最終話 十年後の僕たちは 2
もうちっとだけ続くんじゃ
・・・いやほんと、もうちっとだけです
「嘘・・・でしょ・・・?」
名前とクラスが張り出されている昇降口前で、咲月はそう言って鞄を取り落とし膝から崩れ落ちた。
ってさすがにオーバー過ぎるだろう・・・。
「あー・・・なるほどなー」
「ええっ!?なんですか、これ」
咲月のように荷物を取り落とすようなことはなかったが、紅葉と陽奈も驚きを隠せないようだ。
そりゃあそうだ。なぜならこの街に引っ越してきて以来ずっと同じクラスだった三人が見事にバラバラに分けられてしまっていたのだから。
「おとーさんは『ちゃんと考慮しとく』って言ってたのにぃっ!!」
教室に移動してからも怒りが収まらない様子で咲月がプンプン怒っている理由は前の黒板に書かれていた『入学式が始まるまでにクラス内でVMWのチームを4人一組で作っておくこと』という文章だ。
クラス分けで別れてしまった三人ではあったが『まあVMWでは一緒だしいいよね』ということでにこやかに別れた。そして教室に入って一番目にしたのが前述の文章だったからさあ大変。教室に入ってからもう15分は経とうかというのに咲月は髪を逆立てん勢いで唸り続けており、VMWのチームメートを探すどころではない状態になってしまっている。
まあ、クラス内でチームを編成するのなら、戦力の偏りを避けるために三人を分けるというのは当然と言えば当然なので、多分これが咲月のお父さんの言う『ちゃんと考慮』した結果なのだろう。
「護は何かないわけ!陽奈や紅葉と離れちゃったのに!寂しくないのっ!?」
「いや、咲月がいるし別に」
むしろ騒がしいのが減って楽になるかなまである。
「えっ!?そ、それって、どういう意味かなっ!?」
「どういう意味って・・・咲月がいれば寂しくないぞって意味だけど」
「もう一声!」
「もう一声・・・?」
「かわいい咲月ちゃんが一緒にいるから僕寂しくないよって言って!」
「いや、ちょっと何を言っているのかわからない」
かわいいか、かわいくないかで言えば咲月はかわいい方だとおもうけれど、別にそれと咲月がいることで僕が寂しくないというのとは関係がないし。
「まあ、でも咲月のお父さんが配慮したって言う意味がなんとなくわかった気がする」
「どういうこと?」
「咲月は仲良くなっちゃえばべったりだけど、そうじゃない相手には割と人見知りだろ?だから僕は咲月にクラスの友達を作るためにいるってわけさ」
「え?護も大概人見知りで友達少ないでしょ?小中ってずっと私達と一緒にいたし」
「それは違う!あれはなんか周りが変な気を遣っていたというか、何故か皆の中で僕が咲月達のお世話係みたいな認識になってただけだ」
その証拠に僕は一年の終わりに生徒会に立候補して見事当選している。これはそれなりに人脈なり人望なりがなければできないことだ。・・・まあ、友達の少ない咲月が立候補しても普通に当選するだろうと言うことはこの際置いておくことにする。
とにかく、まったく見ず知らずの人間ばかりのこの場面で咲月のお父さん、朱莉さんが僕に期待しているのは咲月にチームメイトを作ってあげると言うことだろう。
僕がそんなことを考えていると、トイレか何かに言っていたらしい手ぶらの男子生徒が教室に入ってくるのが見えた。
すると、その男子生徒の方もこっちを見て何かに気づいたかのように近づいてくる。
そして――
「お前、咲月か?」
「え・・・?あ!ユータ!?ユータじゃん!どうしたの?こっち引っ越してきたの?」
「ああ。高校からこっちで一人暮らしする事になったんだけど・・・」
そう言って咲月に話しかけてきた男子生徒はチラリと黒板を見る。
引っ越してきた=知り合いはいない=組む相手もいないということだろう。
「わかる!わかるよユータ!一緒に組もう!いいよね?護」
「護?・・・あれ?お前俺とどっかで会ったことあるよな?」
・・・思い出した。こいつ、寿おばさんの結婚式の時にやたらと咲月にベタベタしてたやつだ。あとエリスさんの胸もベタベタ触ってた。
「蒔菜さんの結婚式の時じゃない?」
「ああそうだそうだ、なんか口数少なくて暗い奴だ」
ダメだ!今の一言で察した!こいつとは絶対気が合わない!!
「・・・あのときは事情があってあまり喋らなかっただけだよ。別に俺は根暗って訳じゃない」
「あれ?護なんで自分のこと俺なんて言ってるの?いつもは僕なのに」
「い、いいだろ別に!!と、とにかく咲月と組むなら僕ともチームメイトだから、よろしく」
「え?・・・ええっ!?護、私と組んでくれるの?」
「陽奈でも紅葉でもなく咲月と一緒のクラスっていうことは、朱莉さんはそのつもりだったんだろ」
「・・・なんかそれだとおとーさんに言われたからしかたなしにって感じに聞こえるんだけど」
「そういう訳じゃないけど。とにかく、もうみんなボチボチチームが決まり始まってるみたいだし、どこのだれだかわからない変なのと組むより良いだろう?」
僕がそう言うと、咲月はニヤニヤと笑いながら少し顎を上げるというびっくりするくらいの煽り顔で僕を見る。
「いやいや、護君?私とユータはもうチームなわけよ。つまり私達はあと二人まともな人をみつければいいだけ。たいして君はあれよね、ひとりぼっちのボッチくん!今から三人みつけられるのかなぁ?」
「・・・・・・」
「つまり、組んでほしいなら組んでください、咲月さん・・・いや、咲月様と呼んでもらおうか!!」
こいつ、調子に乗ってやがるな。
「ほらほら、は・や・くぅ。咲月さま、だよぉ。さあ!こーるみー咲月様!」
「綾瀬。一緒に組もう」
完全に調子に乗って高笑いしている咲月に従うのが嫌だった僕は、咲月の隣の席に座って本を読んでいる眼鏡の少女、一昨年去年と生徒会で一緒だった綾瀬むつみに話を振った。
「へ!?ちょ、ちょ、ちょぉ、どういうことよ護!」
「あ、え?ど、どういうこと、関君」
「いや、綾瀬さっきから全然動いてないし俺と同じボッチかなと思ってさ。ボッチ同士楽しくチームを組もう」
「・・・つまり、消去法?」
あ、今地雷を踏んでいる気がする。しかもさっきの咲月のと似たような奴。
「か、顔見知りだからだよ。僕と組むのが嫌なら無理にとは言わないけれど」
「私はボッチというか、どうせ授業中だけのことだからどこか人の足りないチームに適当に入ればいいかなって考えていただけで・・・その、ボッチは訂正してください」
いや、それボッチの思考な気が・・・まあ本人がボッチじゃないと言うのならそうなのだろうし訂正するのは構わない。
「わかった。綾瀬はぼっちじゃない。これでいいかな?」
「オーケー。よろしく、関君」
「よろしく、綾瀬。・・・さて咲月、これで2対2だな。で?どうするんだ?対等な合併なら受けてやらないこともないけれど?」
「くっ・・・追いつかれた・・・っ!」
「あの、関君関君」
「ん?」
「チームが決まってないのって、私達だけみたいだけど」
「え?」
「え?」
「あー・・・そうみたいだな」
周りを見回したユータはそう言って綾瀬の言葉に頷いた。
たしかに、みんな四人組でかたまっているので、もう決まってしまっているのだろう。
「邑田さんも変な意地を張ってもしかたないですよ」
「そうだぜ、どうせもう組むしかないんだからへんな意地張るなよ、咲月」
「う・・うう・・・それはわかっているけど」
「そうだそうだ!意地を張るな咲月!」
「関君もだよ。変な意地を張って私なんか誘ったりして。本当だったら二人とももっとレベルの高い人と組めたでしょ」
「すみませんでした・・・」
真正面から叱られてしまうと何も言えなくなってしまうのでそういうのはやめていただきたい。
「じゃあ改めて、佐藤雄太だ。よろしくな、二人とも」
「関護だ」
「綾瀬むつみよ」
「邑田咲月だよっ!」
いや、咲月のことはみんな知ってるだろ。
◇
入学式に限らず、式典というのは基本的に眠くなる。
しかもそれが、普段の姿を知っている大人達からの小難しい話ともなればなおさらだ。
最初に登場したのが元総理大臣で現在この街の市長を務めている家式都さん。
すごく肩肘張ったスピーチをしていたけれど、響と一緒に礼の家に遊びに行った時に会った彼女の印象は僕からみて『こまちおばさんと変わらないくらいだめな人』響をして『うちのお父さんくらいダメな人』だ。
そして、今度はその元総理大臣と変わらないこまちおばさんがスピーチをしている。
なんでも陽奈のお父さんの代理で来たらしいけど、どんなにもっともらしいことを言って見ても普段を知っている僕からすればほとんどのことが『お前が言うな』状態だったりするわけで・・・それと、スピーチとは違うが、一年生の担任を持たないからということで有休を使い、保護者席で座ってビデオを撮っているうちの母さんはあれで良いのだろうかと心配になる。というか、この姉妹は本当に色々ダメなんじゃないだろうか。
「(眠・・・もう無理。むっちゃん肩貸して)」
「(寝ちゃだめだって、邑田さん)」
僕が母と伯母について考察していると後ろから、小声でのそんなやりとりが聞こえてきた
チームごとに前後2席ずつ、4席ごとに仕切られている席に座るよう言われた僕らは、自称リーダーである咲月の指示のもと、前列に僕と佐藤。後列に咲月と綾瀬という配置で座った。最初はそれじゃあ咲月と綾瀬が前を見られないじゃないかと思ったが、大柄な佐藤の後ろに座れば咲月が寝ていてもバレないというある種の眠気対策(寝ないとは言っていない)だったのだろう。
できれば僕も咲月のようにウトウトしたいのだが、僕の前は通路になっているのでそうもいかない。
こまちおばさんのスピーチを聞くとはなしに聞きながら眠気覚ましがてらに周りを見回すと、少し離れたところに陽奈の姿を見つけた。どうやら陽奈のチームメイトは全員女子のようだ。
陽奈をみつけてしまうと、なんとなく紅葉のチームも気になるわけで・・・お、意外。紅葉のチームメイトは全員男子だ。たしかあれは同じ中学だった大石、中石、小石・・・僕の記憶が確かならばローリングストーンズとか自称していた、VMWチーム戦では上位20%くらいに入る三人組だ。あんな連中と組んでいると言うことは、なんとなくあぶれてチームを組んだ僕らと違い紅葉はやる気満々だということだろう
ということは、もしかすると陽奈のチームメイトも名のあるVMWランカーなのかもしれない。
そんなことを考えながら陽奈のチームのほうを見ていると、僕の視線に気づいたらしい陽奈が得意げな顔でこっちを見て親指を立てながらウインク――お、次は川上先輩のスピーチなのか!?いかんいかん、集中集中。
「って、なんで途中で目をそらすんですかっ!!」
式の最中だというのに突然大きな声を出した陽奈が注意され、何故か恨みのこもった視線を僕に向けてきたが、そんなことは些細なことだ。
そう、今僕はそんなことを気に掛けている場合ではないのだ。なにしろこれから川上先輩が『僕』に向けて歓迎のスピーチをしてくれるのだ。一言一句聞き逃すわけにはいかない。本当だったら録音の用意をしてくるべきところなのだが、式次第には生徒会長挨拶としか書いていなかったため、彼女が生徒会長になっていることを知らなかった僕は録音の準備をすることが出来なかったのだ。
「新入生のみなさん、生徒会長の川上晴です。本日はご入学おめでとうございます――」
ああ・・いい・・・。
これですよ、この高すぎず低すぎず、そして年上特有の包み込むような優しさを体現したような声色。
凜とした瞳でありながら優しげなまなざし、清楚な黒髪。一本芯の通ったしっかりとした立ち姿ながら、守ってあげたくなるような華奢な身体。
僕はここに断言しよう。川上晴こそこの学園で最高の女性であると。
そんな最高の女性である彼女をじっとみつめながらスピーチを聞いていると、ふと川上先輩と目が合った。
「ひぃっ・・・し、失礼しました。わ、私達はみなさんが一日も早くこの学園になじめるよう、応援していきたいと思います。以上をもって歓迎の言葉といたします」
ああ、もう終わってしまった。名残惜しいけれど、川上先輩が生徒会長なら朝礼なんかでまた声を聞く機会もあるだろうし、それを楽しみに毎日を生きよう。
「(・・・護、お前今の顔やばいぞ)」
「(え?)」
「(笑顔が引きつってなんかの抽象画みたいになってる)」
「(いや、これでもニヤけないように頑張っているんだけど)」
「(どう考えてもそれが原因だろ・・・)」
「(あーあ、ハレちゃんが出てきたとたんこれだよ。まったく男ってやつは)」
「(え?関君、川上先輩が好きなの?)」
「(そうなんだよ。実は護は生徒会でハレちゃんと一緒だったときにねぇ・・・)」
「(おつまみ感覚で人の秘密をそこらで話しまくろうとするのやめろ!)
僕らが小声でそんな事を話していると、一人の先生が壇上に上がり、マイクの前に立った。そして
「それでは、これより本日稼働開始の新VMWのお披露目を兼ねて在校生VS新入生のエキシビジョンマッチを執り行いたいと思います!」
彼女が高らかにそう宣言すると一瞬間があいたあとで、会場がどよめいた。
護もかなりやべー奴です。




