決勝戦 3
1時間ほどの中断を経て魔力が回復したイズモちゃんは、むしろ最初より綺麗なんじゃないかというくらいに、舞台をばっちり整備してくれた。そんな綺麗な舞台の上で準備体操をしているのは変身し終わった楓さん。
いつものようにところどころプロテクターのついた剣道着のような格好で、魔法少女というよりはどちらかといえば侍のような格好ではあるが、彼女の雰囲気にぴったりでこれはこれで趣がある。
対する喜乃ちゃんは……実はここまで戦った記録がない。柚那のチームはよければ3-0、悪くても3-1で勝利してきているので、準決勝まで常に大将だった喜乃ちゃんの出番はなかったのだ。
「なあセナ。喜乃ちゃんってどんなタイプの魔法少女なんだ?」
「接近戦中心ですね。ステッキも刀ですし、ある意味楓さんに似ているんですけど見方によっては、全く逆ともいえますし……そうですね……」
セナはそう言って言葉を切り、少し考えこんだ後、こう言った。
「楓さんが宮本武蔵だとすれば、喜乃は佐々木小次郎です。持っている刀もかなり長いですし」
なるほど、刀が長いのであれば、セナが言っている武蔵と小次郎の例えもうなずける。
本当かどうかわからないが、確か佐々木小次郎は刀身が1mくらいある物干し竿と呼ばれる長い刀を使っていたらしいし。
「なるほどな、喜乃ちゃんも1mくらいある刀を使うってわけだ」
「え?佐々木小次郎の刀って1mくらいだったんですか?」
「らしいよ。実際はもっと短かかったのかもって話もあるけど。まあ、実際取り回し悪いよね。1mって」
「喜乃の刀は2mくらいありますよ」
セナの言うとおり、舞台に上がって変身した喜乃ちゃんは、それはもう槍だろというくらい長い刀を抱えていた。
差していた、でも帯びていた、でもなく本当に両手で支え抱えるようにして刀身を下にして立っている。
しかも衣装は十二単で黒髪。髪型はいわゆる姫カットなので、ぱっと見まるで日本人形……って、十二単?
「……動けるの?あれ」
「動けますよ。喜乃はあの格好で動きづらそうに見えますけど、ホバリングしていますから」
あ、よく見ると確かにちょっと浮いている。
「楓さんには言ってあるんだよね?」
「言ったんですけど、まずホバリングを理解してもらえませんでした。『とにかく接近戦なんだな?わかったわかった』って。なので結構早く動けるので気をつけてくださいとは言ってあります」
「あ……そう」
どっちも大雑把だなあ。
そんな会話をしているうちに、桜ちゃんが試合開始を宣言し、中堅戦がスタートした。
まず斬りかかったのは楓さん。ジャンヌとの試合の件があるので、もしかしたら一発で決まるかもしれないと思ったが、最初の衝突でふっとばされたのは楓さんのほうだった。
もちろん身体能力の高い楓さんがそのまま場外にふっ飛ばされるというようなことはなく、途中で体勢を変えて舞台の上に着地をするが、衣装はところどころ破れ、何箇所か切り傷もできている
いや、それよりも
「喜乃ちゃんが何をしたのか全く見えなかったんだけど」
明確に刀を抜いて斬りかかっていった楓さんとは対照的に、喜乃ちゃんは刀を抜くでもなく、その場から動くでもなくただ立っていたように見えた。なのにふっ飛んだのは楓さんのほう。これは一体どういうことか。
「あれこそが喜乃の魔法です。その名も、絶対領域と書いて―」
そこで言葉を切って、セナはもったいぶるように目を閉じた。なんだろう、サンクチュアリとかって読むのかな。みんな厨二だなあ……
「―シークレットベース!」
「なんでだよ!?そんな、クワっ!て顔されてもちっとも納得できねえよ!」
確かに秘密基地ってやつは、ある意味絶対領域だ。だからまあ当て字としてその読み方もわからないでもない。わからないでもないんだけども……なんだろうこのモヤモヤ感は。
「まったく隠れていないのに、シークレットベースもなにもない気がしますけどね」
「いや、問題はそこじゃなくて」
絶対領域にふるルビとして、シークレットベースは間違ってるだろうっていう話だ。
「まあ、それはいいや。それでその絶対領域ってどういう技なの?」
「高速で放たれる斬撃で自分に降りかかるあらゆる攻撃を弾き返すという防御とカウンターを兼ねた技です」
うわあ、そういうの楓さんすごく嫌がりそう。
「あれ?でも喜乃ちゃんは全く刀を抜いていないよな」
「喜乃いわく、『別に刀を抜かなきゃ斬撃できないなんてことはない。魔法なんだから手を抜けるところは抜かないと』だそうです」
「手抜きの結果、普通の斬撃より厄介な見えない斬撃になったと。魔法ってやつは本当に何でもありで恐ろしいな」
「そうですね」
俺とセナがそんな話をしている間にも、楓さんは二回三回と攻撃をしかけるが、その度に弾き返され、肌の露出と切り傷が増えている。
カウンターと防御一辺倒とはいっても、正規魔法少女でも47都道府県に一人ずついるご当地魔法少女でもない彼女が、近接無双、しかも全体五位の楓さん相手にこれだけやれているのはかなりすごいことだ。
ジャンヌを例にだすまでもなく、近接を挑んできた楓さんに太刀打ちできる魔法少女はかなり少なく、正面からぶつかれるのは全体一位の狂華さん。うまくいなせるという観点で考えても二位のひなたさんと四位のチアキさんくらいのもので、近接能力が向上すると言っても、キレ柚那くらいの実力だとカウンターを狙っても避けようとしてもふっとばされて準決勝のジャンヌと同じような目にあうと思う。
「なんていうか……どう考えても喜乃ちゃんや彩夏ちゃんのほうが、研修生の成績ナンバー1だったセナより強いよな」
うっかり口に出してから『しまった』と思ったが時すでに遅し。恐る恐るセナのほうを見ると彼女は地面に膝と手をついてがっくりとうなだれていた。
「せ、成績は……必殺技では決まらない……ですから」
「そうだよな!うん!セナはほら…その…器用貧……なんでもこなせるし、そもそも必殺技無しで準決勝まで無敗だったんだから、総合的に見たらセナのほうが強いよな。それに喜乃ちゃんと彩夏ちゃんのリーダー的存在だったんだろ?すごいことだよ」
こんなところで土下座のような格好をさせておくわけにもいかないので、隣にしゃがみこんでセナを立たせようとしていると、愛純が意地悪そうな声で話かけてきた。
「朱莉さん朱莉さん。そんな風に他の女の子とイチャイチャしていると、柚那さんに睨まれますよー。っていうか、実際睨んでますし」
柚那のほうをみると、愛純の言うとおりものすごい顔でこっちを睨んでいた。
「……なんでこうなるかなあ」
「そうやって自爆してくれると、こっちも楽でいいですけどね」
「しっかり話せばわかってくれるから別に自爆ってほどのことじゃねえよ」
「その信頼もどこまで続くか……いいことも悪いことも積み重ねが大事なんですよ」
「その『私、今いいこと言った!』みたいなドヤ顔やめろ!」
「いや、私って実際いいこと言ってると思いますよ。まあでも今はそんなことより楓さんの応援をしたほうがいいんじゃないですかね。ほらほら、楓さんの格好ヤバイですよ」
愛純の言うとおり、楓さんの衣装は大部分が切り裂かれていて、上はほぼサラシだけになっているし、右側の袴もほとんど残っていない。
このままあと二、三回も突っ込めば放送コードに引っかかって放送できなくなってしまうレベルだ。
「まずいなあ……」
楓さんはそう言って一旦刀を納めると、ボサボサになった髪を結び直す。
「歳かな。どっかで見たことある太刀筋なんだけどイマイチ思い出せねえや」
「……全然まずいと思っていないくせに、そうやってバカにして」
ふわふわと宙に浮きながら喜乃ちゃんがムッとした表情を浮かべる。
「バカになんてしてねえよ。こんなに追い詰められたのは狂華先輩やうちの隊長とやったとき以来だからな」
髪を結び終えた楓さんはそう言って再び刀を抜いた。
「なあ、喜乃とか言ったっけ?お前、もしかしてあたし…いや、俺のこと知ってる奴じゃないか?」
いつも鋭い楓さんの眼光が更に鋭くなる。
喜乃ちゃんはその眼光に怯えるどころか、ゾクゾクしているような嬉しそうな表情を浮かべる。
「そう、そうよ。思い出して!私のことを、ちゃんと思い出して!」
嬉しそうな顔で笑いながら喜乃ちゃんが楓さんに迫る。
突っ込みながらも絶対領域を発動しているのだろう。受けようとした楓さんのガードしていた腕が弾かれてボディがガラ空きになる。
「やった!宮本雅史に初めて勝っ……」
言い終わらないうちに喜乃ちゃんは横方向に飛ばされる。
「てめえ、今、なんて言った?」
そう言いながら倒れている喜乃ちゃんに近づいていく楓さんの姿は先程ガードを弾かれて絶体絶命だったときのビリビリの衣装ではなく、プロテクターも何もない、シンプルで真新しい道着姿になっていた。
「初めて見たな、楓さんの二段変身」
「二段変身。あれが噂の」
「噂のって、愛純は知っていたの?朱莉さんも?」
愛純は知っていたらしく納得したように頷くが、どうやらセナは知らなかったらしく、驚きを隠せない表情でこっちを見ている
「まあ、俺も噂と資料でしか知らなかったんだけどね。普段は一段階目で止めて力をセーブしてるんだって。一段階目が、70パーセント。そこから10パーセント刻みで4段階まで変身するんだってよ。ちなみに、4段階まで引っ張り出せたのは狂華さんとひなたさんだけ」
4段階の形態変化とか、どこのフリーザ様だって話だけどな。
「……普段のあれで本気じゃないって、そんなのもう反則じゃないですか」
そうつぶやいたセナはの顔は青ざめ、体もかすかに震えている。
「トップの人たちはみんな反則だよ。精華さんしかり、ひなたさんしかり、狂華さんしかり、チアキさんしかり、ね」
5位の楓さん以上は文字通り次元が違う。プロモーションの関係で強いという扱いにはなっているが、魔力の出力がちょっと高い程度の俺やみつきちゃんじゃ、ガチ対決で太刀打ちなんてできない。
「余計なことせずに一気に攻めてれば喜乃ちゃんにも勝ち目があったんだろうけど、もう無理だろうね」
舞台に目を向けると、突っ込んでくる喜乃ちゃんの斬撃を楓さんは涼しい顔ですべて打ち返して相殺している。
つまり、もう楓さんには喜乃ちゃんの攻撃は届かないということだ。
さっきの会話のうち何がトリガーなのかよくわからないが、彼女は楓さんをほんのちょっとだけ本気にさせてしまった。楓さんの実力を考えると喜乃ちゃんにとってこれはもう絶望的な状況だ。
「あの……喜乃は大丈夫なんでしょうか」
「まあ、楓さんもさすがにこんなところで命のやりとりをするほど見境ないわけじゃないと思うから大丈夫だと思うけど」
とはいえ死にはしないというだけで、試合の後に五体満足かどうかとか、精神的に再起不能にならないかというところは正直保証できない。
「うう……怪我しないうちに早く降参してほしい。無事で帰ってきて喜乃……」
喜乃ちゃんが心配らしく、セナが胃のあたりを抑えてつらそうにつぶやいたときだった。
「いいかげん思い出してよ!」
舞台の上で喜乃ちゃんが叫んだ。
「思い出すってもなあ……うーん…誰だったかなあ……」
知っている人なのは間違いないが、誰だったか思い出せないらしく、楓さんはうんうん唸っている。
とりあえず後回しにすればいいのに、律儀なことだ。
「だったら、これで思い出せる?」
喜乃ちゃんはそう言って抱えていた刀を脇に構えた。
そして喜乃ちゃんが刀の鯉口を切ると、キンっ、と一度甲高い音がして、構えていた楓さんの腕が弾かれる。
「ああ、今の居合の特徴的な太刀筋で思い出したわ。お前津田か。津田喜乃」
「やった!やっと思い出してくれた!」
「ああ、思い出した思い出した。お前強くなったなあ。……んじゃまあ、お互いスッキリしたところでケリをつけるとすっか。昔は年の差があったから手加減したけど、今は、別にハンデいらねえよな?」
「え……?ハンデって……」
楓さんはそう言と刀を返して大上段に構える。
「ハンデなしでいいかと思うくらい、お前が強くなったってことだ。誇っていいぜ」
そう言って笑った次の瞬間、楓さんは立っていたところとは逆側の舞台の端に立っており、喜乃ちゃんは驚いたような表情のまま立ち尽くしていた。
そして、2秒ほどして喜乃ちゃんがゆっくりと膝から崩れ落ち、慌てて喜乃ちゃんに駆け寄った桜ちゃんは、彼女が気絶していることを確認すると立ち上がって大きく両手を振って楓さんのKO勝ちを示す。
「勝者!宮本楓!」
桜ちゃんの判定が下った後、楓さんは喜乃ちゃんを肩に担ぎ上げて舞台を降りてきた。
「セナ、お前こいつのツレだったよな?医務室連れて行くからついてきてくれ。こいつも起きた時に知ってる顔が多いほうがいいだろうし」
「あ、はい。じゃあご一緒します」
そんなやりとりの後、楓さんはセナを伴って、医務室へ行くために会場を後にした。
「……んふふ、二人っきりですね」
セナと楓さんが去った後、うちのチームで俺の他に唯一残っている愛純がそう言って腕に抱きついてくる。
ちなみに彩夏ちゃんは試合の結果がよほど不本意だったのだろう。試合のあとすぐに控室に引きこもってしまっている。
「ああ、不本意ながら二人っきりだ」
「ちゃんと私の事、ちゃんと応援してくださいね」
「まあ、しかたないよな。がんばれあすみー」
苦手ではあるが、俺は別に愛純のことを嫌いというわけではないし、なによりチームメイトとしては応援するべきなんだろうし。
「そんな棒読みの応援じゃあ、やる気出ませんよ!……朱莉さん、わかってます?私が柚那さんに負けたら、朱莉さんは小花さんと戦わなきゃいけないんですよ?」
……それは非常に困る。もちろん柚那に勝って欲しい気持ちはあるが、とはいえそれで俺が小花と大将戦なんてことになってしまうと、中国四千年の歴史に痛い目に合わされる可能性が非常に高い。
なにせ相手は楓さんの三段階目まで引き出したという噂のあるカンフーの達人だ。戦わずに済むならそれに越したことはない。
ただ、愛純を応援したりしたら後で柚那に叱られそうなんだよなあ…
でも、小花と戦って痛い目見るのやだしなぁ……かといって戦わずに棄権なんかしたら絶対楓さんに怒られるし。
しばらく損得やら自分の感情やらを鑑みた後で、俺は愛純の両肩に手をおいた。
「……愛純」
「はい」
「頑張ってくれ。柚那を倒して優勝しよう。勝ってくれたら都さんの出す優勝賞品とは別に何かおごる」
「了解しました!朱莉さんの命令とあらば、この宮野愛純、愛しの柚那さんすらも倒してご覧にいれましょう!」
愛純はわざと大声でそう叫びながら舞台へ向かって歩き出した。




