魔法少女✡レディオ 2
「朱莉」
「柚那の」
「「魔法少女レディオー」」
俺が失敗だと思っていた一回限りの特番は、実際のところ柚那の言っていた通り好評だったらしく、番組改編期でもないのに深夜枠の時間帯のレギュラー番組化してしまった。
しかもパーソナリティは日替りで、月曜日が俺と柚那。火曜日がひなたさんと桜ちゃん。水曜日が東北北海道の三人で、木曜日が狂華さんとチアキさん。さらにはクローニク本編と同様JC組が録音のミニコーナーを持っていたりと、ほぼこの時間帯を魔法少女だけでジャックしているような状態だ。
まだ調査週間が来ていないので、聴取率についてはなんとも言えないが、どの曜日もそれなりにお便りがきているので、概ね好調と見ていいだろう。
基本的に番組は柚那の名調子で番組が進行していき、俺の役割は相槌をうったり時々ツッコミを入れたりという程度で、はっきり言って同じギャラをもらうのが申し訳ないくらい柚那に負担をかけている。
一応、これじゃいかんと一念発起して、柚那の負担を軽くできればと思い、ちょっと頑張ったことがあったのだが、その件で柚那と構成作家にこっぴどく叱られたのでそれ以降は余計なことはしないようにしている。
「さてさて、朱莉さん」
「はいはい」
「なんと今日はスペシャルゲストがいるそうですよ!」
「おー、初めてのゲスト!誰が来てくれるのか楽しみだねー!」
そう、今日は俺達の番組始まって以来初めてのゲストがいるのだ。しかもそのゲストの名前は台本に書かれておらず、俺達にも直前に知らされるというサプライズ企画で、スタジオの出入り口には目隠しまで入れて俺たちに隠すという徹底ぶりだ。
まあ、サプライズと言っても外部タレントとの接触がほぼない俺達の特性上、おそらくは別曜日のパーソナリティの誰か、もしくはパーソナリティになってない誰かなんだろうし、俺も柚那も誰が来てもそれなりに対応できる自信はあるので、そこまで心配はしていない。
「さて、そのゲストとは――」
柚那のセリフに合わせて構成作家がフリップをドン。
その瞬間に柚那の目が死んで机に頭を打ち付けてドン。
机に頭をぶつける音がマイクに入らないよう反射的にカフを操作したあたりに柚那のプロ根性を感じる。
「げ、ゲストはみゃすみんこと、元TKO23の宮野愛純ちゃんです!みゃすみんの登場は曲とCMの後!聞き逃すなよー!?」
今のキレ柚那寸前の柚那に任せておいては放送事故になりかねないので、俺がセリフを引き継いで曲とCMを入れさせなんとか時間を稼ぐ。
完全に台本無視のアドリブだったが、しっかり対応してくれたミキサーさんとディレクターに感謝だ。
とにかくこれで大体三分くらいは時間が稼げる。
「大丈夫か、柚那」
「はい。不意打ちだったんでちょっと動揺しました」
よりにもよって愛純をキャスティングしたやつ誰だよ!と、文句を言いたいところだが、愛純の本性を知ってるのって同じチームだった俺達と柚那、それにチアキさんくらいだから、『あいつらいつも一緒にいるし仲いいんだろう?』って勘違いしてキャスティングしちゃっても仕方ないんだよな。というか、実際仲が悪いわけじゃないしな。
ていうか、同じチームだったのに楓さんなんか、未だにみゃすみん命でイズモちゃんに睨まれてるし。
「おはよーございまーす!」
元気よくそう言ってスタジオに入ってきた愛純は構成作家に挨拶をしたり握手をしたりしていて、表の顔であるみゃすみんの顔をしている。
「今日はよろしくな、愛純」
鬱々としたオーラを漂わせている柚那の代わりに俺がフレンドリーに挨拶をすると、愛純はにっこりと笑って頭を下げる。
「はい、よろしくお願いしまーす!」
「よ……よろしく」
「はいぃ、よろしくおねがいしますぅぅ」
目いっぱい頑張った柚那が引きつった笑顔で手を差し出すと愛純は両手でその手を握り、自分の指を柚那の指に絡めて柚那に熱い視線を送る。
「ぐぅ……」
が、頑張れ柚那。
嫌がらせじゃないんだ、それは愛純の行き過ぎた愛情表現なんだ。
「ラジオって初めてなんで、よろしくおねがいしますねぇ」
俺の横に座った愛純はそう言いながら構成作家やディレクターたちから死角になる机の下で俺の太ももを触ってくる。
ああ…最初はこんな子だと思わなかったのになあ。
決勝戦の後、彩夏ちゃんによって行われた『愛純は実は柚那さんだけじゃなくて朱莉さんも好きで、二人にちょっかいかけたりいじめることで気を引きたいっていうガキ臭い発想なんじゃね?』という分析以降、愛純は開き直ってしまいセクハラが、よりダイレクトなものになった。
俺は別にこうして愛純に触られてもなんともないのだが問題は柚那が愛純の行き過ぎた愛情表現にノイローゼ気味になっていることだ。
この間なんて凄い顔でクソレズサイコパスとまで言っていたし。
結局、柚那の復活はならないまま曲が終わりCMもあけた。
どうやらここは俺の本気を見せるしか無いようだ
「と言うわけで、改めまして今日のゲストはみゃすみんこと宮野愛純ちゃんです」
「みんなー!みゃっすみんだよー!」
元気よくそう言って、今回は動画配信もないのに愛純がいつものポーズを決める。これはこれでプロ根性だよなあ。
「ところで愛純ちゃん」
「いつものように呼びすてで大丈夫ですよ、朱莉さん」
「あ?そう?じゃあ愛純。今日も撮影でずっと一緒にいたのになんでゲストだって教えてくれなかったの?」
撮影というのは嘘だが、愛純が一日中俺と柚那につきまとっていたのは本当だ。
「いやあ、それを言っちゃったらつまらないかなって思いまして」
柚那の完全復活にはまだ時間がかかりそうなので、俺はなんとか場をつなごうと愛純に話を振り続ける。
「いやいや、教えてくれたらお菓子の準備とかできたのに」
「あはは、こんな時間に食べたら太っちゃうじゃないですか。でも二人ともすっごく驚いてくれたみたいでよかったです。作戦大成功ですね!」
ああ、大成功だよ。びっくりしすぎて柚那がいまだに復活できてないじゃないか。綺麗に真っ白だろ?あれ、生きてるんだぜ。
「えーっと……それで愛純は何か告知とかあるのかな?」
ラジオのゲストで定番といえば告知だ。何か告知があるのであれば、それでまた柚那復活までの時間が稼げる。
「いえ、私個人の告知とかは特になにも。今日はただ遊びに来ただけです」
「あ、そうなんだ、そっか……あはは……」
どうしよう……
「甘い。甘いよみゃすみん。この番組はただ遊びにきたなんていうのを認めるほど甘くない!ということでコーナーを手伝ってもらうことになるけどOKかな?」
おお!神様仏様柚那様の復活だ!主は来ませり!
「もちろんです!尊敬する二人の先輩の足を引っ張らないように頑張りますね!」
足を引っ張ってもいいから、とりあえず今この瞬間にも俺の内股に侵入しようと蠢いている手を止めてくれないだろうか。
「じゃあ、最初のコーナー行ってみよう。愛純、コールお願いしていい?」
「もちろんです!いきますよー……『教えて朱莉姐さーん!』」
「はい、このコーナーは、魔法少女界かつての男前、朱莉さんがリスナーからの質問や疑問に男前?な回答をするコーナーです」
「……柚那」
「はい」
「柚那」
「なんですか?」
「今、コーナーの説明に悪意のあるフレーズがなかった?」
「え?どこですか?」
「なんだよ、『かつて』って!先週まで俺は魔法少女界きっての男前だっただろ!?あと、なんで男前が疑問形なんだよ!」
「ああー……それはですね、今週のクローニクの放送で、ついにあの楓さんの男前シーンが放送されてしまったわけですね」
結局、ワンクール持たせるはずで制作された運動会…というか武闘会編は、ワンクールもかけてたら真冬になっちゃうし、さすがにちょっとないよね。というスポンサーの一声に負け、ダイジェストの運動会シーンを含め、武闘会も準決勝からの三試合だけを3話ほどにまとめられて放送された。今週放送されたのはその最終回である決勝戦。
つまり柚那の言っている男前シーンは、落下してくるイズモちゃんを見事に受け止め、よく戦った喜乃ちゃんを医務室に運んでいった楓さんのことだ。
「……うん、それで?」
「まあ、それで魔法少女界きっての男前は楓さんではなかろうかというリスナーからの声が多数届いていまして。昔は男前キャラだった朱莉さんは今週から『かつて』ということに」
「納得いかねえ!昔も今も俺は男前だよ!」
「そういうことはもうちょっと頻繁に男前なセリフとか、しぐさとか、活躍できるようになってから言ってください。そういうわけで、今後楓さん以上の男前シーンがあれば朱莉さんが返り咲くことも可能らしいので頑張ってくださいね」
「そもそも、魔法少女に男前を求めるのがおかしくなおうっ!?……いか……?」
やばい、柚那との話に集中しすぎて愛純の手の事すっかり忘れてた。
「魔法少女なのに、一人称俺の人がいうことじゃないですよ。さて、最初のメッセージは。東京都にお住まいの盆と正月は書き入れ時さん。朱莉さん柚那さんこんばんわ―」
柚那がメッセージを読んでいる隙に、愛純は更なる秘境へと侵入をしようと手を動かす。もちろん俺もそのまま黙って受け入れるつもりなどない。太ももに力をいれて愛純の手の動きを封じるが愛純も諦めるつもりはないらしく、太ももの間で指を動かし続ける。そして―
「ひょわっ!?」
「どうしたんですか朱莉さん。変な声出して」
「い、いや。なんでもない」
愛純が諦めて手をひっこめるような動きと表情をしたため、俺が太ももの筋肉を緩めたたった一瞬で、愛純は変身しないでも使えるごくごく近距離のテレポートを使って俺のパンツの中にとんでもないものを置いていきやがった。
「で、どうでしょう朱莉さん」
「え?ごめん、質問聞いてなかっ…ん…だけど……」
ちょ、ちょっと!なんかこれ震えてるんですけど!?愛純さん!?何してんの愛純さん!飛ぶの?電波飛んじゃうやつなの!?
「もう、しっかりしてくださいよ!……もしかしてみゃすみんが来てるから緊張してるんですか?」
そう言って笑う柚那の目は全く笑っていない。どんな理由であれ愛純のせいでドキドキして緊張しているなんて言ったら殺されかねない。それがたとえ、100%俺が被害者の今の状況だったとしてもだ。
「ん…ふぅ…そ、そんなことはないけどね」
「ならいいですけど。じゃあもう一回質問を読みますね。朱莉さん柚那さんこんにちわ。ずっと気になっているんですが、もしも朱莉さんが男の人で魔法少女の中で誰かと付き合うなら、誰と付き合いたいと思いますか?教えてください。お願いします……だ、そうですが。これはもちろんプライベートでも朱莉さんと仲がいい私ですよね?」
「いやいや、最近朱莉さんの弟子になった私じゃないですかね。ねえ朱莉さん?」
「あ?ああ、うーん…そうだなあ」
ごめん、パンツの中が気になって、正直言って今それどころじゃない。
「私ですよね!?」
「私でしょう?」
「も、モテモテで嬉しいなあ!……とりあえず、答えはCMの後で!」
ちょうどCMに行くように指示もでていたところだったので、俺はCMのキュー出しをして、トイレでパンツの中の異物を取り出すために立ち上がる。
と、俺の手を、愛純が掴んだ。
その表情は、愉悦に満ちていて、ありていに言えばドSの笑顔だ。
「ラジオで言うのはCMの後でいいですから、私たちには先に教えてくださいよ!ねえ柚那さん」
「まあ、結果はわかりきってますけど」
「いや、俺はちょっとトイレに…」
「いいから座ってください!」
そう言って愛純は力を入れて俺の腕をひっぱり、勢いよく俺を椅子に座らせた。
「お……ちょ……」
座ったショックで今までパンツの中に入っていただけのものがヌルっとした感触と共に奥の方に入ってきた。
「…くぅ……」
「どうしたんですか朱莉さん。具合悪いんですか?しっかりしてくださーい」
「お前のせいだろ!っていうか身体を揺するのをマジでやめろ!放送事故になっちまう!」
「本当に大丈夫ですか?顔もちょっと赤いみたいですけど」
「だ、大丈夫大丈夫。ちょっとトイレに行けば治るから」
俺がそう言って立ち上がろうとした時、ディレクターから声がかかった。
「CM開け10秒前でーす」
「ふざけんな!俺はトイレ行くからな!ぜってー行くからな!なんだったら次のCMも流せばいいだろ!」
「あ、ちょっと朱莉さんそんな急に立ったら―」
俺が愛純の手を振り切って立ち上がった瞬間、腰のあたりでズルっとした感覚があった後、コトンと軽い音がしてピンク色の卵のような物体が床に落ち、カタカタと震えた。
「……」
「……」
スタジオを重々しい沈黙が包む中、CMが終わり陽気なジングルが流れる。
いつもは『はじまるぞー』という感じでちょっとワクワクするジングルが、衆人環視の中アレを拾ってるという今の状況では妙に物悲しく聞こえる。
「……さて朱莉さん。さっきの質問なんですけど」
ディレクターや構成作家が言葉を失う中、つとめて冷静にメインパーソナリティの柚那が口を開く。さすがはプロだ。
「どうでしょう、朱莉さんって意外と顔も広いですし、私やみゃすみん以外にも候補になりそうな子っていっぱいいますよね。あ、ここで私とか言っちゃうと当たり前すぎると思うんで、他の娘でお願いしますね。というか、今日はちょっと朱莉さんに選ばれたくない気分なんで」
あ、なんか柚那がちょっと怒ってる。
まあ、当たり前か。俺の意思ではないと言っても、柚那が真面目に仕事していた時にすぐ横で俺はおもちゃで遊んでいたわけだし。
「みゃ、みゃすみんもー、ちょーっと遠慮したいにゃん」
「にゃん。じゃねえよ!柚那が怒ってるのお前が原因だろ!?柚那さんに謝れよ、俺と一緒に」
「みゃすみん何の事かわかんなーい」
く……こいつとぼけ通すつもりだな。
「そんな感じで、最近は新人さんと仲いいですよね。セナちゃんともこまめにメールとかメッセしているみたいですし。私には「おー」とか「んー」とかしか返してくれないのに、セナちゃん相手だと結構長文らしいじゃないですかー」
バレてる…だと…?
「それにこの間は雑誌の企画で彩夏ちゃんと一緒に仲良くコスプレして対談してましたしね。きわどい衣装で結構密着したりして」
「い、いや…それは仕事じゃん?」
そう、あれは仕事。あくまで仕事であってあんな露出度の高い衣装、着たくて着たのではない。
「あははは、何焦ってるんですかー?朱莉さんったら浮気がバレた男の人みたいですよー。おかしいですねぇ、別に私達恋人同士とかじゃないんですからそんなに焦らなくてもいいのに。ねえ、みゃすみん?」
柚那の乾いた笑いと棒読み、そして冷め切った眼が超怖い。
「ゆ、柚那さんの言うとおりだと思います!」
柚那の迫力に負けたのか、腹を見せた犬のような表情になった愛純があっさりと柚那に同意する。
「で、朱莉さん的にはどうなんです?もしも男性として付き合うとしたら誰がいいですか?」
「……柚那抜きなんだよな?」
「ええ」
「じゃ、じゃあ……狂華さんとか?」
狂華さんなら、柚那がどうこうすることもできないし、話せば事情もわかってくれるだろうし。
「ふうん。本当に私を除外しちゃうんですねー。もう半年もコンビをくんできたのになー」
なんでそこでそんな冷めた声と目で見られなきゃいけないんだよ!
「いや、柚那がそう言ったんだろ?」
「そこでちゃんと『俺にはいつも良くしてくれる柚那以外考えられないぜ』とか言ってくれればちょっとだけ男前なのになあ。はい、じゃあロリコンな朱莉さんに次の質問です」
「お前、狂華さんが泣くようなこというのやめろよな!」
ダメージ(物理)が無理ならダメージ(精神)とか本当に悪質だ。
「埼玉県にお住まいのラジオネーム、恋する思春期さん。朱莉さんこんばんわ……なんで私の名前書いてないんでしょう。まあ、いいですけど。僕は朱莉さんに恋してしまった中学生男子です。そこで教えて欲しいのですが、朱莉さんの理想の男性ってどんな人でしょうか。やっぱり男気あふれる朱莉さんはすごくマッチョな人が好きだったりするんでしょうか。ちなみに実は僕のクラスにはみつきちゃんとあかりちゃんがいるのですが、ふたりとも子供っぽいなと感じてしまいます…ということですが」
ていうか、こいつもしかしてあかりの初恋の相手じゃないのか?
「さてさて、朱莉さん。朱莉さんの理想の男性像ってどんな感じですか?顔も特技も年収も何をとっても普通な感じの後輩男性とかですか?それともロマンスグレーの無神経で鈍感なおじさまですか?」
「なんですごく限定的なのかわからないんだけどもどっちも違うぞ。俺の理想のタイプは、そうだな……少なくとも、同じクラスの女子を子供だなんて言わない紳士的な人かな。そういうことをいう人は、どんなに顔がよくてもスポーツができても嫌だな」
「うわ、そんな本気で振りに行かなくてもいいのに。大人気ないですね」
だってそいつ本気じゃん!俺を夜のおかずにするくらい本気じゃん!
「みゃすみんも朱莉さんと同じ意見かなあ。やっぱり身の回りの人のことを馬鹿にしたりする人はちょっと嫌かも。…あ、でも例えば恋する思春期くんが、あかりちゃんとかみつきちゃんの事が好きで、素直になれなくて馬鹿にしちゃう。素直じゃない俺のバカ…とかっていうならちょっとかわいいかもしれない」
それはお前のことだ。しかもほぼ自分のことを例に上げておいて、かわいいかもしれないとかどうなんだ。
「とにかく、あかりちゃんもみつきちゃんも俺の妹みたいなものだから、子供っぽいなんて言わないで仲良くしてあげてほしいな。それにあの二人にだってちゃんと大人っぽいところあるんだからな。馬鹿にしちゃだめだぞ」
「……朱莉さんが言うと、なんか生々しいですねー」
やばい、火に油だった。
「とにかく、二人と仲良くしてあげてね。ああそれと、もちろん付き合うとかそういうのは別ね。もし二人に手を出したらおに……お姉さんが許さないぞ!」
「……以上、魔法少女は全員俺の嫁。女の子とみればみさかいなく手をつける朱莉さんに聞く、教えて!朱莉姐さんのコーナーでした。CMの後は朱莉さんの妹的存在二人による魔法少女JCのコーナーです」
結局、ネチネチとした柚那の口撃は魔法少女ぷちの間も、その後も続き、そろそろ今週の放送も終わりに近づいてきた。
「―今週も、たくさんのメッセージ、ありがとうございました。みゃすみんは初ラジオだっていうことだったけど、どうだったかな?」
「あ、突然おじゃましちゃったのに、お二人が優しくしてくれて嬉しかったです」
優しくゲストとして扱ったというか、俺を下げるためのアイテムとして使ったというか。
「あはは、みゃすみんはゲストなんだから当たり前じゃない。それにほら、他に下衆な人がいると、ゲストを大切にしようって思うっていうか」
下手なダジャレまで使って下げられた!
「なあ、その下衆な人ってもしかして俺のことか?」
「え?やだなあ。朱莉さんったらちょっとネガティブになりすぎですよ」
じゃあ他の誰が下衆だっていうんだよ。
「…あ、そうだ。まだ少し時間あります?」
「うん、あるよー」
「よかった。じゃあ告知行きますね」
「あれ?さっき告知ないって言ってたよね?」
「私個人の告知はないんですけど、実はこの度ちょっとだけアイドル活動を再開することになりまして」
ああ。なるほど、個人じゃなくて、TKOの告知ね。
「私と柚那さん、それに朱莉さんでユニットを組んで来月メジャーデビューをします」
「はぁッ!?」
「聞いてねえよ!?」
「実はユニット名も決まっていまして、トゥリスといいます」
「いや、だから」
「聞いてないってば」
「サプライズ企画ですから当たり前ですよ」
「……まあ、私はいいけど」
柚那がチラリと俺を見る。
「あれ?なんで今柚那俺のこと見たの?」
「いや、だって朱莉さん…」
「歌えるよ!?俺超歌えるよ!?一緒に何度もカラオケいってるじゃん!」
「いや、音痴じゃないのはわかっているんですけど、朱莉さん歌い方が暑苦しいんですよ!歌う曲が『うぉぉぉっ!』とか『ぁぁぁぁっ!』とか叫ぶようなのばっかりじゃないですか」
「なっ……柚那だってTKOの曲以外で歌うのド演歌ばっかりじゃねえか!」
「え、演歌の何が悪いんですか!」
「はいはい、喧嘩はそのくらいにしてください。喧嘩をしたってもう決まったことですからこれはくつがえりませんよ。ちなみに私達だけじゃなくて、他のみなさんもユニットとかデュオとかソロとかパターンはいろいろですけど、みんなキャラソンみたいな感じで出します。詳しい話は、明日の魔法少女レディオで発表になりますので、お聴き逃しなく。というわけで、今日の放送はトゥリスのセンターみゃすみんと!」
愛純はそこで言葉を切ると手のひらで柚那に合図をする。
「え……T……トゥリスのリーダー柚那と」
「俺!?えーっと……ト、トゥリスの赤い旋風こと朱莉でお送りしました!」
「ぶっ!?」
「朱莉さんセンスなさすぎ!」
「お前らがセンターとかリーダーとか取っちゃうからだろ!自分でも言ってから赤い旋風ってなんだよッて思ったよ!」
「じゃあまた来週でーっす!来週も聞いてくれないとみゃっすみゃすにしちゃうぞー!」
……あれ?また来週?
俺が寮に向かって走らせる車の助手席で、柚那は不機嫌そうな顔のままコーヒーを口に運んだ。
「なんで愛純まで一緒に連れて帰るんですか……」
「どうせ一緒のところに帰るんだし、ついでだ、ついで」
「そうですよ柚那さん。旅は道連れ世は情け。呉越同舟、一蓮托生、死なばもろとも、死がふたりを分かつまでっていうじゃないですか」
後部座席から聞こえる愛純の声は柚那と違って上機嫌だ。
「私達は今まさに死じゃなくて愛純に分かたれてるんだけど」
「上手い!座布団がないので、どうぞ代わりに私の膝の上に」
「誰が行くか!」
「それにしてもえらいご機嫌だな、愛純。……いいのか、それで」
「え?……あー……その、上機嫌にしてハイテンションでいないと怒られるかなと……すみません朱莉さん!悪ふざけというか、冗談のつもりだったんですけど、あんなことになっちゃって……本当はCMあけるまえに回収するつもりだったんです」
バックミラー越しに見ると愛純は深々と頭を下げたままもう一度「本当にごめんなさい!」と謝った。
「まあ、いいよ別に。スタッフの記憶は柿崎くんが消しといてくれるっていうし」
最近本当に裏方仕事が板についてきたなあ、彼。
「それよりちゃんと謝ってくれてよかった。謝ってくれなかったら、さすがに今まで通り仲良くとはできなかったところだから」
「……ほんとすみません。私ってどうも悪ふざけの加減がよくわからなくて。柚那さんもいろいろすみませんでした」
「え!?……ま、まあわかってくれれば、別に。ねえ」
彩夏先生の解説以降、柚那は別に愛純のことをものすごく嫌っているというわけではなくなった。かといってもちろん大好きというわけでもなく『苦手意識はあるが、好意を寄せられていること自体は嫌ではない』といったところだろうか。
良くも悪くも、柚那も愛純も難しい。
「で、トゥリスの件だけど、マジなのか?」
「はい。結構資金繰りが厳しいみたいで、レコード会社から話が来た時も都さんが是非ということで飛びついたらしいです」
「まあ、キャラソンって結構売れるからなあ……」
特に今や国民的番組である魔法少女クローニクのキャラソンなら売れるだろう。
「ちなみにデモテープはこれなんですけどね」
そう言って愛純は後部座席から一枚のメモリーカードを柚那に差し出す。
メモリーカードを受け取った柚那がカーステに差し込むと、いかにもアイドルといった感じの曲が流れてくる。
「……個人的にはかなりキツイ」
歌えないことはなさそうだけど、なんか歌詞もメロディもすごく可愛い感じで、正直自分が歌うのはちょっと気持ち悪い。
「私はまだ全然いけますね、君といたいな~ふわふわ恋する気持ちで~」
おお、柚那がちゃんとアイドル声で歌ってる!
「あ、そこ朱莉さんのパートです」
「……キツイキツイ!無理だ、俺はふわふわした恋なんてできない!」
「え、朱莉さん得意じゃないですか。不特定の女の子の間をフワフワするのが。ねえ柚那さん」
「愛純に同意するのは不本意だけど、こればっかりは頷かざるをえない……」
「二人とも失礼すぎる!」
本気でふわふわしてやろうか!?多分誰にも相手にされないだろうけど。
「あ、ここから柚那さんですね」
「わたし嫉妬に狂っちゃいそう~、って……えー……」
「あはは、ピッタリじゃ…いっってぇぇっ!」
言い終わらないうちに柚那に思い切りほっぺたをつねられた。
「失礼です!」
「いや、お前もさっきずいぶん失礼な事言ったぞ」
「私はいいんです!」
うーん、不条理。とはいえ、こう言い切ってしまった時の柚那はもう絶対謝らない。
でも、こういう柚那も可愛いと思えるようになってきたのは、俺が少し成長した証拠だろうか。
これからも色んな意味で、柚那とずっと一緒にやっていけたらいいな。
「うわっ!?朱莉さんがなんかいやらしいこと考えてますよ、柚那さん」
「怖っ!今の会話のどこにそんな余地が!?どれだけ妄想力たくましいんですか朱莉さん!」
「別にいやらしいことなんて考えてないって。柚那がかわいいなって思って、これからもずっとふたりで一緒にラジオやったり、いろいろなところに行ったりできたらいいなって思っただけだ」
「っ!!!だから、不意打ちでそういう事言うのやめてくださいって言ってるでしょぉっ!」
柚那はそう言って顔を真っ赤にして俺の背中をバスバスと叩くが、変身していないことと、シート越しなのが功を奏してダメージはない。
「ふっふっふ、ところが残念なことに来週からラジオは三人なんですねえ。月曜枠はトゥリスで仕切ることになってるんですよ」
「ああ、やっぱりそういうことか」
「朱莉さん知ってたんですか?聞いてないの私だけですか?」
「いや、最後に愛純がまた来週って言ってたろ。あれでなんか怪しいなとは思ってた」
「ああ、そんなことでバレてしまいますか」
「バレてしまいますねぇ。残念だったなドッキリ失敗して」
「…ああ…そういえば私がスタジオに入った時の柚那さんの顔、最高にかわいかったなあ」
あれは、かわいい顔というよりはかわいそうな顔だろう。そもそも…
「愛純、お前はわかってない。柚那の本当に可愛い顔はベッドのう…痛だだだだだ」
今度は脇腹を思い切りつねられた。
「馬鹿なこと言ってると縛ってトランクに押し込めますよ!?」
「あ、それ面白そうなんで私も手伝いまーす」
「ごめんなさい、なんでもするんで勘弁して下さい」
「ん?今なんでもって言いましたね?じゃあいつものお店で」
「朱莉さんのおごりという事で」
二人とも簡単に言うけど、あそこ行くとちょっとしたPCが一台買えるくらいの金額が吹っ飛ぶんだよなあ……
「……つか、お前ら本当はすごく仲良しだろ!」
「いいえ全然」
「仲いいに決まってるじゃないですか」
「どっちだよ!」
まあ、柚那と二人っきりの日常もいいけど、こうやって三人でワイワイする日常もいいもんだよな。
そんなことを考えながら俺はすっかり馴染みになったレストランに向けてハンドルを切った。




