準決勝(下)
「ちょっと!何やってるんですか朱莉さん!私がせっかく勝ったのに!」
いや、寿ちゃんが勝手に降参しただけで君は実質何もやってないだろう彩夏ちゃん。
「が、頑張ってください!でも痛かったら無理しないでください!」
うんうん、ウチのチームで俺を心配してくれるのはセナだけだよ。
まあ、今現在この場にいるチームメイトが二人しかいないっていうだけなんだけど。
(さて、どうしたものか)
俺は二人の応援を聞きながら舞台の上にあおむけになり、そんなことを考えつつ、青空を見上げる。
「―7!8!」
おっと、エイトカウントだ。起きないと。
「ファイト!」
俺のファイティングポーズと状態を確認した桜ちゃんがそう言って手をクロスさせた。
正直、あかりがここまでやるって言うのは全くの想定外だった。
別に負けてもいいんだけど、あかりのほうも俺がまだ本気を出していないことは重々承知だろうし、そんな状態で負けを宣言しようものなら負けず嫌いのあかりが、後々どんな嫌味を言ってくるかわからない。
あかりに勝てないのかと言われればもちろんそんなことはないのだが。あかりが微妙に強いせいで、あかりに痛い思いをさせずに勝つ方法が思い浮かばない。
狂華さんとセナくらいの実力差があれば問題はないのだが、はっきり言ってしまえば、わが最愛の妹は現状、セナより強い。
おそらくは彩夏ちゃんと同程度か、下手をすると愛純程度の実力はあるかもしれない…いや、流石にそれは言いすぎか。
とはいえ、これは都さんが色々理屈をこねて正規の魔法少女にしたがるのも頷ける。
ちなみに、あかりの腕が生えた理屈は簡単だった。ナノマシンを内臓できなければ外付けをすればいいという理屈で、あかりは都さんから外付けのユニットをもらったらしい。
体内に含むことはできなくてもあかりの天才的なコントロールを持ってすれば常に外付けの腕を維持することは可能らしく、さらに外付けにしたことにより、使えるナノマシンの量も増えるので、魔力も増す。ということらしい。
最近あかりが何故か猫を連れているなあとは思っていたけど、どうやらあれが外付けのユニット…あかり曰く、使い魔らしい。
まあ、それはいいんだ。あかりばっかりずるいとか、主力級のはずの俺のパワーアッププランはないのかとか、都さんに色々言いたいことがないと言えば嘘になるが、それはいい。
それよりも何よりも俺が文句を言いたいのはあかりに対してだ。
「その恰好で腕を飛ばすのは反則だろ!?そういうのは、もっとメカメカしい格好に変身してからやれよ!」
開始早々俺が青空を仰ぐことになったのは、マジ○ガーZのように…いや、飛ばした手から魔法を撃ってきたのでどっちかと言えばジ○ングとかファンネルとかそっちか。とにかく、その不意打ちを食らったからだ。
準決勝までその技を温存しながらきたのは別に良い。俺に対して容赦なく不意打ちをかますのも構わない。
俺が声を大にして言いたいのは、なぜそんな中世ヨーロッパ風の衣装で腕を飛ばすのかということなのだ。
そんな無粋な攻撃をするなんてあかりはロマンというものを理解していないと思う。お兄ちゃんはあかりをそんな子に育てた覚えはない。
まあ、それはそれとして、ただ単にショートからセミロングレンジまでこなせるセナの銃とは違い、あかりの腕は本当の意味でオールレンジ攻撃。正面だけではなく後方、直上からの攻撃もあり得るというのは非常に厄介だ。
「おに……お姉ちゃん風に言えば、中世風の衣装の魔法少女(腕を飛ばさないとは言っていない)だよ!」
「俺風って……別にそれ俺のオリジナルじゃないんだけどな」
ただのスラングだし。
「なあ、あかり。降参してくれないか?本気でやったら絶対俺のほうが強いし、お前にけがをさせたくない」
「今ので絶対にしたくなくなった」
「ですよねー」
まあ、あかりの負けず嫌いな性格からして、降参を勧めたら絶対に降参しないって言い出すのはわかってはいたのだが。
「じゃあ、狂華さんみたいに場外に落とすか」
「ムカつく!できるものならやってみなよ!」
あかりがそう声を上げた直後に、ゴン!と後ろから殴られる。
ちなみに腕を飛ばしている状態でも新たに右腕を出現させることも、維持することもできるらしく、現在のあかりには右腕が生えている。
本当にもう、これだから天才型は。
俺はしかたなく箒を出現させて構える。
「ま、お前のと違って豊満な俺の胸を貸してやるから思い切りかかってきていいぞ」
「本当にムカつく!」
そう言ってとびかかってくる間にも今まで持っていたレイピアだけではなく、左手にダガーを出して持っていたりするので本当に油断ならない。
「そんな物騒なもの、どこで、覚えた!?」
あかりのレイピアとダガーのコンビネーションを一本の箒で何とかやり過ごしながら訪ねる。イメージ的にはジャンヌが教えたのだと思うが、狂華さんの線も捨てきれない。妹にこんな物騒な特技を仕込んだ人間に対して、俺は保護者として後で断固抗議をしたい。
「優陽、ちゃんに、習った!」
そっちかっ!そういえば優陽っていいとこの子だったもんな。
護身術とかたしなみとして、こういうのをやっていてもおかしくはないよな。
てか、一週間やそこら習ったからってそんな簡単にいくものじゃないだろう。細身の剣で有効な打突をするにはそれなりの修練が必要になると思うのだが、これもあかりが天才型ゆえの恩恵だろうか。
あかりの攻撃をなんとかしのいで後ろに飛んだところで、後頭部への衝撃。
あまりに見事なレイピアでの攻撃にうっかり忘れかけていたが、あかりの攻撃は両手だけではなく、飛び回っている第三の手からもくるのだった。
「お姉ちゃんのほうこそ降参したほうがいいんじゃないの?私、お姉ちゃんにケガをさせたくないんだけど」
「うわあ、我が妹ながらかわいくない物言い」
まあ、逆に言えばそこがかわいいとも言えるんだが。
「かわいいなんて思われたくないもん!万が一かわいいって思われて二人でお風呂に入ろうなんて言われたら最悪だしね!」
「誤解だ!俺のほうから誘ったわけじゃない。みつきちゃんのほうから誘ってきたから一緒にお風呂に入って体を洗いっこしただけだ!」
「最悪だ!死ね!」
ゴン!と、またロケットパンチに殴られた。
最後の一言が余計だったか。
「わ、悪かった。みつきちゃんとのことはちょっとうっかりしていたと言うか、気が緩んでいたんだ。あの子にそういう気持ちはない。お前の友達に手を出そうとかそういうつもりはないんだ」
「……それだけ?」
「え?」
「謝らなきゃいけないのはそれだけかって言ってるの!」
また殴られた。いや、後ろから魔法を撃たれないだけいいんだけど、こうゴツンゴツン殴られると自分の脳細胞の数が心配になってくる。
でも、他にあかりに謝らなきゃいけないようなことあったっけか。
偽装死のことはもうとっくに謝ったし……柚那と何をしていようが(というか、なにをされていようが)あかりには関係ないし。
「最近パパがお姉ちゃんに夢中になっちゃってフィギュアとか買ってきてママとしょっちゅう喧嘩になってるの!」
「知ったこっちゃねえよ!」
っていうか、何やってんすか義兄さん。俺ですよ?芳樹ですよ?
いや、っていうか、学生の頃の姉貴と今の俺はおんなじような顔してるんだから、義兄さんが俺のフィギュアを買うんなら別にいいんじゃんか。姉貴も気が短いというかなんというか。
「クラスの男子もお姉ちゃんのサインもらってきてほしいとか言うし!」
「なんでお前に言うんだよ!それを言うならみつきちゃんだろ!?」
「人見知りしたみつきが『あかりちゃんもお姉ちゃんたちと知り合いだよ!』とか言ったのよ!」
「それこそマジで知らねえよ!みつきちゃんに言えよ!」
とばっちりもいいところだ。
「さらにクラスの男子が私の事好きだって言う噂が聞こえてきて、その男子が私の好きな人だったから思い切って告白したのに、邑田あかりじゃなくて邑田朱莉が好きってどういうことよ!」
「もうそれ、俺全然悪くないよね!?」
思春期の女の子、滅茶苦茶面倒くさい!
「とにかく謝ってよ!」
「うーん……」
「早く!」
「……謝ってもいいけど、それを俺が謝っても別にお前の気は収まらないと思うんだけど」
「っ!?」
「お前自身、別に俺のせいだと思ってないことで謝られても別に気は晴れないだろ?」
「あ、だめっすよ、そんな理詰めの正論言っちゃ…」
一番近くにいたため、俺たちの会話を聞いていた桜ちゃんが間に入ってくれ、俺も桜ちゃんに言われて、思春期の子供はかなり理不尽だということに気が付いたのだが、時すでに遅し。
「……もういい。お兄ちゃんをボコボコにして謝らせるからいい。ついでにみつきも並べて謝らせる」
「落ち着け。な?兄ちゃんが悪かったから」
「もう遅いもん!」
あかりが半泣きでそう叫ぶと、ロケットパンチがまたゴンゴンと俺の頭を叩く。
「冷静になれって」
「冷静だよ!イライラして、目の前がぐるぐる回りそうなくらい気が高ぶっていて叫び出したいくらいだけど。冷静だもん!」
「人はそれを激昂しているって言うんだよ!」
戦闘再開。
あかりは再び三本の手を使って見事なコンビネーション攻撃で俺に迫る。レイピアとダガーをやり過ごすとパンチがあたり、パンチを警戒しすぎると、レイピアやダガーが身体をかすめる。そしてレイピアやダガーがかすれば当然衣装が破ける。
「そうやってまた露出を増やす!なんなの!?そこまでして男性ファンに媚びたいの!?」
「服を切ったのおまえだろ!?」
やっぱり理不尽。いや、もう理不尽を通り越して言っていることとやっていることが支離滅裂だ。
まあ、そろそろ撮れ高は十分だろうし楓さんも医務室から戻ってきたし、殴られ続けると結構痛いし、そろそろ決めようかな。
「……なあ、あかり」
「何?」
「さっきからずっと俺を殴り続けているんだけど、この飛んでる手って痛くないの?俺が痛いのはともかく、お前が痛いのはお兄ちゃん的にはあんまりよろしくないんだけど」
今も無遠慮にがつがつ殴ってくるので多分痛くはないんだろうけど、念のため確認をする。
「え?多少感覚はあるけどたいして痛くないよ。触感は残してるけど痛覚は共有してないし」
「そっか、痛覚ないのか……なら遠慮なく」
俺はロケットパンチが後頭部を殴ったところで捕まえ、舞台の端まで移動する。
「その手を捕まえたからって、敵に背を向けるなんてどういう――」
「えいっ」
俺は捕まえたあかりの手を気合いと共に場外にたたきつけた。
「勝者!朱莉さん!」
「え?」
「だって、これお前の手だろ?これが外に落ちれば、そりゃあ場外だろう」
実は最初の攻撃の時に攻略法はできていたのだが、あの時はつかめない範囲に手があったし、なにより撮れ高が少なすぎた。それに楓さんも戻ってきていなかったので、あの時点で決着した場合、楓さんが医務室から帰ってきてないせいで大将戦が不戦敗になってしまう可能性もあったのだ。せっかく彩夏ちゃんと俺が勝って大将不戦敗で結果的に敗退するなんて結末はむなしすぎる。
「ええっ!?いや、だってそれ……え?本当に!?私負けですか?」
あかりの問いかけに桜ちゃんは黙ってうなずく。
「まあ、なんだ……大人ってずるいから。ごめんな」
「もう!お兄ちゃんなんて本っ当に大っ嫌い!」
あかりは最後にそう言って肩を怒らせながら舞台を降りていった。
あとでアフレコするから別にいいんだけど、あかりの奴、途中からずっとお兄ちゃんって言ってたな。
「本音ではそれだけ、お兄ちゃんって呼びたい。ひいては朱莉さん…芳樹さんのことが好きなんすよ」
俺の心を読んだらしい桜ちゃんが小声で耳打ちしてくる。
「……読まないでよ」
「だったら、読まなきゃわからないような態度じゃなくて、もっとちゃんと向き合ってあげたほうがいいですよ」
「……だな。明日から……いや、今日から気を付けるわ」
考えてみればあかりとはしょっちゅう会っているが、会うときはいつもみつきちゃんとか柚那とか、誰かしらが一緒にいた気がする。この試合が終わったらちゃんと二人で話をしよう。
「よし!よくやった!」
みんなのところに戻ると、試合の余韻を台無しにするような大きな声で笑いながら、楓さんが俺の背中をバシバシ叩いてきた。
「どうせなんで、俺と彩夏ちゃんがつないだバトン、しっかり決勝につなげてくださいね」
「おう、それが大将の役目だからな。あたしに任せとけ!」
そう言って鼻息荒く舞台に上がった楓さんは、試合開始の合図とともにペラペラと口上を始めたジャンヌの話を一切聞かず、一撃で彼女を場外まで吹っ飛ばした。
かくして、誰も知らないジャンヌの魔法は今日も謎のままに終わったのだった。




