ex.修学旅行に行こう~準備編7~
◇
「おお、誰かと思ったら朔夜じゃないか・・・って、お前なんでそんな死にそうな顔してるんだ?」
蜂子に逃げられてメッセージで散々なじられた後、着信拒否をされて僕が途方に暮れながら歩いていると正面から歩いてきた父さんに声をかけられた
「ああ、父さん・・・」
「なんだなんだ?またハッチになんかして怒られたのか?」
「・・・・・・うぐっ・・」
説明を最後まで聞いていってくれよとか、せめて電話にでるかメッセージアプリに反応してくれよとか、諸々言いたいことはあるけれど、さっきのあれは完全に僕が悪い。
正宗達と一緒だったとか、詩子さんが勝手について来たんだとかそういうことを脇に置いておいても、彼女が快く思っていない女子を僕の家に上げた。これは蜂子から見たら嫌に決まっている。僕だって蜂子の部屋に僕の知らない男子が・・・いや、僕が信用している正宗だったとしても二人きりだったかも知れない状況で上がられるのは嫌だ。
しかも、あのとき僕は蜂子よりも詩子さんを優先するような態度で――――
「ううっ・・・」
「え、マジ泣き!?何!?俺何かした!?」
「父さん、じゃなくて、僕が、悪いん、だけどっ・・・」
「わかったわかった。丁度話さなきゃ行けないこともあったしとりあえず実家行くとこだからついてこい。な?こんなところで朱莉さんが男子高校生泣かせてるとこ見られると色々マズいんだ」
「はい・・・」
「それは朔夜君がわるい」
「私もそう思う。蜂子先輩かわいそうだよ、それは」
「だから朔夜も自分が悪いって言ってるだろ。あんまり凹ますなって」
沙織とあかり叔母さんから叱られている僕を父さんがそう言って庇ってくれた。
正直嬉しいし、こころなしかちょっと気分がアガッてきた気がする。
そして、そんな僕に加勢してくれる人間がもう一人、この邑田家のリビングにいた。
「叔父さんの言う通りだよ。だいたいお姉は朔夜くんと同じようなことやらかしてるんだから」
「ちょっと千鶴、それどういう意味よ」
リビングのテレビでゲームをやっていた千鶴の言葉に、あかり叔母さんが食いついた。
「この間、うちの学校来たとき他の男子と一緒だったでしょ」
「あ、あれは中学の先生に渡すものがあったからで」
「で、今日の朔夜くんとおんなじようなやりとりがあったんだよね?」
「う・・・」
「あれはその・・・お姉さん彼女としてはこう、へんな嫉妬しちゃだめだよ的な注意というか指導というか。そのなんというか・・・っていうか、なんでそんなこと知ってんのよ!」
「龍騎先輩がタマ先輩に泣きついて、それを面倒くさがったタマ先輩が生徒会室に半泣きの龍騎先輩を置いていったの」
「叔母さんも悪いけど、それはちょっと高山が情けない気がするなあ」
彼女が他の男と歩いていたくらいで凹んで他の人に泣きつくなんてな。
「朔夜君朔夜君、ブーメランが綺麗に刺さってるよ?」
「何を言っているんだ沙織。僕は蜂子が他の男と歩いていたくらいで凹んだり心乱れたりしたことは・・・」
・・・めちゃくちゃあるな。しかも西澤とか翠に泣きついたりしてるし。
「ね?」
「うう・・・」
「まったく情けないなあ、朔夜君も龍騎君も」
「沙織、武士の情けだからそれ以上言ってやるな・・で、だ三人とも。年が近い女子として朔夜はどうすればハッチと仲直りできると思う?」
「やっぱりプレゼントとかじゃない?」
「あ、私新しいバレーシューズほしい」
「いまは沙織の欲しいものの話してないんだけど。ってかお姉もプレゼントとか自分がほしいだけでしょ」
「バレたか」
「ばれたかー」
「千鶴はどう思う?」
「うーん、彼氏いたことないからよくわかんないけど、ちゃんと謝ってちゃんと愛してるって言ってあげたらいいんじゃないかな。結局誰がどう絡んできたって二人がお互いを信じ合っていればいいわけでしょ」
「・・・千鶴姉って結構乙女だよね」
「そうそう、普段大人ぶってるけど夢見る乙女だよね」
「うるさいっ!」
「わー、千鶴が怒ったー」
「おこったー」
ニヤニヤ笑いながら千鶴を冷やかした二人は、千鶴が拳を振り上げたのを見て、バタバタとリビングを出て行き、千鶴も二人を追いかけてリビングを出て行った。
「・・・まあ、俺も千鶴に賛成かな」
「ですか」
「あたしも千鶴に賛成だよ」
そう言って今までキッチンで明日の朝ご飯の仕込みをしていた紫伯母さんが包丁を持ったままリビングに現れた。
「姉貴。包丁、包丁置いてきて」
「細かいことはいいんだよ。いいかい朔夜、高校生の時なんていうのはね、何かもめ事があっても、こう、相手をぎゅっと抱き寄せてキスをして耳元で愛してるってささやけば大体OKなのよ」
「え、姉貴、義兄さんにそんなことされてたの?あんまりイメージが――」
「あたしがしたんだよ!」
「あー・・・はいはい」
うん。納得。
「まあとにかくそのシーコちゃんだっけ?その子とはなんでもないってことをきっちり蜂子ちゃんに伝えればいいの。んで、毎日顔を合わせる度に愛してるぞっていってあげれば安心するのよ」
「いやあ、ハッチはそんな姉貴みたいに単純じゃないと思うぞ」
「はぁっ!?だからそれは、あたしがあいつにしてたって――」
「義兄さんって、姉貴がモテるのには慣れてたし、そんな不安になることなんてなかったんじゃないか?」
「・・・」
「やっぱりな。姉貴ってそういうところあるよな、変なところで見栄をはるというか、照れ隠しをぉぉぉっ!?」
え!?今紫伯母さんはどういう動きをしたんだ?一瞬で父さんが関節を決められて床に転がされているんだけど!?
「お前みたいな勘の良い弟は嫌いだよっ」
「ギブギブっ!!わ、悪かったって、あかり達には言わないから許して!」
「あかり達だけじゃなくて、今後一切誰にも言うな。旦那にもだ」
「わかったわかった。言わないって」
「朔夜もね」
「わかりました!!」
僕がそう答えると、紫伯母さんは技を解いて『フンっ』と一つ鼻を鳴らして床に放り投げられていた包丁を回収してからキッチンへと戻っていった。
「ま、まあとにかく愛をささやけばいいらしい」
「らしいですね」
あかり伯母さんの言うようにプレゼントでご機嫌とりしようとして空振りするよりは、千鶴や紫伯母さんの言うようにきちんと言葉で伝えた方が誠意も伝わるだろう。
「修学旅行はちゃんと蜂子との思い出を作りたいですし、早めに仲直りできるように頑張ります」
「そうだな・・・っと、忘れるところだった。朔夜達まだ行き先出してないよな?」
「ええ。結局今日も詩子さんのせいで話し合いがうやむやになっちゃいましたし」
「だったら、悪いんだけど伊豆に行ってくれないかな」
「伊豆ですか?」
「ああ。伊豆に新しい戦技研のトレーニングセンターができてさ、丁度落成式がお前達の旅行の日程と被ってるから、そこのこけら落としじゃないけど、エキシビジョンをJKに頼んだらどうかって話が出ててな」
「JKってことはその日はあかり叔母さん達もくるってことですか?」
「いや、関東ががら空きになっちゃうからお前達JK2だけな」
「僕と正宗は厳密にはJK2じゃないですけど。それに翠と蜂子は戦闘はまったくできないですよ。そうなると――」
「ああ。だから基本はハナとエリスとナッチに頼む感じだな」
「3人ですか?奇数だと対戦カードも組みづらいですし、バトルロワイヤルをするには人数が少ない気がしますけど」
「3on3の試合になる感じだな。実は先月から京都にも高校生のチームができたんだけどその子達がまだ人数があつまってなくて3人チームでさ。実力もまだまだだし、少しハナ達に揉んでもらえたらいい勉強になるかなって話らしい」
そう言って父さんは鞄の中からA4サイズの封筒を机の上に取りだして、テーブルの上を僕のほうへ滑らせる。
「父さんたちも見に来るんですか?」
「行けない事はないんだが、俺はもう戦技研辞めることが決まってるからな。これから使っていく新しい施設の落成式に顔を出すのは違うだろう」
「じゃあ、もしかして愛純さん達が来るとか!」
それなら僕も試合に出ることを前向きに検討してもいいかなと思う。
「お前、実は全く懲りてないだろ・・・まあ、愛純と朝陽は今忙しいから、あの二人も無理。というか、トップ勢は色々あって無理って事でJK2と京都JKが選ばれたってのもあるんだ」
「まあ、実質的に関東チームになっている叔母さん達を動かすよりは僕ら・・・というより蜂子達を動かすほうが国防上もいいでしょうからね」
そんな話をしながら受け取った封筒の中身をあらためると、中には京都チームのメンバー3人のプロフィールシートがはいっていた。
「高塚華音、刑部雅弓・・・橘小宇・・・これ、下の名前なんて読むんですか?」
「橘コスモ」
「え?なんで小宇宙でコスモなんですか?小はどこから来たんです?」
コスモだったら多分宇宙だと思うんだけど。
「色々あるんだ色々」
「はぁ、色々ですか」
「ああ、色々だ」
色々あるらしい。
「ちなみに、なんでこれ僕に渡すんですか?」
「いや、本当はジュリになってもう一回行こうかと思ってたんだけどさ、担任の変な視線が怖くて怖くて」
「ああ、あの人父さんのことというか、ジュリのこと狙ってるって蜂子が言っていましたし」
「だよな!?柚那にも愛純にも朝陽にも『『『そんなことあるわけないじゃないですかぁ』』』って感じで信じてもらえてなくてちょっと自意識過剰なのかなと思ってたんだけど、やっぱり勘違いじゃなかったんだな」
父さんはそう言ってホッとしたような、担任に対して少しがっかりしたような複雑な表情を浮かべた。
◇
「あれ?朔夜くんもう行くの?」
翌朝、僕が邑田家の玄関で靴を履いていると目をこすりながら寝間着で下りてきたあかり叔母さんがそう言って一つあくびをした。
「蜂子を迎えに行って、ちゃんと謝ってから学校に行こうと思って」
「そのためにわざわざこんなに早く家を出るなんて真面目だねえ」
「いや、お姉なにを勘違いしているか知らないけど、もう7:45だからね?」
リビングから出てきた千鶴がそう言って廊下に置いてあったスポーツバッグを肩にかける
そう。僕は言うほど早起きをしていない。というか大人達はすでに出勤をしていて、僕とあかり叔母さんを除けば残っているのは紫伯母さんと千鶴だけだ。そして、その千鶴ももう家を出ようとしている。
ここに来てやっと目が覚めたらしく、あかり叔母さんは頭を抱えて目を見開いた。
「ちょ・・・ええええっ!?ちょっとママなんで起こしてくれないのぉっ!?」
「私は起こしたっつーの!起きないあんたが悪いんでしょうが!」
そんなやりとりを聞きながら玄関を出ると、空は気持ちよく晴れていて、道路には犬の散歩をしている人や、僕と同じように学校に向かう学・・・生・・・
「アレー!?朔夜くんだー、おはよー!」
おかしい。なんで家の前に詩子さんがいるんだ。いや、いるのはおかしくないといえばおかしくはないんだ。蜂子の家から学校に行こうと思ったらこの家の前を通るルートもあるし、同じ中学校だった詩子さんなら同じ道を通ることもあるだろう。
つまり、なにがおかしいかと言えばタイミングだ。
「ええと・・・もしかして詩子さん、僕のこと待ち伏せした?」
「え?なにが?」
「いや、待ち伏せとかじゃないならいいんだけど」
「待ち伏せって・・・というか、朔夜くんこそなんでひとんちから出てきたの?」
「あ、ここ父さんの実家なんだよ。で、昨日はちょっと用事があったから泊ってたんだ」
「なるほどなるほど。詩子さんはてっきりそこの美少女と朔夜くんができてるんじゃないかと思っちゃったよ」
そう言われて振り返ると、丁度玄関を開けて出てきた千鶴が僕らの視線に気づいて首をかしげたところだった。
「え、何?」
「いや、なんでもない」
「ねえねえ、そこの子、君と朔夜君ってどういう関係なのかなっ?」
「ああ・・あなたが噂の。どういう関係って、仲の良いイトコですけど」
こういうときサラッと答えてくれる千鶴は本当に頼もしい。これがあかり叔母さんだったらどもったり、変な茶目っ気を出して話をややこしくしたりしそうだ。
「ふうん・・・イトコなんだ」
「疑っているのなら表札を見てください。邑田ってちゃんと書いてあるでしょう?」
空気がすこしピリッとするような声色で千鶴が詩子さんにそう言うと、詩子さんの顔から笑顔が消える。
「ああ、本当だ。失礼失礼、ごめんね」
「先輩が朔夜くんのことをどう思っているのか、もしくはどういう風に吹聴して回りたいのかはなんとなくわかりますけど、私もうちの家族も全力で朔夜くんを蜂子先輩に売り込んでいくので無駄なことはやめたほうがいいですよ。それに、蜂子先輩は私のことも姉のことも妹のこともちゃんと知ってますから」
「・・・」
「それよりこんなところでダラダラ話をしていて大丈夫ですか?もうそろそろ学校に向かわないと間に合わなくなっちゃいますよ」
「・・・じゃあ朔夜君、一緒に学校に行――」
「途中まで私と一緒にいこう、朔夜くん」
「ぐ・・・」
「もちろん、途中で蜂子先輩とか友達とかと会ったらそこで別れていいからさ。昨日ちょっと話しそびれちゃったこともあるし、ね?」
「あ、ああ」
「じゃあそういうことなので、ごきげんよう、先輩」
そう言って千鶴は詩子さんをその場に残して僕の手を引いて歩き出した。
と、そこまできて僕はやっと千鶴がどうして突然一緒に行こうと言い出したのか理解した。
「・・・ごめん。僕はまだまだ危機感が足りないみたいだ」
「わかればいいんだけどね。ダメだよ、世の中には可愛い顔してクソみたいな根性した女子がたくさんいるんだから」
「肝に命じます」
「ならよし。私、結構蜂子先輩のこと好きだからさ、あんまり悲しませたりつらい思いさせないであげてね」
「了解。色々ありがとうな」
「ん。それとね、実際会ってみて感じたんだけど、あの人多分本当にヤバい人だと思うから気をつけてね」
「詩子さんが?でもあの子はなんていうか、ツンデレ的な感じだろ?」
「ヤンデレだよ。しかも、多分相当腐ってる」
「それなら蜂子で慣れてるけど・・・」
「そういう意味じゃなくて、腐っているのは性根。真白先輩とか蜂子先輩も腐ってるけどそれとはベクトルが違う」
それはそれで真白や蜂子に対して結構酷い言い草だなとは思うけれど。
「うーん、うまく言えないけれど、あの人は多分人間関係を崩壊させる系の人だと思う。実際昨日朔夜くんはあの人のせいで蜂子先輩と揉めてるわけだからね」
「確かに。とりあえず、なるべく詩子さんと二人とかにならないほうがいいってことだよな?」
「うん。当面はそれでいいと思う。ただ、旅行中はもっと気をつけた方がいいかもね」
千鶴はそう言ったあと、僕をジッと見てから「でも朔夜くんって叔父さんと同じでそういうところ抜けてるから心配なんだよなあ・・・」と呟いて一つ大きなため息をついた。
いや、僕は父さんほど抜けてないと思うんだけど。
作中はまだしばらく旅行前の日常がしばらく続きますが目的地は決定です。
なんか諸々あって筆者が伊豆に行くことになったので朔夜達も伊豆に行ってもらいます。




