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魔法少女はじめました   作者: ながしー
第一章 朱莉編

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置きコン

 決勝戦から数日。正式に東北チームに配属が決まったセナと彩夏ちゃん。それに関西チームへの配属が決まった喜乃ちゃんの送別会の日の夕方。俺と柚那は彩夏ちゃんから屋上に来るようにと呼び出しを受けた。


「で、なんで俺と柚那が呼ばれた用事にお前がついてくるんだよ」

「だって、私は朱莉さんの弟子ですから」


 愛純は最初朱莉さんの妹キャラと言い張っていたのだが、それだともうあかりのことなのか、みつきちゃんのことなのか。愛純のことなのかわけが分からなくなるため、愛純のことは弟子という形で落着した。


「別にプライベートな時間までべったりじゃなくていいんだぞ。弟子にだって休息や安息日は必要だろ」

「私の休息は朱莉さんのそばにいることなんですよー」


 俺の休息や安息はないのか。というか、さっきからずっと黙っている柚那が怖い。


「あのな、柚那」

「もう別にいいですよ。なんとなくわかりましたから」


 柚那はそう言って一つため息をつくと、再び黙ってしまった。


「あ?そう?」


 何がわかったんだろう。誤解されていたらと考えると気が気じゃないんだが。


「柚那さんって、本当に一人ぼっちが映えますよね。あ、違うか。誰か一人に入れあげて周りから浮くのが上手いか。そうやって朱莉さんばかり見てると、朱莉さんに裏切られた時にひとりぼっちになっちゃいますよー」

「はいはい、そうですねー」


 柚那は愛純の挑発には乗らず、踊り場から最後の階段を一気に駆け上がると、屋上に続くドアを開けた。


「ようこそ、朱莉さん、柚那さん。それに愛純」


 夕日に照らされた屋上で、フェンスに寄りかかっていた彩夏ちゃんは「よっこらしょ」と声を上げて立ち上がるとそう言ってこちらに歩いてくる。


「何か用?柚那も一緒に呼んだってことはまさか彩夏ちゃんが俺に告白しようとかそういうつもりじゃないと思うけど」

「別にしてもいいですけど、柚那さんにボコボコにされるの、多分朱莉さんだけですよ」


 確かに。


「それにOKされてもその場で振りますし」

「それはふんだり蹴ったりだな。で、なんの用だ?あと1時間もしないうちに送別会始まるぞ」


 会場は居酒屋ちあきの開店以降、もっぱらこの寮に住み込んでいるDのメンバーが利用している食堂。今日は三人以外の残留組の研修生だけでなく、赴任先の師匠筋になるメンバー、彩夏ちゃんで言えば寿ちゃんも来ているので遅刻はあまり褒められたことではない。なんといってもこれから上司部下、俺と愛純風に言えば師匠と弟子になるのだから。


「というか愛純が来てもよかったのか?あえて俺と柚那を呼んだってことは、何か秘密の話とかじゃないのか?」

「いえ……愛純が来るのも計算のうちなので」


 そう言って彩夏ちゃんがパチンと指を鳴らすと、物陰からセナと喜乃ちゃんが現れて俺の腕に抱きついていた愛純を引き剥がした


「な、何!?何する気!?」


 両腕を掴まれ、セナと喜乃ちゃんに魔力封じの腕輪で拘束された愛純がジタバタと暴れるが、二人がかりでしっかりと押さえつけられていて逃げることができず、そのうちに屋上の床に倒されて組み敷かれてしまった。


「何をもなにも、呼んでもいないのについてきたあなたが悪いんだよ……これから、宮野愛純の公開処刑を始める」


 そう言って、彩夏ちゃんは意地悪そうに笑った。




「あれー?ここにもいない。ねえ、寿ちゃん。セナちゃん知らない?」


 ラウンジにやってきたこまちは、一人で本を読みながらコーヒーを飲んでいた寿に尋ねた。


「ここを出る前に、やることがあるんだって、彩夏と一緒に出て行ったわよ」

「あ、そうなんだ。それはいいんだけど、どこにいるのかな?」

「今ちょっと取り込み中だと思うから、教えられないわ」

「ってことは寿ちゃんは知ってるんだよね?うちの子、どこで何してるの?」

「いや、うちの子て……」

「私の妹的存在はどこで何してるのー!?」


 そう言ってこまちはうがーと両手を広げて寿に跳びかかり、ふざけ半分に後ろからチョークスリーパーをかける。


「いやまあ、あんたがそう思っているならそれでいいけど、セナのほうがしっかりしてるし、逆っぽくない?実際セナは二年生にキャスティングされているしさ」

「え?先輩のほうが姉でしょ!?」

「そうなりたいならもう少し大人らしくしなさいって」

「うー……」

「今日が最終日なんだし、好きにさせてあげたらいいじゃない。明日からはずっと一緒なんだしさ」

「うちは寿ちゃんのところみたいに淡白じゃないの」

「そうよね、濃ゆいSとMの関係だものね」

「なになに?嫉妬してくれてるの?それとも羨ましいの?」

「別に。私は淡白で割りきってくれる彩夏みたいな子で良かったと思ってるわよ」

「うーん……そうかなあ、彩夏ちゃんって、一度心を許したらどっぷり甘えてくるタイプだと思うよ。私みたいに」

「あんたみたいに!?」


 こまちの言葉を聞いた寿は飲んでいたコーヒーを吹き出しかけた。


「うん。だから寿ちゃんは彩夏ちゃんを選んだんだと思ってたんだけど……その様子だと無意識だったんだね」

「いや、あの子の魔法はなんかこう、いろいろ使いやすそうだから!」

「それ、寿ちゃんが私とのことを冷やかされた時に使う言い訳」

「う……」

「にひひ、うれしいにゃあ。寿ちゃんが無意識に私と同じタイプを選んでくれるなんてぇ」


 こまちはそう言って腕を組変えて寿を後ろから抱きしめるようにして頬ずりをする。


「き、気持ちわるいから離れなさいよっ!」

「またまたあ、口でそんなこと言ってても、寿ちゃんの身体は正直だぜぇ」


 若干棒読みの口調でそんなことを言いながらこまちは寿の胸元に手を差し入れる。


「あんた最近朱莉のエロ漫画読み過ぎ!」


 ゴスっと音を立てて寿の持っていた本がこまちのおでこに炸裂する。


「痛いっ!……って、おや楓さん」


 こまちが顔を上げると、ラウンジに入り口に所在なさげに立っている楓の姿があった。


「お、おう」

「どうしたの、そんな顔を真っ赤にして」

「いや……取り込み中だったか?」

「そんなことないよー。これで取り込み中だったら私と寿ちゃんはいつも取り込みちゅ……痛いっ!」

「ちょっと黙ってなさい、万年発情期!……で、何か用ですか楓さん」

「いや、喜乃どこ行ったかなと思ってさ。もしくはみゃす…愛純とか」

「おやおや、イズモちゃんがいるのに浮気ですかぁ?お盛んですなあ」

「だから黙ってなさいって。喜乃ちゃんと愛純ちゃんならうちの彩夏とセナと一緒に用事があるらしくて、ちょっと出かけてますよ」

「あ!今うちのって言った!やっぱり寿ちゃんも―」

「うっさいって言ってんでしょこのボケ!」


 先程よりも重い音がしてこまちが額を抑えてうずくまる。


「お、おい寿。ちょっとやり過ぎじゃないか?大丈夫かこまち」

「これくらいでちょうどいいんです!……まあ、時間までには戻ってくるでしょうし、良かったら一緒に待ちません?なにやら曰くありげな楓さんと喜乃ちゃんの話も聞きたいですし」

「あ……ああ」

「あ、もし話しづらいことなら他の話でも……」

「いや、それは別にいいんだけど、それであたしを殴るのやめてくれよな。こまちと違って殴られ慣れてないから、あたしは一発で泣く自信があるぞ」

「しませんよそんなこと」


 宮本楓。彼女も狂華同様、変身前は意外にヘタレである。



「最初に喜乃と出会ったのは……たしか、全中の大会だったかな。あたしが三年で喜乃が一年」


 自分の分のコーヒーを淹れて寿の向かいに座った楓はぽつりぽつりと喜乃との因縁を話し始めた。


「で、一年で個人全国出てくるなんてスゲー奴がいるもんだと思ってたんだけど、それが準々決勝まで残って、そこで対戦したのがあたしだった。当然あたしが勝って全中制覇。その時、喜乃はベスト8止まりだった」

「一年だったらそれでも十分すぎるほどすごいですけどね」


 楓の実力を十分すぎるほど知っている寿は今更楓が『当然全中制覇』と言ってもそこに突っ込むようなことはしない。


「それでまあ、そこからつけ狙われてきたわけだ」

「…あれ?楓さんって元男性だよね?喜乃ちゃんも男の子?」

「ああ『よしの』と書いて『きの』って読む男子だった」

「なるほど、そういうことね。それで喜乃ちゃんのフルネームがさらっと出てきたんだ」

「で、まあ夜道で襲われてなんでもありのルールでやっても道場破りみたいに高校にやってきて正式なルールでやってもあたしの圧勝で、あっという間に数年が過ぎた高校最後のインターハイ。奴は全部判定なしの白星で全国制覇を成し遂げた」

「なるほど、それだけの実力があるなら決勝戦で楓さんの二回目の変身を引っ張り出せたのもうなずけます」


 楓の話を聞いて寿が深く頷く。


「あたし、柄にもなくちょっと感動しちゃってさ、試合の後、声をかけに行ったんだよ。そうしたらインターハイの王者様がインカレ王者に改めて挑戦したいと言ってきた。まあタイトルマッチみたいなもんだな」


 寿はそれで万が一勝っても喜乃がインカレ王者になれるわけじゃないんだからタイトルマッチは違うだろうと思ったが、話の腰を折ってもしょうがないので言葉を呑んだ。


「うんうん、当然の流れだね。スポ根マンガみたいだね」


 そう言ってこまちが相槌を打ちながら続きを促す。


「まあ、インカレ王者としては、その挑戦を受けないっていうのは逃げるみたいで嫌だったから挑戦を受けたんだ…」

「やっぱり楓さんの圧勝ですか?」

「いや、約束すっぽかして魔法少女になっちった」


 楓はそう言ってテヘっと自分の頭を小突きながらチロリと舌を出した。


「最悪!」

「何やってるんですか!」

「だってさあ。あの頃はまだまだ予報が正確じゃなくて、あたしやイズモみたいな一般人がちょこちょこ巻き込まれていたし。みんなも人手不足で困ってたし、しょうがなかったんだって」

「だからって……『忘れちゃったー』で済むような因縁じゃないでしょうに」

「それ、イズモにも言われたわ。まあ、でもこうして師匠と弟子みたいな関係になって、あいつはいつでもあたしに挑めるし、あたしの胸のつかえも取れるしいいことづくめじゃないか?」

「胸のつかえなんてなかったくせによく言いますよ」

「いや、試合して喜乃の事を思い出してからはちょっと胸につかえがあったんだぞ」

「せいぜい30分くらいじゃないですか!」

「はっはっは、そうとも言うな」

「そうとしか言いません!……はぁ、どうしてこう、うちの元男連中は……」

「お!寿が『うちの男連中』なんていうの珍しくないか?最初はあんなに頑なに『私は仲間なんて信じません。身内なんて必要ありません』とか真顔で言ってたちょっと痛い子だったのに」

「そうなんだよー、最近寿ちゃんも丸くなって」

「そっかそっかー。あたしもひなたの旦那もちゃんと寿の身内として勘定されるようになったかー」


 そう言って感慨深そうに楓がうんうんと頷く。


「昔は触るもの皆傷つけようとしていたのにねえ」

「あっはっは、そりゃお前もおんなじだって。寿意外みんなリタイアさせやがって」

「いやいや、私はそれでも表面上はソフトだったよ。でも寿ちゃんってぱっと見がもうスパイクタイヤみたいだったじゃないですか」

「ああ、それわかるわ。しかも見掛け倒しっていうか、尖っているわりに刺がソフトなのな」

「っーーー!!!」


 顔を真っ赤にした寿が立ち上がりゴンゴンと二度重い音がした後、ラウンジには、優雅にコーヒーを飲む寿と、床に無残に転がる楓とこまちの姿があった。




「……と、まあこれが私が愛純をちょっと度の過ぎたツンデレと断ずる根拠です。というか、中高生の男子みたいな感じですね、好きな子にかまって欲しくて意地悪する感じ。それの度が過ぎたやつ」

「つ、ツンデレとか頭おかしいんじゃないですか!?私がツンデレって、そんなこと言ったらもう世界中のストーカーやロミオメールやジュリエットメール送ってくるような人はみんなツンデレですよ!」


 理路整然と、彩夏ちゃんから見た愛純がなぜツンデレであると言い切れるかの根拠が書かれたホワイトボードを叩きながら力説する彩夏ちゃんと、それを否定する愛純。

 30分ほど前、彩夏ちゃんが始めた愛純の公開処刑とは、つまるところ愛純は実はこんなに朱莉さんと柚那さんのことを思っているんですよという解説だった。

万が一にも愛純派の邪魔が入ると面倒なので、楓さんの足止めは寿ちゃんがしているのだとか。用意周到なことだ。

 ちなみに彩夏ちゃんによる愛純のツンデレ講座の例を上げると、柚那との戦闘中に言い放った『迷惑なんですよねえ、弱い人がいると。私がかわりに出てあげますからお留守番でもしててくださいよ』というセリフは視点を変えると『私は柚那さんのことが心配なんです。柚那さんの代わりになら私がなりますから、柚那さんはみんなの回復に専念してください』となるらしい。


 他にもいろいろ言われたものの、根拠がちょっと強引すぎてちょっと納得行かないなと思うたびに、愛純が大慌てで『そんなことない』『私が柚那さんや朱莉さんに好意を持っているわけない』と、前に自分で言っていたことを否定しながら顔を真赤にして大暴れするので、なんかもう段々そういうことのような気がしてきた。


「朱莉さん」

「あ、はいなんでしょう」


 この30分間、まったく話を振られなかった俺は思わずびくっとしてしまった。


「朱莉さんはどうです?愛純がもし本人が言うような酷いストーカーで性格最悪の女の子だったとしたら師匠として……いや、仲間としてそばに居たいと思います?」

「思わないな」

「……」


 気のせいかもしれないが、さっきから喜乃ちゃんとセナに押さえつけられて暴れ続けていた愛純の力が一瞬弱まったように見えた。


「じゃあもし、私の言うように愛純が自分の気持ちを素直に出せないツンデレな女の子だったとしたら?」

「彩夏ちゃんとはちょっとツンデレの定義について話し合いをする必要があると思うけど、もし彩夏ちゃんの言ったとおりだとしたら……ちょっとかわいいな。柚那もそう思わないか」

「本当にそうならちょっとかわいいかもしれないですね」

「か……可愛いとか頭おかしいです!私は性格悪くて、自分が可愛いことを鼻にかけるいけ好かないやつなんですーーーー!思い通りにならないと全部ぶっ壊したくなるんですーーー!」


 そう言って愛純はギャンギャン吠えながら再び暴れだす。

 なるほど、こうしてみるとわかりやすい。すごいぞ彩夏先生。


「ちょっといいかな」


 そう言って静かに手を挙げる柚那。


「はい、どうぞ柚那さん」

「彩夏ちゃんの解説じゃなくて、愛純の本音が聞きたい。みゃすみんでも宮野愛純でもなく、愛純の本音。みんな絶対笑わないから」


 柚那は前に俺がした質問をさらに深堀りする。


「あのね、愛純。これが本当に最後。まじめに話さないなら私も朱莉さんもあなたの相手なんてしない。この間のあれは、みゃすみんから一枚皮を脱いだ宮野愛純の本音。じゃあ愛純の本音は?私はそれが聞きたい」

「い、嫌だなあ、何ですか、愛純の本音って……」

「…いいのね?」


 静かだが強い口調の柚那にたしなめられて、ヘラヘラしていた宮野愛純の表情が曇る。


「……私は……その、好きですよ。柚那さんも、今は朱莉さんも」


 そう口を開いた愛純の表情は、実際の彼女の年齢よりもかなり若くみえる表情だった。


「どういう風に好き?」

「グッチャグチャになるまで二人を犯したいくらい!」


 そう口を開いた愛純の表情は、実際の彼女よりも大人びたというか、もはやスケベなおっさんの表情だった。


「………」


 ほ、本音だからしょうがないね。みんなドン引きしてるけど。


「そこまで言わなくていいけどね。好きなら好きでちゃんとその気持を素直に出してくれればいいの。私だって後輩の女の子に好きだって言われて嫌な気持ちはしないから」

「い…いいんですか?」

「もちろん、こまちちゃんみたいなのは困るけど、好意を素直に出してくれれば今よりいい関係は築けるはずだよ」


 なんでや!今こまちちゃん関係ないやろ!


「ど、どこまでOKなんですか?」


 そんなに鼻息荒くするなんて、逆にどこまでする気なんだ愛純。


「公共の場なら、普通の人が普通にしている程度。密室でもお互いの関係を壊さない程度」


 ある意味で感情をむき出しにする愛純と対照的に柚那は至って冷静に姉が妹を諭すように、母親が娘に言って聞かせるように淡々と話をする。


「当たり前のステップを踏まずに、一足飛びにやろうとすると失敗するから、少しずつ間のとり方を勉強すればいいの。あなたの本音が見えていれば、私も朱莉さんも無下にノーとは言わないから。ねえ、朱莉さん」

「おう」

「……わかりました。もうこれからは変な嘘はつきません。…愛純は……柚那さんと朱莉さんが大好きです」


 少しふて腐れているような、はにかんでいるような表情で、愛純が搾り出すように言う。

 その言葉を聞いて、セナと喜乃ちゃんも愛純を拘束していた手を解いた。


「はあ、これでやっと思い残すことなく、東北にいけるわー。セナ、これは貸しだからね」

「はいはい。ちゃんと借りは返すから安心して」


 彩夏ちゃんが首を回しながら言い、セナは彩夏ちゃんの言葉に苦笑する。


「私はどうしてもらおうかな」

「喜乃には私のほうから貸しがあったでしょうが」

「う……」

「むしろまだ貸しのほうが多いくらいでしょ」

「ううっ……」

「ま、貸しなんて言ってるけど、私も喜乃も、このまま愛純を置いてくのはちょっと心配だったから協力したってわけ。だからちょっとは感謝しなさいよ」


 拘束が解かれ、その場に座っている愛純の前で屈んで彩夏ちゃんがそう言って笑う。


「感謝しろとは言わないけど、もう少し仲良くなりたかったということはわかってほしいかな。一人でいると気が滅入るから」


 喜乃ちゃんがそう言って手を引いて愛純を立ち上がらせる。


「ここに残る以上、関東の先輩とはちゃんと仲良くしなさいよ」


 セナがそう言ってポンポンと愛純の肩を叩くと、それが合図だったかのように愛純の目から涙がこぼれた。


「なん…で?こんなのおかしいよ!私セナちゃんに酷いこと言ったのに!」

「まあ、言葉は確かに悪かったけど、間違ったことは言ってないから。例えば準決勝で私が負けた時に言われた言葉なんかは、彩夏の言ったように聞き換えれば、私のことを心配して激励するために言ってくれたことなんだろうし、そう考えたらなんか可愛く思えてきちゃって」


 セナがそう言って愛純を抱き寄せる。


「……一緒にいた期間は短かったけど、私が彩夏くらい頭が回ったら、彩夏が私くらい行動力があったら、私達もうちょっと早く仲良くなれてたかもしれないね。ごめんね」


 何気なく省かれた喜乃ちゃんが何か言いたげだったが、ここで口をはさむのは野暮だと思ったのか、開きかけた口をつぐんだ。


「……うん、私の方こそごめん。あと、ありがとう。仲間って…いいもんだね」


 セナと、愛純のやりとりを見ていた柚那が、俺の袖を引いて小さな声で口を開いた。


「……実は私、ちょっとだけ愛純の気持ちがわかるんですよね。アイドルやってた頃、私も仲間っていうのは結局ライバルだって思っていたことがあったんです。それで一人でやろうとしてみんなから相手にされなくて空回りしたり、逆にみんなから変に注目されて孤立して浮いたり。まあ、いろいろ。私は愛純ほどひどくならないうちに朱莉さんと出会って………その、とにかく朱莉さんに救われました。今日愛純を見ていてそれを思い出したんです」

「そっか……で、俺のどこに救われたって?」

「……そういうことを突っ込んで聞いてくるデリカシーの無いところでしょうか」


 懐かしんでいるような声だった柚那の声が一転、少し怒気を含んだものに変わる。


「なんでいきなり怒ってるの?」

「怒られたくないならもう少しデリカシーを持ってください!」


 柚那はそう言って俺の手を思い切りつねった。

 





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