グランドエピローグ そうだ狂都、行こう10 茉莉花問答 下
「ええと、それで話って何?」
「いろいろ言いたいことはあるんですけど、とりあえずありがとうございました。ですかね」
「えっと、額面通りに受け取って良いのかな、それ」
「額面通りですよ。私は朱莉さんに感謝をしているし、それについては裏はありませんからね」
「でも一体何について?」
別に嫌われることをし続けてきたつもりはないが、それでも茉莉花ちゃんに感謝されるようなこともした覚えがない。
というか、俺はつい先日この子に対して損害を与えているわけだし、どっちかと言えば現在嫌われていそうなものだけど。
「おっと、プロテクトですか」
「読んでくるってわかっている相手にはプロテクトするさ」
それでも最近はハッチの魔法を防げなくなっているけれどね。
「でもまあ、今のプロテクトはあんまり意味なかったな。ぶっちゃけ俺は君に感謝されるようなことは何一つしてないと思うんだけどって考えてた」
「そうですねえ・・・まずひとつめは朱莉さんがぶん殴ってくれたおかげで、母さんが私と父さんの話を聞いてくれたって言うことですかね。おかげで家族三人…そのうち四人か、もしかしたら五人くらいまで増えるかもですけど、上手くやっていけそうです」
「ひとつめってことは二つ目もあるの?」
「ええ。私の命を救ってくれてありがとうございました」
「ええと、それについてはまったくこれっぽっちも微塵も覚えがないんだけれども」
「未来での話です。私が生まれる直前、あなたは私と父さんと母さんを逃がすために戦って、そして亡くなりました。だから私の命を救っていただいてありがとうございました。なんです」
「そっか・・・」
なるほど。俺らしいと言えば俺らしい。
朔夜のいた未来でも俺はJKを助けようとして死んだらしいし、もしかしたら俺は誰かのために死ぬ星の下に生まれているのかもしれないな。
「あ、そうそう。私の茉莉花って名前、朱莉さんと同じ字が入っているでしょう?」
「ああ、『莉』の字?」
「ありがちな話ですけど、この字はあなたからいただいたんです。そんないきさつもあって、私は両親からあなたの話をたくさん聞いて育ちました。すごかったんだぞーって話から、ちょっと悪口みたいな話までいろいろです」
「前に言っていたチートがどうのこうの、ギャルゲーがどうのこうのって話はそれか。でも自分で言うのもなんだけど、正直言って、俺にすごいところなんてほぼないと思うんだよなあ・・・茉莉花ちゃんも俺がこんな奴でがっかりしたんじゃない?」
「半々、ですかね。両親から朱莉さんはすごかったって話を多く聞いていたので、最初にあかりの家で芳樹さんに会ったときは正直言って『え!?この人が私の命を助けてくれたヒーロー!?うっそだー』って感じでしたし」
「そりゃ当時は普通の人間だからな」
「ただその後朱莉さんの活躍を見るにつれ、やっぱりすごい人なんだなって思いましたけど」
「ええと・・・日本海防衛戦とか?」
「どっちかと言えば島しょ部ですね。戦技研のとりまとめや月と艦との折衝なんかは本当に見事だったと思います。細かいところはともかく父さんが最後まで大筋に口出しせずにあなたに任せたのはそれだけ信頼していたからだと思いますよ」
あのとき都さんが松花堂ちゃんに化けてすぐそばに居たのは、俺の舵切りで戦技研がまずい方向に向かいそうになったら助け船を出すためだったんだろうし、それでいて大筋の筋道に反対をされなかったというのは、茉莉花ちゃんが言うように都さんが俺のことを認めてくれていたからだろう。
なんにしても、都さんにそう思われていたんだとしたらなんかちょっとうれしいし、誇らしい。
「だから多分次の司令は朱莉さんでしょうね」
嫌すぎる。というか面倒すぎる。やっぱり独立しようかな。
「と、まあここまではありがとうの話です」
「つまりありがとうじゃない話もあるんですね」
「もちろんですよ。さて、じゃあ今回の事件の復習から始めましょうか」
「それって、元々俺と都さんがやってた感じの奴?」
「ええ、私は父さんの名代として朱莉さんと向き合っているわけですから当然でしょう。それで、朱莉さんはいつから敵が母さんだと気づいていたんですか?」
「最初に礼文島に行ったときになにかおかしいなと思っていたんだけど、礼文島に行く前に茉莉花ちゃんが言っていたこととか、ユーリアの反応で気がついたって感じかな。小樽に戻ってくる前には気がついていたよ」
「じゃあなんでその場で決着をつけなかったんです?朱莉さんとユーリアさんとこまちさんがいればたとえ相手が母さんだったとしても楽勝だったでしょう」
「ユーリアだけならそれでよかったんだけど、ミーナにその情報を開示して良いかどうかをきちんと確認しておきたかった。まあ、はっきり言ってしまえば俺はミーナを信用していなかったんだ。それと、換装用の装備を取ってきたいって言うのはあった。あれは狂華さんは全く知らない装備だからね。ガチ喧嘩になったときに不意打ちをするくらいには使えるだろうと思ってさ。実際狂華さんはちょっとひるんだし、翠が悪ふざけしないでもともとの仕様で装備を作ってくれていればもっとスムーズにことが運んでいただろうね」
「なるほど、でも最後はキレちゃったと」
「あれはなんというかだな・・・」
あの人が自分のことを棚上げして俺や茉莉花ちゃんに酷いこと言うから。
「ああ、そういえばもう一つありがとうが残っていましたね。あのとき、母さんを叱ってくれてありがとうございました」
「な、なんのことかな?」
「声に出している以上、あのくらいの距離なら魔法で聴力を強化すれば二人がなにを話しているかなんて丸聞こえなんですよ」
「えっと・・・」
あそこでああいう怒り方をしたことについてはまったく後悔はしていないけれど、それでも面と向かってお礼を言われるとちょっと照れましたり。
「まあ、あれくらいでは私のフラグは立ちませんでしたけどね」
「はいはい」
「なんかなあ・・・朱莉さんって私に対しての対応が適当すぎません?みつきとか真白とかが同じ事を言ったらもっと何かこう、リアクションがあるじゃないですか」
「いや、あの二人と同じ対応するわけにもいかないかなって。だって茉莉花ちゃんのほうが大人じゃん?」
「そう見られるのはうれしいですけど、私だってたまにはワイキャイしたいんですよぅ」
これはちょっと意外だ。
茉莉花ちゃんはそういう子供っぽいやりとりというか、尻に敷かれているフリみたいなのは嫌いなのかなと思っていたんだけどそういうわけでもないんだな。
「というか、私に振られても朱莉さんがノーダメージとか、あの二人より魅力ないみたいで嫌じゃないですか」
完全に私怨だった。
「あ、真白ちゃんとみつきちゃんで思い出した。和希にしろ、あとは朔夜にしろ俺に似ているとかそんな理由でちょっかいかけるのやめてやってくれな。あいつらだって好きで俺に似ている訳じゃないんだから」
「朔夜先輩についてはまったく心当たりがありませんけど、私、和希のこと普通に好きなんですよ。だから朱莉さんがどうこうって話は後付で、今日のあれなんかはただのコミュニケーションですね」
コミュニケーション下手すぎだろ。
同じような未来からやってきて、若干その気があるなあと思って俺と柚那が心配していた朔夜のほうがまだマシってレベルだぞ、それは。
「好かれるのは嫌じゃないだろうけど面白半分の女友達が彼女がバトるなんて和希からしたら迷惑とは言わないだろうけど――」
「ああ、好きって言い方が悪かったですね。あいらぶひー。ですよ」
え、真顔でなに言ってるのこの子。
「・・・え?なんだって?」
「だから、私は和希のことは恋愛対象として好きですけど」
え、なんで俺が『お前は今更何を言っているんだ?』って顔で見られてるの?
どっちかと言えばそういう顔したいのはこっちのほうよ?
「いつか真白から奪い取ってやろうと思ってます」
「ええと・・・」
困る。
いや別に真白ちゃんの肩を持たないと後が怖いなとか、和希って意外と茉莉花ちゃん合うかもとか、みつきちゃん再参戦で事が大きくなりそうだとか、身内でもめ事が起るとストレスのたまったあかりが八つ当たりしてきそうだとか、そういうことで困るんではない。そんなのは別に茉莉花ちゃんがどうこうしないでも日常的に起こりうるというか、割と起っていることだ。なので今ここで、俺がなにに困るかと言えば、コメントに困るだけということなのだが。
「まあ、俺は中立の立場を貫かせてもらうとして・・・どうしてそうなった?」
「うーん、私って母さんに似てダメな人が好きなのかもですね」
「都さんはもちろん、あの人自身も大概ダメだけどな」
「あーっ、父さんと母さんに言ってやろー」
「というか、君の両親や俺はもちろん、基本的にこの組織ダメ人間しかいないからな」
「まあそこは概ね同意ですけど」
あーっ、みんなに言ってやろー。
「っと、話が脱線してしまいましたね。それで、あのミーナって子は、朱莉さん的には合格だったんですか?」
「あの子は軍の人形じゃなくてちゃんと自分で考えられる子だと思うよ」
「つまり?」
「やって見せたとおりだよ。俺はミーナは信用しても良いと思う。茉莉花ちゃんはどう思った?礼文島に行くまでの間、ずいぶん仲良く話をしてたみたいだけど」
「私はそもそも朱莉さんのように人を最初から疑ってかかるような人間ではないですからね」
「はいはい。で?」
「アビー並に扱いやすいなって」
「君はもう少し周りの人間に対して敬意を払おうな!」
「まあ、アビー並に扱いやすくて、カチューシャやユーリアとはまた違うタイプだなと思いましたね」
「つまり?」
「信用はできても信頼はできないです。あの子は土壇場で迷う子です」
「つまりあの子の事を信頼するなってことか」
「父さんはユーリアの事で困ったことがあればなんでも言ってと言っていましたけど、あの言葉が面倒ごとを起こすきっかけにならないことを祈るばかりですね」
そう言って茉莉花ちゃんは一つ大きなため息をついた。
「まあ、真面目な話はこのくらいにしましょうか」
「真面目だったかはわからないけどな」
「大丈夫ですよ、ああ、今までは真面目な話をしていたんだなって思えるくらいにふざけた話をしますから。いやもう蛇足と言ってもいい話なんですけど」
「じゃあもう終わりにしようよ。蛇足ならいらないって」
「まずですね、朱莉さん」
あ、続けるんですね。はい。
「私は今日ここで『何でも言うことを聞く券』を二枚使おうと思ってるんですけど」
「あ、いきなり使うんだ」
「その前に一応先に言っておくんですけど、朱莉さんは裏面を読まずに拇印を押してましたけど、これクーリングオフできませんから」
「むしろクーリングオフを期待してそんな契約する人居ないだろ」
「それを聞いて安心しました。それでですね、本当はこれ今日使うつもりなかったんですよ」
「じゃあ無理して今日使わなくてもいいんじゃないかな。茉莉花ちゃんは20回もあると思っているかも知れないけれど、今日二枚も使ったらあと18回しか俺に言うことを聞かせることができないんだぜ」
「使用可能期限が短いですからね、どうせタダ券みたいなものなんですからぱーっと使っちゃう方がいいかなって」
くそっ!まねした魔法とはいえ、この魔法を使うだけあってこの券の期限をちゃんと把握してやがる。
ちなみに使用期限は発効から三ヶ月なので、俺はあと三ヶ月の間に茉莉花ちゃんにあと18回言うことを聞かされることになる。
「いや、でもさ、90うん万円、もしかしたら100万円以上を代償に得たチケットなわけじゃないか。まあ100万としても一回5万円のチケットだ。それを思いつきで使うって言うのはどうかと思うぞ」
「あー、それなんですけどね、朱莉さん」
茉莉花ちゃんはそう言いながら紙幣を全て抜き取った俺の財布を差し出した。
って、いつの間に!?
「チャペルは当日キャンセルしたんで、払い込み済みだった使用料をキャンセル料で全部取られたっていうのは本当ですけど、実はチャペルの使用料って10万弱だったんですよ。」
「え?」
衝撃の事実に固まった俺を見てにへらっと笑いながら茉莉花ちゃんが口を開く。
「だめですよう、あなたのズボンのポケットに入っているその薄い板はなんでも教えてくれるんですから、自分の中のイメージじゃなくてちゃんと相場を調べないと。どうせ朱莉さんのことだから、結婚式ってこのくらいかかるはずだから、その何分の一くらいがチャペルの使用料だろうとか概算したんでしょうけど、そもそも一年前にお金がなくなって父さんに泣きついた女子高生が、その父さんに内緒で100万ポンと出せるわけがないじゃあないですか。私の自由になるお金なんて同級生やあかりたちの困りごとに手を貸したときに徴収していた一回千円の手数料だけなんですから」
「ちょ、ちょっと待って茉莉花ちゃん。じゃあ俺は――」
「一回千円弱で私の言うことを聞くことになりますね」
「なんか納得いかねえええええ!!」
「さてそれで最初のお願いなんですけどね、一発千円でやり放題の朱莉さん」
「なんだよその嫌な二つ名みたいなの!っていうか、一回千円の手数料で友達を助けてたって言うなら、茉莉花ちゃんだって一発千円だろ!?」
「私は客を自分で選んでましたけど、今の朱莉さんはいわば私の奴隷みたいなものですから、口の利き方に気をつけた方がいいですよ」
そう言ってやれやれ、と俺を挑発するように笑いながら肩をすくめて見せる茉莉花ちゃん。
「さしあたって今の口の利き方についてのペナルティです。みつきに『みつきちゃんのちっぱいはいつになったらおっぱいに進化するの?』真白には『将来その牛みたいな乳がたれてきたら俺が手で支えてあげるからね』って言ってきてください。あ、みつきにはかわいらしく訪ねるように、真白には精一杯のキメ顔で言ってきてくださいね」
それ絶対口の利き方とか関係ない奴やろ!さっき俺がうっかり言った『茉莉花ちゃんは胸が言うほどない』って失言のせいだろ!
「はい、すぐ動く、ハリー!」
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数時間後。
『真白ちゃんのその牛みたいな乳が垂れてきたら俺が支えてあげるからね』俺はとっておきのキメ顔で任務あけで気の立っているJK1面々を前に真白ちゃんに向かってそう言い、真白ちゃんに誰の差し金だかすぐに見破られた茉莉花ちゃんは本部の取調室で俺の隣に仲良く正座させられ、真白ちゃんとみつきちゃん、それにあかりと、たまたま別の用事があった和希の代わりにヘルプで入っていたタマに代わる代わるお説教を受けた。
狂都編は朱莉視点ではないエピローグがあと一話あります。もうすこしお付き合いを。
キャラ語り
・家式 茉莉花
この子は一番初期の案からぐらっぐらキャラや立ち位置が動いた子でした。
最初はあかりの同級生で未来人で、あかり編のラスボスという設定でしたが、主人公を朱莉からあかりに交代させるのに失敗しストーリーを練り直したところで、今のポジションに収まりました。
胸は母親似、性格は父親似。変なところ社交的で変なところコミュ障。
悪気はあるが、誰かが嫌いとか誰かをいじめたいとかそういう子ではない。
そういう悪い子ではないが、正体が明らかになり、和希の件をカミングアウトしたため真白やあかりにとっては悩みの種になったし、みつきはそれを聞いてもう一回和希にチャレンジしようかなとか考え出した。
なんかドロドロしてんなJK1。




