決勝戦 1
「何かいいことでもあったんですか?」
控室でお茶を入れてくれていたセナが俺の顔を覗き込みながら尋ねてきた。
「ああ。愛純の悪しき野望を打ち砕くための算段が立ったんだ」
昨日の夜、俺はアユの件の報告ついでに都さんに愛純の願い事を告げ口した。その結果『前はああ言ったけど、さすがに他人の権利を侵害するようなお願い事は聞かない』という確約を得たので心置きなく旅行に行けるのだ。
「私の野望ってなんですか?」
「お前が前に言っていた俺と柚那をペットにするとかなんとかいう話だよ」
「ああ、あれはもうひっこめましたよ。都さんにも怒られましたし」
あっけらかんと言い放つ愛純の様子に、俺は思わず目が点になった。
「え、そうだったのか?」
「ええ、もっと素敵なお願いごとをすることにしました。そっちはもう都さんも了承済みです」
「もっと素敵なのって?」
「それは終わってからのお楽しみということで」
そう言って愛純は人差し指を唇のところに持って行き、しーっとしながらウインクをして見せる。
こうしていると、仕草や表情は本当にかわいいんだけど、この子の場合本性がなあ……
「でも、一応朱莉さんにも利益になるようなお願い事ですよ」
愛純に俺の利益になるようなことと言われても、それをはいそうですかと信じられるほど、俺は愛純を信用してはいない
「あっ!その顔、信用してませんね?同じチームの仲間に信用してもらえないなんて、ショックなんですけど!」
「そういうことはもうちょっと日頃の行いを良くしてから言えって。なあセナ、彩夏ちゃん」
柚那の件を見破って以来、ちょこちょこ俺と柚那の関係を崩そうとしてくる人間の何を信用しろと言うのか。
「いえ、私はその……言う事はきついなとは思いますけど、それほど日頃の行いが悪いとかそういうことは思っていないです」
「えっ!?セナが一番被害受けてるじゃん。昨日も負けた後嫌味言われてたし」
「あれは私が負けたのがいけないんですし、そもそも愛純は間違ったことは言ってませんよ」
「まあ、間違ってないけど言い方がなあ……」
「というか、朱莉さんのそれって意識的にやってるんですかね」
それまで黙ってPCをいじっていた彩夏ちゃんが顔を上げて俺を睨むようにして言った。
「え?何が?」
「別に。意識してないならそれでよし、とぼけるにしても私には関係ないんで別にいいですけどね」
「おーい、組み合わせ表もらってきたぜ」
そう言って楓さんが空気も流れもぶった切って、一枚の紙を手に控室に戻ってきた。
柚那は俺がどれだけ頼んでも決勝戦のオーダーを教えてくれなかったので準決勝のような算段は立てずに運否天賦でオーダーを出した。いい感じにかみ合ってくれればいいのだが。
ちなみにこちらのオーダーは先鋒セナ、次鋒は楓さん。中堅に彩夏ちゃん。副将が愛純で大将が俺だ。
俺は楓さんから受け取った組み合わせ表を見て、微妙な気分になった。
「……副将戦、柚那と愛純か」
「柚那さんとですか!?やったあ!」
何もわかっていない愛純は組み合わせ表を見て間違いない事を確認すると、ピョンピョン飛び跳ねて喜びを表現した。
今回柚那はここまで一度も本気のキレ柚那を出さずに来ているし実戦で一緒に戦ったことのない愛純があのモードを知らないのも無理はないのだが。
「うわぁ、喜乃は楓さんとか。かわいそうに……」
俺が柚那と愛純の対決で思ったのと同じようなことを、喜乃ちゃんと楓さんの組み合わせで思ったらしく、隣で彩夏ちゃんが眉をしかめる。まあ、弱い相手に手加減する分、楓さんのほうが柚那よりもまだいい気もするけど。
それに彩夏ちゃんは彩夏ちゃんで、イズモちゃんとの対戦なのでそれはそれで大変だと思う。あの子の棘は結構どこからでも飛んでくるから常に浮いているなり先読みして逃げまわるなりしなければいけなくてけっこう大変だ。
「私はこまちさんとですか」
セナも銃剣と大砲ということで割と不利そうな組み合わせだ。武器の相性もそうだが、相手の懐に潜り込んで接近戦をと考えてもドMのこまちちゃんは躊躇なく自分を砲撃するのでよしんば接近戦に持ち込んでもセナが圧倒的に有利になるという展開はあまり期待できない。
そして俺の対戦相手の李小花。外国勢唯一のファイナリストである彼女は接近戦のスペシャリストだ。
彼女の実力は楓さんと五分。そういう意味では楓さんが彼女と一か八かの勝負をせずにとりあえず白星を一つ取れそうなのはよかったかもしれない。
まあ、俺も彩夏ちゃんのように距離を取って頑張ればもしかしたら万が一ということもあるかもしれないし。
「んじゃ、確認も終わったところで、そろそろいくぜ」
楓さんがそう言って手を差し出し、セナと愛純は気合い十分に、彩夏ちゃんは少しだけ照れくさそうに手を置く。
「朱莉さん、必ず勝ちましょうね」
「ああ――愛純の願い事を認めるかどうかはともかく、優勝はしよう」
セナの言葉にうなずいたのが気に入らないらしく、愛純が頬を膨らませた。
「だからなんで私だけそうやって……はっ!特別扱い!?朱莉さん、私を特別扱いしてくれているんですか!?」
「ああ、特別扱いにくい子だと思ってる」
「にくいはいらないです!」
「あのー、私らいつまでこうしてればいいんですか?朱莉さんがこう、行くぞ、オー!みたいのしてくれないと動くに動けないんですけど」
「そうだそうだ、お前だけ楽しそうにしやがって」
「あ、ごめんごめんこのままじゃ締まらないもんね。それじゃお手を拝借―」
「違います」
「違うと思いますよ」
「違うだろ」
「ふざけないでちゃんとやってください」
ちゃんと突っ込んでもらえるこの幸せ。
最初はほとんど面識がなかったのに、この短期間で俺達はそれなりにチームらしくなれたと思う。
「よっしゃ、いくぞ!」
「「「「おー!」」」」
俺達が会場に到着すると、すでに柚那たちのチームは到着しており、俺達は勇壮なBGMと例の桜ちゃんのアナウンスに乗って会場へと登場する。
全員が登場したところで突然柚那が桜ちゃんのマイクを奪い、プロレスのようなマイクパフォーマンスで愛純を挑発するというハプニングはあったものの、一応無事に決勝戦が開幕した。
うん、けが人とかは出てないから無事は無事だよな。
控室で確認した通り、先鋒はセナとこまちちゃん。二人ともメインの武器は銃器類ではあるものの、その威力や精度はかなり異なっている。
「さあ、神に祈る時間です!」
セナはそう言って腕を十字にクロスさせてから変身し、身振り手振りをつけながら派手に構えを取る。
これは俺がセナに決勝に行けたら絶対かっこいいポーズとろうぜ!と持ち掛け二人で考えたのだが……まあ、あれだよね。創作ダンスって黒歴史になりやすいとかなんとか言うよね。
とはいえ、セナがやりきった満足感半分、俺の顔色伺い半分でこちらを見ているので一応親指を立てておく。
「うーん…できれば寿ちゃんに不戦勝した子とやりたかったんだけど。まあ、いっか」
そういってこまちちゃんはセナとまったく同じステッキを両手に出現させた。
「よし、こんなもんかな?」
こまちちゃんが器用に銃をくるくると回転させてから構えると、桜ちゃんが開始の合図を告げ、試合が開始された。
「ぱ、パクらないでください!」
「まあまあ、そう怒らないで。面白そうな武器だし、ちょっと試させてよ」
こまちちゃんは『試させてよ』なんて軽く言っているが、あの武器は実はかなり扱いにくい。銃としても重心がおかしなところにあるせいで照準が定まりづらく、ナイフとして使うときも、拳を立てていても刃が水平になっていたりと様々なクセがある。
「後悔しても知りませんよ!」
まずはセナが舞台を蹴って距離を詰める。普段接近戦をしないこまちちゃん相手なら、やはり接近戦が一番だろうということで俺が授けた戦法だ。
しかし
「甘いよ、甘い、甘すぎるよ。そんな甘いの、スイーツ大好き寿ちゃんだって残しちゃうよ」
走り込みながらのけん制の銃撃をまったく避けようともせずその場に立ったままやり過ごしたこまちちゃんは、弾の後からきたセナの斬撃を見事に受け止める。
「くっ……」
「先輩をなめちゃあ駄目だなあ」
のしかかっていたセナを力任せに腕を開いてはじくと、こまちちゃんは即座にセナに狙いをつけて引き金を引く。
しかしセナも伊達に元研修生ナンバーワンだったわけではない。そのまま体を後ろに倒して弾をやり過ごし、反動を利用してケリを出しながら一歩離れた。そして
「この武器の扱いなら私のほうが先輩です!」
そう言いながら狂華さん戦でも見せた両手の銃による集中砲火。元々入っていた煙の多く出る弾を装填したマガジンの弾をすべて打ち尽くし、弾を充填してあるマガジンに入れ替えると、セナは果敢に硝煙の煙幕の中へと駆け込む。
セナの駆け込んだ煙幕の中ですぐにナイフ同士がぶつかり合う音が聞こえ始める。
煙幕が晴れてきて明らかになったのは、接近戦とは呼べないくらいの超接近戦。互いの身体に銃を押し付けるくらいの勢いで片方が引き金を引き、もう片方はナイフで銃口をそらすとすぐに狙いを定めて引き金を引く。その繰り返し。
まるで映画『リベリオン』のガン=カタのような戦いが舞台上で繰り広げられている。
こんなことを大将が言うのはあれだが、正直、俺の相手がこまちちゃんでもセナでもなくてよかった!
「遊ばれてんなあ……」
隣で試合を見ていた楓さんが渋い顔でそんなことを呟いた。
「え?」
「なあ、朱莉。お前はこまちって何だと思う?」
「えーっと……ドM?」
「バカ、ありゃあドMを装ったドSだよ。…いや、どっちの素質も持ってるからミスSM?なんかそんな感じだ」
楓さんがそんなことを言った直後、セナの銃が弾き飛ばされる。
こまちちゃんがセナに銃口を向けて勝負あったかと思われたその時、こまちちゃんは銃口を上に向けて「拾っていいよ」と言って笑った。
「あれはもうセナが泣くまでやめないぞ」
セナが銃を拾いに行っている間、少し俯き加減になったこまちちゃんの目元は見えないが、口はにぃっと吊り上がり、確かに楓さんの言うドSの雰囲気を醸し出していた。
「あたしさ、こまちの世代の戦技教官やってたんだけど、あの世代で一番誰が怖いって、こまちなんだよ。もちろん、怖いって言ってもあたしがこまちに負けるっていうんじゃないぞ。こまちは切れ味のいい刀というよりは、錆びてあまり切れない刀とでもいうのかな。技術があるのはもちろんだけど、ジリジリ後から病気になるっていうか。まあ、こまちの同期が寿しか残っていないことで察してくれ」
途中でリタイアして裏方に回る元魔法少女も少なくはないし、俺と柚那の同期にも地方ごとに分かれる前にリタイアした奴も何人かいる。しかしリタイアしなかったのが二人だけというのはそら恐ろしい話だ。
「あれ?でも、こまちちゃんって、寿ちゃんと一緒で、そんなに近接戦闘できるほうじゃないですよね?」
「寿には才能がない。こまちにはやる気がない。信じられないと思うなら東北の戦闘記録の映像を見てみな。敵怪人が肉薄するとかならずこまちが前にでてるから。東北は雑魚が多く出てくる傾向があるから普段は広範囲に対応できる大砲を使うことが多くてわかりづらいかもしれないけどな」
言われてみればそんな気がしないでもない。
「でもドSなのと今ここで本気を出すのってなんか関係があるんですか?」
「……セナって、いじめがいありそうだよな。泣き顔そそるし」
「ああ、確かに涙目になって口をぎゅっと閉じて泣き出しそうなのを我慢してる顔かわいいですよね」
そっちの趣味のない俺や楓さんがそう思うってことは、その筋の人からしてみればごちそうっていうことか。
20分後。
「ほらほら、がんばれ!がんばれ!もう少しで勝てるかもしれないよ」
「うぅ……もう……嫌です……うぅぅぅ…」
みんな数えるのをやめてしまうくらいの回数宙に舞ったセナの銃が舞台にカランと落ちたのと同時に、セナがついに座り込んで泣き出した。
「うわぁぁぁん!全然勝てないぃ!もうやめるぅ!」
そう言ってセナは大声で泣き出し、桜ちゃんもそんなセナの様子を見て試合終了を宣言する。
長い試合だった。正直、セナのメンタルでよく20分も持ったなと感心してしまう。
「やめるなんてさみしい事言わないで。狂華さんに才能あるって言われるなんてすごいことなんだから。……私なんかがこんなこと言うのも図々しかなって思うけど、狂華さんと同じで、私もセナちゃんには才能があると思うな。魔法少女になったら東北においで、それで一緒に強くなろう?」
そう言って先ほどのドSの笑顔ではなく、にこやかな天使の笑顔で手を差し出すこまちちゃん。
「こまちさん……」
ああ、セナが騙されている。本当に純情というか、素直というか。
「……ねえ、楓さん。『セナちゃんには才能があると思うな』の後に『ドMの』って聞こえた気がするの俺だけですか?」
「いや、あたしも聞こえた。ああ、でもこれでセナは東北かあ……関西も一人欲しいけど」
そう言って楓さんはちらりと愛純を見る。
「無理だろうなあ……」
楓さんはそう言って大きなため息をついた。




