グランドエピローグ お見合い『ぶっ潰し』大作戦 3
ホテルを取らずに出てきたものの、俺たちは『普通に一部屋くらいなんとかなるだろう』そんな風に考えていたのだが、その考えは甘かった。
『いやあ、今日の今日は無理じゃないですかねー』
そんな澪ちゃんの言葉通り、市内唯一のシティホテルは満室で、民宿を回ろうにものんびりとラーメンを食べてしまったために微妙に遅くなってしまったということもあり、俺と愛純は澪ちゃんの好意で彼女のおうちに一晩お世話になることになった。
「狭いところですがどうぞー」
澪ちゃんがそう言って上げてくれた家はいわゆる田舎の農家というわけではない普通の住宅だった。
とはいえ、東京の近郊の建て売りと比べたらかなり広く、部屋数は7つ。リビング兼仏間からは、よく手入れされた庭が見えた。
掃除も行き届いているし、普通に居心地がいい。しかし気になることが一つ。
「お茶いれるんで、くつろいでいてくださいね」
そういってキッチンに引っ込んだ澪ちゃんの他に人の気配がないのだ。
これが昔話でここが山奥なら実は澪ちゃんが山姥で・・・なんて展開もあるかもしれないが、ここは現代日本。それにそこそこの規模の地方都市の市内だ。まずそんなことはないだろう。
・・・・・・いや、フラグじゃなくてね。
「ねえねえ朱莉さん」
「んー?」
「あの写真に写っているのってもしかして朝陽じゃないですか?」
愛純に言われて壁に掛かっている写真を見ると、確かに朝陽をそのまま子供にしたような女の子が二人と、二人より2つ3つ上に見える澪ちゃんが写っていた。
多分、愛純の言うとおり写真に写っているのは朝陽。それにもう一人の朝陽は優陽・・・つまり写真に写っている二人は小さい頃の姉子と妹子だろう。
「・・・朝陽にそっくりですね」
「だな」
俺たちは朝陽が作り上げた仮想の妹子しか知らないはずなのだが、こうして写真を見ていると、なんとなく俺たちの知っている優陽のように思えてしまう。
「っていうか、妹子ってほんとにいたんですね」
「言い方よ!」
おセンチな気持ちになってたのに台無しでしょうが。
「・・・ああ、姉子ちゃんと妹子ちゃんの写真ですか?」
戻ってきた澪ちゃんが俺と愛純の前に茶碗を置きながら写真に目をやる。
「結局、どっちなんでしょうね」
「え?なにか?」
「何がって・・・え?亡くなったのが姉子ちゃんなのか妹子ちゃんなのかっていう・・・」
「いや、妹子だよね?」
「ということになっていますけど、結局どっちだったのかわからないんです。多分本人達ももうわかってなかったんだと思いますけど」
「ええと・・・」
「・・・・・・どういうことです?」
かみ合わない俺と澪ちゃんの会話にしびれを切らしたのか、愛純が話しに割り込んでくる。
「ええと・・・・・・姉子ちゃんは皆さんになんて説明していたんです?」
「お母さんと妹子が事故で亡くなったって言ってました」
「あ・・・そうなんですね。うーん・・・だとしたら私から話していのか」
「いやもう、最終的なネタバレはしちゃってますよね。だったら話しちゃっても変わらないじゃないですか」
「そう言われるとそんな気もするけど・・・」
俺も話を聞きたいから別に止めるつもりはないけど、そのりくつはおかしいと思うぞ、愛純。
「話してくれたら、お店に私と朱莉さんのチェキ付きサインをプレゼント!朝陽のと並べて飾れば集客力アップ間違いなしですよ!」
「あ、それはお店にじゃなくて普通にほしいです」
「ついでに朱莉さんのメルアドとラインのアカウントも教えちゃいますよ!」
いやまあ、別にそのくらいいいけど、こっちの承認を取らずに勝手に個人情報をばらまこうとするのはやめてほしいかな。
「ええー・・・」
って、反応がネガティブなんですけど!?
「邑田さんって、あの・・・あれですよね、女とみるや、赤ん坊からおばあさんまで片っ端から口説くって言う・・・」
「誰に聞いたのそんなデマ」
「姉子ちゃんですけど」
まあそれしかないわな。
よし。あいつにはもうメシもチョコも奢らん。
「それでその、私そっち系の趣味はないので、ごめんなさい」
「はっはっは、俺は嫁がいる身だし、間違っても他の子を口説いたりしないからごめんなさいはいらないぞ!」
「朱莉さん・・・」
「なんだよ!」
「ごめんなさい。私が余計な提案したばっかりに・・・よかったらこれで涙拭いてください」
「泣いてねえよ!!」
だから今まで見たこともないような優しい視線を俺に向けながらハンカチを差し出すんじゃねえよ!
澪ちゃんによれば、二人の母親と妹子が事故にあったという、その話自体は間違いないらしいのだが、姉子と妹子は物心がついてからちょこちょこ入れ替わりをしていて、その見事な入れ替わりっぷりのせいで、両親ですら入れ替わりを見抜くことができないような時もあったらしい。
そんなことをしていたせいで、いつしか姉子と妹子自身も本来自分がどちらなのかという認識が薄くなってきていて、そこに突然片割れが亡くなるという事件が起こった。
そして残ったほうは、混乱してしまい、一人の人間としてみてほしい時は姉子。甘えたいときは妹子という風に一人で姉子と妹子を使い分けるようになったらしい。
らしい、とやや曖昧なのは、この話がそばで姉子を見ていた人間や、診察をした精神科医の見解であって、実際それが真実なのかどうかは誰にもわからないからだ。
「・・・・・・俺たちがずっと一緒にいたのはどっちだったんだろうな」
客間に敷かれた布団の上でグロー球の灯りを見ながら呟くと、隣の布団から『はぁっ』っとため息が聞こえたあと、愛純が口を開いた。
「別にどっちでもいいじゃないですか。でもあえて私達がずっと一緒にいたのが誰かって言うなら『秋山朝陽』ですよ。蛇ヶ端姉子でも蛇ヶ端妹子でも、秋山優陽でもなく、あの子が選んだのは『秋山朝陽』なんですから・・・・・・・・・って、無言で人の額に手を当てようとするのやめてくれません!?」
「いや、お前ってもっと普段はほら・・・ちゃらんぽらんじゃん?」
「今から柚那さんに電話掛けて朱莉さんとプロレスごっこしていいか聞いてみますねー」
「それエッチなのじゃなくてガチのやつですよね」
「あったりまえじゃないですかぁ」
やめてください、魔法なしで愛純とやりあったら死んでしまいます。
「すみませんでした」
「次はないですからね」
「はい、言葉を慎みます。 ・・・でも意外だな、お前って朝陽のことなんとも思ってないのかと思ってたよ」
「・・・わからせてほしいんですか?」
「いやいやいや、これは別にからかってるとか馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくてさ。愛純ってもっと仲間に対して割り切るタイプだと思ってたんだよ」
「まあでもそう言われると違うとは言い切れないんですよね。そうだなあ・・・例えば桃花いるじゃないですか」
「うん」
「あの子なんかはTKOの後輩で、戦技研の仲間ですけど、艦の・・・猫なんとかって人とくっついても、別に好きにすればーって感じで」
ドライだ。愛純ってばスーパードライだ。
あと桃花ちゃんとくっついたのは犬山くんな。猫田くんじゃないぞ。
「でも私、柚那さんと朱莉さんのときは修羅場ったでしょ?」
「ああ、人知れず修羅場ってたな」
「人知れてましたよ!めっちゃ主張してましたよ!?」
「あれは主張というか、単なる嫌がらせの類いというか・・・」
俺とイチャつくことで柚那の気を引こうとしたっていう、巻き込まれた俺から見ればひたすらはた迷惑な話だし、ぶっちゃけ彩夏ちゃんの解説がなければただの嫌な奴で終わってた。
「主張ですよ!・・・朱莉さんと柚那さんに私のことを見てほしいって言う、素直になれないピュアな少女の不器用な主張だったんですっ」
「・・・愛純って演技派だから情感たっぷりでそれっぽく聞こえるっていうのもあるけど、こういうときだけ妙な語彙力を発揮するよな」
「やだなあ、褒めたって何もでませんよ?」
別に褒めてないよ?
普段は語彙力ヤバいって話をしてるのよ?
「話を朝陽に戻しますけど、朝陽にしたって同じなんですよね。多分、私は自分の好きなものを誰かに取られるのが嫌いなんです」
「その理屈で行くと、俺のことも好きみたいに聞こえるぞ」
「だから私は最初から朱莉さんのこと好きだって言ってるじゃないですか。あのころの私は朱莉さんも柚那さんも好きで、二人がくっつくとどっか行っちゃいそうで怖かったんですよ。もちろん今でも二人のことは好きですけど、別にどこかに行っちゃう気配もないからちょっかいださないでいるだけです」
「お、おう・・・」
てっきり『朱莉さんのことは柚那さんとか朝陽のついでです、ついで!』みたいな反応が返ってくると思っていたのでちょっと面食らってしまった。
ていうか、こんな近い距離で愛純みたいなかわいい子に好き好き言われたらドキドキするんですけど。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもない。それで?」
「あとはそうだなあ・・・彩夏とセナも取られたくないですね」
「それこそその二人はもう取られちゃってない?」
「でも二人とも相手が身内だから、朱莉さんたちと同じで私が知らない場所に行っちゃう可能性は低いでしょう?」
こまちちゃんはともかく虎徹は・・・まあ、身内かな。この間大和が総統代理を代わってくれって泣きを入れてきたときに、笑顔で『俺はもう日本人だから』とか言って笑顔で一蹴してたし。
「・・・・・・あ、そうか。だったら私が身内から選んで朝陽に適当な男をあてがえば良いんだ」
「言い方!!」
「でもそれで万事解決じゃないですか」
「いや、そのために朝陽に男をあてがうっていうのは本末転倒じゃないか。それこそ朝陽にお見合いさせようとしている人間と変わらんし」
「私は朝陽の幸せを考えて言っているんです!」
いやそれお見合いの話を持ってくる親戚のおばさんが言う奴だぞ。
「それにあの子だって、まだ私達と一緒にいたいって思ってると思うんです…もしかしたら思われてないかもですけど、思ってもらえるように頑張りたいです」
「…なんか今日の愛純は素直でかわいいな」
「え!?は!?いや、ちょっとそういうのはまずいですよ私には柿崎さんというこころに決めた人がそれに柚那さんのお腹には咲月ちゃんがいますし私と浮気なんかすると思春期の朔夜くんがグレたりそうなるともれなく蜂子ちゃんとかあかりちゃんとかJKの面々から朱莉さんが白い目で見られることにっ!」
「すらすらとよくもまあ俺が萎えそうな話が出てくるなおい」
「怪しい雰囲気になったらこの話で撃退してやろうと思って、今日一日ずっと考えてました」
そんなこったろうと思ったよ。
「あのなあ、たまたま澪ちゃんの家に泊まったからこんな状況だけど、普通にホテルだったらこんな近い場所で寝るなんてシチュエーションにならんだろうが」
「いや、朱莉さんって変なところケチだから二人で一部屋取ってきそうだし」
・・・・・・まあね、もったいないし二人部屋かなっては考えてたよ。でもベッドが2つある部屋を取る気だったのは間違いないわけで、だったら今よりもう少し寝ている場所の間が――
「それにツインとダブルを間違えてダブルを取ってきそう」
「・・・ソンナコトナイヨ」
あっぶね。そうだよ、ベッドが二台あるのはツインだよ。ダブルじゃねえよ。フロントで「We are all women!」とか主張するハメになるとこだったよ。
「まあ、そこに下心とか悪意がないのが朱莉さんなんですけどね」
そう言って愛純は仕方ないなあって顔で笑うが、次の瞬間真顔になって
「そうそう、同じ悪意がないのでも真逆なのが柿崎さんなんですけど」
と言った。
ぶっちゃけその顔は超怖い。超怖いが、ここで見なかったことにして聞かなかったらそれはそれで後が怖い。
「えっと、柿崎くんとなんかあったの?」
「あの人、私と一緒にお泊まりに行ってもツイン取ってくるんですよ。おかしくないですか?いや、わかってるんですよ?私だってあの人なりの気遣いだっていうことはわかってるんですけど、気遣いするところそこじゃなくね?って思いません!?」
「アッハイ」
「私はイチャイチャしたいんです!人肌恋しいんですよ!」
「やめてください俺には柚那という―」
「あ、心配しなくても朱莉さんはノーサンキューなんで」
さっきの澪ちゃんといい愛純といい、あんまりそういうことばっかり言われ続けたらさすがの朱莉さんもそろそろ泣くよ?
「ちょっ、落ち込まないでくださいよ。さすがに尊敬する先輩の旦那さんで、愛する恋人の先輩とは何もできないって話であって、朱莉さんが生理的に無理とか加齢臭ひどすぎとかそんなこと言ってるわけじゃないんですから」
「時々発揮されるお前のそのやたら的確に世のおっさんを殺しにかかる親父キラースキルは一体どこで培ったんだ」
「柚那さんがいなくなってからTKOのセンターを任されて、直接Pとやりあうようになった時ですね」
プロデューサーって大変なお仕事なんだな。
俺はてっきり「プロデューサーさん」とか「兄ちゃん」とか「ハニー」とか「あなた様」とか呼ばれてちやほやされてるんだとばかり思って……いや、ないな。あのグループにいたのって、柚那と愛純と桃花ちゃんとTRY-あんぐるだからな。
現実のアイドル育成はゲームのようにはいかないんだな。
「ちなみに完全に余談なんだけど、お前って現役時代は小崎のことなんて呼んでたんだ?」
「えっ?ざっきーですよ」
案外フレンドリーだった。
「小崎の崎から取ったわけだな」
「そんな感じですね」
「……あれ?お前最初の頃柿崎くんのことざっきーって呼んでなかった?」
「呼んでましたね。一応言っておくと、Pとの間に柿崎さんに知られてやましいことは何一つないですよ」
「あ、うん。今のお前の顔見て疑惑は完全に晴れたわ」
愛純は嘘つくとき微妙に左の口角が下がるんだけどそれがなかったし。
「あれ?でもなんであだ名から柿崎さんに呼び名が戻ってるんだ?」
俺が質問すると、愛純は少し頬を赤くして恥ずかしそうに目をそらした。
「いやその……彼氏のことハニーって呼んでるって、みんなに言って回るのもなぁと思いまして」
あ、そっちをハニーって呼んじゃうんだ。
いや、小崎をハニーって呼んでいたらそれはそれで問題だけども。
なんかこのシリーズ愛純としか喋ってないな。




