グランドエピローグ 朱莉 9 十年後の君たちへ 1
JKチームが実質的な関東チームとなり、解散した関東チームから異動した朝陽と愛純が中部支部を立ち上げて8年。
戦技研を離れ、全国を飛び回りながら佳代の下で学校の教師に対する魔法教育を行っていた俺のところへ一通の呼び出し状が届いた。こう言うと初めて届いたように聞こえるけれど、実はここ数ヶ月何度となく届いてはいた。しかし仕事の予定の折り合いが付かず応じていなかったのだ。
今回はたまたま呼び出しの日付が空いている日で、さらに場所がここのところご無沙汰していた真白ちゃんの実家、甲斐田屋だったということもあり、俺と柚那は旅行がてら呼び出しを受けることにした。
「と、いうわけで、寿さんからのお誘いにやってきたというわけです」
そう言って資料の入った封筒を俺の方に押しやると、この10年ほどで見た目も中身も一番変わったであろう黒髪でスーツ姿のエリスは、若女将である真白ちゃんが淹れて行ってくれたお茶を口に運んだ。
「うーん…一応先に言っておくと、やっぱり俺は今の仕事がいいかなって思っているわけだよ」
「でもそろそろキャリアアップを考えてもいいんじゃないですかね。ずっと佳代さんの下ってわけにもいかないでしょうし」
「確かに稼ぎはそれほど高いとは言えないけれど、柚那の貯金も俺の貯金もちゃんとあるし、それこそ咲月の嫁入りまで面倒を見て、もうすぐ生まれる孫にお小遣いをあげて、大学の学費まで見てもかなり余裕があるくらいだし」
「とは言っても、私は咲月のためにも出張の少ない仕事になってくれるといいなとは思ってますけどね」
おっと、まさか愛妻からフレンドリーファイアを食らうとは思わなかったぞ。
「いや、でもさ柚那、寿ちゃんとこ・・・つまり戦技研の教導隊からのお誘いってことは、結局出張が多いだろ」
「ふーん、なるほど寿ちゃんこう来たか。ねえ芳樹さん、この資料読みました?」
「いや、だってどうせ教導隊に来いって話だろ?」
実はその話自体は何度かあって柚那だって読んでいる資料のはずだし、毎回少しずつ待遇面とかの変更はあるけど、今更確認するまでもない話だ。
今、うちの組織は生倉と衣子ちゃんの二人が寿退職してしまってから人手不足気味で、俺と松葉、それに恋があちこちとびまわってなんとか回しているものの今誰か一人でも抜けると立ち行かなくなる
とはいえ、現在の教導隊を率いている寿ちゃんの苦労も想像に難くはない。だって東北チームから連れて行った人材がほとんど寿退職しちゃったんだもん。寿ちゃんだけに。
あのころのメンバーで今でも残っているのは、戦闘指導担当のこまちちゃんと、助手のハナ。それにパートタイマーで事務を回している彩夏ちゃんくらいだ。あとは有象無象とは言わないが、やっぱりうちと同じように初期メンバーに比べると一段二段落ちる子達だ。
ちなみにこまちちゃんの子供を産んだ後、彩夏ちゃんと同じようにパートで戻るのかなーと思ってたセナはそのまま専業主婦になって、彩夏ちゃんが仕事の時はセナが彩夏ちゃん夫婦に代わって娘さんを預かって面倒を見ていたりする。
ちなみにこの間こまちちゃんのところの若手と、うちの若手とで実戦という名の演習をした時に聞いた話によると、セナが彩夏ちゃんの子を積極的に預かっているのは自分の息子と彩夏ちゃんの娘を幼馴染→恋人→夫婦にする計画の一端で、彩夏ちゃんのほうもけっこう乗り気なんだとか。
まあ、幼馴染で彼氏彼女とか萌えるから、俺も全然その気持ちがわからないとは言わないけどね。
・・・は?うちの娘に男子の幼馴染はいねえよ?
「どうしたんですか?」
声をかけられて我に返るとエリスが胡散臭いものを見るような目で俺を見ていた。
「いや、ちょっと昔を懐かしんだりしてた」
「なんかニヤニヤしてましたけど……」
「いや、セナと彩夏ちゃんって業が深いよなあって思って」
「ああ確かに。ナナとハチ、それにハナはわかるって言っていましたけど、私にはわからないんですよねー」
「なにげに普通なんだよな、エリスって」
「失礼な。こんなにファンキーな女を捕まえて何を言っているんですか」
いや、ファンキーな女は昔していたギャルメイクをやめたりしないし、仕事とはいえ気心の知れた俺のところにきっちりとしたグレーのスーツなんて着てこないと思うよ。
というか、もともとエリスってメイクのことに触れなければかなりいい子だったし、真面目だったわけで強いてエリスのファンキーなところを挙げるとすれば、男の趣味くらいだろうか。
まあ、それも佐藤くんが深谷さんとくっついて子供が生まれてからは『私は仕事に生きる』とかで鳴りを潜めているし、このまま普通にいい男を見つけてくれるといいんだけど。
ちなみにエリスの仕事というのはこうして元魔法少女の元を訪ねて職場復帰の支援をしたり、将来有望な魔法少女になりそうな子のスカウトをすることだ。
「エリスがファンキーかどうかはともかく、寿ちゃんには悪いけど俺の返事は――」
「この話、受けましょう」
「ええっ!?」
「本当ですか!?」
おいおい、うちのかみさんからまさかのセリフが出たぞ。
「えっと柚那?」
「さっきも言ったとおりお父さんがあんまり家に居ないのは問題だとは思ってたんですよね。咲月のためにも」
「いやまあ、それはそうだけど朔夜もいるし防犯とかそういうのは問題ないだろ」
「そういう問題じゃなくてですね、今の時点で『おとーさんよりにーちゃんのほうがいい』って言われちゃっていることが問題なんですよ」
「うっ!!」
まあ確かにそうだ。
別にそれで拗ねるつもりはないし、朔夜には感謝しているけれどこの状態で咲月が反抗期になんて入ったら、家庭での俺の扱いは目も当てられないものになるだろう。
「この条件なら、咲月と一緒に居られる時間も増えますし、芳樹さんにとっても絶対悪い話じゃないですよ」
「ちょっとまって、そもそもその話ってなんなの?教導隊においでーって話じゃないのか?」
「違いますよ」
「え?違うんですか!?」
いや、なんでエリスが知らないんだよ。
「今の教導隊は解散になるらしいです。で、戦技研本部があったあたりに各種スペシャリストを教育するための学校を中心にした都市を作るらしいです。今回の話はそこの、教導隊の流れをくむ学校の学長に、ぜひとも朱莉さんを招きたいって書いてありますよ」
「いやいや!教員ならまだわかるけど学長!?いろいろ順番がおかしいだろ!?」
「教導隊は魔法戦闘特化でしたけど、医療系とかクリエイティブ系とか、教導隊の流れをくむ学科以外にもいろんな学校をつくるみたいですね。そっちの学校にも知った顔がちらほら招聘される予定らしいです」
「でもなんで俺が学長なんだ?」
「多分最初うまく回らなくてゴタゴタした時に、芳樹さんのなんでもなあなあにしちゃう話術というかスキルが場を納めるのに適しているって思われたんじゃないですかね」
妻からの評価が不本意な件。
「なるほどそういうことか!よっ、名ネゴシエーター!」
「やめて!?っていうか、さっきから言おうかどうか迷ってたけど、エリスのそういうところ、なんか深谷さんみたいだよ」
「またまたーそんなこと言って。そんなわけないじゃないですか。ねえ柚那さん」
「あー・・・芳樹さんの言うことちょっとわかる」
「へっ!?そ、そんなことないし」
似ているって指摘されてそういう顔しちゃうところも似てるって。
「あれ?じゃあもしかして私、今なら佐藤さんに選んでもらえる感じ?」
エリスってば変にポジティブ!!
「人の家庭を引っ掻き回そうとするのやめなさい」
「あはは、冗談冗談。ユータを悲しませるようなことはしないって」
「そうしてやってくれ」
件のユータこと佐藤雄太くんは、この間会った時に順調に佐藤くん似の武器マニアに育っていたのでちょっと心配だったりする。
「とにかく、この話は受けましょう」
「いや、でも咲月は友達がほぼあの街にいるわけだし」
「友達のために咲月の人生があるわけじゃないです。それに咲月はもちろん、生まれてくる孫にも一流の教育を受けさせたいですし」
「おいおい、孫まで連れて行くっていうなら朔夜たちの意見も聞いてからじゃないと返事できないだろ」
「え?孫?」
「あれ?まだ聞いてなかったか?ちょっと前にわかったんだけど朔夜と蜂子に子供ができ…どうしたんだ?そんなこの世の終わりみたいな顔して」
「仲間内で子供いないのあたしだけになっちゃったー!!」
「は?ナッチのとこはこの前生まれてたけどハナはまだ結婚してなかっただろ?」
「養子を取ったんだよぉ…」
うーん、なんともハナらしい話だ。結局男嫌いは治ってないみたいだしそれもありっちゃありなんだろうけど、まだ25なんだし、そんなに慌てて養子をとらなくても良い気がするんだけどな。
「ちなみにどんな子?」
「8歳の男の子」
「え!?女の子じゃないの?」
「うん。この間あたしも会ったんだけど間違いなく男の子だったよ」
これはかなり意外だ。似たタイプでも寿ちゃんなら男の子を養子にするっていうのもわかるんだけど、ハナが男の子を養子にするとは。
しかも8歳というと、咲月と同じか一個上だ。
「こうなったら私もいい感じの男の子を養子にして、ほらあれ、なんだっけ…ああ、そうだ光源氏的な感じで子供と旦那を同時に!!」
いや、それ犯罪スレスレっていうかやり方によっちゃアウトだからね。
「ということで」
「我が家は学園都市(仮)に引っ越すことになりました」
くつろぎにくつろぎ抜いた二泊三日の夫婦水入らず(withどこからか噂を聞きつけて集まってきた旧知の友人達)での楽しい時間を過ごした俺と柚那が、留守番をしていてくれた朔夜と蜂子、それに咲月にお土産を渡してからエリスに聞いた話を伝えると、3人共『あ、そうなんだ』くらいの反応で頷いた。
ちなみに旅行帰りに俺たちにくっついてきたエリスは、うちで夕食を食べてついでに泊まっていくらしくキッチンに立ってくれていて、普段柚那が料理に余計なことをしないように見張る係の咲月は今日はお休みだ。
「って、反応薄くないか?長年親しんだこの街に別れを告げるんだぞ?」
「いや、僕と蜂子は月に留学に行った時に離れていますし、父さんがこの街を離れたくないってだけでしょう?」
「う…」
「おとーさんって変化を嫌うもんねー」
「うう……」
「というか、そもそも私が慣れ親しんだ土地からこっちに移ってこざるを得なくなったのはここに家を買っただれかさんと、その誰かさんと一緒に暮らしたくてしょうがなかったどこかの息子さんのせいじゃありませんでしたっけ?」
「うううっ」
「ぼ、僕をファザコンみたいに言うのはやめてもらおうか」
「いや、あんたは間違いなくファザコンよ」
「にーちゃんはおとーさん好きだもんねー」
「くっ…咲月まで」
だめだ!やっぱりこの家の女性陣に俺と朔夜では太刀打ちできない!
「まあでも、私と朔夜はいいとして咲月はいいの?友達みんなこの街でしょ?」
「え?別に大丈夫だよ。新しいところに行けば新しい友達もできるだろうし…っていうか、紅葉ちゃんも陽奈ちゃんもその街に引っ越すってさっき連絡が来てたし、そもそも新しい街ならみんな友達ゼロからでしょ?スタートが一緒なら咲月的には気後れすることもないしね。むしろねーちゃんとにーちゃんは良いの?」
「実は私と朔夜もちょっと前にそっちの仕事に誘われてたのよ」
「そうなのか?」
「まあ、朔夜が『父さんと母さんと咲月と離れたくないー』とか言っていたから流れかけてたけ――」
「ちょ、蜂子!!なんでここで言った!?」
「にーちゃん…咲月そういう愛は重いかなーって思う」
「咲月ぃ…」
まあ、なんだな。一緒に暮らすようになって何年も経って何を今更って話だが、やっぱこいつ俺の息子だわ。




