最終話 十年後の僕たちは 1
誰の手にも魔法がある。
そんな当り前のことが、僕たちが生まれるすこし前には夢物語だったらしい。
母さんや先生達からそう聞いて育ったものの、僕達にとってはその話は完全に眉唾物だった。
なぜなら僕や友人達は物心ついた時には魔法が使えたし、周りの人間で魔法を持っていない人間なんてものは一人も居なかったし、実際『全く魔法を使えない人間』というのはフィクションの中にしか存在しないからだ。
今となっては、誰しも大なり小なり魔法を持っているのは、当り前のことだし、常識だ。
とはいえ、『誰しも魔法を持っている世の中で魔法を使い放題!』なんていうことになれば、当り前だけど犯罪が増えるし、実際誰でも魔法が使えるようになったときには犯罪の件数が爆発的に増えたらしい。
かといって現在の世界において『魔法を使わない』『魔力を鍛えない』なんていう選択肢はありえない。なぜなら国民総魔力(GMP)はイコールその国の軍事力、経済力などに直結するからだ。
どういった能力を持った、どの程度の魔力を秘めた人間なのか、どの国もどの企業も国力や自社の強化のためにそれを重視するし、高い魔力をもった人材を求める。
そして、高い魔力を持った人間は大国や大企業への売り込みをかけて自分を高く買ってもらおうとする。・・・まあ、とはいえ、うちの母さんや友人の親たちのように飛び抜けて高い魔力があっても特に売り込みにいくでもなく、この国、この町にとどまっている変人も多いのではあるが。
「おはよう、護」
後ろから追いついてきた友人の邑田咲月がそう言って僕の肩を叩いた。
「ああ、おはよう咲月」
「いよいよ今日から高校生だねえ」
「そうだね・・・」
「あれれ?なんか気乗りしない感じだね」
「そんなことはないけどさ。僕は咲月と違ってあまりVMWの成績が良くないからさ」
『魔法を使い放題』にはせず、『魔法を使い』『魔法を鍛える』ための教科。VMW(仮想魔術世界)と呼ばれる仮想空間での魔法修行システムが高校から授業のカリキュラムとして始まるのだが、僕はそれが少し憂鬱だった。
ちなみになぜ僕がまだ始まってもいないカリキュラムが苦手だと知っているかというと、VMWは学校からだけではなく自宅や娯楽施設からのアクセスが可能で、魔力のトレーニング以外にも一般的な趣味、娯楽の側面も持っているからだ。
そして、咲月は昨年のVMW中学の部で最上位の実力を誇った、この街、そしてこの国の若手でもっとも注目されているホープなのだ。
「そんなことないって」
「いやいや、咲月達と違って僕の魔力は平凡だから・・・まあ、すみっこのほうでチマチマと留年しない程度にやるよ」
「えーっ!?それは困るよ。だって私、護とチームを組むつもりなんだから」
「なんでだよ。紅葉とか陽奈と組みなよ」
「だから、私と、紅葉と、陽奈と、護。授業は四人1チームだっていうし、丁度いいじゃん」
「どう考えても僕だけ場違いだろう・・・」
総合ランキング中学部門最上位の咲月と、1v1ランキング上位の宮本紅葉。それに総合ランキング4位の相馬陽奈が同チームというのは、圧倒的すぎて周りから文句が出るだろうが納得がいく組み合わせだと思う。上位は上位の人間と組んだ方が本人達にとってよりよい結果が出しやすくなるのだから、当り前と言えば当り前だ。
しかし、僕は三人ほど高い実力があるわけでもないし、そんな僕が上位三人の女子に囲まれて・・・いや、女子三人に引っ張られてチームランキング上位に名前が出るようなことになれば、まるっきりヒモ。コバンザメ、寄生虫・・・とにかくなさけない男のレッテルを貼られてしまうだろう。
「いやいや、護も場違いってほどの実力差はないって。大丈夫だから一緒に組もうよ」
「そんなことないって。僕は僕でチームを探すから咲月達も他に四人目を探しなよ。ほら、確かあの・・・なんだっけあいつ、隣の中学だった、今日同じ学校に入る予定の総合6位のやつ。あいつ陽奈に気があるって聞いたし入れてやれば?」
「・・・・・・」
「な、なに?」
「一応言っておくけど、護の憧れている人には好きな人がいるよ」
「は・・・!?な、なんの話だよ。誰のことだよ僕の憧れている人って」
「いや、ハレちゃんでしょ?」
「ぐぅっ・・・」
なぜ咲月がそのことを知っているんだ!?
「なんで知っているんだって顔しているけど、護がハレちゃんのこと好きだったのなんて中学の頃からバレバレだった・・・もとい、ハレハレだったからねっ!」
なんでたいして面白くもないのにわざわざ言い直した上にどや顔しているんだろう。
「あと、一応言っておくけど、学年違うとチーム組めないと思うよ」
「え!?そうなの!?母さんはそんなこと何も言ってなかったけど」
「いや、華絵おばさんがそんな大事なことを言わないわけないと思うんだけど・・・どうせあれでしょ、スマホの待ち受けにしているハレちゃんの写真でも見ながらニヤニヤしてて聞いてなかったんでしょ」
心当たりがないかと聞かれればそんなことはない。
実際僕の待ち受け画面は川上先輩だし、なんだったら朝のアラームは一昨年一緒に生徒会だったときに、わざわざ生徒会室で狸寝入りして起こしてもらった時に録音した川上先輩の声だったりする。
だけど、僕にも築き上げてきたイメージというものがある。
「み、見てきたみたいに言うのはやめてもらおうか。だいたい僕のスマホの待ち受けが川上先輩だなんて証拠――」
「いや、なんでこの期に及んで私に対してごまかせる気でいるのかわからんのだけど、毎朝せっちゃんから『今日も元気だお兄がキモい』って写真付きでメッセ飛んできてるし、その中にバッチリ待ち受けが写ってる写真もあったからね」
犯人はまさかの攻だっただと!?何故だ妹よ!!何故お前は兄を売り渡したんだ!!
「・・・で、でも、たとえそうだとしても、そういう友達の恥ずかしい部分は見なかったことにするのが礼儀じゃないか!?」
「いや、もう今更私に対してそういうのいらなくない?私は護がシスコンでマザコンで、それでいてハレちゃんの写真を待ち受けにしているだけでは飽き足らず、どうやって手に入れたかわからないけど目覚ましアラームをハレちゃんの声にしているやべー奴だってことも知ってるんだよ?」
「なんでトップシークレットのそれを知ってるんだよ!!」
どう考えたって僕より咲月のほうがやべー奴だろう!?
「いや、去年の最初のころは朝起こしに行ってたでしょうが。そのときに聞いたんだよ。私は他人のスマホをチェックしたりしないよ」
「咲月、ちなみに川上先輩に言ったりは・・・」
「え?ああ、うん。その日のうちに」
話すなよぉぉぉぉっ!!去年の夏辺りからメッセージ送ってもなんか先輩が反応が鈍かったのってどう考えてもそのせいじゃないかよぉぉぉっ!!
「さっちん!護!おっはよー!!」
「おはようございます、二人とも。なんだか楽しそうですけど、何の話をしていたんですか?」
後ろから追いついてきたらしい紅葉が咲月に飛びつきながら元気よく。陽奈がゆったりと優雅に現れた。
「おはよう。いや、咲月が僕のスマホの中身を勝手に見るやべー奴なんじゃないかって話をしてたんだけど」
「いや、だから私はみてないってば」
「え?やべーんですか、それ」
「え?」
「え?」
え?なんで僕のほうがおかしいみたいな顔をされなきゃいけないんだ!?
「ええと、うちの母は毎日父のスマホを見てますけど・・・?」
相馬さんちが思ったよりやべー家だった件。
いや、陽奈のお母さんがやべーだけか?
「あと、私もチェックしますしね」
「あははは、陽奈はそれが原因で彼氏が出来ても毎回数分で別れるもんなー」
え、何それ怖い。もしかして陽奈もかなりヤバいんじゃないか。
「付き合い出して数分もしないうちに人を賞品やトロフィーかなにかの様に自慢するからですよ。なんですか『相馬陽奈は俺のもんだ』とか『俺が落とした。俺の女だ』って。私はモノじゃありませんよ」
「陽奈はモテるのにこういうところで心が狭いから損してるんだよなー」
「余計なお世話ですよ。そういう紅葉だって結構モテるのに彼氏いないじゃないですか」
「んー、あたしは陽奈みたいに誰でもいいわけじゃなくて好きな人いるし・・・」
「それだと私が節操なしみたいじゃないですか」
「そうはいわないけど・・・まああたしは今のところはいいかなって。あ、でも付き合い出したら陽奈より長続きする自信はあるぞ」
「じゃあ付き合い出すときは是非教えてくださいね。秒数数えますから」
陽奈って見た目はすごくふんわりしてて、のんびりしてそうなのに意外にけんかっ早いんだよなあ。
「んー・・・そういうことなら別に今でも良いぞ。咲月、告白するから時間計ってくれ」
「え?あ、う、うんわかった」
「今って・・・まさか紅葉の好きな人って――」
ん?なんで僕が陽奈に睨まれるんだ!?って、なんで咲月も僕を睨んでるの!?
「陽奈、あたしと付き合ってくれ」
「はい。それは良いんですけどね、私としては紅葉と護君っていうカップルはちょっと――って、はい?」
「あはは、陽奈はかわいいよなー。おっぱい大きいし、髪ふわふわだし、おっぱい大きいし、良い匂いするし」
そう言いながら紅葉は陽奈を後ろから抱きしめ、陽奈の首のあたりでくんくんと鼻を鳴らす。
「はっ?えっ?なっ?も、もみじ!?」
「あたしは陽奈と付き合えてとても幸せだなー。なあ、護。護も陽奈のおっきいおっぱい良いと思うよな?」
「いや、僕はあまり胸にこだわりはないから。あと、すぐスマホチェックする子はちょっと」
「ちょっ、なんで私が護君にフラれたみたいになってるんですかー!?」
いや、そもそもお互いなんとも思ってないんだからふるもふらないもないんだけども。
「え、陽奈はあたしがいるだけじゃ不満か?もしかして、護のほうが好き?」
そういって少し寂しそうな顔でうつむく紅葉。
「いえ、その・・・あのですねっ!紅葉はすごくかわいいと思うし、かっこいいところもあると思うし、お付き合いしてほしいって言われるのはすごく嬉しいんですけどっ!でも、なんていうか!」
「陽奈、あたしは陽奈のことが好きなんだ。陽奈があたしのことを妹みたいに思ってくれているのは知ってる。だけど私は妹じゃ嫌なんだ」
「も、紅葉・・・」
「あたしは今の気持ちを陽奈に受け止めてほしい・・・だめかな、陽奈」
「う・・・うう・・・紅葉がなんだかかっこ良く・・・いえ、だめよ陽奈。紅葉は大切な友達だもの、万が一別れるようなことになったら・・・だったら最初からお付き合いなんて・・・」
「・・・だめ?」
ちなみに、今この場にいる四人に中で一番おねだり上手なのは紅葉だったりする。
そして、なんだかんだと紅葉のお願いを聞いてしまうのはいつも陽奈だ。
「うう・・・ダメじゃないです。というか、私も紅葉のことは好きですし。でも、お付き合いとかそういうのじゃなくて、今までよりももっと仲の良い友達からでどうでしょう」
「うん!陽奈がそう言うならそこからでいいよ」
「紅葉・・・」
なるほど。こうやってたたみかけることで陽奈から別れを切り出せないようにするっていう戦略か。これなら確かに数分で終わりを告げてきた陽奈の恋愛遍歴を超すくらいは簡単だろう。でも――
「なあ紅葉、一ついいかな?」
「ん?なに?」
「紅葉がやりたいことは理解したけど、これだと陽奈の記録も同時に更新されてくから紅葉が勝つことはできないんじゃないか?」
「あ・・・しまった。そうだ」
「え?ちょ・・・もしかして紅葉、わ、私のこと、ダマしたんですか!?」
「いや、ダマしたというか、駆け引きというか、あまりに陽奈の反応が面白いものだからつい調子に乗ったというか」
言い訳をする気が全くなさそうな顔でそんな事を言う紅葉と、顔を真っ赤にして地団駄を踏む陽奈。
「ダマしてるじゃないですかー!!もう紅葉の顔なんてみたくありません!!今日一日絶交です!!」
「はい、3分40秒」
俺が『いつもながら随分短い絶交だなー』と思っていると、律儀に時間を計っていたらしい咲月が記録を告げて初登校中の茶番は幕を閉じた。
次で終わるか、もうちょっと彼らの話を書くか悩む。




