グランドエピローグ TESTAMENT 1 石見佳代の憂鬱
罪を憎んで人を憎まず。
そうできたらいいけれど、私、石見佳代はそんなことは所詮綺麗事だよなあと思ってしまう人間だ。
ましてや償いもせずに、それをお題目のように掲げて罰を逃れようするような人間は死ねばいい!・・・くらいに思っている。
あとは、なぜかうちにクレームを付けてくる権力嫌いの人間や、未だに革命なんて眠たいことを言っている監視対象に対しては、そんなにこの国が嫌いなららどっか他の国行ってくれないかなあ、くらいのことは思う。
と、まあ私個人の見解はそんな感じであるが、職業柄そんなことも言っていられないのでオンタイムのときは「罪を憎んで人を憎まず」「私ども公僕は国民の皆さんのために働きますよー」と、いう気持ちでやっている。
だから課長からどんなに邪険にされても、昔捕まえた人間から鬼か悪魔かのように言われてもオンタイムの間は気にしないし、どんな仕事だって前向きに取り組んでいる。
そう、たとえば自分の愛した男を殺した人間の弟と組まなければいけない。
そんな、責任者出てこい!と叫びたくなるような事が起こったとしても私は前向きに仕事をしている。
だから――
「あ、あのあのあの、今日このあとみんなで飲みに行きませんか?」
――私のオフタイムに踏み入ろうとするのはやめてもらえないだろうか。
邑田君たちが戻ってきてしばらくしてから下った辞令で、もともとあった私のチームは解散になり、新たに四人の部下が入ってきた。
一人目は生倉憂。二人目は品根衣子。三人目が私の義理の妹である石見松葉。ここまでが戦技研からの出向で、四人目が今目の前にいる新人捜査官の開野純香だ。
「だめ、でしょうか。うちの係って結成してから一度もそういうのないですし、一回くらい行きたいなって!」
最近の若い子はそういうのを嫌がると何かの記事で読んだ気がするのだけど、どうやら開野は職場での飲みニケーションを好む人種らしい。
「駄目ではないけれど、突然言われてもね。私はもちろん、みんなだって予定があるでしょう」
「ないぞ」
「憂さんが行くなら、私はどこへでも」
「私も別に構わないけど」
おっと、どうやらこのチームで若い感性を持っているのは私だけらしい
おっかしいなあ、私が最年長のはずなんだけどなあ。
「みんなになくても私はこの後予定があるのよ。どうしても行きたいなら四人で行って」
開野にそう言って、私は職場を後にした。
「―で、逃げてきたわけだ」
「せ、戦略的撤退と言ってほしいわね」
かれこれ20年以上の付き合いである星宮伸子は私の話を一通り聞いたあと、そう言って苦笑しながらカウンターに座っている私の前にあんみつを置いた。
「この間、改めてあんたに邑田と柚那ちゃんを紹介してもらったじゃない?」
「うん」
忘年会の時に来たこの店を柚那ちゃんがえらく気に入ったので、じゃあ邑田君も一緒に来やすいようにしようということで、伸子には二人を紹介したのだ。
「あのときに思ったけど、あんたのそういうところ、邑田に似てるわよね」
「そういうところ?」
「そういうどうやってもかっこつかないところで、変にかっこつけるところ」
「う…」
別に自覚がないわけではない。
というか、いつだったか柚那ちゃんにも言われたことがある。
曰く『朱莉さんのポジションが佳代さんでも、好きになっていたかもしれないです』だそうだが、私は501と違って性癖はストレートなので残念ながらあまり嬉しくなかった。
「うちの店があるうちは、逃げてきてくれても構わないけどさ」
「え!?何?この店なくなるの!?確かに言われてみればあんまりお客さん入ってないけど」
「余計なお世話だよ!というか、ここは税金対策の道楽商売だから別にいいの」
ああ、そういえば伸子の家は結構な土地持ちで、このお店はお金のためにやっているんじゃなくて伸子のお父さんの趣味なんだった。
「この店が赤字に見えるから伸子に男が寄ってこない説」
「赤字が怖くて腰が引けるような男、こっちから願い下げだよ。っていうか、兄貴のとこに子供がいるから別に私が子供産まなくても跡継ぎ問題はないしね。むしろ産まない方がいいまである」
「あるかね」
「あるわよ・・・まあ、浅草に買っておいたお墓は誰かさんたちがぶっ壊してくれちゃったけど」
「私が壊したんじゃないし。あれは――」
生倉が。
生倉優が壊したんだし。
「どうしたの?なんか顔色悪くない?」
「なんでもない」
「ならいいけど・・・これ、暖かいのにかえようか?」
そう言って伸子は、私の前に置かれたあんみつをみる。
「ん。お願い」
「おっけ。じゃあちょっと待ってて」
そう言って伸子はほぼ手つかずのあんみつを回収すると、厨房の奥へと入っていった。
別に冷房が強いわけではないし、体調不良で寒いわけでもないけれど、こうして心がざわついているときは、冷たいあんみつよりも温かいぜんざいのほうがいい。
そんなコトを考えていた私の耳に、聞き慣れた『チーン』という電子レンジの音が聞こえた。
「・・・寒天って固まった後も溶けるのね」
「レンジを使って結構がっつり温めたからね」
「遠回しに責めているのにまったく悪びれないあんたが好きよ」
レンジで思い切り温められたあんみつはぜんざいとは違う物ではあったものの、まあ食べられない代物ではなかったのでそれは別に良いんだけど。
「あ、そうそう。そういえばさ、佳代ってあれよね、ええと・・・不思議係!」
「不可思議事件捜査係、ね」
最近は普通の事件の枠組みも変わってきてしまったが、魔法を使っているいないに関わらず内容が明朗な暴力事件や誘拐事件、盗難事件などの普通の事件は今まで通り刑事警察が、宗教、危険団体などの組織犯罪はうちが主に捜査にあたるという分担になっている。
その中でも『どうやったかわからない』『どうなっているのかわからない』『そもそも事件なのかはっきりしない』ような事件を担当するのが私達の係で、早い話が面倒事よろず受け付けますという便利係だ。
「ちょっと町内で起っている変な事件をお願いしたいんだけどさ」
「いや、いやいやいや、私達はあくまで組織の一員なんだから、勝手に依頼を受けるわけにはいかないのよ。何かあるならまず地域課のほうに――」
「あ、大丈夫大丈夫、ちゃんとわかってるから」
「わかってるなら変なこと言わないでよ」
「邑田に言ったら、都さんだっけ?その人経由でそっちに依頼が通るって言ってたから」
「あの野郎、余計なことしやがって!」
「ちょっとー、余計なことはないんじゃない?地元の事件なんだからあんただって気になるでしょ?」
「気にならないことはないけど、気乗りはしないわね」
「え?なんで?」
「明日になればわかるわよ。で?どんな事件なの?」
「それは俺から説明しよう」
そう言いながら二階から邑田君が下りてきた。
「って、はあっ!?なんであんたがここに居るのよ」
「余計なことをして柚那に叱られて追い出されちった。それで仕方がないから一旦実家に帰ったんだけど、姉貴にも妹にも白い目で見られて居心地悪くてな」
「んで、私がその愚痴を聞いてやっていたらあんたも来るっていうから、じゃあ邑田には隠れていてもらって驚かそうかって話になったのよ」
「俺はあんまりやりたくなかったんだけど星宮がな」
バツが悪そうに頭を掻く邑田くんと、くくくっと楽しそうに笑っている伸子。
なんだろう。仲良きことは美しきかななんていうし、自分の友人同士が仲が良いのは喜ぶべきところなんだろうけど、自分の知らないところで二人が仲良くしているのは、正直イラッとする。
「仲いいわねあんたら。で?どんな事件なわけ?」
「ご近所でペットが何匹か消えてるらしいんだ」
「ペット?」
「ああ、犬とか、猫とか、あと変わったところだとフクロウとか」
「犬猫はともかくフクロウはちょっと怖いわね。人慣れしてたって猛禽類なわけだし・・・というか、その逃げたフクロウが犬猫を獲って食べたんじゃないの?」
「その可能性もあるんだろうけど、俺は別の原因なんじゃないかなと思ってる」
「魔法が原因だって?」
「そう考えてる。調べてみてなんもないんだったら別にいいんだけど、何かあったら大変だろ。いなくなったペットを操ってテロを計画しているとかさ」
「そういう可能性があるなら、うってつけの係がいるわよ」
宗教、思想、その他諸々でテロを計画している奴らは結構いるし、そういう奴ら専門のチームだっていくつかある。今回の相手が組織立っていない単独犯のテロリストだったとしても、私のチームなんかが捜査をするよりも専門のチームのほうがノウハウもあるだろうし、早く解決できるはずだ。
「だとしても、お前のチームの初陣には丁度良い事件だと思わないか?範囲が限定されている事件だから難易度もそれほど高くないだろうしさ」
「・・・知ってたか」
そう、結成から二ヶ月ちょっと。私達のチームは今のところ一度も事件を担当してはいない。
該当する事件がなかったというのが表向きの理由だけど、私がうちで担当してもいいような事件をあえて他の係に回していたというのもある。
「知ってたっていうか、この間生倉と面談したときに話に出たんだよ。せっかくなりたかった警察官になったのに毎日定時に出社して定時に帰ってるだけだーっ・・・てさ」
そりゃあそう言うだろう。だって、私がそう仕向けているんだから。
「今回は俺も手が空いてるから捜査を手伝うからさ」
「あら、大丈夫なの?ついこの間愛純ちゃんと朝陽ちゃんだけじゃ仕事が回らないって言ってたのに」
「最近恋が暇そうにしてのを思いだしたんで、さっき電話で代理を頼んでおいた」
「それは手が空いているって言わないでしょ、手を空けたっていうのよ」
「経緯がどうであれ、今手が空いているのは事実だぞ。それに、咲月が生まれたらしばらく手が空くことなんてないだろうし、一緒に仕事できる機会なんてこのさきしばらくないぞ」
「それは邑田くんが私のことをしっかりフォローしてくれるってことでいいのかしら?」
「もちろん、誠心誠意フォローするぜ」
邑田君はそう言って親指を立てて笑った。




