ex.修学旅行に行こう アンチクロロベンゼン 2
元の部屋に戻ってきた私達の前にいたのは、予想外の2人の人物と、知らない人物が1人。
唯一まともな魔法少女である華音が戦えない今、3対3だなどと浮かれることは出来ない。こちらは変身している今も一般人よりちょっとだけ強い私と、未来では生倉軍の幹部だったとはいえ、今はまだその才能を開花させていない詩子のみ。どう考えても勝てる相手じゃない。とはいえ、知っている二人の首には首輪が付けられていてそこから伸びたチェーンが見知らぬ魔法少女に握られている。もしもあの二人がこちら側であれば――いや、それでも無理か。私の知る限り、二人は魔法少女ではないのだから。
「うーん、まあ二人とも使えないことはないか。でもまあ、今のところ決め手に欠けるからもうちょっと練習が必要だね。よし。君はもどっていいや、彼女ちゃんのほうはまだ使わせてもらうよ」
敵の魔法少女がそう言うと二人のうち、彼氏の方だけが消えた。
そして残ったのは敵魔法少女と、北原栄子。
「栄子、あんたこんなとこで一体なにしてんのよ」
「え、本物の栄子なの?でも、栄子は今ハワイに行ってるはずだよね?」
「・・・・・・それは・・・その・・・」
「あれ?言ってやらないの?言っちゃえばいいじゃん・・・ああ、そうそう、自己紹介がまだだったね。あたしの名前は雫石雫。上から読んでも下から読んでも雫石雫だ。ついでに君たち戦技研を壊す人間だよ」
「やっぱり敵か・・・」
「でも、なんで栄子は敵と一緒にいるの?」
「・・・・・・」
「事情はわからないけど、ああして敵と一緒にいるということは栄子も敵ってことでしょ」
「いや、おかしいよそれは!だって、彼氏を取られそうになってもボクと仲良くしてくれたんだよ!?栄子が敵なんて、そんなわけないじゃん!!」
「あんたのそういうところ・・・本当に嫌い」
栄子はそう言って詩子を睨む。
「仲良くなんてするわけないじゃない!誰があんたなんかと仲良くするってのよ!人の彼氏寝取るような女となんて仲良くする奴がいるわけないでしょ!本当に頭の中お花畑で嫌になる・・・あんたみたいな女、死ねば良いのよ!」
「栄子・・・・・・」
なるほど。二回とも詩子が巻き込まれたのは偶然じゃなくて、栄子が詩子を狙っていたからか。で、栄子か彼氏かどっちがどっちの魔法かわからないけど、異空間に閉じ込めて詩子を殺そうとしたといったところか。
栄子は今自分で言ったように詩子に彼氏を採られそうになったことだろうか。彼氏の方はわからないけど――詩子に振られたからとか?いやさすがにそんなことで殺そうとまでしないか。
「まあ、栄子の言っていることはわかるし、気持ちもわかる」
「は・・・蜂子・・・?」
「でも、私は詩子と仲良くしたいと思ってる奴の一人よ」
「っ!!!あんたもムカつくのよ!!何よあのイケメン彼氏は!不公平よ!」
イケメンなのは認めるけど、その分手がかかるのだと私は声高に主張したい。
まあ主張したところで、今の栄子じゃムカつくムカつくと言われるだけだろうから言わないけれど。
というか、人の彼氏がいいなと思ってる時点でお前も彼氏と変わらんだろうと。お似合いのカップルだろうと。・・・それを言った時の反論の内容も分かりきってるから言わないけれど。
「いや、人の彼氏をチラ見してる時点であんたもその寝取られた彼氏と変わらんのと違うの?」
私達の言い争う声がうるさかったのか、それとも栄子の主張があまりに馬鹿馬鹿しくて目が覚めたのか、華音がそう言いながら身体を起こした。
「誰だか知らないけどあんた関係ないでしょ!?いきなり口を挟んでんじゃないわよ!」
いや、そういう意味では、今回のこの一連の事件には海老名とビーチでの二回で関係ないはずの人間がかなり巻き込まれているんだけど。
「関係ないことなんてあらへん。私は詩子と蜂子の友達やさかいな」
「はっ、あんただって、蜂子や詩子に彼氏を取られたら友達なんて辞めたくなるわよ!」
ちょっとまて、その文脈だと私もお前の彼氏を寝取ったみたいに聞こえるだろうが。
あんなの頼まれてもいらないし、むりやり押しつけられても着払いで送り返すレベルだぞ。
「あるわけないやろそんなこと。詩子も蜂子もそんなことする人間やないし、そもそも私の好きな男はちょっとやそっとの誘惑で負ける男とちゃうからな」
「誘惑に負けなさそうというよりは」
「誘惑に気づかなさそうよね」
「やかましいわっ!庇ってやっとるのになんであんたら二人揃ってコスモのことディスるんや!!」
「別にディスってるつもりはないんだけど・・・コスモくんって華音にベタ惚れで他の女の子が目に入ってないところがあるしさ」
「えっ、そ、そうかな?マジで?マジでそう思う?」
「思う思う。ね、蜂子」
「二人ともツンデレみたいなところがあるからそう簡単にうまく行くとは思えないけどね」
「蜂子、そういうこと言わないの」
「ごめんごめん。お似合いのカップルだと思うよ」
「って、私はそんな話をしていたわけじゃ――」
「栄子はさ、今の彼氏より朔夜がいいの?」
「それは・・・その・・・」
「あ、もしかして正宗派?それとも風馬とかあっち系?」
「・・・」
詩子の確認に黙って小さくコクリと頷く栄子。
よし。詩子の固有スキル(仮)話題ずらしがうまく効いているぞ。
「あたしさ、別に君たちの恋バナを聞きたいわけじゃないんだよね。彼女ちゃんさ、君、あたしの力を借りるときになんて言ったか覚えてる?憎くて憎くて殺してやりたい奴がいるって言って、あたしの力を借りたんでしょ?それで私も力を貸した。だからさ、ちゃんとそれやって見せてもらわないと、契約違反だよね?契約違反はどうなるんだっけ?」
そう言って、雫石雫がにっこりと笑うと、少し緩み始めていた栄子の表情はかたまり、みるみる顔色が悪くなっていく。
「・・・い・・・命をもって償う・・・です」
「正解。じゃあもう一回異空間の旅、行ってみようか」
雫石に促された栄子は震える手でいつも首から提げているカメラを持ち上げる。
「なるほど、それがそっちの姉ちゃんから借りた魔法ってわけやな」
華音はそう言って栄子からカメラを奪い取ると、拳銃を出してカメラを破壊した。
「あ・・・・・・ああああああああっ、なんてことしてくれるのよぉぉぉっ!ち、違うんです雫様!私はちゃんとできます!できますから!」
「ああはいはい、まあ君への罰は後でってことで、とりあえず黙っててくれる?」
「チャンスを、チャンスを下さい、もう一回、もう一回だけ、私はちゃんとできます、できるんです」
「うるさいなあ。それも含めて後でだって――」
「お願いですっ!」
「チッ」
雫石は一つ舌打ちをすると、足下にすがりついて泣きじゃくる栄子の身体を蹴り飛ばした。
「なあ、うるさいって言ってるの、解らないのかなっ? 君には耳が付いてないのか?付いてるよね?もしもーし、聞こえますかー?」
雫石は蹴り飛ばした栄子の側まで歩いて行くと、耳を引っ張って立ち上がらせ、栄子の耳の側で大声でそう言う。
「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさい、死にたくない死にたくない、死にたくない」
「だからさ、そういうの全部後って言ってるじゃん?」
「やめえや!もう完全に戦意喪失やろ。あんたの相手は私らでその子やないはずや」
「こうなったのは全部君のせいなんだけど、わかって言ってる?あたしの相手が君たち?はっ、君たちなんて相手にもならないさ。というか、こんな魔法少女のなり損ないばかりの施設、なんであたしが占領しに来なきゃ行けないんだよ。あたしは宇宙人殺してやりかったっていうのに、こんな雑魚の相手ばっかりなんて本当についてない」
「確かに私らは魔法少女のなり損ないかもしれんけどな、人間のなり損ないよりマシや!」
「華音の言う通りだ、この人でなし!」
華音に加勢するように詩子がそう言った瞬間、雫石の表情が今まで以上に強く歪む。
「宇宙人共のせいでこの世界に人なんていなくなっちまっただろうが!」
「だからって人間性まで失ってええ事にはならんわ!」
「知った風な口をきくなクソガキがぁっ!」
そう言って華音に向かって雫石が掌を向けると彼女の掌に光が集まっていく。
魔力の強さを読むとか、そういうのはあまり得意じゃない私でもわかる。あれは喰らってはいけない攻撃だ。
しかし華音と雫石との距離は5、6メートル。多分華音の魔法は当たらない。つまり雫石から注意を払われておらず華音より近くにいる私がやるしかない。
私は足に力と魔力を込めて床を蹴り、蹴りのモーションに入った時点で利き足である右足に作り出せる限りのアンクルウェイトを巻き付け、雫石の肘を狙う。
「必殺、巻き落とし蹴りっ」
肩から始まる全身の捻りを加えた渾身の蹴り。注意を向けられないようにギリギリまで黙っていた私は、インパクトの瞬間そう叫んだ。
果たして蹴りは見事に雫石の肘を破壊し、あらぬ方向に向いた掌から閃光がほとばしるが、それは天井に大穴を開けて消えた。
私は破壊された肘を押さえてうずくまる雫石の隙を突いて栄子を回収して詩子に預け、再びそれから華音と並んで雫石と対峙した。
「やるやん、蜂子」
「一発芸みたいなもんだから、次通用するとは思えないけれどね」
あくまで防御魔法をつかってなかった、油断をしていた、こっちに注意を向けていなかったという要因が上手く重なってくれたおかげでの結果である。
蓋をあければ単なる変則跳び蹴りである私の攻撃は二度とは通じないだろう。
「ぐうううっ、畜生っ、肩代わりしろ、北原栄子!」
雫石がそう叫ぶと、栄子の身体が光り出し、光が消えるのと同時に姿が消えた。
「栄子!?どこ!?」
「クソが。お前はじっくりと時間をかけて殺してやるからな。それと、お友達ならここにいるよ」
折れたはずの肘が完治した雫石は自分の着ていた衣装の胸元を両腕で思い切り開いて見せた。すると、そこには鱗のように琥珀色の宝石が張り付いた肌があった。
そしてその琥珀には助けを求めて泣き叫んでいるような人の表情が映り込んでいて、その中には栄子と栄子の彼氏の顔も見えた。
「どうだ?攻撃できないだろう?」
次の瞬間、距離を詰めてきた雫石はそのまま私の右足首を踏むようにして下向きに蹴る。直後、私の足首は嫌な音を立て、すぐに激痛が襲って来た。
「っぅああああぁぁぁっ!」
立っていられなくなってその場にしゃがみ込むと、雫石は的確に私のみぞおちをつま先で蹴り上げる。
すぐにふわりと浮いたような感じを受けたあと、数メートル飛ばされた私は受け身を取り損なって肩から床に落ち、みぞおちと足首、落ちたときに打った肩が痛み始める。
「よくも蜂子をっ!」
「邪魔だ雑魚が!」
飛びかかった華音を軽く払いのけるようにしただけで退けると、雫石は私の方に向かってゆっくりと歩いてくる。
「お前は特にゆっくりゆっくり殺してやるからな。こいつらのようにあたしの一部になんてしてやらない。ただ無意味に死ぬんだよ」
「栄子達みたいにあんたの一部になるのが幸せみたいな言い方するじゃない。そんなの幸せでも何でもないわよ!」
「良い度胸だ。なら泣いて懇願するまで徹底的に――」
そう言って足を上げた雫石はその足を私に振り下ろすことなく、横から突き飛ばされてよろけたあと、転んで尻餅をついた。
蜂子いじめ。




