒に戦いたいし、なんだったら朔夜のピンチを救うみたいなこともしてみたいし。
「そもそも、そういう話なら、華音だってコスモ待ちでしょ」
「・・・来てくれるといいなとは思っているけど、期待薄かな。多分あいつは私のこと恨んどるやろし」
「そんなことないわよ。きっと朔夜と一緒に助けに来てくれるはずよ」
実際、コスモは華音を恨んでいるというよりは、説明不足なまま引退し今は悠々自適に沖縄で過ごしているという九条さんへの不満や疑問が膨らみ、そのせいで華音に対してどう接したらいいかわからなくなっているように見える。
そんなことを考えていると、不意に詩子渾身の攻撃が雫石を捉え、攻撃がもろに入った雫石は思いきり転倒した。
「見て見て、ボク強くない!?」
「あー、強い強い。殴り合いならエリスや那奈よりよっぽど強いと思うわよ」
ただ惜しむらくはその攻撃にまったく攻撃力がないどころか殴ったはしから相手を回復させてしまうところだ。
「なんか人聞き悪いから殴り合いって言い方やめてよー」
「まあ、殴り合いが強くても倒せないからあんまり意味ないけどね」
「ひどいなぁ」
いつも思うけど、酷いこと言われてニヤニヤするのやめなさいね。
「そうか、どうも痛くないと思ったらお前の攻撃には攻撃力がないんだな?」
起き上がった雫石は詩子を見ながらそう言って、手を差し伸べるようにして続ける。
「攻撃力がほしいと思わないか?」
「思わないねぇ」
「え?」
詩子に即答された雫石はあんぐりと口を開けて間抜けな顔で聞き返す。
「いや、さっきの栄子とか彼氏、それに蜂子とのやりとりを見てたらわかるじゃん。ほしがったら私はあなたに借りができて何かを肩代わりさせられたり閉じ込められたりするんでしょ?バレバレだよ」
「なっ・・・」
詩子は学校の成績は悪いけど、こういうところで機転が利かないわけじゃない。というか、なぜそんな勧誘方法で詩子が『ほしいです!』と答えると思ったんだ雫石雫。
「それに、ボクが攻撃なんてしなくても、あなたを倒せる魔法少女ならそこにいるからね」
そう言って詩子がドアのほうに視線を向けると、自動ドアがゆっくりと開く。
「どうやら僕が当たりだったみたいだな。無事か、蜂子、詩子、高塚・・・って、詩子がなんで変身してるんだ!?」
「へへへ、根性入れたらできちゃった。それと、蜂子も華音も無事だよ」
「無事じゃなかったけど、詩子の魔法のおかげで元気よ」
「せやな。詩子のおかげや」
「そうか。よく頑張ったな、蜂子、高塚。それと、蜂子を守ってくれてありがとうな、詩子」
「そんな風に感謝されると照れますなぁ・・・・・・ああ、でも朔夜の顔を見てなんか気が抜けたせいかめちゃくちゃ疲れが・・・あとは任せて大丈夫だよね?」
「最初のうちは変身すると疲れるからな。まかせておけ。あとは僕が――」
柔和な表情で詩子を見ていた朔夜は、雫石の顔を見ると表情を凍り付かせた。
そして。
「――僕がやってやる」
今まで見たことのないくらい冷たい表情でぽつりとそう言った。




